【完結】冷遇された私が皇后になれたわけ~もう貴方達には尽くしません~

なか

文字の大きさ
7 / 26

6話

しおりを挟む
 クロヴィス様は崩れた瓦礫を魔法で浮かせて、痛みで呻く騎士の前へと立った。

「聞きたい事がある」

「ひ、ひぃ……な、なんで……貴方が……?」

「俺の質問にだけ答えろ」

 クロヴィスの怒りがこもった声色に気付いた騎士が青ざめる。

 死んだと思っていた彼が帰還したのだと、理解したのだろう。
 それは、私を冷遇していた日々が断罪される事が決まったにも等しい。

「お前は、ラシェルになにをした?」

「え……あ、あの……」

 クロヴィス様は騎士の腰に差さった剣を抜き取り、銀色に光る剣先を揺らす。
 衛兵の首元に、剣がピタリと当たった。

「正直に言え……」

「っ! は、話します! わ、分かりました!」

 身の危険を感じたのだろう。
 衛兵は痛みに耐えながらも、息も絶え絶えに話し始める。
 今まで私にしてきた行為の数々を……

「お、俺はそんなに大層なことはしてませんよ! 本当です! ラシェル様が社交界に出るのを止めるため、ドレスを切り裂いたぐらいで……」

 彼の言った事は、セドア様が命令した嫌がらせの一つだ。
 衛兵が数人で私の動きを止めて、目の前で私のドレスの多くを裂いた。

 その中には、クロヴィス様が贈ってくれたものもあった。
 あの時抵抗できなかった自分が情けなくて、拳を握りしめる。

「他には?」

「え……あ、あの……」

「他にもあるだろ、全部話せと言ったはずだ」

「わ、分かりました!」

 衛兵が話すものは、改めて聞けば酷いものだった。

 私に食事をとらせないために、スープに虫を混入させたり。
 睡眠時間を削るために、深夜にわざと訪れたり。

 当時は辛い事の連続で、深く考えずにそれらの扱いを受けていた。
 だけど……思い出せば辛い事ばかりだ。

「こ、これで全部です……」

「そうか……」

「ゆ、許してください! こんな事はみんなやってます! セドア様が許可してくれて、だんだん過激になっていって……」

 私から見えるのは、クロヴィス様の背中だけだ。
 だけど、その背中から感じる怒気が大きくなっていく。

「俺はむしろ、みんなの中では控えていた方です! そ、そうだ! 改めてラシェル様の護衛を務めるので! お許しを!」

「黙れ」

「へ……?」

「俺が、お前に弁明の機会を許可したか?」

 クロヴィス様はそう言った瞬間、持っていた剣を騎士の手に突き刺した。
 彼の怒りが傷となって現れ、騎士が断末魔のような悲鳴を上げる。

「あぁぁぁ!!! や、やめ!」

「護るべきラシェルを虐げた騎士など……必要ない」

「た! たすけ!」

「最悪だ。ラシェルがそんな扱いを受けていたのに……俺が傍に居てやれなかったなんて」

「クロヴィス様……」

 私が声をかければ、彼は振り返る。
 そして、安心させるように笑みを浮かべた。

「ごめんな。俺がお前の立場を正当なものに変えてやる。だから……もう少しだけ待て、分かったな?」

「は……はい」

「いい子だ」

 かつてのように、私の頭を撫でる彼。
 五年前と変わらない子供扱いが、今の状況であっても懐かしさを感じた。

「さて、お前ら」

「「ひ!」」

 制裁を受けた騎士と侍女は、クロヴィス様の声に怯える。
 そんな彼らに、彼は酷く冷徹な表情で命令を告げた。

「今すぐに、セドアをここに連れてこい。ラシェルを虐げる事を命じた報いを、お前らと同様に奴に刻む」

「そ、そんな……セドア様を我らが呼びつけるなど……無礼だと解雇されてしまいます! 我らの生活はどうなるのですか!」

「なぁ、お前……分かってるのか?」

 クロヴィス様は要望を拒否した騎士の傷付いた手を踏みつけた。

「い……いだぁ!!」

「俺のラシェルを傷つけたお前を気にかける必要があるか? さっさと行け」

「っ!? わ、分かりました!」
「ひ、ひぃ……!!」

 彼らは慌てて走っていく。
 要望通りにセドア様を呼びに向かったのだろう。

「クロヴィス様、私のために……ありがとうございます」

 私のために怒ってくれているクロヴィス様に、感謝を漏らす。
 そんな私に、彼は首を横に振った。

