死んだ王妃は二度目の人生を楽しみます お飾りの王妃は必要ないのでしょう?

なか

文字の大きさ
89 / 105
三章

117話 進む二人⑦ グレインside

しおりを挟む
 今でも思い出せる程に、胸の中にある傷は残っている。
 もう何年も経ったのに情けなくも残り続ける心の傷だ。

『剣を握る野蛮な平民なんて好きにならないわ』

 幼い頃の初恋相手、エリーが呟いていた一言。
 淡い恋情は壊れてしまい、いつしか女性の誰もがそう思っているのだと感じた。

 騎士である自らを誇りに感じているが、女性からみれば粗雑で近寄りがたい。
 そんな印象を抱かれているのだと思うと、嫌な汗が流れてしまう。
 自然と女性との接触を避けていた人生だった。


「どうか、しましたか?」


 昔を思い出してしまっていた思考に、リーシアの声が響く。
 街へと共に出ており、目の見えぬ彼女の手を握って歩いていたというのにぼうっとしていた。

 アイゼン帝国にやってきた彼女に帝都を案内するために共に出ているのに、過去の事を考え過ぎは駄目だと自省する。

「すまない。なんでもない」

「本当ですか? 少し手が汗ばんでおりましたので心配で……」

「っ! 汗が汚かっただろうか?」

「あ、違います違います! 決してそのような事は」

 互いにそんな押し問答を繰り返して、直に自然と互いに笑ってしまった。
 
「また、案内するために手を繋いで良いか?」

「もちろん……お願いします」

 リーシアと一緒にいるときは、他の女性に抱いていたような緊張はない。
 きっと彼女自身の裏表のない言動に安心しているのだろう。

「しかし、帝都は本当に賑やかですね」

 また無言であったためか、リーシアが気を遣って話をしてくれる。 
 気を付けなければと思いつつ、彼女の言葉に相槌を打つ。

「賑やかだと分かるか?」

「ええ、見えませんが聞こえるのです。この帝都の賑やかで、楽しそうな声が」

 言われて耳を澄ませば、聞こえてくる多種多様な声。
 子供の遊ぶ声、帝都の街道で出店を並べて呼びかける活気ある店主の声。

 馬車が走りぬける際には、御者同士が挨拶を交わし。
 歩いている人々も笑みを浮かべて、楽しそうに話し合う。
 普段は気にせず歩く通りも、彼女の感想一つでいっそう賑やかに見えた。

「リーシアの国では、こういった賑やかな場はなかったのか?」

「私は前の国で、たまに街に出る機会はあったのですが……ここまで賑やかな街はありませんでした。きっと良い治世のおかげなのですね」

「……そうだな。確かにそうかもしれない」

 思い返せば俺が幼少期の頃は、貧しい暮らしで母と共に苦労していた。
 ジェラルド様に拾われる前までは、街で食べる物を探すほどだ。

 その頃は貴族の腐敗が激しく、帝国全体が貧しくて、活気ある声など無かった。
 それが明確に変わったのは、シルウィオ陛下が即位してからだろう。 
 加えて、さらにこの国が豊かになったのは……陛下の隣に立つ、あの方のおかげだ。


「シルウィオ陛下と、カーティア皇后に感謝しなくてはならないですね。お二人のおかげでこの国は大きく変わった」

「私も、あの二人に感謝しております」

 リーシアがそう呟きながら、俺の手をぎゅっと強く握った。
 思わず視線を向けると、彼女は頬に小さく笑みを浮かべる。

「私を救ってくださいましたから」

「リーシア……」

「それにカーティア様にも、小説の書き方を教える日々は……とても充実しています。本当に嬉しいんです」

「君の姉……エリーの隣に居た日々に比べれば、きっとなんでも幸せだよ」

「でも、それ以上に嬉しいこともあるんです」

「え?」

「こうしてグレイン様にもお会いできましたから」

 彼女の言葉に、ぐっと胸が締め付けられる感覚。
 顔に熱が帯びて、鼓動が早くなっていく。

 止まらぬ気持ちに、これが特別な感情なのだと改めて思う。
 リーシアの微笑みを見ていると、捨てていたはずの恋情が強く浮かぶのだ。

 好きだな……と素直に思える。


「……俺も、リーシアと会えて良かった」

「ふふ、なら私も嬉しいです」

「じゃあ、帝都を回ろうか。たくさん案内するよ」

「はい。あの……もっとくっついていいですか。グレイン様とはぐれないように」

 ……可愛い。
 今すぐに抱きしめたい感情をどうにか抑えて、彼女の手を引く。
 こんな感情、初めてでどうしていいか分からないな。

 ぐっと縮まった距離と共に、彼女の手を握って帝都を歩いていく。
 この特別な感情、かつてシルウィオ陛下がカーティア様に抱いていたであろう感情。
 それはこんなにも辛く、焦り、胸が痛むものだと知らなかった。

 だが同時に、こんなにも心地よく、嬉しいものだと初めて知った。


「では、行きましょうか。リーシア」

「はい、グレイン様」


 きっと、焦らなくてもいい。
 俺はゆっくりとでいい、今すぐにでなくてもいい。

 忘れていた、閉ざしていた特別な感情を思い出していくように……リーシアとの関係を深めていこう。
 これから、少しずつ。
しおりを挟む
感想 1,018

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつもりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。