【完結】冷遇された私が皇后になれたわけ~もう貴方達には尽くしません~

なか

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8話

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「俺の全てを奪うだと……ど、どういつもりだ?」

「……口の利き方に気を付けろ」

「うぐっ!?!!」

 ズンっと音が響いたと同時にセドア様が呻いた。
 よく見れば、クロヴィス様の作った氷の槍がセドア様の手と床を貫いている。
 見ているだけで痛そうだ。
 
「こ、こんなことを……して」

「ラシェルに傷をつけたお前を殺してないだけ感謝しろ」

「っ……」

「さて、まずは質問に答えろセドア。……それとも前みたいに兄上と呼んでやろうか?」

 挑発するようなクロヴィス様の言葉に、セドア様は痛みに呻きながら激情を表情に映した。

「だ、誰が貴様に兄などと呼ばれ……」

「昔と変わってないな。お前はそう言って、俺を虐げてきた」

 この二人の過去や、先程の「殺そうとしていた」という言葉の意味。
 彼らの会話から、私の知らなかった事が明かされていく。

「昔から俺に使用人を付けず……帝国内の魔物討伐で傷ついても、治療しようとする医療者を止めていたな」

「……」

「腹違いで下民の母から産まれた俺は皇位継承者じゃないから……なんて理由で」

「事実だ、貴様など……」

「それに関しちゃ俺は別に恨んでない。おかげで……ラシェルに出会えたから」

 呟きつつ、クロヴィス様の視線は私へと向く。
 同時に、セドア様の瞳が酷く憎しみで歪んだのが見えた。

「五年前の戦争の際、俺を殺すために帝国の魔術師を総動員して襲ってきた事も、別に恨んでもいない」

「確かに殺したと報告を受けたはずだ。遺体も見つかった……なのにお前は、どうして生きて……」

「お前に今話すことじゃない。それよりも俺が許せないのは、俺の死を公表すると脅して、ラシェルを虐げていたことだ」

「……」

「どうして、ラシェルをそこまで追い詰めた……」

 沈黙で答えるセドア様だが、当然ながらクロヴィス様がそれを許さなかった。
 セドア様の手を貫いていた氷が、腕を覆うように凍っていく。

「ぐっ……うぅ……!! い、いっ!?」

「凍死する前に、さっさと答えろ」

「す、少しは魔法を止めろ!」

「無理。お前には痛みを感じてもらう。少なくとも、話すまではな」

 脅すような物言いに、ようやくセドア様は重い口を開いた。
 しかし彼の瞳はまだ、憎々し気に睨んだままだ。

「ラシェルは、お前のような下民から産まれた者には相応しくない。光の魔力を持つ者は、高貴な血が流れる俺と
子供を成すべきだ」

「……」

「なのに、その女はいつまでもお前に執着していた。最も皇帝に近く、誰からも崇拝されている俺に見向きもせずに、お前だけを想っていた!」

「そんな事が、理由か?」

「それ以上に不愉快な事がどこにある! 下民から産まれたお前を、純粋な皇帝の血筋を継ぐ俺より優先するなど……許されぬこと––」

「くだらない」
 
 クロヴィス様が呟いた冷酷な言葉と同時に、セドア様が視線を上げた。

「同情の余地なく、お前からは全てを奪えそうだ」

「な……にを……俺を、殺す気か……? そんな事をすれば、帝国中が敵になるぞ!」

「殺しはしねーよ。俺はラシェルの居場所を消す訳にはいかないからな」

 もったいぶるような言い方に、セドア様は苦しみながら問いかける。

「……なにをする気だ」

「俺が皇帝になり、お前が固執しているくだらない立場を奪う」

「は? ふざけるな! 下民の血を継ぐ者が皇帝になど、父上が許すはずがない!」

「だが、お前が相応しいと思っている奴も少ないみたいだな」

「っ!」

