呪いの忌子と祝福のつがい

しまっコ

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王都の異変

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魔法騎士団の執務室。ラファエロがその報告書に目をとめたのは偶然に過ぎない。
何の気なしに見た市井の犯罪捜査一覧に、孤児院出身の女性が2人たて続けに殺されているという事件が記載されていた。
王立第一騎士団が担当する事案であるが、孤児院という単語がラファエロの意識を捕らえた。5番区の治療院が運営する孤児院で、ルクレツィアが通っている1番区のものとは別であることにまずは安堵する。
しかし、何かが引っかかる。同じ孤児院出身の21歳の女性が二人。しかも目撃情報から重要参考人として確保されたのは王立第2騎士団の騎士だという。
動きを止めたラファエロの様子を察知し、ユリウスがのぞき込んできた。
「それ、気になりますね」
「魔法騎士団で引き取らせろ」
「では早速行ってきます」
「おまえが?」
「面白そうな臭いがするんですよ」
ラファエロがサインした書類を渡すと、ユリウスは驚くほどの速さで重要参考人の男を引き取ってきた。
アンジェロ・ルキアス、子爵家3男、犯罪歴なし。
貴族の魔力で領地運営が行われているため、たとえ3男でも家の魔力供給義務を果たせる人材として粗略に扱われることはない。下位貴族の場合、魔力の属性が少ない者が多く、魔力反発が起きにくいことから、嫁・婿として歓迎される傾向にある。そうした背景もあって、アンジェロは快活な遊び人として騎士団の中でもよく知られた存在だった。それが、ここ数週間で唐突に陰鬱になり人が変わったようだと、周囲の者たちが証言している。
連れてこられた男は全く覇気がなく、明るい性格の遊び人の面影はない。両手を縛られた姿はうらぶれていて、現役の騎士に見えない。
「ルキアス、殺された女性二人を知っているか」
「わからない」
「なぜ現場にいた」
「わからない」
「二人を殺したのか」
「わからない」
何を聞いても同じ返答だ。
「例の違法魔法薬っぽいですね」
「そのようだな。家宅捜索は?」
「騎士団の宿舎には入っていますが、実家はまだですね」
「貴族の屋敷だから後回しにされたのか」
「貴方の勅令があれば一発で通りますよ」
「違法魔法薬捜査班の者を呼べ」
それから当日のうちに家宅捜索が行われ、ルキアス家のアンジェロの部屋から魔法薬が発見された。この魔法薬は魔力を増大させるという触れ込みで、貴族の間に広まりつつある。しかし、興奮した結果一度に放出できる魔力量が増えるだけで、根本的に魔力が増加するわけではない。つまるところインチキ魔法薬だ。
アンジェロは薬の作用で自分を見失い殺人を犯したのだろうか。しかし、被害者の共通点が気になる。
「あの男、僕に預けてくれませんか」
ラファエロが頷くとユリウスはいい笑顔で立ちあがった。本来侍従がすることではないが、ここの職員はユリウスという人間に慣れてしまっているため誰も異を唱えない。
ユリウスが出ていき、ラファエロは再び書類に目を落とした。


