死んだ王妃は二度目の人生を楽しみます お飾りの王妃は必要ないのでしょう?

なか

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皇帝陛下の愛し方

80話

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「シ……シルウィオ? 私の事、今……なんて」

「……隣に来いと言っている」

「あ……うん」

 なんだか、彼と少し仲良くなり始めた頃のような距離間に緊張してしまう。
 言われた通りに隣へ行けば、手を引かれて椅子へと座らされる。

「庭園を離れて城内を一人でうろつくな。暫くここにいろ」

「シルウィオ……私、今は」

「……」

 やはり、出逢った頃のような彼だ。
 疑問の言葉を続けようとしたけれど、彼は無言のまま執務へと戻ってしまう。
 だが、隣に座る距離だけは近いまま。

「……」

「……」

 まずい。
 なぜか私が緊張している。
 彼が好きな今……少しぶっきらぼうだった頃の彼に緊張してしまうだろう。

「……子供が……俺の執務室に入ったのか?」

「え?」

 呟く彼の手元へと視線を向ければ、執務机の引き出しをあけていた。
 中に置かれていたのは……リルレットやテアが描いていた大量のお絵かきだ。記憶が無くなる前の彼がここで大事に保管していたのだろう。

 毎日生み出されるお絵かき。本来は捨てるはずだった束を、彼がたまにコソコソと何処かに持って行っていたのは見ていたけれど、まさかこんな所に隠していたなんて。
 私も知らぬ。普段のシルウィオが隠していた事実を思わぬ形で知ってしまい……自然とニヤニヤしてしまう。

「なんだ。この絵は」

「ふ。ふふ……それは」

「捨て…………いや。いい」

 記憶が無くとも、精神の奥深くでは大事にしていた想いが残っているのだろうか。
 捨てろと言い出しそうだった口を閉じ、何も見なかったように彼は引き出しを閉じた。
 そして、ペンでも探しているのか。別の引き出しを開けた時。

 再びゴロゴロと出てきたのは大量のどんぐりや石。押し花等だった。
 幼かったリルがひんぱんに渡していた贈り物、それはテアも同様であり、二人からの小さな贈り物を捨てずにいたのだ。

 これも、捨てずに隠していたなんて……
 なんだか私が嬉しくて、思わず笑ってしまう。

「……」

 困惑した表情を浮かべている彼に、失っている記憶を伝えるべきか迷う。
 だがリルレットの焦っていない口ぶりを思い出せば、きっと記憶を戻す方法も確立しているのだろう。

 ならば、下手に記憶を混濁させない方が良いのではないか?
 うん。きっとそうだ。
 決して、久々にぶっきらぼうなシルウィオと話すことに興味が惹かれたとかではない。

「シルウィオ、今日はゆっくり二人でいませんか?」

 とりあえず、記憶が戻るまではゆっくりしておいた方がいいだろう。

「休めというのか?」
 
「お話がしたくて、お願い」

「…………分かった」

 私がお願いをすれば、彼は目線を逸らしながらも頷いた。
 こんな仕草や優しさも記憶が通りで、懐かしさで胸が高鳴る。

「……お前、今日は予定が無いのか?」

「はい。暇なので一緒にいれますよ」

「……な……」

「?」

「…………いや、いい」

 何かを言いかけて、そっぽをむく姿。
 見覚えのある行為に、私は微笑みながら彼の手を握った。

「シルウィオ」

「っ!」

「なんですか、言ってください」

「……」

「言って」

「ひ、暇なら……二人で、どこか出かけ…………たい」

 こんな顔……してたんた。
 目線を逸らしながら、ほのかに頬を火照らせて要求を伝える彼の姿は。
 好きになった今だからこそじっくりと見れて、少し嬉しい。

「うん、行こうか。シルウィオ」

「っ……あぁ」

 今度は嬉しそうだ。
 無表情だけど、それだけは昔から分かる。

 出かけるために用意をしようと思っていた時。
 コンコンと執務室の扉がノックされ、護衛騎士のグレインが入って来た。

「陛下、騎士達の報告書を届けに……っと、申し訳ありません。ご夫婦の時間を邪魔してしまいました」

「…………グレイン……お前……ノックが出来たのか」

「へ? 陛下?」

「っふ!!」

 驚くグレインの反応に、シルウィオも同様に驚いているように見えた。
 彼の記憶はまだグレインがノックせずに入ってくる頃のままらしい。
 笑ってしまいそうになりながら、私は話がこじれぬようにシルウィオの手を引いた。

