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もう一組のつがい
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2階のエレナの部屋に黙ってついていく。扉が閉まると、エレナが申し訳なさそうに頭を下げた。
「ウリエル様が困らせるようなお話ばかりされて、本当にごめんなさい」
「どうか顔をあげてください、お義姉様」
ルクレツィアがお義姉様と呼ぶと、エレナは目を丸くした。
「貴女のような高貴な方にそんな風に呼んでいただくのは恐れ多いです」
「そんなことありません、わたくしたち義理の姉妹になるのですもの。どうかそう呼ばせてくださいませ」
エレナに勧められソファーに隣り合わせに腰を下ろした。
クリーム色の壁紙と絨毯にマホガニーの家具が置かれている。どれも贅を凝らしたつくりで、ウリエルの愛情がつめこまれた素敵な部屋だ。
「つい先日まで平民だった私にそんな風に親切にしてくださってありがとうございます。あまりにも世界が変わってしまって、今はまだ戸惑いが大きくて」
エレナは率直な性格のようだ。飾り気のない素直な言葉にルクレツィアは好感を抱いた。
「わたくしもラファエロ様のつがいとして召されるまで、自分は魔力を持たない忌子なのだと思っておりましたの。一生人前に出ることなく、長く生きることもできないと感じておりました」
「私は今もまだ自分が殿下のつがいだなんて信じられなくて」
「わたくしもそうでした。つがい紋もはじめはありませんでしたし」
「ルクレツィア様も?」
エレナが目を瞠る。
出会った翌日からラファエロは毎日公爵家を訪れキスで魔力を渡してくれた。蒼玉宮に居を移し、初潮が来たのが盛夏。それから初めて精を注いで貰うようになったのだ。
「離宮に召されて2か月ほどで初潮が来て、魔力適合を始めたのはそのあとです。それまではつがい紋もはっきりしなくて、自分が殿下のつがいだという確信は持てませんでした」
「ルクレツィア様。話してくれてありがとうございます。私、不安で」
「大丈夫ですわ。三月もすればエレナ様も初潮が来ます」
ルクレツィアはエレナも自分と同じなのだと思いそう慰めたのだが、エレナの心配事とはズレがあったらしい。
「月経はあります。そうではなくて。市井では魔力適合のようなことはしないのです」
初潮が来ているなんてエレナは最初から大人の身体だったらしい。エレナも自分と同じだろうと思い込んでいたルクレツィアはちょっと恥ずかしくなった。
「つがい同士は必ず結ばれますから、魔力が適合しないということはありません。心配いりませんわ」
「……ちがうの。そうではなくて……お尻に男性器を入れるのでしょう?」
消え入りそうな声でそう言われ、ルクレツィアは小首をかしげた。エレナの心配しているポイントがいまいち理解できない。
「市井では男女の交わりにお尻は使わないのです」
「そうなのですか?」
「お尻に入れるのはよほどの変態だけなんです」
「まぁ」
ルクレツィアはどう反応したらいいのかわからなかった。そういう常識のもとで育ったなら、確かに魔力適合は恐ろしいことにちがいない。
「王太子殿下にはそれをお伝えしましたか?」
「いいえ。恥ずかしくて言えなくて」
瞳に涙を浮かべるエレナが可哀想で、ルクレツィアは思わず両手でエレナの手を握った。
「差し支えなければラファエロ様から伝えていただきましょうか……? ユリウス様も加えていただければきっと良い解決方法を考えてくださいますわ」
「ありがとうございます。お願いいたします」
女同士でしかできない話をして、ルクレツィアとエレナは急速に距離が縮まるのを感じた。
「ルクレツィア様がいて下さって本当に良かったです。私、誰にも相談できなくて」
「わたくしはお義姉様が打ち明け話をしてくださったことが何よりも嬉しいです。お力になれるように精一杯のことをいたします」
「ありがとうございます。ルクレツィア様がうわさ通りのお方で嬉しいです」
