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第六話

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「壱。ここで待ってろ。色々取ってきてやるから。」

 広々とした庭には、屋台のような店も出ており、そこでは食べ物や飲み物も用意されていた。

 鼻を鳴らせば、良い匂いがする。

 壱がうなずくのも待たずに、暁は走りだしていってしまい、壱は桜の木の下で季節外れの桜を見上げながら暁を待っていた。

 ぽこぽこぽこ。

 何の音だろうと視線を向けると、椰子の実ほどの大きさの木魚が、ぽこぽこぽこと音を立てながら動いており、人の周りを回っては、何かを呟いている。

「叩いて。叩いて。」

 こちらの視線に気付いたのか、木魚が僕を見るとこちらへとやって来て、叩く棒が宙に浮いた。

「叩いて。叩いて。」

 叩いたら何があるのだろうかと思いながらも、切なそうな表情で見つめられれば、仕方ないと諦めた。

「ちょっとだけだからね。」

 僕が宙に浮く棒をつかんで木魚を叩くと、木魚は楽しそうに笑う。

「楽しいの?」

「ありがとう。ありがとう。」

 次の瞬間、木魚がクルリと回り、桜の花びらが一瞬にして舞い上がると龍へと姿を変えて木魚を頭にのせて風に舞う。

「優しいこの子に一夜の礼を!」

 木魚の声が響いたかと思えば、屋敷をまるで夕陽が差し込めるように光が照らし、闇がそれを際立たせた。

 人々は驚きの声をあげる。

「夕闇の館が、喜んでいる?」

「一体誰が何をした!?」

「なんだ。これは。」

 僕は身を固めると、どうしようかとそっと桜の木影に隠れようとしたのだが、木魚と桜の龍がまとわりつく。

 すると視線がこちらに集まるのを感じた。

「キミは、なんだ。」

「術者か?」

「どこのものだ。」

 どうしようかと戸惑ってしまう。

 大人に囲まれると怖い。

 暁は騒ぎを駆けつけると舌打ちをして、僕の腕をつかんで吠えた。

 その瞬間、閃光が煌めき、人々が目をそらす。

 僕は暁に抱えられて、一瞬で空を飛び上がると桜の龍へと木魚と共に近くの裏山へと移動した。

 暁は地面に降りると大きな声でわざとらしくため息をついた。

「夕闇の館の主か。おい壱!勝手にお偉いさんを抱き込むな!」

「え?ごめん。」

 僕は何を怒られているのか分からないままに思わず謝ってしまった。

「あのなぁ。今日は小手調べと思っていたが、そんな大物引かれたら目立つだろう?俺はいいけれど、多分お前は危険になるぞ。」

「危険?」

「はぁ。俺が言うのもなんだけど、目の良いやつは価値がある。だから、安売りするなよ。」

 よく意味は分からなかったけれど、取りあえず僕はうなずいた。

 桜の龍と木魚は笑い、その場を明るく照すと桜の花が舞った。

「はぁ。まぁいい花見会場だな。ほら、食べようぜ。」

 暁はにやりと笑うと僕にわたあめを差し出した。

 甘い匂いがして、お祭り気分を思い出す。

「ありがとう。」

 こんな風に桜の下で花見をするのはいつぶりだろうか。

 懐かしい匂いが鼻をかすめる。

 わたあめは甘くて、懐かしい味がした。

 

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