【完結】王妃はもうここにいられません

なか

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13話

 水の販売は好調、街の衛生環境も上向き始めている。
 嬉しい限りの報告を受けたその夜。
 寝る間際、ろうそくに灯した火を吹き消そうと思っていた時に、トントンと部屋の扉が叩かれた。

「だれ?」

「姉さん、はいっていい」

 レルクの声に身を起こして、ロウソクの火はそのままにしておく。
「いいわよ」と声をかければ扉が開き、レルクが入って来る。

「どうしたの。こんな夜更けに」

「話しておきたいことがあるの」

 寝台から起き上がり、部屋に置かれた木製の椅子を向き合わせる。
 自然と私とレルクは座り、私は彼が話すのを待った。

「……あのね。ごめんなさい」

「どうして謝るの。レルクは悪い事なんてしてないよ」

「僕、たくさん……変なこと言ってた。ぜんぶ、ぜんぶ姉さんの言う通りで。上手くいったのに」

「それは運が良かっただけよ」

 レルクは拳を握り、唇を噛み締める。
 なぜか涙をこらえている様子に、首をかしげる。

「どうしたの?」

「僕はもっと、姉さんの役に立ちたい」

「レルク……」

「ずっと、ずっと姉さんの役に立ちたくて。姉さんが妃として悲しんでいるって知って、支えるために学園で頑張ってたの」

 学園にて私の汚名を聞いて、僅か七歳の弟はなにを思っていたのか。
 それを赤裸々に話し、その悔しさを吐露し、なお支えようとしてくれていたレルクの言葉。
 自然と目頭が熱くなる。

「なのに、僕は一緒についてきて。否定しかできなかった。姉さんに嫌われちゃうの、嫌だよ」

「嫌わないわよ。その気持ちがあれば……私は嬉しいわ」

「……」

「どうしてレルクは、そこまで私を想ってくれるの」

「姉さんに、いっぱいありがとうって伝えたかったから」

 問いかけに対して、レルクは顔をあげる。
 涙を堪えた瞳がロウソクで照らされて、頬に伝っていた雫が光る。

「僕が四歳の時に、母さんが亡くなって。泣いてばかりの僕に……王妃様になって忙しい姉さんが、ずっと傍にいてくれた」

「……」

「いっぱい頑張ってくれてたの、知ってるの。僕が寝た後に……夜遅くまで、お国のお仕事してたのも」

「見ていたのね」

「ありがとうって言いたかったの。姉さんのおかげで寂しくなくて、僕は幸せだったから。だから……姉さんの役に立ちたかった」

 まだ七歳、だけど私を想ってそこまで言ってくれる弟が可愛く思える。
 私の王妃時代の苦労を、弟も知っていてくれたのだ。

「ありがとう。私はその気持ちだけで充分だよ」

「僕ね、もっと頑張るから。学園での姉さんの噂なんて関係ない。僕のだいすきな姉さんが、誰よりもすごいって言ってもらえるように頑張るよ」

「……」

「もう二度と、姉さんが悲しんだりしないように。僕にしてくれたように、皆が敵になっても僕だけは姉さんの傍にいるから」

 その覚悟、気持ちだけで嬉しいものだ。
 まだ幼いレルクの頭を撫で、瞳に浮かんだ涙を拭ってあげる。

「ありがとう。これから忙しくなって絶対に貴方の力が必要になる。協力してくれる?」

「うん! 姉さんのため……頑張る」

 弟は年相応の笑みを見せながらも、私のため改めて決意をしてくれる。
 これも全ては、領主代理として、姉として良い背中を見せられたおかげかもしれない。

「さぁ、もう夜は遅いわ。明日も早いのだから、今日はもう寝なさい」

「あの……あのね」

 ふとレルクは、私の袖を掴んで顔を上げる。
 小さな手がぎゅっと握ってきた。

「きょうは、いっしょに寝たらだめ?」

 可愛らしい要求。
 大人びているけれど、まだ七歳の弟だ。
 母を亡くし、屋敷まで出て来ているのだから、寂しい気持ちがあったのだろう。

「もちろん。今日は久々に一緒に寝ましょうか」

「やった……」

 レルクは嬉しそうに、私の隣で横になる。
 その頭を昔のように撫でてあげれば、少し恥ずかしそうにしながら見つめてきた。

「あのね。僕ね……姉さんがだいすきだよ」

「ありがとう。レルク」

「えへへ、かえってきてくれて。うれしい」

 その夜は、久しぶりに姉弟で眠りにつく。
 王妃時代のどんな夜よりも、安らかに眠れる日だった。

   ◇◇◇
 

 翌日、私は街を歩きながら深呼吸を続ける。

「すぅ~~はぁ、いい空気になってきたわね」

 まだ決して澄んだ空気とは言えないが、それでも来たばかりに比べれば改善された街の空気。
 達成感が胸を満たしてくれる。

「最高ね。ゴミがない街、裏道を見てもネズミが走っていなくて、歩く途中に排泄物も上から降って来ないなんて!」

 前世では当たり前の情景ではあったが、それは多くの人々のマナー。
 そして街を綺麗にしてくれる方々のおかげでもある。
 私が領地代理として、この街を前世同様の情景に近づけられたのは嬉しく思う……

 嬉しさでスキップする私に、護衛兵達も同調するように呟く。

「お嬢様が喜ばれるのも無理はありません。私も幾つもの領地を巡ってきましたが、これほど綺麗な街は隣国でもお目にかかれぬものですよ」
「空気が澄んでいるといいますか、街とは思えぬ清涼な気分ですな」

 うんうん、良い調子だ。
 まずは街から綺麗にしていけたのは、大きな進展といってもいい。

「次は排泄物の使い道を模索や、皆が身体を洗う習慣ができるようにしないとね」

「はは、お嬢様……ご冗談はよしてください。身を洗うのはともかく。汚物に使い道などありませんよ」

「なにを言っているの。排泄物もしっかり使わないともったいないじゃない」

「…………冗談ですよね?」

「いえ。しっかりと使い道はあるわよ?」

 微笑む私に、護衛兵達が心から引いているのが分かる。
 なんて失礼な! 
 人から出た物もしっかりと使い道があるのに、それを皆は知らないようだ。

「お嬢様、流石にあのような汚物を使おうなどとは人前で話すべきでは……」

「あのね、排泄物にだって、ちゃんとした使い道が––」
 
 言いかけていた時だった。
 街道を走っていた馬車がこちらに迫ってきたので、そっと道の端に避ける。

「止まってくれ」

 そんな声が聞こえて、馬車が急停車する。
 何事かと思えば、馬車の車窓が開き、見知った顔が出てきた。

「護衛なんて引き連れているから誰かと思えば……やはりラツィア嬢だったのですね!」

「……っ、ロドニーさん?」

 驚いた、どうして彼がここに_
 彼はロドニー・フォーセル。

 彼はフォーセル子爵家の長男であり、学園時代に少しだけ顔を知る仲となった。
 その理由は簡単だ、このロドニーはあのイェシカの兄にあたる人物だから。

「俺は、貴方に会いにこの地に来ました。会えて良かった……ラツィア嬢」

 迫るロドニーは、妹が立場を奪った私に対し。
 熱のこもった瞳を向けた。
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