「噂?」
「ええ。建国王カルロスの物語に出てくるヴィクトリア妃のように美しい方だと。それなのに全然偉ぶったところがなくて愛くるしいお姫さまだと。初めてお会いした時、私ラファエロ様がとても恐ろしかったのですが、ルクレツィア様とご一緒だと本当に雰囲気が変わられるのですね」
「ラファエロさまが恐ろしい……?」
思ってもみなかったことを言われ、ルクレツィアは目を丸くした。
ラファエロほど優しくて素敵な殿方は他にいない。ルクレツィアから見たら、王太子ウリエルの方がよほど怖かった。
もしかしたらつがい持ちの女性にとって、他者のつがいである男性は怖い存在なのだろうか。この話も後でユリウスにしてみようとルクレツィアは思った。
それから互いのこれまでの生活やつがいのことを話して、二人がすっかり打ち解けた頃、王太子ウリエルとラファエロが迎えに来た。
「すっかり仲良しになったみたいだね」
「はい、ルクレツィア様とお話しさせていただき、本当にありがとうございました」
ウリエルが手をとるとエレナは頬を染めた。魔力適合を怖がってはいても、ウリエルを慕う気持ちは確かなようだ。ルクレツィアは二人を微笑ましく眺めた。
「ルクレツィア、そろそろ離宮に戻ろう」
ラファエロに抱き上げられ、今度はルクレツィアが頬を染めた。人前でこんな風に甘やかされるのは気恥ずかしい。
「たとえ女性であっても、他の誰かにおまえを独占されたくない」
耳元で囁かれ、いよいよ顔が火照る。
「相変わらず過保護だな」
ウリエルの声に笑いが含まれている。
「懐妊プラグを使用している。長距離歩かせるわけにはいかない」
ラファエロにとんでもないことを暴露され、ルクレツィアは耳まで真っ赤になった。
「そうか。ルクレツィアの体を愛えよ」
当たり前のように返すウリエルに対し、エレナは不思議そうに尋ねる。
「懐妊プラグって何ですか?」
「子づくり中の女性が着用するものだ。胎内に注いだ子種が流れ出ないように出口を塞ぐ栓のことだよ」
「……」
エレナの顔が盛大に引き攣った。これも市井の常識では変態扱いになるのだろうか。まだまだすれ違うことのありそうな二人に、ルクレツィアは密かに同情したのだった。
「ウリエル様が困らせるようなお話ばかりされて、本当にごめんなさい」
「どうか顔をあげてください、お義姉様」
ルクレツィアがお義姉様と呼ぶと、エレナは目を丸くした。
「貴女のような高貴な方にそんな風に呼んでいただくのは恐れ多いです」
「そんなことありません、わたくしたち義理の姉妹になるのですもの。どうかそう呼ばせてくださいませ」
エレナに勧められソファーに隣り合わせに腰を下ろした。
クリーム色の壁紙と絨毯にマホガニーの家具が置かれている。どれも贅を凝らしたつくりで、ウリエルの愛情がつめこまれた素敵な部屋だ。
「つい先日まで平民だった私にそんな風に親切にしてくださってありがとうございます。あまりにも世界が変わってしまって、今はまだ戸惑いが大きくて」
エレナは率直な性格のようだ。飾り気のない素直な言葉にルクレツィアは好感を抱いた。
「わたくしもラファエロ様のつがいとして召されるまで、自分は魔力を持たない忌子なのだと思っておりましたの。一生人前に出ることなく、長く生きることもできないと感じておりました」
「私は今もまだ自分が殿下のつがいだなんて信じられなくて」
「わたくしもそうでした。つがい紋もはじめはありませんでしたし」
「ルクレツィア様も?」
エレナが目を瞠る。
出会った翌日からラファエロは毎日公爵家を訪れキスで魔力を渡してくれた。蒼玉宮に居を移し、初潮が来たのが盛夏。それから初めて精を注いで貰うようになったのだ。
「離宮に召されて2か月ほどで初潮が来て、魔力適合を始めたのはそのあとです。それまではつがい紋もはっきりしなくて、自分が殿下のつがいだという確信は持てませんでした」
「ルクレツィア様。話してくれてありがとうございます。私、不安で」
「大丈夫ですわ。三月もすればエレナ様も初潮が来ます」
