呪いの忌子と祝福のつがい

しまっコ

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姉妹のおでかけ

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王宮の庭園にはそこかしこに薔薇のつぼみがほころび始め、陽射しも春らしさを増してきた。
ルクレツィアが成人してからもうすぐ1年が経とうとしている。それはルクレツィアと第二王子の運命の歯車が回り始めてから1年経過したということだ。
誕生日当日は王城で祝宴が開かれるし、二人が出会った日もおそらくあの王子はルクレツィアを放さないだろう。
妹と二人で過ごすにはそれなりの準備が必要になる。
オクタヴィアはまず魔道障壁の魔力装填任務をラファエロに返還した。もちろんラファエロは抵抗したが、ルクレツィアの魔力が安定したこと、本来魔法騎士団の職務であることを言えばそれ以上否やは言えなかったのだろう。昨日しぶしぶ国境に旅立っていった。

「ルクレツィア。今日の午後、王立劇場に行かないか」
「王立劇場に?」
ルクレツィアの瞳が喜びに輝く。
「嬉しいです、お姉さま」
公爵家のボックスはおさえてある。午前中の講義も今日は休みにしてあった。
「あれから1年経ったのですね」
ルクレツィアが柔らかな微笑を浮かべオクタヴィアを見上げた。
「少し早いが、君の誕生日を二人で祝おう」
「ありがとうございます」
たった1年とは思えないほど背が伸び大人びたルクレツィアであるが、姉に向ける無防備な顔は以前と変わらずあどけない。
めったに我儘など言わない妹を、今日は徹底的に甘やかしてやろう。
「今日は護衛としてではなく、姉妹として出かけよう。好きなだけ我儘を言っていいからね」
そう宣言するとルクレツィアはそっと身を寄せ、オクタヴィアの頬にキスをした。

演目は『バルバロッサの悲劇』という歌劇で、敵国の王子と恋に落ちた王女の悲恋物語だった。ルクレツィアは歌手の熱唱に涙を流し、物語の世界を堪能している。
オクタヴィアはルクレツィアの横顔を見ながら、これまでのことを思い返していた。
ルクレツィアはもともと控えめな娘だった。生きるだけで精一杯だったのもあるが、最初の家庭教師のせいで忌子という概念を知ってから更に自己主張をしなくなったように思う。
病に耐え自分を慕う幼い妹がいじらしくて、オクタヴィアはルクレツィアを可愛がった。
王立魔法学校に通うようになり自分の身分や容姿、能力を目的に近づいてくる人間が多いことを知り、何の見返りも求めず純粋な愛情をだけを差し出してくる妹への想いはさらに増した。
専属護衛騎士になってから、ルクレツィアは自分のために姉を犠牲にしたくないと、自由にやりたいことをやってほしいと何度かオクタヴィアに告げてきた。しかし、傍にいたいとより強く願っているのはオクタヴィアの方だ。
傍目にはオクタヴィアがルクレツィアを守っているように見えるだろうが、実際のところルクレツィアの存在に救われ依存しているのはオクタヴィアの方だった。

「悲しいお話でしたが、とても美しくて心を揺さぶられました」
舞台の幕が下り、キラキラした瞳で歌劇の感想を述べるルクレツィアの髪を撫でる。ボックスでルクレツィアの化粧を直して貰ってから、王立劇場の空中庭園に向かった。
「お姉さまと一緒に来られて嬉しいです。まぁ、なんて綺麗なんでしょう」
半円を描く幅広い滝があり、その滝壺に数羽の渡り鳥が浮かんでいる。淡い水色にエメラルドグリーンに輝く羽が混じっていて美しいことで知られるこの鳥は、今の季節にしか見ることができない。
去年はラファエロのせいで庭園の散策をすることはできなかった。その後、ラファエロに連れられルクレツィアはこの庭園を訪れている。
独占欲の強い王子はまんまとルクレツィアの初めてをオクタヴィアから奪っていったが、この季節だからこその景色を見せてやれたことにオクタヴィアは密かな満足感を覚えていた。
万が一がないようにオクタヴィアはしっかりとルクレツィアの腰を抱いて移動する。人工的に作られた崖を自動昇降階段で上り高台に立つと庭園全体を一望できた。アーチ状の噴水の下を数組のカップルが潜りぬけている。恋人同士で通ることを想定して作られているらしい。
「君も殿下とあそこをくぐった?」
「はい。夏の盛りでしたが、涼しくて気持ちが良かったです」
「私も君に初めてをプレゼントしたいな。どこか行きたいところはない? 今日はまだ時間がある」
ルクレツィアは数舜ののち遠慮がちに口を開いた。
「騎士団に行ってみたいです」
「騎士団?」
オクタヴィアには意外な答えだった。
騎士団の本拠地は馬車を使えばほんのひと時で行ける距離にある。
「ではお手を、お姫様」
手を差し出すと、ルクレツィアはパッと顔を輝かせた。
「ありがとうございます」
こんな表情を見せてくれるならいくらでも要望をきいてやりたい。ほっそりとした手を恭しく取り、オクタヴィアは劇場のエントランスに向かった。

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