呪いの忌子と祝福のつがい

しまっコ

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虜囚

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ルクレツィアが行方不明になったという報せが入り、ラファエロは煮えたぎる怒りを持て余していた。
教会に同行した護衛騎士たちはルクレツィアとオクタヴィアが司祭とともに応接室に入ったところまで確認している。しかし、二人は一向に出てこず、声をかけドアを開けるとそこはもぬけの殻だった。
他に出口はなく、2階の窓からルクレツィアが出ることも不可能だ。
報告を受けすぐに魔法騎士団を率いて教会に踏み込んだラファエロであるが、騎士たちの言う通りルクレツィアの痕跡は残されていなかった。
「殿下、孤児院の子どもが2名行方知れずになっています」
子ども。足手まといにしかならない者を連れ出したというのなら――…。
「人質か」
「ですね。子どもを人質にとってルクレツィア様を従わせたんでしょう。それなら、あのオクタヴィア様が阻止できなかったのも頷けます」
子どもを人質にしたところで、あのオクタヴィアが怯むだろうか。毒を盛られたのではないか。オクタヴィアが護衛として機能していないとしたら、ルクレツィアは無事なのか。他の男に穢されたら、つがいは死んでしまうといわれている。
最悪の可能性が次々と脳裏に浮かんでくる。
「もう一度、この部屋を洗い直そう。必ず何らかの手掛かりがあるはずだ」
ラファエロが指示を出した直後、部下の一人が声を上げた。
「この床に血をぬぐった跡があります」
「……!」
大股で近寄り、床を見分する。かすかに鉄の匂いがした。うっすらとした色づきは褐色調で、黒味は弱い。まだ新しい血痕だ。
無意識に握りしめた拳の爪が皮膚に食い込む。
「ルクレツィア様のものではありませんよ」
ユリウスの言葉はただの気休めにしか聞こえない。
「なぜそう言い切れる?」
「殺すならこんな手の込んだことはしません。あの孤児院出身の女性たちのように、違法魔法薬で操った者を使えばもっと簡単に殺せますし」
ユリウスは自作の魔法自白機を使って、先日逮捕したルキアスから経過をすべて聞き取ることに成功している。それは驚くべき内容だった。
魔力が増大するという魔法薬を服用した後、知らない誰かに命じられ、身体が勝手に命令を遂行していたという。しかも本人はそれを忘れるように暗示をかけられていた。
その場の状況を再現するような詳細な供述を得られる魔道具に、魔道騎士団の面々も驚きを隠せなかった。
せめて関係者が残っていれば、あの魔道具を使うことができたのだが。
「アイデアが浮かびました。次は現場に残された血痕から、誰の血か、どこを怪我したか、その時の状況を読み取る魔道具を作りましょう」
実現すれば役に立ちそうではあるが、今ないものに期待しても仕方がない。ラファエロはもう一度、徹底的に部屋を見分し直すために立ち上がった。


