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三章
117話 進む二人⑦ グレインside
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今でも思い出せる程に、胸の中にある傷は残っている。
もう何年も経ったのに情けなくも残り続ける心の傷だ。
『剣を握る野蛮な平民なんて好きにならないわ』
幼い頃の初恋相手、エリーが呟いていた一言。
淡い恋情は壊れてしまい、いつしか女性の誰もがそう思っているのだと感じた。
騎士である自らを誇りに感じているが、女性からみれば粗雑で近寄りがたい。
そんな印象を抱かれているのだと思うと、嫌な汗が流れてしまう。
自然と女性との接触を避けていた人生だった。
「どうか、しましたか?」
昔を思い出してしまっていた思考に、リーシアの声が響く。
街へと共に出ており、目の見えぬ彼女の手を握って歩いていたというのにぼうっとしていた。
アイゼン帝国にやってきた彼女に帝都を案内するために共に出ているのに、過去の事を考え過ぎは駄目だと自省する。
「すまない。なんでもない」
「本当ですか? 少し手が汗ばんでおりましたので心配で……」
「っ! 汗が汚かっただろうか?」
「あ、違います違います! 決してそのような事は」
互いにそんな押し問答を繰り返して、直に自然と互いに笑ってしまった。
「また、案内するために手を繋いで良いか?」
「もちろん……お願いします」
リーシアと一緒にいるときは、他の女性に抱いていたような緊張はない。
きっと彼女自身の裏表のない言動に安心しているのだろう。
「しかし、帝都は本当に賑やかですね」
また無言であったためか、リーシアが気を遣って話をしてくれる。
気を付けなければと思いつつ、彼女の言葉に相槌を打つ。
「賑やかだと分かるか?」
「ええ、見えませんが聞こえるのです。この帝都の賑やかで、楽しそうな声が」
言われて耳を澄ませば、聞こえてくる多種多様な声。
子供の遊ぶ声、帝都の街道で出店を並べて呼びかける活気ある店主の声。
馬車が走りぬける際には、御者同士が挨拶を交わし。
歩いている人々も笑みを浮かべて、楽しそうに話し合う。
普段は気にせず歩く通りも、彼女の感想一つでいっそう賑やかに見えた。
「リーシアの国では、こういった賑やかな場はなかったのか?」
「私は前の国で、たまに街に出る機会はあったのですが……ここまで賑やかな街はありませんでした。きっと良い治世のおかげなのですね」
「……そうだな。確かにそうかもしれない」
思い返せば俺が幼少期の頃は、貧しい暮らしで母と共に苦労していた。
ジェラルド様に拾われる前までは、街で食べる物を探すほどだ。
その頃は貴族の腐敗が激しく、帝国全体が貧しくて、活気ある声など無かった。
それが明確に変わったのは、シルウィオ陛下が即位してからだろう。
加えて、さらにこの国が豊かになったのは……陛下の隣に立つ、あの方のおかげだ。
「シルウィオ陛下と、カーティア皇后に感謝しなくてはならないですね。お二人のおかげでこの国は大きく変わった」
「私も、あの二人に感謝しております」
リーシアがそう呟きながら、俺の手をぎゅっと強く握った。
思わず視線を向けると、彼女は頬に小さく笑みを浮かべる。
「私を救ってくださいましたから」
「リーシア……」
「それにカーティア様にも、小説の書き方を教える日々は……とても充実しています。本当に嬉しいんです」
「君の姉……エリーの隣に居た日々に比べれば、きっとなんでも幸せだよ」
「でも、それ以上に嬉しいこともあるんです」
「え?」
「こうしてグレイン様にもお会いできましたから」
彼女の言葉に、ぐっと胸が締め付けられる感覚。
顔に熱が帯びて、鼓動が早くなっていく。
止まらぬ気持ちに、これが特別な感情なのだと改めて思う。
リーシアの微笑みを見ていると、捨てていたはずの恋情が強く浮かぶのだ。
好きだな……と素直に思える。
「……俺も、リーシアと会えて良かった」
「ふふ、なら私も嬉しいです」
「じゃあ、帝都を回ろうか。たくさん案内するよ」
「はい。あの……もっとくっついていいですか。グレイン様とはぐれないように」
……可愛い。
今すぐに抱きしめたい感情をどうにか抑えて、彼女の手を引く。
こんな感情、初めてでどうしていいか分からないな。
ぐっと縮まった距離と共に、彼女の手を握って帝都を歩いていく。
この特別な感情、かつてシルウィオ陛下がカーティア様に抱いていたであろう感情。
それはこんなにも辛く、焦り、胸が痛むものだと知らなかった。
だが同時に、こんなにも心地よく、嬉しいものだと初めて知った。
「では、行きましょうか。リーシア」
「はい、グレイン様」
きっと、焦らなくてもいい。
俺はゆっくりとでいい、今すぐにでなくてもいい。
