【完結】冷遇された私が皇后になれたわけ~もう貴方達には尽くしません~

なか

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4話

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 クロヴィス様の遺体がすでに見つかっている。
 その言葉に驚いた私を見て、セドア様は耐え切れぬように噴き出した。

「ふはっ! お前が表情を動かしたのは久々だな」

「ウ……ウソです。だって……クロヴィス様の遺体が見つかれば、直ぐに騒ぎに……」

「皇族であるクロヴィスが戦死などと公表できると思うか?」

「っ」

「あいつは腹違いではあるが、俺と同じ皇族だ。それに隣国との戦を止めた英雄でもある。下手に死を公表して民に不安は与えられん」


 セドア様は「あいつが英雄と語られるのは不愉快だがな……」と呟き、再び言葉を続けた。


「これでも、まだクロヴィスが生きていると思えるか?」

「……そんな……だって、だってクロヴィス様は」

 信じたくもない言葉に、足の力を失って膝から崩れ落ちる。
 そんな私を、セドア様が見下ろした。

「やはり、お前の気持ちを折るには……事実を告げた方が早かったな」

「……」

「あいつを諦めて俺の妻になれ。あいつではなく、俺を見ろ……!」

 首元にセドア様の手が触れて、視線を無理やり上げられる。
 彼の表情は勝利を確信したように恍惚としながら、問いかけてくるのだ。

「まだ、冷遇の日々を過ごしたいか? 俺の妻になれば相応の待遇をしてやる。だから奴を諦めて俺の妻になれ」

「っ……認め、ません」

「……」

「クロヴィス様はきっと生きています。だって……約束をしたから……」

 クロヴィス様の遺体を私が実際に見てもいないのだ。
 諦められるはずない。
 気持ちを奮い立たせて、セドア様を睨む。

「絶対に、クロヴィス様は生きてます」

「……ここまで言っても、まだお前はあいつを見るのか」

「っ!!」

 呟きの後、視界が大きく乱れた。
 同時に、額に痛みが広がる。
 セドア様に突き飛ばされて、額を家具にぶつけたのだと、痛みと共に理解した。

「いっ……」

 痛みの元へ手を当てれば、ジトリとした血が指に付着する。
 床に落ちた真っ赤な血が、床に斑点を作った。

「どうして……?」

 痛みと恐怖から漏れ出た呟き。
 セドア様は酷く冷たい無表情で私を見つめる。

「ここまでしても俺を見ないのなら。痛みで分からせてやるだけだ」

「っ……やめ!」

 セドア様は平手をしようと手を大きく振りかぶる。
 私は恐怖から身を竦めた。
 
「いい加減に認めろ。あいつではなく、俺を––!!」

「なにをしている」
 
 セドア様の叫び声を遮って、別の声が響く。
 その途端、私の頬の近くで彼の平手が止まった。
 瞳を開けば、部屋にとある人物が入ってきていた。

「ち……父上……」

「お前を探していたが、やはりここに居たか」
 
 セドア様に発言できる方など、一人しかいない。
 現皇帝、ルーズベル・ジルーディア陛下。
 クロヴィス様とセドア様の御父上だ。

「セドア、その女に構うな。お前の妻は私が選んだエリナがいるはずだ」

 陛下は恐ろしい程に冷たい瞳でセドア様を睨んだ。

「し、しかし父上! 光の魔力を持つラシェルを俺の妻にすべきです! クロヴィスが死んだ今、ラシェルは俺のものにしていいはずだ!」

 私の気持ちなんて構う事も無い発言の数々。
 陛下はそれを諌めず、表情一つ変えずに返答した。

「セドア。お前は皇族と貴族との関係を密にするためにも、公爵令嬢のエリナとの婚約は絶対だ」

「父上……俺の望みは……」

「だがエリナと結婚した後は、お前の勝手にしろ。その女を側室にでもして、子供を産ませればいい」

「い、いいのですか!?」

「……好きにしろ。アレはもう死んだ。皇族が光の魔力を独占するにはそれしかない」

 とは、クロヴィス様を指しているのだろうか。
 私を含めて、まるで道具のような発言に感情が煮えたぎる。

「分かったな? エリナとの結婚は必ず行うのが条件だ」

「はい、感謝します。父上」

 陛下は一度も私に見向きもせずに、部屋を出て行った。
 その背を見送った後、セドア様は頬を緩めて、私の傷口を強く触れた。

「っ!!」

「その傷は治すな。お前が側室になると認めるまで……痛みを与えてやる」

「……絶対に、なりません」

「黙れ。お前は絶対に俺の物にする。下民の血が流れたあいつの妻など、絶対に認めん」

 そんな言葉を吐いて、セドア様も部屋を出て行く。
 彼が出た後、私が考えたのは……たった一つだった。


 悲しみで絶望した?
 違う……
 私の胸に宿ったのは、むしろ高揚だった。

「よし……出ていこう」

 クロヴィス様の捜索が止まっているなら、もう従う必要はない。
 耐えていた理由も消えた今。
 さっさと逃げ出すのが得策だ!
 
 こんな環境から出て行って、自分の力でクロヴィス様を探そう。
 私は諦めない。
 彼の死を認められるはずがない。

「直ぐに荷物……を……」

 荷物をまとめようと立ち上がる。
 しかし、傷と疲労のせいか、私の意識はふらつき、身体に力が入らなくて地面に倒れ込んでしまった。

「クロヴィス様……いま……捜し……に」

 最後に吐いた言葉は、虚しく薄れていき。
 意識が途絶えた。




   ◇◇◇




 朝の陽射しを感じて、瞳を開く。
 何故か部屋の窓が開いており、そこから陽射しが差し込んで、小さな鳥が窓枠にとまっていた。

「あ……れ?」

 いつの間に、寝台で寝ていたのだろうか。
 倒れた記憶しかないが、今の私は寝具に包まれていた。

「……なんで?」

 独り言を呟きつつ、私は窓から見える青空を見つめた。
 同時に、昨日の事を思い出してしまい、ジンと鼻頭が熱くなる。

「クロヴィス様……私、ずっと待ってましたよ……」

 捜しに向かう覚悟は出来た。
 でも今は……この冷遇の日々を耐えてきた希望が消えかけて……
 彼が死んだかもしれない恐怖が、心を徐々に埋めているのも事実だった。

「いつ、帰ってくるのですか? 五年も……待っていて……辛いよ……」






 虚無に向けて、泣き言を囁いた時だった。





「ラシェル」

「……え?」

 記憶の中に残る懐かしい声が聞こえて、窓から視線を外す。
 声の方向、部屋の中へと視線を向けた途端、息が止まった。 

「五年も……経ってたんだな。大きくなってるわけだ」

 驚きで……声がでない。
 漆黒の髪色と、鮮やかな紅の瞳。
 彼の凛々しい顔立ちが、私を見つめていた。

「クロ……ヴィス様?」

「ごめん、待たせた」

 死んだと聞いていた、クロヴィス様。
 彼が目の前で、私へと頭を下げた。


 ––ここから私の人生は大きく変わる。
 私が皇后になる道を……彼が示してくれて。
 私が作っていたポーションの真の価値も……教えてくれたから。
 
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