教会の隠し扉から地下通路をしばらく歩き、ルクレツィア達は別の屋敷に到着した。歩く間、ジャン司祭はサディアン教のことを話し続けた。神を称える内容がほとんどだ。ルクレツィアが聖女として民を癒せば、さらに教会の権威は高まりサディール神もお喜びになる――要約すれば、ルクレツィアを教会の広告塔にしたいということらしい。
聖女として民を癒す――そんなことができるなら、真っ先にマリオの首の傷を癒している。
ルクレツィアは魔力の属性を使い分けられない。何度か離宮で練習してみたが、属性ごちゃまぜの攻撃魔法しか使えなかった。司祭たちがこの事実を知ったらどうなるのだろう。せっかく誘拐したのに何の役にも立たないとなれば、殺されてしまうかもしれない。この事態を招いた自分はともかく、巻き込んでしまった姉を殺させるわけにはいかない。
必死に考えを巡らせていると、到着した屋敷の3階の一室に入れられた。
「お手の拘束を解いてさしあげられず申し訳ありません。生活に必要なものはすべて完備されています。出発までこちらで休んでいてください」
「傍仕えが必要だ。この手では水差しひとつ扱えない」
「傍仕え、ですか」
「その者で構わない」
オクタヴィアがマリオに視線を送った。
「いいでしょう。マリオ、しっかりお世話するように。もし彼女たちが逃げ出せば、私が預かっている子どもがどうなるかわかっているね?」
「……」
手枷を外されたマリオは伏し目がちの暗い表情で頷いた。
アランが出ていき、廊下側から施錠される。
3人が閉じ込められた部屋は孤児院の子供部屋一室と大差ない広さで、窓には鉄格子がはめ込まれていた。
中央に設置された4人掛けのテーブルセットに、ルクレツィアとオクタヴィアが腰掛ける。
「マリオ、あなたも座って」
ルクレツィアが促すと、マリオはルクレツィアの正面に腰を下ろした。
「ごめん。俺、こうなるって知ってたのに」
「仕方がないわ。子どもたちを盾にされたのでしょう?」
「うん」
「顔をあげなさい」
俯く少年に、オクタヴィアが声をかけた。
「窓から脱出して魔法騎士団にこの場所を通報してほしい。私が風魔法で援護する」
「えっ? だって、それ魔法使えなくする布なんだろ?」
「まさか。高魔力保持者の魔力はこんなもので封印できないよ」
「でも魔法銃も取り上げられちゃっただろ」
「あれは魔力を絞って標的のみをピンポイントで倒すために調整された武器だ。私たちの魔力というのは武器など介在しなくても発動できる」
オクタヴィアの手からかまいたちのような風が立つ。断魔素材の布が切れ、オクタヴィアの手首から鮮血が滴った。
「少し切れてしまったな」
それからオクタヴィアはルクレツィアの手の拘束を解いてくれた。
「ごめんなさい。癒して差し上げられなくて」
「大丈夫だよ。なんてことのない傷だ」
ルクレツィアはハンカチでオクタヴィアの傷口を縛った。それからマリオの首の怪我を確かめる。浅い傷ですでに血も止まっていた。
「聖女なのに癒しの魔法使えねぇの?」
マリオの問いかけにルクレツィアは眉尻を下げた。
「聖女ではないわ。わたくし攻撃魔法しか使えないの」
「……あの司祭ども、それ知ってんの?」
「いいえ」
そんな会話をする間にも、オクタヴィアは鉄格子に熱を当てながら石の燭台をのこぎりのように動かし続けた。集中して作業すること半刻ほどで鉄格子が1本断ち切られる。
窓を開けて下を見下ろすと、思った以上に高さがあった。
「ここから降りるのは危険すぎます」
どう考えても無理がある。しかし、マリオは決意を固めたようだ。
「どうにかなると思う」
「私が風魔法で落ちるダメージを軽減する。下りたらすぐに孤児院に向かいなさい」
「孤児院って危なくねぇの?」
「ラファエロ殿下が捜索に来ているはずだ。ここの連中が今一番近づきたくない場所に違いない」
「わかった」
「騎士団をここに案内しなさい。あとはあの方がどうにかする」
まだ人質になっている子どもがいるはずだ。彼らのためにルクレツィアとオクタヴィアは今すぐ脱出することはできない。
「これを」
ルクレツィアは左手の中指にしていた指輪を外し、マリオに渡した。
「騎士に見せればラファエロ様のところに連れて行って貰えるはずです」
「うん」
「いいか、ことは急を要する。ルクレツィアに危険が迫れば、私は人質にかまわず彼らを掃討する。君は一刻も早く殿下を呼んでこなければいけない」
「わかった」
オクタヴィアの言葉にマリオは大きく頷いた。
窓から抜け出したマリオが2階の庇から2階のバルコニーに飛び降り、同様に1階の庇を経て地面に着地する。驚くほど身軽で怪我もなさそうだ。あっという間に茂みの中にマリオの姿が消えていく。
「大丈夫だよ」
いつまでも窓の外を見ていると、オクタヴィアに肩を抱き寄せられた。
「絶対に大丈夫だ」
力強い声に頷く。今ルクレツィアにできるのはマリオの無事を祈ることだけだった。


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