忘れていた、閉ざしていた特別な感情を思い出していくように……リーシアとの関係を深めていこう。
これから、少しずつ。
もう何年も経ったのに情けなくも残り続ける心の傷だ。
『剣を握る野蛮な平民なんて好きにならないわ』
幼い頃の初恋相手、エリーが呟いていた一言。
淡い恋情は壊れてしまい、いつしか女性の誰もがそう思っているのだと感じた。
騎士である自らを誇りに感じているが、女性からみれば粗雑で近寄りがたい。
そんな印象を抱かれているのだと思うと、嫌な汗が流れてしまう。
自然と女性との接触を避けていた人生だった。
「どうか、しましたか?」
昔を思い出してしまっていた思考に、リーシアの声が響く。
街へと共に出ており、目の見えぬ彼女の手を握って歩いていたというのにぼうっとしていた。
アイゼン帝国にやってきた彼女に帝都を案内するために共に出ているのに、過去の事を考え過ぎは駄目だと自省する。
「すまない。なんでもない」
「本当ですか? 少し手が汗ばんでおりましたので心配で……」
「っ! 汗が汚かっただろうか?」
「あ、違います違います! 決してそのような事は」
互いにそんな押し問答を繰り返して、直に自然と互いに笑ってしまった。
「また、案内するために手を繋いで良いか?」
「もちろん……お願いします」
リーシアと一緒にいるときは、他の女性に抱いていたような緊張はない。
きっと彼女自身の裏表のない言動に安心しているのだろう。
「しかし、帝都は本当に賑やかですね」
また無言であったためか、リーシアが気を遣って話をしてくれる。
気を付けなければと思いつつ、彼女の言葉に相槌を打つ。
「賑やかだと分かるか?」
「ええ、見えませんが聞こえるのです。この帝都の賑やかで、楽しそうな声が」
言われて耳を澄ませば、聞こえてくる多種多様な声。
子供の遊ぶ声、帝都の街道で出店を並べて呼びかける活気ある店主の声。
馬車が走りぬける際には、御者同士が挨拶を交わし。
歩いている人々も笑みを浮かべて、楽しそうに話し合う。
普段は気にせず歩く通りも、彼女の感想一つでいっそう賑やかに見えた。
「リーシアの国では、こういった賑やかな場はなかったのか?」
「私は前の国で、たまに街に出る機会はあったのですが……ここまで賑やかな街はありませんでした。きっと良い治世のおかげなのですね」
「……そうだな。確かにそうかもしれない」
思い返せば俺が幼少期の頃は、貧しい暮らしで母と共に苦労していた。
ジェラルド様に拾われる前までは、街で食べる物を探すほどだ。
その頃は貴族の腐敗が激しく、帝国全体が貧しくて、活気ある声など無かった。
それが明確に変わったのは、シルウィオ陛下が即位してからだろう。
加えて、さらにこの国が豊かになったのは……陛下の隣に立つ、あの方のおかげだ。
「シルウィオ陛下と、カーティア皇后に感謝しなくてはならないですね。お二人のおかげでこの国は大きく変わった」
「私も、あの二人に感謝しております」
リーシアがそう呟きながら、俺の手をぎゅっと強く握った。
思わず視線を向けると、彼女は頬に小さく笑みを浮かべる。
「私を救ってくださいましたから」
「リーシア……」
「それにカーティア様にも、小説の書き方を教える日々は……とても充実しています。本当に嬉しいんです」
「君の姉……エリーの隣に居た日々に比べれば、きっとなんでも幸せだよ」
「でも、それ以上に嬉しいこともあるんです」
「え?」
「こうしてグレイン様にもお会いできましたから」
彼女の言葉に、ぐっと胸が締め付けられる感覚。
顔に熱が帯びて、鼓動が早くなっていく。
止まらぬ気持ちに、これが特別な感情なのだと改めて思う。
リーシアの微笑みを見ていると、捨てていたはずの恋情が強く浮かぶのだ。
好きだな……と素直に思える。
「……俺も、リーシアと会えて良かった」
「ふふ、なら私も嬉しいです」
「じゃあ、帝都を回ろうか。たくさん案内するよ」
「はい。あの……もっとくっついていいですか。グレイン様とはぐれないように」
……可愛い。
今すぐに抱きしめたい感情をどうにか抑えて、彼女の手を引く。
こんな感情、初めてでどうしていいか分からないな。
ぐっと縮まった距離と共に、彼女の手を握って帝都を歩いていく。
この特別な感情、かつてシルウィオ陛下がカーティア様に抱いていたであろう感情。
それはこんなにも辛く、焦り、胸が痛むものだと知らなかった。
だが同時に、こんなにも心地よく、嬉しいものだと初めて知った。
「では、行きましょうか。リーシア」
「はい、グレイン様」
きっと、焦らなくてもいい。
俺はゆっくりとでいい、今すぐにでなくてもいい。
忘れていた、閉ざしていた特別な感情を思い出していくように……リーシアとの関係を深めていこう。
これから、少しずつ。
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