呪いの忌子と祝福のつがい

しまっコ

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姉妹の外出2

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騎士団本部に到着すると近衛をまとめる騎士団長が正門で待っていた。護衛についていた騎士が先触れを出したのだろう。
「ようこそおいでくださいました、王子妃殿下」
騎士団長のベリーニ伯爵以下数名がルクレツィアに丁重な挨拶をする。
「ルクレツィアと申します。今日は突然のことでご迷惑をおかけいたします」
「妃殿下はお忍びです。仰々しいことは抜きで、いつもの騎士団の姿をお見せしてください」
オクタヴィアが口添えすると、団長は眉を八の字に寄せた。
「いや、しかし」
「結婚されたとはいえ、妃殿下もうら若き女性です。彼らと同じように騎士たちの鍛錬を見たいのでしょう」
騎士団の見学に来ている貴族の令嬢たちを横目に、ねっ?というように視線を向けるとルクレツィアは嬉しそうに頷いた。
「では一通りのご案内だけでも仰せつけください」
「ありがとう存じます」
ルクレツィアが頷くと、ほっとしたように騎士団長が案内を始めた。
「騎士団は近衛、魔法、王立第1から第3の5つに分かれています。普段から稽古場が解放されているのは王立第1から第3騎士団になりますが、警護上の問題もありますので、一通りご覧になってから近衛の方に滞在していただければ幸いです」
近衛騎士団は王族の護衛や王城・王宮の警備、魔法騎士団は魔物討伐・国境警備・重犯罪捜査と必要に応じて諜報活動を担当しており、構成員は貴族に限定されている。それに対して王立騎士団は国内・国境の警備・犯罪捜査にあたっており、構成員は貴族と平民混合である。
騎士団の稽古場は週3回解放されていて、身分を問わず女性の見学者でにぎわっていた。
ベリーニ団長の説明を聞きながら、稽古場の見学スペースを移動していく。
ルクレツィアは外套のフードをすっぽり被り、興味深そうに騎士たちの討ちあいを見ながら見学者通路を横切る。
一方、騎士の正装で訪れたオクタヴィアには顔を隠すすべがない。稽古場を歩くと、否が応にも視線が集まる。
「近衛騎士団のオクタヴィア様よ」
「本物のオクタヴィア様」
偽物がいるなんて話は聞いたことがないのだが――…。
「素敵。あの方を見てしまうと、男性騎士の方々が色褪せてしまうわ」
未婚の少女はもとより既婚のご婦人たちにとっても、オクタヴィアは憧れや戯れの恋が許される安全牌といえる存在なのだろう。
そんな中、無謀な勇気ある者がオクタヴィアに直接声をかけてきた。
「オクタヴィア様、あの、私アレグリーニ伯爵家のグレタと申します」
聞き覚えのある名に、オクタヴィアは記憶をたどった。
去年の夏、王妃のお茶会でルクレツィアとともに招かれていた令嬢の一人だ。彼らのうち3人がルクレツィアを忌子と陰口をたたいていたことを、オクタヴィアはアンナから報告されている。
そもそも公爵家の令嬢であるオクタヴィアに直接声をかけてくることが無作法とされているのをこの令嬢は理解していないらしい。反応する必要はないだろうとオクタヴィアは判断したが、ルクレツィアが振り向いてしまった。
「えっ、もしかしてルクレツィア様ですか?」
王子妃の名を呼ぶという無作法を重ねた令嬢の前に護衛騎士がさっと割って入る。
「大丈夫です」
ルクレツィアが声をかけると、護衛はアレグリーニ家の令嬢を視線でとらえたまま体の位置をずらした。
「お久しぶりね、グレタ様」
アンナによるとルクレツィアは陰口をすべて聞いてしまったというが、ルクレツィアの口調に不自然な硬さは見られない。自分の陰口をたたいていた者に臆することなく堂々と対応している。
忌子と呼ばれ卑屈になっても仕方のない生い立ちにも関わらず、ルクレツィアは凛とした美しさを保ち、自分を蔑んだ相手にもまっすぐな視線を向けている。
オクタヴィアは一歩足を進め、件の令嬢に小声で注意した。
「控えよ。妃殿下はお忍びであらせられる」
グレタ・アレグリーニがハッと息を飲んだ。
「ご無礼をお許しください」
淑女の礼を取るグレタにルクレツィアは微笑んだ。
「いいのよ。またお会いできて嬉しいわ。でも今はゆっくりお話しできないの」
「はい、妃殿下」
深々と頭を下げた令嬢に、ごきげんようと声をかけルクレツィアは先導に従い通路を歩き始めた。
目の前にいるのは気品に満ちた王族の女性だ。たった数か月でルクレツィアはこんなにも成長したのだ。一見儚げで弱弱しく見えるルクレツィアのしなやかな芯の強さに触れ、オクタヴィアは改めて妹への愛しさを募らせた。

後日、ルクレツィアの誕生日には王城で祝宴が開かれた。これは慣例に則ったものだったが、さらにルクレツィアとラファエロが出会った日付けで『建国王カルロス』の記念公演が行われた。後者はオクタヴィアに対抗してラファエロが急遽準備させたものだった。
「君のご夫君は実にわかりやすい方だね」
オクタヴィアの漏らした感想に、ルクレツィアがキョトンと無防備な顔を晒す。
「なんでもないよ、私のお姫様」
オクタヴィアはクスリと笑みをこぼし、柔らかなルクレツィアの頬を撫でたのだった。

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