教会の入り口で馬車を降りると、いつものようにアラン司祭が待っていた。
「ようこそおいでくださいました、妃殿下。いつも気にかけていただき、我々一同感謝に堪えません」
「ごきげんよう、アラン司祭。今日もよろしくお願いします」
司祭の先導に従い教会の中庭を通って孤児院に向かう。
「私事ですが、この度、帰国することになりました」
「まぁ、そうでしたの。いつお帰りになるのですか」
「数日中に」
「ではこれが最後になるのですね。もうお会いできないのは残念ですが、お国で活躍されることを祈っております」
この数か月、毎月世話になった司祭との別れは名残惜しかったが、教会とはそういう組織だとルクレツィアも理解している。
「貴女様の祈りはきっと叶うでしょう。それに私は永のお別れではないと確信しているのです」
司祭は微笑を浮かべ静かに言い切った。
「そうなのですか……?」
サディアン教会の本部は隣国ウセリエルの首都にある。この国は主に魔力を持たない民族で構成され、王ではなく教会が統治を行っており、ローナとはつかず離れずの外交を続けている。そう簡単に行き来できる距離ではないし、トンボ帰りでここに再赴任するとも思えないのだが。
しかし、ルクレツィアはそれ以上追求しなかった。自分があれこれ考える必要のない問題だ。
孤児院でいつものように本を読んだり読み書きを教えて過ごす。
見知った子が数人不在だったので理由を問うと、王城の文官の斡旋で里子や職人の徒弟としてここを出て行ったという。ここを出てからも子どもたちが無事生きていけるようにラファエロが手配してくれたのだろう。
「ルクレツィア、そろそろ時間だよ」
ここで過ごす時間はあっという間に終わってしまう。ルクレツィアは石板を置いて子どもたちと別れの挨拶をした。
教会に戻ると卒院したはずのマリオが現れた。
「あなた、就職したのではなかったの?」
「職業斡旋所に行ったら、教会の雑用係に派遣された」
「そうなの。慣れた場所で仕事を得て、良かったのかしら?」
「まあな。それより司祭がルクレツィア様を呼んで来いって」
何となくマリオの暗い表情が気になる。仕事がきついのだろうか。
「ルクレツィア」
オクタヴィアに促されアラン司祭の部屋に向かうと、司祭は部屋の前で待っていた。
「新任者をご紹介させていただければ幸いです」
姉を見上げると仕方がないというように頷かれた。
質素な応接室で司祭の淹れたカップから甘い花茶の香りが立ち上る。離宮から持ち込んだもの以外、外での飲食は禁じられており、ルクレツィアは申し訳ない気持ちになった。
「ジャンと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「ルクレツィアです」
明るい金髪の壮年の司祭と挨拶を交わす間、マリオがアラン司祭の傍を離れないことに違和感を持つ。
「今日は本当に良き日です。貴女様を聖女として教会にお迎えする準備が整いました」
「……?」
ジャン司祭が何を言っているのか理解できず、ルクレツィアは反応に困ってしまった。聖女とは何のことだろう?
「貴女の6色の魔力を拝見いたしました。実に神聖な光でした。貴女はこのような神の根付かない辺境の地で無為に生きるべきではありません。聖女としてお迎えするために私が参った次第です」
オクタヴィアが音もたてずに魔法銃を抜いた。
「護衛騎士殿、貴女はルクレツィア様の姉君だそうですね。貴女のことももちろん歓迎いたしますよ」
オクタヴィアの殺気を感じていないかのようにジャンは話し続けた。
「貴女方の国にはこれほど尊い方を忌子と呼び他国に売り飛ばそうとする人間がいる。何と嘆かわしいことでしょう。私たちの国に来れば、聖女として貴女を大切にすることをお約束します。さあ、こちらにいらしてください」
ジャンが本棚を押し込むと、そこに隠し階段が現れる。
「そんなことを私が許すと思うのか」
オクタヴィアが魔法銃をジャンに向けるが、ジャンは一瞬で本棚の陰に身を隠した。
「もちろん貴女は我々に従うはずです。ルクレツィア様は子どもたちを見捨てるような方ではありませんからね」
声の方に視線を向けると、アランがマリオの首に短刀をつきつけていた。
しかしオクタヴィアは迷うことなく魔法銃をアランに向けて発射しようとする。
「駄目です、お姉さま!」
ルクレツィアは思わずオクタヴィアに飛びついた。
「私の最優先事項は君の安全だ」
「何の罪もない子どもを犠牲にはできません。お願いです、お姉さま」
「君に危害が及ぶなら、その願いはきいてあげられない」
騎士として鍛えてきたオクタヴィアは軽くルクレツィアを振り払うと再び魔法の照準を定めた。マリオごとアランを撃つつもりなのだろう。その様子に迷いはない。ルクレツィアはとっさにオクタヴィアの前に飛び出して、マリオの前に立ちふさがった。
「ルクレツィア、どきなさい」
低い声で命じられるが、マリオが殺されるのを何もせずに見ていることなどできない。
「いっ!」
突然マリオがうめき声をあげた。
「マリオ、ルクレツィア様を拘束しなさい」
後ろからマリオの腕が伸びてきてルクレツィアを抱きしめる。振り返るとナイフが食い込んだマリオの首から血が流れていた。
「さあ、オクタヴィア様、その物騒なものを捨ててください。私たちは貴女のことも歓迎いたします。女神のように美しい聖女姉妹に民は夢中になるでしょう」
「ふざけるな」
「もちろんふざけてなどおりません。この大事を成し遂げるために私も命を賭しているのです。もしルクレツィア様をお連れできないなら、ともに神の身元に召される覚悟ですから」
アランはマリオを投げ出し、代わりにルクレツィアの首にナイフを押し付けた。オクタヴィアの手から魔法銃が床に落ち、室内に無機質な音が響いた。
「駄目! お姉さまだけでも逃げてください」
ルクレツィアは叫んだ。しかし、オクタヴィアは覚悟を決めた様子で両手を挙げた。
「私は君の傍にいる。たとえどんな状況でも、どこに連れていかれるとしても」
ジャンがオクタヴィアとマリオの両手を拘束した。それからルクレツィアの両手も断魔素材の布でひとまとめに括られる。
「聖女である貴女にこのようなことはしたくないのですが。安心してください。貴女方もすぐにサディール神の偉大さを実感することでしょう。神の奇跡に導かれることをお約束いたします」
一体どこに安心できる要素があるというのか。自分だけならまだしも最愛の姉まで巻き込んでしまったこと、さらには信じていた者から受けたこの仕打ちにルクレツィアは呆然と立ち尽くした。
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