【完結】冷遇された私が皇后になれたわけ~もう貴方達には尽くしません~

なか

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5話

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「ごめん、待たせた」

 改めて謝罪の言葉を漏らし、クロヴィス様は私の手を握った。
 夢かと思ったけれど、手の温もりが現実だと知らせてくれる。

「その傷……どうした」

 こちらは五年ぶりに再会して戸惑っているのに、彼は気にせず質問をする。
 私の額にある傷が気になったのだろう。

「誰かにやられたのか?」

 言わずとも、誰かに傷つけられたものだとクロヴィス様は理解したのか、舌打ちと共に手が引かれて抱きしめられる。

「っ……クロヴィス様……」
 
 久しく感じていなかった優しさと温もりに涙が流れて、彼のシャツに染みていく。
 でも彼はなにも気にせず、優しく私の髪を撫でた。

「イラつく……」

 呟く声と同時に、さらに強く抱きしめられた。

「五年かけてやっと帰ってくれば……俺のに、傷をつけた馬鹿がいるとはな……」

 口調の荒さとは反対に、私の頬に触れる手が五年前の記憶通りに優しくて。
 顔を上げれば……優しく微笑んでくれる。

「待ってろ、ラシェル」

「っ……」

「馬鹿どもは、俺が片付けてやる。そして……お前を今度こそ、幸せにしてやる」

 荒々しい言葉を吐いた口とは反対に……
 彼が私を抱きしめる手は、彼と離れて過ごした五年で出会った誰よりも優しかった。
 その優しさに導かれるように、私も気持ちを伝えようと腕を回す。
  
「本当に……クロヴィス様ですよね? 嘘じゃ……ないですよね?」

「誰の噓だよ。俺はラシェルに会いたくて、戻ってきたんだぞ?」

 フっと笑うクロヴィス様の笑みが、五年前を思い出す。
 彼が帰ってきたのだと、改めて胸に実感が湧いた。

「良かった。ラシェルはずっと……ずっと待っておりました……」

「待たせて……ごめんな」

 抱きしめられながら、嬉しくて涙が止まらない。
 どれだけの時間か分からないが、たくさん泣いてしまった。
 クロヴィス様はそれまで、ジッと私を抱きしめてくれる。

 改めて冷静になった後、私は彼を見つめる。 
 その五年前と変わらぬ姿に、思わず疑問が漏れた。

「五年間、どこにいたのですか? それに……お姿も五年前と変わっていなくて……」

 まるで歳を取っていないようだ。
 聞きたい事が多くあるが、そんな私の唇にクロヴィス様は指を置いた。

「話したいのは山々だが、その前にやる事がある」

 そう告げたクロヴィス様は、私から不意に視線を外して部屋の扉を見つめた。
 途端に、予知したかのように扉が開く。

「ラシェル様! まだ起きてないのですか!? まったく……惨めな方は朝もだらしないのですね!」

 入ってきたのは侍女だ。
 いつも通りの不作法な言葉と共に、冷水の入った桶と汚れた布を乱雑に床に置いた。
 どうやら、こちらを見ずに悪口を言っている。

「私の苦労も知ってくださいね? 貴方のように冷遇された惨めな人間の世話をしていたら馬鹿にされるのですよ!」

「……」

「家畜の世話だなんて言われているのに、こうして私が朝の支度をしてあげるだけでも感謝を––」

「お前……それ、ラシェルに言ってるのか?」

「は? お前ぇ? ラシェル様、私にそんなことを言っていいはずが……」

 侍女がようやく私の方を見て、ピタリと口が止まる。
 クロヴィス様を見て、時間が止まったように動かないのだ。
 だが、彼は侍女の動揺など気にせずに、鋭い瞳で射貫く。

「答えろ。今の発言はラシェルに言ったのか?」

「あ……え? うそ……ク、クロヴィス殿下? なんで……」

「答えろと、言ったはずだ」

「っ!」

 背筋が凍りつくような、怒気のこもった声。
 そしてクロヴィス様が発言した瞬間に、桶に入った冷水が浮かび出す。
 久しぶりに見る、彼の魔法だ。

 侍女が戸惑っていた瞬間、水が凍った槍となり、彼女の頬を薄く切り裂いた。

「ひぃっ!!」

「俺が居ない間に、この国の給仕は酷く劣化したな」

「あ……ク、クロヴィス殿下?」

 氷の槍が再び液体に戻り、今度は湯気を放って私の手元にやってきた。
 それからクロヴィス様がハンカチを取り出し、私に手渡してくれる。

「ラシェル、涙は拭いておけ。俺以外に見せるな」

「あ……う、うん」

「こっちは、適当に片づけとく。話はその後でな」

 クロヴィス様は私に笑って言ってくれた後。
 打って変わって冷たい表情に変わり、侍女の前に立った。

「ラシェルは、俺の婚約者だと知ってるよな?」

「あ……あぁ……」

「暴言に加えて給仕とも呼べぬ仕事ぶり……解雇じゃ済まさねーぞ」

「ご、ごめんなさ……」

「あぁ、いくら謝っても無駄。もう、一生を牢に入れる事は決めてる」

「や! 嫌です! お願いします! 許してください!」

 侍女が泣きつくようにクロヴィス様へと迫るが、彼は再び冷水で凍った槍を作って近づけない。
 冷酷にも思える処罰だが、私のために怒ってくれている彼を今まで無抵抗だった私が止める権利などない。

「お願いします! 許してください! わ、私はクロヴィス様が帰って来ていると知らず……」

「俺が居なければ、先の態度が許されると?」

「っ……それは」

「不愉快だよ。殺してやりたい程」

 冷たい言葉と共に、クロヴィス様が作った氷の槍が砕け散った。
 そして、散らばった無数の氷の欠片が、尖った形状に変貌して侍女を囲む。

「あぁ、許し……」

「もう、喋るな」

「わ、私はセドア様に許可を……得て……」

「……セドア?」 

 侍女が青ざめながら頷いた時、再び部屋の扉が開かれた。
 入ってきたのは、いつもポーションを取りに来る騎士だ。
 
「なんの騒ぎですか! ラシェル様! 侍女の叫びが聞こえましたが……もしも我らに歯向かえば、セドア様に代わって俺が処罰を……」
 
「ほんとに、不愉快だな。お前ら……」

「え? で、殿下……!?」

 城内の騎士はクロヴィス様を見た瞬間、身体を硬直させた。
 だが、その途端に騎士の身体は大きく吹き飛んだ。

 大きな音が響いたと同時に、壁に激突して痛みで呻く騎士が見えた。
 魔法により吹き飛ばされたのだ。

「ひぃぃ!!」

「あぐぁ……ぐぅ!!」

 侍女の叫びと、騎士の呻き声。
 それらをかき消すように、クロヴィス様が呟いた。

「くそ……イラつく。俺が居ない間、ラシェルがこんな扱いを受けていたとはな……」

 クロヴィス様は私に向けてくれていた笑みを消し、彼らを冷酷な瞳で見下ろす。
 その眼は、見た事もないほどに激情が灯っていた。
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