呪いの忌子と祝福のつがい

しまっコ

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蒼玉宮

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王都の中央に鎮座する王の居城は、執務や外交を行う王城と王族の住まいである王宮からなっている。国王夫妻の住まいクリスタルパレスに加え成年王族が暮らすいくつかの離宮があり、庭園、温室、馬場、騎士団宿舎、演練場、狩猟場などの施設と貴族街がそれを取り囲んでいる。

ルクレツィアがこの離宮に来て3週間が経過した。
ラファエロは、亡き母ジュリエッタが結婚前に暮らしていた離宮に手を入れ、ルクレツィアを迎えてくれた。
白を基調としてアイスブルーの装飾のなされた蒼玉宮は、小規模ではあるもののそこここに贅を凝らしたつくりになっていた。
周囲には花の咲き乱れる庭園があり、幾何学模様を描くブルーベリーの生け垣の間にラベンダーが植え込まれ、香しい匂いを放っている。
アイボリーを基調とした部屋には淡黄色に花の絵がちりばめられた美しい絨毯が敷かれ、猫足の家具も淡い色調のもので統一されている。飾り棚には猫の置物とたくさんの花が飾られ、ルクレツィアへの心遣いが感じられた。
そして何よりうれしかったのは、ルクレツィアの愛猫ミアがいたことだ。居室にはミア用のベッドがあり、クッションやおもちゃが用意されている。慣れない環境で不安な時にもミアが慰めてくれるだろう。

国王夫妻へのご挨拶を終えてから、ルクレツィアはこの離宮から出ることなく過ごしてきた。
ラファエロもこの離宮に居を移し、ルクレツィアと3食をともにしている。
直轄地の運営の他に、ラファエロは魔法騎士団の最高顧問に就いている。主な職務は魔力供給で、これに加えて定期的に国境沿いの魔道障壁のメンテナンスに訪れている。
今もラファエロは3日間の日程で離宮を留守にしていた。

蒼玉宮に来てから体調の良かったルクレツィアであるが、初夏の天候のせいなのか昨日から体が重い。今朝は頭重感も加わって朝食が喉を通らず、家庭教師による授業はお休みになってしまった。
ベッドでうとうとしていた時、額に冷たい何かが当てられた。気持ちがいい。重い瞼を上げるとオクタヴィアがこちらを覗き込んでいた。
「少し熱っぽいね」
「オクタヴィアお姉さま」
「なんだい? 私のお姫様」
「冷たくて気持ちがいいわ」
「それはよかった。殿下が戻るまでずっとこうしていてあげる」
水属性を持つオクタヴィアは掌で氷を生成しそれをハンカチで包みルクレツィアの額に当てていた。
以前は拒絶反応の心配をして断魔素材の手袋越しにしか触れ合うことができなかったが、ルクレツィアが拒絶反応を起こさないことが分かってからは、こうして遠慮なく触れてくれる。
冷たい感触がルクレツィアの額、頬、首筋にそっと押し当てられる。
「悔しいな」
「はい?」
「今まで手袋越しにしか触れられないと思っていたのが、結果的に君の身体を弱らせていたなんて」
ユリウスの分析通り、ルクレツィアには魔力を受け止める『器』が存在しているらしい。高魔力保有者に触れられても拒絶反応はなく、むしろ心地よいことが分かった。
ルクレツィアは姉の手に触れ、微笑んだ。
「とても気持ちいいわ」
「そう? 役得だな」
褐色の瞳が優しく笑いかけてくれる。
ラファエロ同様、多属性で魔力量の多いオクタヴィアは近衛騎士団の顧問に就任しており、必要に応じて王宮で魔力供給を行っている。その帰りにルクレツィアのところにも毎日顔を出してくれていた。
「君が体調を崩したのは殿下と離れたせいなのかな」
「……」
そうだとしたら自分があまりにも情けない。
ラファエロはルクレツィアをつがいと確信しているらしく、とても大切にしてくれる。けれど、ルクレツィアは貰うばかりで返せるものがない。その上、数日離れただけで体調を崩してしまうなんて――…。
「ルクレツィア?」
目を伏せたルクレツィアの瞳をオクタヴィアがのぞき込んだ。
「殿下のいない間は私が魔力をあげる。触れているだけでも少しは楽になるかもしれない」
瞼に口づけられ、ふっと頭重感がなくなる。
「お姉さま、大好き」
「気が合うね、私も君が大好きだ」
髪を撫でられ心地よさにうっとりする。
姉との穏やかな時間がいつまでも続けばいいのに。そんなことを思いながらルクレツィアは眠りに引き込まれていった。


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