「ラシェル、お前はもっと怒っていいんだ」

「え……?」

「ここに戻る前。各国に輸出されているポーションを見た。魔力で分かった……作ったのは、ラシェルだろ?」

「そ……そうです……」

 私が頷けば、クロヴィス様はため息交じりに私の頭を撫でてきた。

「あんなに高品質なポーション。他の国に居る光の魔力を持つ奴でも作れない。だから各国がこぞってラシェルのポーションを求めてるんだ」

「そ、そうなのですか!?」

「あぁ、実際……今の帝国が得た利益の三割はラシェルのポーションのおかげだぞ。来る前に執務室に忍び込んで見て来た」

 セドア様は私を皇宮に半ば閉じこめていたため、知らなかった。
 私が作ったポーションが、そこまで評価されているなんて。

「国が違えば、直ぐに聖女や女神だと讃えられる功績だ。だからラシェルは幸せに過ごせていると思ってたが、来て見たらこれだ。あれだけの富を得ながら……奴らは恩知らずにも程がある」

 クロヴィス様は表情に怒りを混ぜながらも、私の手を握った。

「だからラシェル。もうお前は我慢するな。これからは自由に、好きに生きろ」

「好きに……?」

「あぁ。俺のラシェルを傷付けるような馬鹿は、居なくしてやる」

 好きに生きていい。
 そう聞いた瞬間、私の胸が跳ねるような高揚感が訪れた。
 
 もう、セドア様達の前で……我慢しなくていいなら。
 私は言ってやりたい事が、数多くあった。

 そんな時、幾つかの足音が聞こえだす。
 途端、部屋の扉が開き、数人が入ってきた。

「侍女や衛兵に手を出したのは……貴方ね?」

 驚いたことに、やって来たのはセドア様ではなく、婚約者候補のエミリーであった。
 彼女の傍らには、数人の護衛騎士が控えている。

「ラシェル……まさかセドア様が不在の間に、そんな人を連れてくるなんてね」

 エミリーは何を言っているのだろうか。
 今、私の傍にいるのは皇子のクロヴィス様なのに。

「エミリー、この人は……クロヴィス様で……」

「いえ、違うわ! セドア様はクロヴィス様が死んだと言っていたもの。偽物に決まっています! 貴方のような惨めな女は嘘を吐くしかないのよね?」
 
 取り付く島もないとはこの事だ。
 エミリーは、連れてきた護衛騎士に指示を飛ばした。

「この男を殺しなさい! それを手引きしたラシェルも……そうね、この際たっぷり傷付けて構わないわ!」

「エミリー! 話を……」

「黙りなさい! 惨めな女が……本当に腹立たしい! 面倒をかけないで!」

「この人は本当に……!」

「セドア様に迷惑をかけるなら、私が断罪してあげる! 今まで以上にイジメぬいて、心を壊してあげ––」

 エミリーの言葉の途中、豪音が鳴り響た。
 彼女が音の方向を見れば、動き出していた護衛騎士達が壁にめり込んで気絶している。
 クロヴィス様の魔法だ。

「は……え? え!? はぁ!?」

「なぁ、誰だよ。お前」

 驚くエミリーに、クロヴィス様が舌打ちをした。
 そして、ゆっくりと彼女へと歩み始めた。

「わ、私を誰ですって!? 次期皇妃候補で、セドア様の婚約者と……な……」

「俺は……セドアを呼んだはずだ。お前じゃない」

「あ……」

 クロヴィス様の怒りに呼応するように、エミリーの周囲には氷の棘が浮かぶ。
 もうすでに、彼女は逃げられない死地に居た。

「だけど、一つだけ聞きたい事ができた。……死にたくなければ答えろ」
 
「え? 死……?」

「ラシェルをイジメたって、どういう意味だ?」

 エミリーは、虎の尾を踏んでしまった。
 クロヴィス様の激情の混ざった声に、私はそう思った。
しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

聖女の証を義妹に奪われました。ただ証だけ持っていても意味はないのですけどね? など 恋愛作品集

にがりの少なかった豆腐
恋愛
こちらは過去に投稿し、完結している作品をまとめたものになります 章毎に一作品となります これから投稿される『恋愛』カテゴリの作品は投稿完結後一定時間経過後、この短編集へ移動することになります ※こちらの作品へ移動する際、多少の修正を行うことがあります。 ※タグに関してはおよそすべての作品に該当するものを選択しています。

