ハーレム目指してホストデビューしたら、ヤンデレ男たちと修羅場な件。

幻中雲夕

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億万長者への道01《総売上:0円》

夢の歌舞伎町

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 はじめまして、俺の名前は世羅杏樹せらあんじゅ。ピチピチの18歳。
 ご覧の通り、行方知らずの母親だか、どこかで野垂れ死んだ父親譲りの綺麗な顔をしている。

「いや、だからねお兄さん。俺、マジで金ないんだってえ……」
「ああ?あんな歌舞伎町ど真ん中ほっつき歩いてて、ないってこたねえだろ?なあ?」
「それがびっくりなことに、ほんっと無いの」

 へら、と笑ってみせる。と同時に、
 
「っえ」

 目の前の男の拳が顔の横にどんと突き立てられた。
 あっぶな。……まあなんか、避けれたから、良いけども。

 普段はピクリとも動かない俺の中のキキカンリノウリョクとやらも、流石に稼働したらしい。
 食らっていたら、間違いなく俺の頬は折れていただろう。

「ええっとお……大丈夫?おにいさん」
「ってぇなあ!!……クソっ、おい、舐めてんのかクソガキ……」

 壁を殴ったせいで赤くなった拳を涙目で見つめる男は、大層ご立腹である。
 やがてぐいと持ち上げられた胸倉から目を逸らすように、俺は数日前の自分に思いを馳せた。

 ただ、ホストになりたかっただけなのになあ。

 たまたま読んだホストの漫画。題名は忘れたが……田舎出身の主人公が持ち前の顔を活かし、歌舞伎町で伝説のホスト--そして、億万長者へと成り上がるストーリー。
 主人公は兎に角馬鹿で阿呆。しかし、顔だけは良かった。奴は文字通り顔だけで、NO.1ホストの座を掴み取ったのだ。

 一通り読んだ後、俺は思った。
 「ホストって、顔さえ良ければ稼げるんだ」って。

 だとしたら、こんなに顔の良い俺が、娯楽施設もないような田舎に居ちゃいられない。歌舞伎町でホストになって、億万長者……あわよくば、夢のハーレムを築く!!
 そうして、大きな野望を胸にヒッチハイクで遥々やってきたのだ。(公共交通機関を使うような金はニートなので勿論なかった)
 車が捕まらない日は野宿で凌ぎ、雨に打たれ風に吹かれ媚びを売り、やっとの思いでここまで辿り着いたというのに。
 ここ、路地裏だし。目の前のやつ、なんかヤクザっぽいし。これ、このままどっか連れ込まれてドラム缶に詰められて死ぬんじゃない?俺。

「っおい!聞いてんのかてめぇ!?」
「んも~っ、だから、聞いてるって!………はああ、おれ、ホストになりたかっただけなのにい……!!」
「ああ?急に何言ってんだよクソガキ」
「だーかーらー、ホストになりたいのお!」
「知らねーよそんなん!!てめぇ、さっさとこっち来やがれ……っハハ、その綺麗な顔、グチャグチャに……」

「へえ。ホストになりたいの?お前」

 男の言葉を遮るように誰かが声をかけた。
 やけに頭に響く声だ。別に、特別大きな声って訳でもないのに。

「……おーい。聞いてるか?お前」
「……っえ!?ああ、おれえ?」

 慌てて顔を上げる。
 斜め右。目線の先にいたのは意外や意外、汚い路地裏さえ絵になるような男前。その金目の美しさに、俺は思わず見惚れた。
 やっぱり都会ってすごい。テレビで見るような美形が、そこら辺を普通に歩いているなんて。

「そ。……で、ホストになりたいの?」

 男の言葉にハッとし、慌てて頷く。
 妙に圧のある人だ。気だるげな雰囲気なのに、只者じゃないような、逆らっちゃいけないような……そんな気配をビシビシと感じる。
 俺の神妙な面持ちを一瞥し、男は「ふうん?」と口端を上げた。

「っておい、てめぇ急に割り込んできてなんなんだよ!?部外者は引っ込んでろ!」

 言葉と共にぐいと引っ張られる胸倉。ああ、すっかり忘れていた。そういや俺、こいつに詰められてちょーぜつピンチなんだった。
 烈火のごとく怒り散らす目の前のヤクザ風男。胸ぐらをガクガクと揺さぶられる俺。そして新たなる刺客・謎の美形男。

「おーい、そのくらいにしとけって」
「ああ?さっきから言ってんだろ。部外者は引っ込んでろっつーの!!」 
「……部外者、ねぇ」

 軽く髪をかきあげた美形男は、続けざまに「あながち部外者でもねーのよ」と呟く。

「ああ?何言って……」
黒咲芙蓉くろさきふよう
「……は?」
「俺の名前」

 「ここら辺シマにしてんなら、聞き覚えあるだろ」と続ける男--もとい黒咲芙蓉とやらに、目の前の男はみるみる顔を青ざめさせた。

「っと、ああーー、黒咲さん、ね?」

 先程までの威勢はどこへやら。ドーベルマンから産まれたてのチワワのような代わり用を見せたヤクザ風男は俺の胸ぐらからサッと手を離し、「気が変わったわ」と駆け足で去っていった。

「っええー。な、なにごと?クロサキフヨウ。魔法の言葉?」

 名前を呟くだけであんな厳ついヤのつく男を退散させるだなんて。先程の只者ではなさそうという予感が、俺の中で確信に変わった。
 一体何者なんだろうか。一見かなり若く見えるが、醸し出す圧を考えると、実の所もっと歳上なのかもしれない。

「っく、魔法の言葉ってなんだよ。ただの名前だ、名前」
「で、でも、さっきの人いなくなった」
「……ま、ここら辺は多少顔が効くからな。またなんかあったら言えよ?」
「あ、ありがとー……です」

「んで。さっきの続きだけど」

 仕切り直すようにそう言った黒咲は、顎先に指を当て、俺の全身を舐めるように見回す。「背は低いがスタイルはいい」だの、「それにしても細すぎるな。いや、でももっと食わせれば……」だの、なにやらブツブツと呟いている。……なんなんだ、この人。普通に怖い。
 一通り全身は見終わったらしい。次に俺の顔へと目を向けた黒咲は、数歩こちらへ歩みを進め、ぐいと顎を引き寄せた。

「ひぇ、なっ、なにい!?」
「んー、こりゃ無整形だな。ヒアルすらいれてねぇ。……天然物でこのクオリティとか、今どき芸能界でも見ねーわ」

 ぐりぐりと左右に動かされる己の顔面。やがて満足したのか、最後にムギュっと頬を潰したあと、筋張った手は離れていった。
 男からは、どこか既視感のある、甘いタバコの匂いがした。

「……あ、あのお」
「よし、合格だ。ついてこい」
「へ?」

「--お前のこと、お望み通りホストにしてやるよ」

 そうして、「たまには散歩してみるもんだな。とんだ拾いもんした」と口端を上げるのだ。

 --ほんとのほんとに、ついてって大丈夫かなあ?

 歌舞伎町に辿り着いて早々。休まる暇もない急展開に、俺はげっそりと肩を落とした。
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