「シ、シルウィオ。早く行きましょう!」

「……? あぁ」

 手を引けば、嬉しそうな彼はそれ以上は何も言わずに大人しく着いて来る。
 グレインは戸惑っているようだけど、私は目線を送りながら小さな声で「リルレットに事情を聞いて」と囁いた。
 
 その後、シルウィオには隠しながらもジェラルド様達にも事情を話した。
 庭にいるリルレットにも話を聞けば、やはり時間が経てば記憶は戻るらしい。どうにも知りたい事があって作ったらしいけど、勝手に危険な魔法を作って使った事を怒る必要はありそうだ。
 
 しかし、今は彼の記憶が混濁しないよう現在の事は明かさないべきだと全員の意見が一致した。下手に記憶が混ざっても彼が混乱するだけだろう。
 テア達はグレインやジェラルド様に見てもらい、私はシルウィオが望むままに帝都へ向かう準備を始める。

 外行きの服に着替え、外套を着込みフードを被った彼の元へと向かう。

「……」

「待たせましたか?」

「いや、行こう」
 
「はい!」

 隣を歩けば、ふらりと触れた彼の指。
 彼の手が戸惑うように右往左往しているのを見て、私は笑いながらその指を絡めた。

「っ……」

「夫婦ですから、いいですよね?」

「……そ……ぅだな」

 頬が赤く火照り、緊張の中でも嬉しそうな彼に胸がうずく。
 どうしてか……彼の初々しい反応が嬉しい。
 もっと、いろんな反応が見てみたい。そんないたずら心が芽生えてしまう程に、照れる姿を可愛く思えてしまう。

 恋心を知り始めた頃らしき彼と、それを知る私。
 新鮮な気持ちで、私達は帝都へと赴いた。




   ◇◇◇





 しかし……一つ失敗があった。
 それはシルウィオだけでなく私も身を隠すべきだった事だ。

「おい、みろ」
「なんだよ……あの美人」
「他の奴らも呼んでこいよ、あんな美人見れないぞ」

 私は二児の母であり、そんな目で見られると思っていなかったのに。
 周囲の視線が集まってしまう。
 皇后として名は知られているけど、顔まで知っている民は多くない。

 以前まで帝都に出ていた時は護衛騎士の方々が人払いをしてくれていたのだろう。
 今回はシルウィオに余計な記憶の混乱が起こらないように二人きりで出たのは失敗かもしれない。
 野次馬のように人が集まり、歩く先で多くの視線が刺さってくる。

