人間少年→獣人中年〜無チート転生で異世界の裏番に〜

やあ

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病院→喫茶店

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 外は快晴で雲ひとつなく、元の世界と比べると段違いの心地よさだった。

(元の世界…)

 しかし、それが逆にイチの心を抉っていた。

 考えないようにしていたが、やはりここは元いた世界…日本…とは違うらしい。

 お金の単位も、自分の存在も、全く違うものになってしまっていた。

「…はぁ…」

「どうしたイチ殿!朝から景気が悪いな!無理矢理にでも笑ってみたまえ!元気が出るぞ!ほら、こうだ!ワハハハハハハハ!!!」

「え、あ、あははははは…」

「そうだ!元気になったろう!?」

「は、はい…ありがとうございます…」

「むう…なってないではないか!嘘は良くないぞイチ殿!」

「う、ご、ごめんなさい…」

 イチはミコトの勢いに気圧されていた。日本ではこんな勢いの友達はいなかったし、イチ自身もそこまで明るい性格ではなかったからだ。
 暗いという訳でも無かったが、どちらかと言うと部屋の中で勉強や本を読む方が好きだった。

「さてと!どこか一息つけるところがいいな!私の行きつけの茶店に行くか!」

「は、はい…」

 またもや強引に腕を引っ張って先導するミコトに、戸惑いを押し殺すのがやっとなイチだった。

___________________

 連れてこられた茶店は、黒い木材で建てられた落ち着いた雰囲気の店だった。

 イチは自分が場違いな気がして恥ずかしかった。

「あの…僕、おかしくないですか?こんな大人のひとが来るようなお店…」

「何を言ってるんだ!私はこう見えても18を超えている!立派な大人だ!」

「いや、ミコトさんじゃなくて僕が…」

「ワハハハハハ!!なんだ冗談を言えるほど元気ではないか!安心したぞ!」

 笑われてイチは思い出した。

 雰囲気に呑まれて失念していたが、イチの体は獣人の中年なのだ。浮くどころか、逆に馴染んでいる。

「さあ!奥の個室に入ろう!そこで事情聴取だ!」

 またまた引っ張られるイチ。いよいよ慣れてきたが、個室に入った途端、ミコトの雰囲気が変わった。

ビリッ…

 昨日草原で助けられた時に感じた電光や熱よりは遙かに微弱だが、昨日よりも暗く怖い気配。

「うあっ…あの…ミコトさん……?」

「…単刀直入に聞こう。お前は何者だ?」

「えっ…!?」

 今までとは違う自分への呼び方、低く静かに研ぎ澄まされた声色。

 全てがイチの体を貫かんとする電撃のように鋭い。

「それは…どういう…?」

「昨日一晩でこの地域周辺の冒険者組合の登録者帳簿を洗い直した。その結果、ショウ=イチという名の獣人冒険者の登録は無かった。」

「!!」

 ゲーム内にはそんな細かい設定は無かった。そのため昨日は冒険者だと嘘をついたのだが、まさか帳簿があるとは思わない。

「それだけでは不十分だと思い、この街の草原地帯に狩りに来る可能性の高い集落や村の支部にも出向き調べたがやはり存在しなかった。」

「………」

 体中を汗が伝い落ちていく。

 正体がバレることに焦っているのではなく、昨日助けてくれた命の恩人に嘘を吐き、それが恩人本人にバレたのが恐ろしくなったからだ。

 何か言い訳をしようにも、うまく言葉が出てこない。

「極め付けは先程の病院での一件だ。お前は身分証を提出できず、ただ狼狽えていたな。冒険者であれば、冒険者証を紛失したとしても組合への申請や問い合わせなどの解決策を見出せたはずだ。なのにそれをしなかったな。」

 ミコトは、受付でしどろもどろするイチを陰から見ていたのだった。

「以上を踏まえての質問だ。これにさえ答えてくれれば、お前の弱さやあの時間帯にあんな場所で何をしていたのかも分かる。故に答えたまえ。何者だ?」

バリッ…!

