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7話
しおりを挟む「と、いうわけで。屋敷を出て行ったのよ」
「……思い切った選択ね」
「ええ、でもこれで自由になれたの」
マリアは全て聞いた後に、ニヤリと笑う。
これはからかう時の笑い方だ。
「でも、それを私に話して良かったの? 私が伯爵家に恩を売るために貴方の身柄を渡すかもしれないわよ? 少し無警戒ではなくて?」
案の定、試すような話だ。
けど、私はその可能性も踏んで来ている。
「この時間、公爵家には他に多くの商家が来ておりますよね。公爵当主様との商談のために……」
「……ええ、そうね」
「大事な商家の前で、淑女の身柄を押えるような暴挙はとれないはず。だからこの時間なの」
友人を疑う訳ではないが、今の私は後ろ盾はない。
だから身の安全が確保される状況を選んで行動している。
そう返答すれば、マリアは笑った。
「はは、やっぱり……貴方は今すぐにでも社交界に参加して欲しいわ。きっと皆が集うはずよ」
「そんなはずないわよ……」
「聡い貴族は、貴方のように警戒して行動する聡明な者を好むのよ。付き合う相手で簡単に身を滅ぼしてしまうのが。高位貴族の宿命だからこそね」
高い位置に居る方が、油断すればあっさり突き落とされる。
だからこそ、付き合う相手を選ぶ必要があるようだ。
私には理解できないが、高位貴族だからこその苦労があるのだろう。
「でも、そこまで警戒しながら、よくここに来たわね」
ごもっともだ。
でも、ちゃんと理由がある。
単に仕事と、身の上話をしに来た訳じゃない。
「私がここに来たのは、仕事を終わらせるためと……貴方にこれを託すためよ」
「託す?」
机に、ヴィクタ―が破いた離婚申請書を置く。
集めていた破片を、完全ではないが張り付けて復元していた。
「これは、なに?」
「ヴィクタ―は私の妹のシャイラと不倫をしていました。妹が妊娠したから、私に側室になれと迫ったの」
「っ!!」
「そして離婚を申し出た私を牢に軟禁し、離婚申請書を破いた。その物証よ」
マリアは、離婚申請書を手に取って確認する。
どうやら私の目的を直ぐに察してくれたようだ。
「軟禁した場を見た人物は?」
「使用人が数人、そのうち給金が支払えなくて離職すると思うわ」
「なら公爵家で雇えば証人は確保できるわね……」
おおよそ、私の意向を察してくれたようだ。
「いずれ……ヴィクタ―達は、私が離婚の調停もせずに出て行ったと吹聴するでしょう。不倫ではないと主張するため……」
「それを、私の公爵家に否定してもらうために。これらを渡してくれるのね?」
「ええ、ローズベル公爵家にとっても益は大きいはずですよね?」
以前、マリアから聞いた。
ヴィクタ―が第二王子殿下の護衛騎士となってから、母親であるミラリアが厄介だと。
彼女は息子の肩書きを利用し、第二王子と懇意であると吹聴して社交界では我が物顔。
わざわざヴィクタ―を社交界に連れまわすのは、それが理由だ。
おかげで第二王子殿下の信頼は失墜。
それでもヴィクタ―が護衛騎士として残留しているのは……第一王子殿下の強い推薦があるからだ。
王位争いの激しい王家、第二王子殿下の失墜は……第一王位継承者には願ったりの好機なのだろう。
「政争の狭間で、厄介だったヴィクタ―の失墜は……公爵家にとっては僥倖ね」
失墜という言葉通り。
ヴィクターの犯した愚行は業務中の不貞行為に加えて、妻を貶める行為だ。
護衛騎士の職など直ぐに外される……
それだけで済めばいいが、王家が関わる業務中の汚職だ。
最悪、一族追放もあり得てしまう。
「最高の情報を持って来てくれたわね……私たちローズベル公爵家は第二王子派閥として……散々煮え湯を呑まされたヴィクタ-とその母親を落とせるのは、願ってもない好機よ」
貴族同士、思惑絡まり合う中で争う立場。
自由になった私にはもう関係ないが、今だけはこれを活用しよう。
「マリア、この離婚申請書の片割れは私が持っています。必要な時に渡すと約束しましょう」
「見返りは何を望むの?? 直ぐにお父様にかけあうわ!」
身を乗り出すマリア。
やはり、私が条件をつけてこの情報を渡したと察してくれたようだ。
そして私が願うのは一つだけだ。
「ヴィクタ―や、シャイラ達が二度と私の人生に関われぬように……計らってもらえますか?」
「っ!! その程度、お父様も直ぐに引き受けてくれるはずだわ!」
これが、私が公爵家に来た理由でもある。
後ろ盾のない私は、ヴィクタ―達に捕まればその時点で終わり。
だがローズベル公爵家が後ろ盾となれば違う。
彼らが私を戻そうと画策しようと、公爵家の壁がそれを拒んでくれる。
つまり彼らは、もう私へ簡単に手出しを出来ない状況となった。
これで準備は整い……私の身の安全が保障され、あとは心置きなく自由を謳歌できる!
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