ルクレツィアはエレナも自分と同じなのだと思いそう慰めたのだが、エレナの心配事とはズレがあったらしい。
「月経はあります。そうではなくて。市井では魔力適合のようなことはしないのです」
初潮が来ているなんてエレナは最初から大人の身体だったらしい。エレナも自分と同じだろうと思い込んでいたルクレツィアはちょっと恥ずかしくなった。
「つがい同士は必ず結ばれますから、魔力が適合しないということはありません。心配いりませんわ」
「……ちがうの。そうではなくて……お尻に男性器を入れるのでしょう?」
消え入りそうな声でそう言われ、ルクレツィアは小首をかしげた。エレナの心配しているポイントがいまいち理解できない。
「市井では男女の交わりにお尻は使わないのです」
「そうなのですか?」
「お尻に入れるのはよほどの変態だけなんです」
「まぁ」
ルクレツィアはどう反応したらいいのかわからなかった。そういう常識のもとで育ったなら、確かに魔力適合は恐ろしいことにちがいない。
「王太子殿下にはそれをお伝えしましたか?」
「いいえ。恥ずかしくて言えなくて」
瞳に涙を浮かべるエレナが可哀想で、ルクレツィアは思わず両手でエレナの手を握った。
「差し支えなければラファエロ様から伝えていただきましょうか……? ユリウス様も加えていただければきっと良い解決方法を考えてくださいますわ」
「ありがとうございます。お願いいたします」
女同士でしかできない話をして、ルクレツィアとエレナは急速に距離が縮まるのを感じた。
「ルクレツィア様がいて下さって本当に良かったです。私、誰にも相談できなくて」
「わたくしはお義姉様が打ち明け話をしてくださったことが何よりも嬉しいです。お力になれるように精一杯のことをいたします」
「ありがとうございます。ルクレツィア様がうわさ通りのお方で嬉しいです」
「噂?」
「ええ。建国王カルロスの物語に出てくるヴィクトリア妃のように美しい方だと。それなのに全然偉ぶったところがなくて愛くるしいお姫さまだと。初めてお会いした時、私ラファエロ様がとても恐ろしかったのですが、ルクレツィア様とご一緒だと本当に雰囲気が変わられるのですね」
「ラファエロさまが恐ろしい……?」
思ってもみなかったことを言われ、ルクレツィアは目を丸くした。
ラファエロほど優しくて素敵な殿方は他にいない。ルクレツィアから見たら、王太子ウリエルの方がよほど怖かった。
もしかしたらつがい持ちの女性にとって、他者のつがいである男性は怖い存在なのだろうか。この話も後でユリウスにしてみようとルクレツィアは思った。
それから互いのこれまでの生活やつがいのことを話して、二人がすっかり打ち解けた頃、王太子ウリエルとラファエロが迎えに来た。
「すっかり仲良しになったみたいだね」
「はい、ルクレツィア様とお話しさせていただき、本当にありがとうございました」
ウリエルが手をとるとエレナは頬を染めた。魔力適合を怖がってはいても、ウリエルを慕う気持ちは確かなようだ。ルクレツィアは二人を微笑ましく眺めた。
「ルクレツィア、そろそろ離宮に戻ろう」
ラファエロに抱き上げられ、今度はルクレツィアが頬を染めた。人前でこんな風に甘やかされるのは気恥ずかしい。
「たとえ女性であっても、他の誰かにおまえを独占されたくない」
耳元で囁かれ、いよいよ顔が火照る。
「相変わらず過保護だな」
ウリエルの声に笑いが含まれている。
「懐妊プラグを使用している。長距離歩かせるわけにはいかない」
ラファエロにとんでもないことを暴露され、ルクレツィアは耳まで真っ赤になった。
「そうか。ルクレツィアの体を愛えよ」
当たり前のように返すウリエルに対し、エレナは不思議そうに尋ねる。
「懐妊プラグって何ですか?」
「子づくり中の女性が着用するものだ。胎内に注いだ子種が流れ出ないように出口を塞ぐ栓のことだよ」
「……」
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