 いつの間にか、電気を纏ったミコトの手刀がイチの喉元に突きつけられていた。

「すまないが、私にはこの街の人々を守る使命がある。何よりこの街と人々が大好きだ。だからお前がもしこの街に害をなす存在であるならば」

「…ある…ならば…?」

「分からないか?このまま殺す。この店はそういう使い方のできる店だ。」

「…………うっ……」

「む?なんだ?」

「うえええええええええええん…」

「何っ!?」

 イチの頭は昨日昏倒したことで少し整理がついていたが、心が限界だった。

 昨日は狼…クルルフに殺されかけ、自分が別の世界に強制的に転生させられたことを聞き、目覚めると病院で不気味な看護師に笑いかけられ、今はこうしてまた殺されかけている。それも、昨日自分を助けてくれた、優しくて明るいと思っていたお姉さんに。

 だから、涙が溢れて止められなかった。

「ええええええええん…うええええええん……」

「なんだ!?どういうことだ!?」

コンコン!

「失礼するわよん。ミッちゃん。ヤったのかしらん?あらん?…なに年上のおじさんを泣かせてるのよん。」

 入ってきたのはピンク色の髪をオールバックに整えた、化粧をした男だった。

「うわあああああああああん…!!!」

「ちょっとん!?なんでアタシを見て、ますます泣いてんのよん!?」

「分からん!マスターが怖いのではないか!?ともかく落ち着けイチ殿!何も本気ではない!!演技だ!貴公を尋問するための!だから一度落ち着け!」

「ああああああああああ…!!!!」

 泣きじゃくる獣人中年男性を、若い女性と化粧男が必死でなだめる様は、側から見ると異様に過ぎる光景だっただろう。

 幸い個室であったため、目撃者は当事者達しかいなかったのが、せめてもの救いだった。

___________________

「ぐすっ……ひっく…うぐぅ…」

 イチは個室からカウンター席へ移動させてもらい、ココという、日本で言うココアのような飲み物を飲んでいた。

「あま~くておいし~でしょん?」

「うっ!!ううう…」

「近寄るなマスター!イチ殿が怖がっている!」

「なによん!失敬ねん!!」

「……ひっく……」

「ふぅ…イチ殿。先程はその…脅し過ぎた。悪かった。その、泣くとは思わなかったのだ。」

「…」

 ミコトの雰囲気は、元の優しく明るいものに戻っていた。今は少し申し訳無さそうにしている。

「だが、分かってほしい。私にはそうするだけの責任がある。ここら一帯を守る裏番の天上格として、不安因子は限りなくゼロにしておきたいのだ。」

「……あっ…あのっ…」

「む?なんだ?」

「う、うらばんって…なんですか……?」

「なに!知らないのか!」

「あらん、珍しいわねん。今時。」

 少し落ち着いてきたイチは、質問をしてみた。また怖い雰囲気になるかと思ったが、予想と違い2人は驚いている。

「裏番とは!正式名称を"国家安全裏持番隊こっかあんぜんりじばんたい"という!謂わば裏から表の皆様の生活・安全を支える番人組織だ!」

「裏…から…?」

「そうだ!国家内外や国家間には表側からは見えない事情や情勢変化、荒事が多々ある。表の揉め事は冒険者や他職種の方々にお任せするが、その他の…昨日のような著しく強い可能性のある原生生物への対処や貴公のような著しく怪しい人物への対処を影ながら行う組織なのだ。」

「そう…なんですか……」

「そうだ!まぁ、それ以外にも様々業務はあるがな!」

「……あれっ…でもこのお店は…」

 さっきイチが脅された際、ミコトはこの店の物騒な使い方について言及していた。

 明らかに、ただのお茶ができる店ではない。

「うふん。この店も表向きはお洒落な喫茶店だけど、裏向きはどんな揉め事も処理する処理屋なのよん。ウチの系列は情報屋もやってるけどねん。」

「…そんなぁ…うぅぅ…」

「おっと!もう泣くな!!いきなり殺したりするようなことは流石にしない!再三言っているが先程までの私の態度は演技だ!」

「アタシも怖くないわよん。優しいお姉さんなんだからん。」

「……ほんとに?…」

「本当だとも!」

「ほんとよん!」

「……分かり…ました…」

 それを聞いて、ようやくイチは安心した。少しずつ涙としゃっくりを収めていく。

「しかし驚いた。私より年上だし、経験も積み重ねていそうな風体だったから気合いを入れて演じたのだが…まさか泣かれるとは思わなかった。おおかた敵対国の非戦闘工作員が何かだと思っていたのだが。」

「そうねぇ。でも、脅されて泣いちゃうなんてまるで子供みたいねん。」

「むぅ…言い得て妙だな…」

「…!」

 イチはどうしようか迷っていたが、これ以上隠し通せる気もしなかったし、何より誰かに打ち明けたかった。

「……実は…僕…」

 だから、全てを話した。

 拙いながらも、つまりながらも、今までの経緯全てを。
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