【完結】貴方と離れて私は幸せになりたいと思います

なか

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10話

「この学園の新任先生には、三年間を一人の生徒を受け持って教える制度。専属生徒制度がある」

 専属制度という言葉を聞いて、私は思い出す。
 このマグノリアス学園のみに存在する制度だ。

「新任先生は義務として一人の生徒を受け持つ必要がある。一人の子と真摯に向きあう事で、教員としての技術を高めるものだ」

「それが、なんだというのですか」

「才能がなくて別の道に行ける生徒のティルより、近日入学する……才能ある子を傍に置いて、不幸から救う必要が君にはある」

 ルミナス先生はそう呟いて、私の横を通り過ぎていく。
 なにを言っているのか分からない。
 戸惑う私を残して、小さく呟くのだ。

「情けではなく、才能がない子には諦めさせるのは重要だ。ティルはそんな子だ」

「っ……」

「君が先生として気に掛けるべき子は別にいる。だからあの子はもう放っておくんだ」

 専属生徒制度では、一人の子に新入教員が付く。
 ルミナス先生はティルではなくて、他の子を選べと告げているのだ。
 その言葉が示す意味は、今の私には分からなかった……


   ◇◇◇


 専属生徒制度、それは翌日セルジュさんから聞く事となる。

「……という制度で、新任先生には一人の生徒を専属して受け持つ。その生徒の評価は、レディアの先生としての素質を推し量るものとなる。だから……」

 セルジュ先生は幾つかの書類を、私の机に落とす。
 それらは生徒達のプロフィールを詳細に書いたものだった。

「基本的に優秀な生徒を受け持つのが通例だ。候補生のリストを渡しておく」

「最初から優秀な生徒選んで、意味があるのですか?」

「優秀な生徒を受け持つ事で自らに足りない部分を生徒に教えられ、その生徒の才能をさらに磨く事ができる。互いに利益がある」

 セルジュさんが言っている事は理解できた。
 確かに優秀な生徒を受け持つ事で分かる事があるのだろう。
 だけど……

「私は……心に決めた子がいるんです」

「すでに決めている?」

「私はルミナス先生が気付いていない、才能がある子を知っているんです。あの才能を手放していいはずがない」

「何を言っている」

 戸惑う声に対して、私は微笑み立ち上がる。
 今からその生徒に会いに行くのだ。

「お、おい。どこへ……」 

「今から会いに行きます。専属生徒制度を聞いて……真っ先に決めた子がいるので」

 緊張と共に、胸元の襟を正して職員室を出る。
 私には確固たる自信があって、あの子の元へ向かう。

「おいおい、こっちはルミナス先生の教室で……っ!」

 セルジュさんも気付いたようだ。
 教室に向かう道中に立っている、ある二人の姿に。
 
「ルミナス先生と……ティルか?」

 おっしゃる通りにティルだ。
 そしてルミナス先生が前に立ち、神妙な表情で言葉を告げていた。

「君も良く分かっているはずだ。このまま本学園に在籍していても無駄だと」

「ルミナスせんせい。ぼく……」

「才能がない者には、この学園にいても辛いだけだ。今なら学費も返上して、そのお金で別の道に進める」

 聞こえてくる声に、私は慟哭を止められなかった。
 隣に立つセルジュ先生も同様に、その視線が鋭くなっていくのが分かった。

「ぼく、ぼくはあきらめたくない」

「…………幾ら君が訴えても、成績は他の生徒より低い」

「……」

「分かっているはずだ。同学年でも最下位の成績だった君がここにいても意味がない。別の道に行く方が幸せなことも––」

「待ってください!」

 耐え切れなかった。
 いや、耐えられるはずもない。
 幼い子供へと吐き捨てられている言葉の数々は、大人でも耐えられるものではない。
 これを見過ごして、私は先生など名乗れない。

「レディア先生……君には昨日伝えたはずだ。この子を気に掛ける必要がないと」

「ティルは努力を重ねており、そんな子に退学を迫るなど最低です」

「努力を重ねてなんになる。君は大人になってから過程が評価される世界などあるというのかね? 全ては結果のみが評価となる」

「っ!」

「結果を残せぬのなら、いくら努力を重ねていようが無駄である事は明白。子供も大人も関係ない」

「それでも、この子の才能を否定していいはずがありません!」

「花咲く事もない才能に賭けて人生を棒に振るなら、今から別の道を選ぶ自由を与えるべきだ」

 その言葉に嫌でも思い出す。
『枯れた花』と私を侮蔑したスネイルとミランダの影を……
 失格の烙印を押されて、人生を否定されるような感覚。
 私はティルを、嫌でも重ねてしまうのだ。

「伝えたはずだ……君には、別の子を見る責任があると」

 ルミナス先生が怒りの言葉を吐いた時。
 瞳を潤ませながら、震える手でティルが私の袖を引いた。

「おね……さん。ぼく、もういいの」

「ティル」

「落ちこぼれだって、知っているよ。よくわかったの」

「そんなこと……言わないで」

「ぼくは、落ちこぼれだって皆に馬鹿にされてきたの。もう……もう諦めるべきなんだよね」

 唇を噛み締めて、悔しさで拳を握る小さな子。
 本心はそんなはずがない。
 両親のために努力を重ねてきた人生を……諦められるはずがない、否定できるはずがない。

「この子に、才能がないなんて言わせない」

「なにを根拠に……セルジュ先生、いい加減に新任先生の手綱を引いてくれんか?」

 視線を向けられたセルジュさんはため息を吐いた。

「俺は本心で生徒と向きあう事に関して、新任かどうかなんて関係ないと思います」

「なっ……」

「情けではなく、生徒の人生に付き合う気でここに来たんだろう? レディア先生」

「ええ、その通りです!」

「なら今、ここで判断するしかない。生徒の前で発した自分の言葉に責任をもつしかないんだ」

 セルジュ先生はきっと、私が心に決めた生徒というのが分かったのだろう。

「本気か?」

 ルミナス先生が動揺して瞳を揺らして、私へと問いかける。

『情けではなく、才能がない子には諦めさせるのは重要だ。ティルはそんな子だ』

 昨夜のルミナス先生に言われた言葉を思い出す。
 でも、でも。
 分かっていないのは、彼の方だ。

「ティル、よく聞いて」

「おね、さん?」

 ティルの肩を掴み、その琥珀色の瞳を見つめる。
 この子の人生を背負う覚悟はできた。

「貴方を私の専属生徒にします」

「え?」

「貴方の人生を背負う覚悟はある……そして貴方には魔法の才能があると断言できる!」

 私が同情で専属生徒にすると決めたと皆が思うだろう。
 だが、それは否だ!
 私は昨日、この子の魔法を見て確信した。


「貴方の才能を花咲かせてみせるから」


 この子に自分を重ねた上で、私は断言できる。
『枯れた花』と称された私が否定したように、才能がないと言われたこの子の評価も覆せると。

「おね……さん」

 涙で瞳を潤ませるティルの手を握る。
 私達を貶める評価を覆してみせる。
 これは、その一歩で––––

「レディア……?」

 覚悟を決めて、ティルの手を握っていた時。
 久しく聞いていない、だけど聞き馴染みのある声が私を呼んだ。

「ここに居たのか?」

「どう……して」

 信じられなかった……
 振り返れば、そこに居たのはスネイルだった。
 小さな男の子の手を引いて、彼はその紅の瞳が驚いたように開く。

「会いたかった、レディア……」

 スネイルは切ない声色で、求めるように私の名を呼んだ。
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