呪いの忌子と祝福のつがい

しまっコ

文字の大きさ
43 / 48

もう一組のつがい

しおりを挟む
2階のエレナの部屋に黙ってついていく。扉が閉まると、エレナが申し訳なさそうに頭を下げた。
「ウリエル様が困らせるようなお話ばかりされて、本当にごめんなさい」
「どうか顔をあげてください、お義姉様」
ルクレツィアがお義姉様と呼ぶと、エレナは目を丸くした。
「貴女のような高貴な方にそんな風に呼んでいただくのは恐れ多いです」
「そんなことありません、わたくしたち義理の姉妹になるのですもの。どうかそう呼ばせてくださいませ」
エレナに勧められソファーに隣り合わせに腰を下ろした。
クリーム色の壁紙と絨毯にマホガニーの家具が置かれている。どれも贅を凝らしたつくりで、ウリエルの愛情がつめこまれた素敵な部屋だ。
「つい先日まで平民だった私にそんな風に親切にしてくださってありがとうございます。あまりにも世界が変わってしまって、今はまだ戸惑いが大きくて」
エレナは率直な性格のようだ。飾り気のない素直な言葉にルクレツィアは好感を抱いた。
「わたくしもラファエロ様のつがいとして召されるまで、自分は魔力を持たない忌子なのだと思っておりましたの。一生人前に出ることなく、長く生きることもできないと感じておりました」
「私は今もまだ自分が殿下のつがいだなんて信じられなくて」
「わたくしもそうでした。つがい紋もはじめはありませんでしたし」
「ルクレツィア様も?」
エレナが目を瞠る。
出会った翌日からラファエロは毎日公爵家を訪れキスで魔力を渡してくれた。蒼玉宮に居を移し、初潮が来たのが盛夏。それから初めて精を注いで貰うようになったのだ。
「離宮に召されて2か月ほどで初潮が来て、魔力適合を始めたのはそのあとです。それまではつがい紋もはっきりしなくて、自分が殿下のつがいだという確信は持てませんでした」
「ルクレツィア様。話してくれてありがとうございます。私、不安で」
「大丈夫ですわ。三月もすればエレナ様も初潮が来ます」
ルクレツィアはエレナも自分と同じなのだと思いそう慰めたのだが、エレナの心配事とはズレがあったらしい。
「月経はあります。そうではなくて。市井では魔力適合のようなことはしないのです」
初潮が来ているなんてエレナは最初から大人の身体だったらしい。エレナも自分と同じだろうと思い込んでいたルクレツィアはちょっと恥ずかしくなった。
「つがい同士は必ず結ばれますから、魔力が適合しないということはありません。心配いりませんわ」
「……ちがうの。そうではなくて……お尻に男性器を入れるのでしょう?」
消え入りそうな声でそう言われ、ルクレツィアは小首をかしげた。エレナの心配しているポイントがいまいち理解できない。
「市井では男女の交わりにお尻は使わないのです」
「そうなのですか?」
「お尻に入れるのはよほどの変態だけなんです」
「まぁ」
ルクレツィアはどう反応したらいいのかわからなかった。そういう常識のもとで育ったなら、確かに魔力適合は恐ろしいことにちがいない。
「王太子殿下にはそれをお伝えしましたか?」
「いいえ。恥ずかしくて言えなくて」
瞳に涙を浮かべるエレナが可哀想で、ルクレツィアは思わず両手でエレナの手を握った。
「差し支えなければラファエロ様から伝えていただきましょうか……? ユリウス様も加えていただければきっと良い解決方法を考えてくださいますわ」
「ありがとうございます。お願いいたします」
女同士でしかできない話をして、ルクレツィアとエレナは急速に距離が縮まるのを感じた。
「ルクレツィア様がいて下さって本当に良かったです。私、誰にも相談できなくて」
「わたくしはお義姉様が打ち明け話をしてくださったことが何よりも嬉しいです。お力になれるように精一杯のことをいたします」
「ありがとうございます。ルクレツィア様がうわさ通りのお方で嬉しいです」
「噂?」
「ええ。建国王カルロスの物語に出てくるヴィクトリア妃のように美しい方だと。それなのに全然偉ぶったところがなくて愛くるしいお姫さまだと。初めてお会いした時、私ラファエロ様がとても恐ろしかったのですが、ルクレツィア様とご一緒だと本当に雰囲気が変わられるのですね」
「ラファエロさまが恐ろしい……?」
思ってもみなかったことを言われ、ルクレツィアは目を丸くした。
ラファエロほど優しくて素敵な殿方は他にいない。ルクレツィアから見たら、王太子ウリエルの方がよほど怖かった。
もしかしたらつがい持ちの女性にとって、他者のつがいである男性は怖い存在なのだろうか。この話も後でユリウスにしてみようとルクレツィアは思った。
それから互いのこれまでの生活やつがいのことを話して、二人がすっかり打ち解けた頃、王太子ウリエルとラファエロが迎えに来た。
「すっかり仲良しになったみたいだね」
「はい、ルクレツィア様とお話しさせていただき、本当にありがとうございました」
ウリエルが手をとるとエレナは頬を染めた。魔力適合を怖がってはいても、ウリエルを慕う気持ちは確かなようだ。ルクレツィアは二人を微笑ましく眺めた。
「ルクレツィア、そろそろ離宮に戻ろう」
ラファエロに抱き上げられ、今度はルクレツィアが頬を染めた。人前でこんな風に甘やかされるのは気恥ずかしい。
「たとえ女性であっても、他の誰かにおまえを独占されたくない」
耳元で囁かれ、いよいよ顔が火照る。
「相変わらず過保護だな」
ウリエルの声に笑いが含まれている。
「懐妊プラグを使用している。長距離歩かせるわけにはいかない」
ラファエロにとんでもないことを暴露され、ルクレツィアは耳まで真っ赤になった。
「そうか。ルクレツィアの体を愛えよ」
当たり前のように返すウリエルに対し、エレナは不思議そうに尋ねる。
「懐妊プラグって何ですか?」
「子づくり中の女性が着用するものだ。胎内に注いだ子種が流れ出ないように出口を塞ぐ栓のことだよ」
「……」
エレナの顔が盛大に引き攣った。これも市井の常識では変態扱いになるのだろうか。まだまだすれ違うことのありそうな二人に、ルクレツィアは密かに同情したのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

処理中です...