【完結】貴方と離れて私は幸せになりたいと思います

なか

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人生の岐路④ スネイルside

 ある日、ミランダが屋敷から居なくなっていた。
 何も言わず、忽然と姿を消したのだ。

「ミランダ……いったいどこに」

 当然ながら、公爵家へと連絡して彼女の所在を確かめた。
 だがあの家は知らぬと門前払いだ。
 それどころか……

「ミランダが行方不明だと? スネイル殿……君は自分の役目も果たせないのか?」

「っ!」

「ただでさえ精神も病み、乱れた娘だ。先日の社交界でも嘲笑の的だったのだぞ。それが行方不明となって外で騒ぎでも起こしてみろ。我が公爵家の恥晒しだ」

「し、しかしミランダの向かった先すら分からず。見つからないのです!」

「知らぬ! 騎士団を総動員してでも探せ! もし何かあれば君に責任をとってもらう」

 ミランダの実の父は、怒声を響かせて俺を追い払う。
 共に探す協力すらもらえなかった。

「くそ……騎士団になど、頼めるものか……」

 帰りの馬車で拳を握って呟く。
 ただでさえ、妻が理由として何度も職務を放棄してきたのだ。
 その妻が行方不明だからと、誰が協力してくれる?

「やっと平穏に過ごせると思ったのに……またこれか」

 カルーが居なくなり、心労のない日々に戻れると思っていた。
 レディアと再会できて、手紙によってまた関係を戻せるのではと希望すら持てた。
 なのに……またミランダに悩まされるなんて。

「どうすればいいんだ! くそっ!」

 もし、もしミランダが居なくなって……二度と現れなければどうなる。
 俺は当然、公爵家の置いた籍を下りる事になる。
 
 男爵家としての財はすでに公爵家に統合されて不倫の謝罪金となった、戻ってきても雀の涙だ。
 公爵家の後ろ盾がなければ、今の職さえ失う。
 失う、失う……これだけ心労の中で守り抜いてきた副団長の座が。

「失うにしても。せめて、せめてレディア。君との平穏な生活が取り戻せたら……」

 騎士団で昇進する前、互いに切磋琢磨をしていたあの頃。
 当時の思い出が、今の自分と比べて幸せに思えてしまう。
 もしもレディアが許してくれるなら、またあの頃に……また一からやり直したい。
 また、俺の夢を支える君に戻ってほしいんだ。
 それならこんな日々、直ぐに手放したっていい。

 そんな考えを抱きながら、ミランダの居ない日々に苦悩して二十日程経った時。
 ふらっと、ミランダが屋敷に帰って来た。

「ミランダ! いったいどこにいたんだ!」

 疲弊した表情のミランダが帰還し、俺は駆け寄る。
 なにがあったんだと問いかければ、彼女は血相を変えて俺に抱き寄った。

「スネイル……どうして」

「なにを言って。どこに行っていたんだ」

「どうして貴方はまだレディアを想っているの?」 

 ミランダの見開いた眼光に吸い込まれるように、心臓が飛び跳ねる。
 どうして、なぜ俺の気持ちを知っている?
 焦る俺に対して、彼女は間近に寄って叫んだ。

「答えてよ! まだ、まだレディアに想いを寄せているのよね!」

「ち、違う! 俺は君を愛して––––」

「嘘つかないで、貴方はレディアに手紙を送っているはずよ」

 まさか、あの手紙が見つかったのか?
 背中に悪寒が走る。
 冷や汗が額に生じて、高鳴る鼓動が手先を震わせる。

「ち、違うんだミランダ……お、俺はただ」

「違くない! 学園でレディアに会ってきたわ!」

「ま、まさか会いに行っていたのか!?」

「そこで聞いたの。貴方はずっと前から私を愛していると嘘を吐いて……レディアの実家に手紙を送っていたのよね?」

 目の前が歪んで、地面がひび割れて崩れる感覚がした。
 全てが知られている……
 それはあまりに絶望的で、俺の噓で塗り固めた保身を見透かされた気持ちだった。

「もういや、いや! やっと手に入れたのに……本当の貴方は私を愛してくれてなかった」

「ご、誤解だ。俺はただ……レディアに謝罪だけをしたくて」

「あの手紙を読んだの! 貴方の気持ちは確かに、レディアにあった!」

「っ!」

 荒れるミランダを止められない。
 彼女は髪をかきむしって、金切り声を上げる。

「もう死にたい、死にたい! 死にたい!」

「ミランダ……ミランダ、落ち着いてくれ」

「不名誉な不倫をばらされて、公爵家からも嫌われても……それでも良かった。貴方が居てくれたから、貴方が傍で一緒だったから!」

「俺、俺は……」

「でも貴方は違った。全て失った私に興味を失って……面倒な女だと思っていたのよね!」

 違う。
 直ぐにそう言えなかった俺に、ミランダは涙を流しながら膝を地面に落とす。

「もう消えたい、消えたい。全て失って手に入れたのに、貴方は私なんか好きでもなかった」

「……」

「……」

 沈黙が流れる中で、俯いたミランダがふっと息を吐く。
 そしてポツリと呟いた。

「離婚しよう。スネイル」

「っ!」

「もう離婚したい。貴方が私を愛してくれていないなら、一緒にいる意味もないもの」

「ま、待ってくれ!」

「その待ってほしいという言葉は、副団長の座を死守したいからでしょう?」

 見透かした一言に開いた口が閉じられない。
 ミランダは乱れた髪から、生気の抜けた瞳で俺を見つめる。

「分かってたよ。私だって……本当は」

 ミランダの言葉に、俺は否定できないまま……
 彼女が部屋に入っていく背を、見ているだけしかできなかった。
 
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