「……」

 ギュッと彼の手を握って、夫である事を周囲に知らせようと思っても効果は無さそうだ。

「声かけてみるか」
「貴族家の令嬢なら失礼だぞ」
「貴族が帝都を馬車も使わず歩くか?」

 こうしている間にも、人が集まってきてしまう。
 流石に、警戒して声をかける者は居ない……

「隣は夫だろ?」
「父親かもしれないだろ? こんな好機を逃す手はないぞ」
「そうだな、もし嫁に出来たら最高だな」

 それも時間の問題かも。

 どうすべきだろうか。
 恥ずかしさと混乱の中、彼は夫だと叫ぶか迷っていた時だった。

「お姉さん、今時間ある?」
「ちょっとお話でもしてくれない?」

「っ」

 数人の男達が、私の前に立って道を塞ぐ。
 シルウィオの手を握っているのに、彼に視線さえ向けないのは少し不愉快だった。

「今、夫と歩いておりますので……時間はありません」

「いやいや、父親だろ? ちょっとぐらい話させてよ」
「俺達はただ、ちょっと遊びたいだけなんだよ」

 こういう人たちは、どうして総じて強引なのだろうか。
 妙な自信に溢れており。私の前に立ち、気付けば後ろにも立たれて肩に手を回されそうになっていた。

「やめてくだっ!!」

 叫び、いっそ噛みついてやろうかと思った時。

「やめろ……」

 私の肩に手を回そうとした男の手が、シルウィオに掴まれた。

「あ?」
「なに、なんか文句でもあるの?」

「……」

「なんとか、言えよ」
「あんたもさ、こんな男と一緒じゃなくて俺達と一緒にきなよ」

「触らないで、近づかないでください」

「そう言わずにさぁ」
「俺達の方がもっと楽しい思いさせてやるよ」

 シルウィオの制止の声にも耳を傾けず。男達は私へと手を伸ばし始める。
 私は彼らから離れようと身をよじった。

 その時。
 男達の伸ばした手がぐるりとあり得ぬ方向に回転した。

「……あ?」

 バキリと、砕けた音が響いたと同時に。
 シルウィオの手が伸び、一人の男の顔を掴み地面へと叩きつけた。

 鼻血を流して気絶した一人を私が確認した瞬間には、囲んでいた他の男達もいつの間に顔を殴られたのか気絶していた。見えぬ速さで、ほとんどの男を伏してしまったのだ。
 彼は無表情のままで、一人残った腕が折れて痛がっている男を見つめた。

「い……いでぇ! お前! な、なにしたか分かってるのか!? 俺は伯家の当主様とも取引する商家の者だぞ! こんな事をして……どうなるか分からせてやろうか!」

 伯家との繋がりが、私達に強く出ていた理由だったのだろう。
 最後は脅してでも……なんて考えもあったのかもしれない。
 だけど……そんな事を聞くシルウィオではなかった。

「……黙れ」

「へ……?」

 外套のフードが外され、彼の銀の髪が太陽に輝く。
 周囲の視線が一気に私から、彼へと集まった。この帝都では知らぬ顔は居ない。
 当代皇帝––シルウィオの姿へ。

「あ……うそだ……そんな……ぁっ!!?!」

 一閃。
 喚いていた男の腹部へと拳が叩きつけられた。
 あっさりと宙に浮いた男は、あり得ない程の距離を吹き飛ばされて地面へと落ちていく。

「……こ、皇帝?」
「まさか、隣におられるのは……」 

 顔を見せたシルウィオの姿に周囲は騒めくが、彼は気にもせず私へと外套を被せた。

「シルウィオ……」

「苛立つ。ここは」

「ぇ?」

 外套を被されたまま横抱きされ、彼は大通りから外れて人気のない路地へと歩いていく。
 周囲の人々をひと睨みすれば、皆が萎縮して誰も私達を追う事はない。
 そのまま、人が居ない路地にたどり着き降ろされた。

「ありがとう、シルウィ……っ!!」

 ドンっと彼は壁へと勢いよく手を当てて、私の前に立つ。
 その視線は、鋭かった。
 
「イラつく。先程から……ずっと………」

「ど、どうしたの?」

「お前が他の男に見られるのも、その声を聞かれるのも……耐えられない程に苛立つ。誰かが……お前に触れる事が許せない。なんだ……これは」

 ………。

 ……そうか。
 記憶を失っても彼が子供達の宝物を捨てられないように、今まで培ってきた想いが消える魔法ではないのだ。
 つまり、彼は今……行き場のない膨れた恋情を抱えているのだと……その切ない瞳を見て分かった。

「カーティア……お前は、なにか知っているのか」

「シルウィオ…………隠して、ごめんね」

 下手に隠して彼が辛くなるのなら、せめて……私の気持ちだけでも知ってもらえば、楽になるかもしれない。
 そう思い……私は背伸びして、彼の首へと手を回し。

 まだ……自分の恋情に気付かぬ彼へと、口付けを交わした。
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