呪いの忌子と祝福のつがい

しまっコ

文字の大きさ
7 / 48

つがいの秘密3

しおりを挟む
それからユリウスは、魔力とその器についての仮説を話してくれた。
全属性の魔力持ちのつがいは魔力を持たずに生まれてくる。体内で魔力を作れないが、魔力の器は持っている。だからつがいの魔力を注がれてもそれを吸収して、魔力反発も拒絶反応も起きないのだと――…。
「ユリウス・レントラー、それは確かな話なのか」
公爵が真剣な面持ちで問いただす。
「さぁ。千年以上前の出来事を証明しろと言われても難しいです。けれど、ラファエロ殿下とルクレツィア様のケースについては実証できると思いますよ」
眼鏡の奥の瞳が生き生きと輝く。
やはりこの方たちはルクレツィアの秘密をご存じなのだ。ルクレツィアは確信した。
公爵が身を乗り出して尋ねた。
「どうすれば実証できる?」
「簡単です。ラファエロ様の体液をルクレツィア様に注ぐだけ、んぐっ」
ラファエロが襟元をつかんでユリウスを黙らせた。ルクレツィアはびっくり眼で二人を見比べた。
「あの、殿下、お話の続きをうかがいたいです」
ルクレツィアは恐る恐る懇願した。ルクレツィアにとっては、とても重要な話だ。何の確信も持てぬまま王子殿下に嫁ぐのは怖い。
殿下にはつがい紋が現れたというけれど、公爵家の娘はルクレツィアだけではない。もしかしたら王子のつがいはオクタヴィアの可能性もある。
不承不承の態でラファエロがユリウスを解放した。
「えー、コホン、そういうわけで、ラファエロ様の魔力、つまり体液をルクレツィア様に注いでみましょう。ルクレツィア様の『器』が魔力を受け止めたら、つがい紋が現れるかもしれません」
「魔力を注ぐというが、魔石や魔道具に魔力装填する要領ではいけないのか?」
「それではおそらく意味がありません。体の組織から出た後の魔力は作用することはあっても人体に取り込めませんよ。あくまで魔力を含んだ体液ごとルクレツィア様に注がなければ。婚姻に関する魔力適合だって直接注がなければ意味がないでしょう」
魔力適合とは互いの魔力を馴染ませる行為のことで、婚姻が成立するかどうかは魔力適合時の魔力の融合次第といわれている。
ルクレツィアは王子を見上げた。
しかし、オクタヴィアが待ったをかけた。
「ダメだよ、ルクレツィア。危険すぎる」
「危険なのですか?」
「ああ。彼の説が間違っていたら、君の体が保たない。普通の人間は触れるだけで失神する。殿下の強力な魔力を含んだ体液を注ぐなんてありえないよ。無責任な提案はやめてもらおう」
険しい表情でオクタヴィアが反論するが、ユリウスは飄々とした口調で言い募った。
「普通の人間なら触れるだけで失神するのに、ルクレツィア様は手に口づけを受けても平気なご様子。先ほどはお口にも触れましたよね」
ユリウスの楽し気な様子を見て、ルクレツィアは何となくその人柄を察した気がした。このチャレンジ精神が偉大な発明を生み出しているに違いない。
「確かめる方法があるというのなら、わたくしは試してみたいです。確信のないまま殿下に嫁ぐことはできません。教えてください、レントラー様。わたくしはどうすればよろしいのですか」
ごほん、と公爵が咳払いをした。
「殿下、万が一に備え、我々の前でお願いいたします」
「……!?」
王子はぎょっとした様子で目を見開いた。切れ長の瞳は漆黒でラファエロの精悍さを際立たせていた。
「はじめは唾液から少量ずつ始めれば問題ないのでは?」
「……なるほど……」
王子の肩から力が抜ける。
「ラファエロ様、貴方いったい何を考えていたんですか」
くつくつと肩を揺らすユリウスをギロリと睨んでから、ラファエロはルクレツィアと向きなおった。
「恐怖や苦痛を感じたら、すぐに左手をあげなさい」
医師のようなことを告げられ戸惑うルクレツィアの顎を硬い指先がすくいあげた直後、王子の秀麗な顔が目の前に迫ってきて思わずぎゅっと目を瞑る。唇に自分より高い温度の粘膜が触れた。
キスされている。王子殿下に――…。
しかし、すぐに驚きや戸惑いよりも別のものがルクレツィアの意識をとらえた。
先ほどとは比べ物にならない大量のエネルギーが体内に押し寄せてくる。唇をノックされ、王子の熱い舌がルクレツィアのそれを捕らえ翻弄する。ルクレツィアは小さく身を震わせた。全身の細胞が歓喜している。恍惚と酔いしれていると、いきなり後ろから体を引きはがされた。
「いつまでやってるんですか! ルクレツィア、どこも異常はない?」
オクタヴィアに抱き寄せられ顔を覗き込まれた瞬間、今の状況を思い出し、ルクレツィアは急激に顔がほてるのを感じた。胸もドキドキする。
「ルクレツィア?」
「あの、胸がドキドキします」
消え入るような声で答えると、王子の向こう側からユリウスに問いかけられた。
「胸の痛みはありますか」
「いいえ」
「息は苦しいですか」
「いいえ」
「動悸の他に症状は?」
「顔が熱いです」
「ふむ、それは初めての接吻直後によくある症状ですね」
笑いをにじませた声でそう告げられ、ルクレツィアは一層頬を上気させた。
「ルクレツィア、左の手首を見せてごらん」
諦念を感じさせる声音で父に促され、ルクレツィアは手を差し出した。
体内を駆け巡っていた熱が徐々に引いていく中で、左腕は未だ熱い。
恐る恐る手首を上向けるとうっすらと青っぽい班状の色がついていた。
「つがい紋だ。ルクレツィアが俺のつがいであることが証明された」
ラファエロの声が弾む。
「そう言われても、王家の紋章には見えませんが」
オクタヴィアは不満げだ。
「しかし、もともとはなかったものです。繰り返し魔力を注ぎ続ければ、必ずしっかりとしたつがい紋になりますよ」
ユリウスに断言されると、本当にそうなりそうに思えるから不思議だ。
「ルクレツィア、殿下に嫁ぐことを命じる。いいね」
「はい、お父様」
覚悟を決めた父にそう告げられ、ルクレツィアは小さく頷いた。
貴族として生まれた以上、本来であれば家のために婚約するのは当然のことだ。お相手があまりに高貴で恐れ多くても。つがいの確信が持てなくても――。
この日、魔力を持たない忌子として生きてきたルクレツィアが王子に嫁すことが決まったのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

処理中です...