「ここに戻る前に、少しだけ各地を見て回った。五年前に俺が受け持っていた魔物討伐による被害は年々増加し、その対策が出来ていないお前や現皇帝への不信は高まっている」

「……」

「対応のために重税まで強いたのに、今の結果だ。貴族からも非難の声が出てるのは知っているぞ?」

 そんなことなっていたなんて……
 クロヴィス様は、どこまで知っていたのだろうか。

「そこで、隣国との戦争を止めた俺が帰還すれば……民の支持も集まり、俺を皇帝に推す声も高まるだろう」

「黙れ! お前が皇帝になる権利などないっ!!」

「ラシェルが苦しみながらも俺の皇位継承権を残してくれた。おかげで、民や貴族が望むなら皇帝になれるんだよ。セドア」

 言う通り、死んだことを公表されていない彼には継承権が残っている。
 それを私のおかげだと言ってくれて、耐えてきた日々が報われていく。

「上手くいくはずがない……各国の王は俺が皇帝になるのを望んでいる! お前の立場など、必ず消してや––」

 言葉の途中で、私は口を挟むために立ち上がった。
 クロヴィス様が帰ってきて皇帝になるというのなら、私がする事は一つだ。

 彼と私の冷遇されていた立場を、ひっくり返す。
 その好機が、ようやく訪れたのなら。
 私だって全力で、その後押しをしよう。
 
 
「なら私は……クロヴィス様を皇帝にするために動くことにしますね」

「ラシェル……」

「クロヴィス様。私は……もう自由に生きていいのですよね? なら思うがままにやらせてもらいます!」

 微笑みながら私が言った言葉に、クロヴィス様は驚いていた。
 セドア様も呆気にとられながらも、徐々に私の言葉に怒りを現していく。

「ラシェル!! お前は黙っていろ」

「黙りませーん! ……だって私、もう貴方に従う必要はないですから」

「な……」

「私のポーション。あれがあれば……クロヴィス様を皇帝にだってできます」

 私の言葉に、クロヴィス様が頷いてくれる。
 
「今の帝国はラシェルの作ったポーションを輸出して多大な利益を得ているが……帝国はソレを失えば、どうなるか想像しやすいな」

「……っ」

「そしてこの扱いだ。ポーションを作っていた者が虐げられたと聞いて、各国はまだお前を皇帝に推薦するだろうか?」

 セドア様に情報を遮断されていたため。各国のポーションへの評価は知らなかった。
 だけど全てを知った今なら、私の考えは決まってくる。

「それなら手始めに、私はもう二度とセドア様にポーションを作りません」

「は……? はぁ!? そ、そんな事は俺が許さない! あのポーションは我が国の要だ!」

 叫ぶセドア様の口を、クロヴィス様が力で無理やり閉じた。
 
「言ったろ。ラシェルはもう、お前に従う必要はないんだよ」 

「む! むぐぅ!」

 セドア様は怯えながらも必死に身をよじり、口を開いた。

「考え直せ! ポーションは我が帝国が安定生産しているからこそ、多くの国と年間契約しているのだ!」

「あら、そうですか」

「もしも供給が途絶えたなら大きな損害が出る。俺が苦労して得た皇族への信用も失うのだぞ……!」

「ふふ、ちょうどいいじゃないですか!」

 私の言葉に、セドア様は驚いている。
 なぜ、私がまだ帝国のために働くと思っているのだろう。
 そんなはずがないのに。

「セドア様、私が貴方の信頼を守るために働く義理など……あると思いますか?」

「ぐっ……うぅぅぅ! ま、待て! せ、せめて…………交渉を……」

「無理です! はい、もう決めました! この考えは変わりません!」

 私が答えた言葉と、クロヴィス様の冷たい瞳に見下ろされながら……
 セドア様は絶望の表情を浮かべた。

 その瞬間。
 私が自由に生きると決めた一歩は、確かに進み始めたのだ。
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