お馬鹿な主人公は、お馬鹿なりに頑張る。

かのん

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第十話 精霊の王

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 アレッサンドラと別れて、近くの森の中に入ったところで大きく息を吐いた。

 取りあえずは、この二年間くらいの間で起こり得る事の対策はしたと思う。

 メインヒーローである奴隷になる予定だったリディックはガデオンに任せたし、獣人の国のロアンにも忠告した。そして、歪の国のアレッサンドラにも病気の原因についての話もした。

 ここまですれば、おそらくはまずは一年後まで様子見でいいと思われる。

 まずは一年後に、獣人の国がどうなるかだ。

 あれ?

 という事は、私はとりあえず一年は自由でいいんじゃないだろうか。

 やった。

 よし、自由だ!

 そう思った瞬間に体が軽くなり、思わず森の中を全力疾走してしまう。

 そうだ!自由ならば少しばかり良さそうな湖でもさがして、湖畔に小屋でも立てて、少しばかりのんびりと暮らしてもいいのではないか!

 そうだ!

 よし、そうと決まれば森の中を抜けよう!

 どの森にするかだが、心当たりがある。

 主人公は物語で冒険していく中で、この歪の国の国境外れの森で、精霊の溢れる森の入口に出会うのだ。

 戦いがある故に、主人公はそこでのんびりとはできなかったが、今の私にはそれが出来る!

 よし!

 目指せ国境の外れ!

 らんらん、るんるんと森の中を走って行っていると、突然背中に重みを感じて地面に体が沈んだ。

「え?」

 そう思った瞬間であった。

 地面に体がのめりこみ始めて、吸い込まれていくのである。

「え?え?え?」

 私が大パニックになった最後に見た光景は、大きくため息をつく、物語の中で出てきていた美しい精霊の王であった。



「っは!ここはどこ!私は誰?」

 思わずそう言って飛び起きた場所を見回すと、花々が咲きほこり、蝶が舞い踊る、この世物とは思えぬほど美しい光景であった。

 そして、ため息が聞こえてそちらを振り返ると、先ほど見た、美しい精霊の王がすごく残念な物を見る視線で私の事を見ていた。

「ユグドラシルよ。」

「え?あ、はい。」

 思わず正座をして、おずおずと精霊の王の顔を覗き込むと、精霊の王であるルシフェルはまた大きくため息をつくと言った。

「どうしてあのシルビーから、このようなみょうちくりんな子が産まれたのだ。」

 その言葉に、あぁ、やはり精霊の王様には見抜かれているのだと悲しくなる。

「ご、ごめんなさい。」

 思わず謝ると、ルシフェルは少し驚いた様子を見せてから首を横に振った。

「いや、私が悪かったのだ。期待をし過ぎていた。」

「その。ごめんなさい。」

「謝るな。それで?これまで勝手気ままによく分からぬ動きをしてきていたが、ここを目指し始めたから迎えに行って呼んだが、良かったか?」

 あぁ、なるほど。わざわざ迎えに来てくれてあの穴に吸い込まれたのかと納得すると頷いた。

「うん。どうにか、その取りあえず一年は良いかなってなったから。」

「ほう?それで、姫。お前には何が見えているのだ?」

「うぅ・・・」

 姫と呼ばれて背筋がぞわぞわとして気持ちが悪くてもぞもぞとなる。

 その様子を、またルシフェルは残念そうに見ていた。

「私に見えているもの?」

「そうだ。お前は何故か自分の出自を理解しているようだし、よく分からぬ動きばかりする。何かが見えているのではないのか?」

 そう問われ、少し考えると答えた。

「私には未来が見える。」

 ちょっと中二病のような発言だな。そう自分でも思っていると、ルシフェルも少しばかり訝しんでいるようであった。

「未来が?まさか。そのような力がそなたにあるとは思えないが。」

「でも、分かるんだもん。」

「それで?」

「うん。だから、未来が変えられるように動いてみた!」

 自信満々にそう言うと、ルシフェルは大きくため息をついてから言った。

「もしお前の言っている事が本当だとして、未来を代えたなら、最後まで頑張って未来を支えていかなければならないぞ?」

「へ?」

 きょとんとしていると、ルシフェルが残念な子を見る目で言った。

「一度関わってしまえば、後戻りは出来ないという事だ。」

「へ?え、でも、一年はゆっくりしててもいいかなって。」

「お前が見えると言う未来で、本当にやっておかなければならないことはもうないのか?」

 そう言われ、確かに、ないこともない。

 でもまだ先だし、ちょっとくらいゆっくりしたっていいんじゃないだろうか。

 それを言おうとすると、ルシフェルが、言わせないぞというようにこちらを見ていた。

 うぅ。

 人の心を勝手に読まないでほしい。

「えぇー。それじゃあ私ゆっくりできない。私だって、お風呂に入りたい!」

 これまで頑張ったんだ!

 少しくらいだらけてもいいじゃないか!

 少しくらい、お風呂に入ったっていいじゃないか!

 少しくらい、と、考えてから今の他のメンバーが頭をよぎる。

 おそらく、リディックはガデオンにしごかれて毎日大変だろうし、ロアンは国王らと今後の事で大変だろう。アレッサンドラは病気の人たちを看病しながらも裏切り者を告発したり、国王と対立したりと大変なはずだ。

 う・・・うぅ。

 お風呂に入りたいのに。

 三人だって、お風呂くらいは入っているでしょう?

 涙目で、ルシフェルを見た。

「お・・お風呂くらいなら、いいでしょう?」

 思わずそう懇願すると、ルシフェルが大きくため息をついたのが見えた。

「この空間に繋がるアイテムをやろう。ほら、そこには温泉が湧いているから・・だから、そんな目で私を見るな。」

 その言葉に私のテンションは急上昇した。

 あれだけ焦がれていた温泉が、ここにあるのか!

「聖なる温泉だからな。洗わなくても体の汚れは落ちるし、傷も癒える。って・・聞いてないな。」

 ルシフェルの言葉など聞かずに、ユグドラシルは服を脱ぎ棄ていると温泉に飛び込んでいたのであった。

「はぁ、あれが・・亡国の精霊に愛されし守護を受ける乙女なのか・・先が思いやられる。」

 そんな嘆きなど聞こえていないユグドラシルは、温泉の温かさに心から感動するのであった。





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