呪いの忌子と祝福のつがい

しまっコ

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つがいの秘密2

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ベルナルドが王宮に赴いた翌日の午後、第二王子ラファエロが王都の公爵邸を訪れた。
今日のラファエロは王族の正装がよく似合っている。肩を飾るのは、騎士団の最高顧問として国境沿いの紛争を収束させたラファエロの功績を称える勲章だ。
公爵家からはベルナルド、オクタヴィア、ルクレツィアの3人が客人を出迎えた。
「ご足労いただき、ありがとうございます」
父が挨拶する傍らで、ルクレツィアも淑女の礼をとる。
「ルクレツィア、会えて嬉しい」
漆黒の瞳が、愛しくて仕方がないとでもいうようにルクレツィアを見つめた。
この方が真実を知って忌子と蔑まれたら――そう考えるだけでルクレツィアは泣きそうになる。
嫌われたくない。会ったばかりの、為人さえよく知らない人にこんな気持ちを抱くなんて不思議だけれど。もしかしたら、つがいだからなのかもしれない。
でも――…。ルクレツィアは目を伏せた。
「同席をお許しいただきありがとうございます。私はユリウス・レントラーと申します」
「研究者気質の男で、俺の侍従兼相談役といったところだ」
栗色の髪と瞳を持つ丸眼鏡の青年を紹介される。身長はラファエロより少し低いくらいでどちらかといえば長身だが、線が細くオクタヴィアと似たような体形をしている。
「ユリウス・レントラーは、あの国立劇場の舞台装置や自動昇降階段の発案者で、魔道障壁を作り上げた高名な発明家でもあるんだよ」
オクタヴィアの補足をきき、ルクレツィアは瞳を見開いた。
「現代史の本で読みました。国境の魔道障壁が完成してから、他国との紛争がなくなったと」
「ルクレツィアは本が好きなのか」
「はい」
当たり障りのない会話をするうちに、公爵家のサロンに到達した。バラの咲き乱れる庭園にガラス張りの6角形の部屋の一部が突き出している。
午後の日はまだ高く、日除けがなければ眩しいほどの明るさだ。
「ルクレツィア、手を」
いきなりそういわれ、ルクレツィアはきょとんとした。差し出された手が何を意味するのか分からない。すると王子に右手をとられた。大人とこどもほども差のある二つの手が重なり、直後、ルクレツィアの手の甲に王子の唇が触れた。
王子の触れた部分から温かい何かが流れ込んでくる。今まで冷え切っていた四肢の先まで熱が広がり、全身の体温が上昇したみたいだ。王立劇場でもそうだったけれど、今はもっと心地いい。そのまま手を引かれ王子の隣に座らされた。
顔を上げると、その場の全員が固唾をのんで自分たちを見ていることに気が付いた。
「言っておくが、手も口も、細工など施していないぞ」
王子が公爵とオクタヴィアに向かって言及した。
その言葉の意味を理解できず、ルクレツィアは小首をかしげる。
「ルクレツィア、具合は悪くない?」
オクタヴィアにそう問われ、ルクレツィアは微笑んだ。
「はい」
むしろ今までの人生で一番体調がいいかもしれない。今朝は何も喉を通らなかったのに、今は運ばれてきたお菓子がとても美味しそうに見える。
「改めて自己紹介しよう。俺はラファエロ・デ・ローナ、この国の第二王子だ。つがいであるおまえを迎えに来た」
美しく精悍な顔がルクレツィアに微笑みかけた。
「何も不安に思うことはない。生涯かけておまえを守り愛しぬくと誓おう」
深い響きのパリトンがルクレツィアの鼓膜を優しく揺さぶる。心地いい響きにうっとりして、ルクレツィアはラファエロの漆黒の瞳に魅入ってしまう。
「おまえのことを知りたい。歌劇と本、ほかに好きなものは?」
「猫とお花、絵を見るのも好きです」
「そうか。この庭の薔薇は見事だな。王宮にはたくさんの絵画が飾られ、温室に異国の珍しい植物がある。今度案内しよう。他にも好きなものはあるか?」
「甘いお菓子も」
答えた直後、一口サイズの小さなマカロンを差し出された。おずおずと口を開くと、マカロンが口に入れられる。骨ばった指が唇に触れた直後、バニラの香りが口の中に広がった。
「目の前の光景がにわかには信じられないよ」
左斜め隣からオクタヴィアが呆然とつぶやく。
「実に興味深い。文献に記載されているつがいの給餌行動ですよ。カルロスはヴィクトリアを膝にのせて食事をさせていたといいます。すごいじゃないですか、『つがい』の威力素晴らしいです。ラファエロ様のような人間嫌いを一瞬にしてこんな風に変えるなんて」
ユリウスはラファエロとルクレツィアをつがいだと確信しているようだが、ルクレツィアにはその実感がない。
「殿下……わたくしは本当に殿下のつがいなのでしょうか……」
「もちろんだ。このつがい紋がそれを証明している」
王子の左手首には、先日同様、鷹と百合を象った青い紋様がくっきりと浮かんでいる。フローレンツ公爵家の紋章だ。けれど、ルクレツィアの手首には何もない。
すると、ユリウス・レントラーに問いかけられた。
「ルクレツィア様、つがいといえば誰を思い浮かべますか」
「建国王カルロス陛下とヴィクトリア王妃殿下です」
「僕はその二人について研究していましてね、僕の考えではヴィクトリア妃は生まれたとき魔力を持っていなかったと思うんですよ」
ルクレツィアは呼吸の仕方も忘れ、呆然とユリウスを見上げた。この方は何を言っているのだろう。まさか、ルクレツィアの秘密を知っているのだろうか。だから、こんなありえない話を――…。
「だって考えてもみてください。カルロスは全属性の魔力持ちですよ。普通に考えてヴィクトリアが魔力を持っていたら、魔力反発が激しくてこどもなんて授かるわけがない」
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