新しい聖女が優秀なら、いらない聖女の私は消えて竜人と暮らします

天宮有
恋愛
ラクード国の聖女シンシアは、新しい聖女が優秀だからという理由でリアス王子から婚約破棄を言い渡されてしまう。 ラクード国はシンシアに利用価値があると言い、今後は地下室で暮らすよう命令する。 提案を拒むと捕らえようとしてきて、シンシアの前に竜人ヨハンが現れる。 王家の行動に激怒したヨハンは、シンシアと一緒に他国で暮らすと宣言した。 優秀な聖女はシンシアの方で、リアス王子が愛している人を新しい聖女にした。 シンシアは地下で働かせるつもりだった王家は、真実を知る竜人を止めることができない。 聖女と竜が消えてから数日が経ち、リアス王子は後悔していた。

婚約破棄を受け入れたのは、この日の為に準備していたからです

天宮有
恋愛
 子爵令嬢の私シーラは、伯爵令息レヴォクに婚約破棄を言い渡されてしまう。  レヴォクは私の妹ソフィーを好きになったみたいだけど、それは前から知っていた。  知っていて、許せなかったからこそ――私はこの日の為に準備していた。  私は婚約破棄を言い渡されてしまうけど、すぐに受け入れる。  そして――レヴォクの後悔が、始まろうとしていた。

出来損ないと言われて、国を追い出されました。魔物避けの効果も失われるので、魔物が押し寄せてきますが、頑張って倒してくださいね

猿喰 森繁
恋愛
「婚約破棄だ!」 広間に高らかに響く声。 私の婚約者であり、この国の王子である。 「そうですか」 「貴様は、魔法の一つもろくに使えないと聞く。そんな出来損ないは、俺にふさわしくない」 「… … …」 「よって、婚約は破棄だ!」 私は、周りを見渡す。 私を見下し、気持ち悪そうに見ているもの、冷ややかな笑いを浮かべているもの、私を守ってくれそうな人は、いないようだ。 「王様も同じ意見ということで、よろしいでしょうか?」 私のその言葉に王は言葉を返すでもなく、ただ一つ頷いた。それを確認して、私はため息をついた。たしかに私は魔法を使えない。魔力というものを持っていないからだ。 なにやら勘違いしているようだが、聖女は魔法なんて使えませんよ。

虐げられた令嬢は、耐える必要がなくなりました

天宮有
恋愛
伯爵令嬢の私アニカは、妹と違い婚約者がいなかった。 妹レモノは侯爵令息との婚約が決まり、私を見下すようになる。 その後……私はレモノの嘘によって、家族から虐げられていた。 家族の命令で外に出ることとなり、私は公爵令息のジェイドと偶然出会う。 ジェイドは私を心配して、守るから耐える必要はないと言ってくれる。 耐える必要がなくなった私は、家族に反撃します。

聖女の妹によって家を追い出された私が真の聖女でした

天宮有
恋愛
 グーリサ伯爵家から聖女が選ばれることになり、長女の私エステルより妹ザリカの方が優秀だった。  聖女がザリカに決まり、私は家から追い出されてしまう。  その後、追い出された私の元に、他国の王子マグリスがやって来る。  マグリスの話を聞くと私が真の聖女で、これからザリカの力は消えていくようだ。

完結 王子は貞操観念の無い妹君を溺愛してます

音爽(ネソウ)
恋愛
妹至上主義のシスコン王子、周囲に諌言されるが耳をを貸さない。 調子に乗る王女は王子に婚約者リリジュアについて大嘘を吹き込む。ほんの悪戯のつもりが王子は信じ込み婚約を破棄すると宣言する。 裏切ったおぼえがないと令嬢は反論した。しかし、その嘘を真実にしようと言い出す者が現れて「私と婚約してバカ王子を捨てないか?」 なんとその人物は隣国のフリードベル・インパジオ王太子だった。毒親にも見放されていたリリジュアはその提案に喜ぶ。だが王太子は我儘王女の想い人だった為に王女は激怒する。 後悔した王女は再び兄の婚約者へ戻すために画策するが肝心の兄テスタシモンが受け入れない。

処理中です...