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第二章 暁の庭にて
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第二章 暁の庭にて
まだ陽が昇りきらぬ静かな暁。銅雀園の奥庭には、朝露をまとった草花が、ひそやかに目を覚ましていた。石畳の先に続く梅の小径は、昨日の宴の余韻を残しながら、どこか物語の始まりを告げているようだった。
杜若は、まだ薄明かりの中、白い綾の羽織に身を包み、庭の門を静かにくぐった。心は高鳴っていたが、歩みは落ち着いていた。彼に軽んじられてはならぬ――そう自らを律しながら。
「……お嬢様」
声がした。
振り返ると、裴景輝が一本の枝梅を手に、庭の端からゆっくりと近づいてきた。軍装ではなく、濃紺の常服。鋭さよりも、静けさと誠実さを纏った姿だった。
「朝の光の下でお会いすると、まるで夢の続きのようですね」
杜若はそっと微笑み、枝先の白梅に視線を落とした。
「将軍こそ、その梅を携えておられる様は、まるで文人のようでございます」
裴景輝は、くすりと笑った。
「将軍と呼ばれるより、あなたの前では詩人でありたいと思っております。お許しをいただけるならば」
その言葉は軽やかだったが、どこか誠実な響きを帯びていた。杜若は小さく息を呑む。
「詩は、誰もが詠むものです。将軍が詩人であることに、私が口を挟む余地などありませんわ」
「では……この梅に、ひとつ詩を添えさせていただいても?」
杜若がうなずくと、裴景輝は懐から薄紙を取り出し、素早く筆を走らせる。墨の香りが淡く流れた。
「
白梅や 朝に降り立つ 鶴のごと
君の影ゆく 暁の庭
」
詠み終わると、裴景輝は照れたように笑いながら、詩を記した紙を梅枝に結び、杜若へ差し出した。
「拙い詩ですが、どうか受け取っていただけますか」
杜若はその紙を見つめ、小さく頷いた。
「……はい。とても、美しいお歌です」
彼女の声は震えていたが、それを感じ取った裴景輝は、あえて何も言わなかった。ただ、春の光が差し込むその瞬間を、静かに共有していた。
しばらく、ふたりは黙って歩いた。梅の香に包まれながら、互いに言葉の代わりに足音と気配を重ねる。
やがて、庭の一角で裴景輝が立ち止まった。
「実は、来月には再び南西の辺境へと発ちます。新たな拠点の整備と、少し厄介な交渉が控えていて」
杜若ははっと息を呑んだ。その言葉は、彼が再び戦へ赴くことを意味していた。
「それは……長くかかるのですか?」
「三月ほどで帰る予定です。しかし――」
裴景輝は、杜若をまっすぐに見つめた。
「その間、文を交わしてもよろしいでしょうか。戦ではなく、詩を綴る相手として、あなたに宛てたいのです」
胸が熱くなるのを感じながら、杜若は静かにうなずいた。
「私でよろしければ、喜んでお返事をお書きします」
ふたりの視線が交差する。庭の白梅が、さらりとひとひら舞い落ちた。
それは、恋の始まりを告げる、暁の誓いのようだった。
――やがて手紙が行き交い、季節が移りゆく中で、この恋は試されることになる。
けれど、この朝の静けさと、初めて交わした約束は、ふたりの心に確かに刻まれていた。
次章へ続く――
まだ陽が昇りきらぬ静かな暁。銅雀園の奥庭には、朝露をまとった草花が、ひそやかに目を覚ましていた。石畳の先に続く梅の小径は、昨日の宴の余韻を残しながら、どこか物語の始まりを告げているようだった。
杜若は、まだ薄明かりの中、白い綾の羽織に身を包み、庭の門を静かにくぐった。心は高鳴っていたが、歩みは落ち着いていた。彼に軽んじられてはならぬ――そう自らを律しながら。
「……お嬢様」
声がした。
振り返ると、裴景輝が一本の枝梅を手に、庭の端からゆっくりと近づいてきた。軍装ではなく、濃紺の常服。鋭さよりも、静けさと誠実さを纏った姿だった。
「朝の光の下でお会いすると、まるで夢の続きのようですね」
杜若はそっと微笑み、枝先の白梅に視線を落とした。
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裴景輝は、くすりと笑った。
「将軍と呼ばれるより、あなたの前では詩人でありたいと思っております。お許しをいただけるならば」
その言葉は軽やかだったが、どこか誠実な響きを帯びていた。杜若は小さく息を呑む。
「詩は、誰もが詠むものです。将軍が詩人であることに、私が口を挟む余地などありませんわ」
「では……この梅に、ひとつ詩を添えさせていただいても?」
杜若がうなずくと、裴景輝は懐から薄紙を取り出し、素早く筆を走らせる。墨の香りが淡く流れた。
「
白梅や 朝に降り立つ 鶴のごと
君の影ゆく 暁の庭
」
詠み終わると、裴景輝は照れたように笑いながら、詩を記した紙を梅枝に結び、杜若へ差し出した。
「拙い詩ですが、どうか受け取っていただけますか」
杜若はその紙を見つめ、小さく頷いた。
「……はい。とても、美しいお歌です」
彼女の声は震えていたが、それを感じ取った裴景輝は、あえて何も言わなかった。ただ、春の光が差し込むその瞬間を、静かに共有していた。
しばらく、ふたりは黙って歩いた。梅の香に包まれながら、互いに言葉の代わりに足音と気配を重ねる。
やがて、庭の一角で裴景輝が立ち止まった。
「実は、来月には再び南西の辺境へと発ちます。新たな拠点の整備と、少し厄介な交渉が控えていて」
杜若ははっと息を呑んだ。その言葉は、彼が再び戦へ赴くことを意味していた。
「それは……長くかかるのですか?」
「三月ほどで帰る予定です。しかし――」
裴景輝は、杜若をまっすぐに見つめた。
「その間、文を交わしてもよろしいでしょうか。戦ではなく、詩を綴る相手として、あなたに宛てたいのです」
胸が熱くなるのを感じながら、杜若は静かにうなずいた。
「私でよろしければ、喜んでお返事をお書きします」
ふたりの視線が交差する。庭の白梅が、さらりとひとひら舞い落ちた。
それは、恋の始まりを告げる、暁の誓いのようだった。
――やがて手紙が行き交い、季節が移りゆく中で、この恋は試されることになる。
けれど、この朝の静けさと、初めて交わした約束は、ふたりの心に確かに刻まれていた。
次章へ続く――
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