黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息の領地開拓編

来客

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デイビッドは大きなバスケットを抱えると、ムスタに乗り、テッドの自転車と入れ違った。

「すっかり様になったな。」
「はい!奨学金のお陰で余裕もできて、おまけに毎日勉強になってすごく充実してます!」
「そりゃ良かった。」
「それじゃ僕はこれから授業なので、行ってきます!」

真っ赤な自転車を漕いで学園の中を横切るテッドは、本当に活き活きとしていた。

デイビッドが王都のグロッグマン商会の支部までやって来ると、入り口に正装の集団が待機していた。白黒の燕尾服が目立つ一団は何か大きな箱を抱えて、誰かが来るのを待っているようだ。
近づいて見ると、見覚えのある顔がこちらを向いた。

「こんにちは。こんな所でどうなさったんです?」
「おや!これはこれは、先日は誠にお世話になりました!あの時は何のお礼もできませんで失礼致しました!」
「いやいや、ギルドからちゃんと報酬は出てましたし、過分の上乗せも頂きましたから、気になさらないで下さい。」

丁寧に頭を下げたのは、デイビッドが捕らえた盗賊の被害に遭い、荷物が戻って喜んでいた初老の男性だった。
デイビッドがムスタから降りると、得体の知れないデイビッドから主人を引き離そうとする部下達を下がらせ、男性が近づいて来た。

「実はこちらの商会に大切な用がありまして、今大切なお方を待っているところなのですよ。」
「それなら中にいればいいのに。」
「そんな訳にはいきません。商人とは印象が第一です。私共の大切なお預かり物をお渡しせねばならないのですから、このくらいは…」
「会頭ならこの時間部屋にいると思ったけどな…」
「いえ、我々が待っておりますのはこちらの商会長様なのですよ。」
「商会長?もう何年も帰って来てませんよ?」
「はて…呼びに行くから待っているようにと言われたのですが…」
「今は息子が責任者として動いてるんで、それですかね?」
「なんと…ご本人には会えないのか…」
「詳しい話は中で聞きますよ、朝ももうだいぶ暑くなってきましたからその格好も大変だったでしょう?冷たい物でもご用意します。さぁどうぞ!?」
「へ?な、中へ…と?あの、貴方様はコンラッドの冒険者ギルドの方では…」

そこへ店の者が顔を出した。

「あ、若旦那!今朝からお客様がお待ちですよ。」
「わ…若旦那…?!」
「親父の客じゃないのか?」
「何言ってんですか。キリフで王太子に面通りしたなんて若旦那以外にいるんですか?」
「じゃ俺だな。奇遇ですね。」
「ひぇ…」

顔色を悪くしてしまった商人達を応接間へ通し、冷えたハーブティーを出すと恐縮しきりで中々顔を上げてくれなかった。

「この度は…なんとお詫び申し上げたら良いか…」
「いやいや、何も気にしてませんよ。盗賊の件も本当にただの偶然でしたし、むしろ危険な目にお遭いしてさぞや気を揉まれたでしょう。お加減など悪くされませんでしたか?」
「いやはや…それが…」

デイビッドが心配した通り、盗賊に襲われ積荷を奪われた恐怖と、その後無事荷物が戻った事で過度の緊張が緩み、この男性は1週間も宿で寝込んでしまい、起き上がることができなかったそうだ。

「それは大変でしたね。」
「歳は取りたくないものです。しかしどうにも膝が震えて腰が立たず、長い事貴方様をお探し出来ずにおりました…」
「荷物が腐るものじゃなくて良かったですね。」
「本当に、それだけは救いでございました。」

男性は引き寄せた箱の中から、美しい細工の瓶に詰められた魔石を取り出した。

「改めまして、こちらがキリフ国王太子殿下より、キリフの恩人であり英雄、デイビッド・デュロック様へお渡しするようにとお預かり致しました、雪の魔石でございます。」
「あの時も見せて頂きましたが、雪が降る魔石なんて、面白いですね。」
「こちらは王太子殿下自らのお手で岩壁を切り崩し、採掘なさった物だそうです。」
「へぇ…ピッケルすら持つのを嫌がってたあの王子がねぇ。確かに受け取りました。所で皆様はこれからキリフへ戻られるのですか?」
「は…はい!支店の仕入れも兼ねてのラムダ入りでしたので、これよりキリフへ帰ろうと思います。」
「でしたら、是非お持ち頂きたい物がたくさんあるんです!よろしければこれから少しお時間を頂いても?」
「おお、そのお話は是非とも伺いたい!」

その後、ホクホクと帰路へ着く男性達を見送り、久々“商人”として仕事をしたデイビッドは、思わぬ所でキリフへの販路の拡大と伝手の確保が叶って内心喜んでいた。
(クレッセント商会は医薬品の扱いにも長けてる…これは期待できそうだな!)
手元に置かれた瓶から冷気が流れて来てデスクが涼しい。
試しに一つ片手に乗せてみると、シャンシャンと手の平に雪が降り出した。
(何に使おう…このままじゃただのスノードームと一緒だ。でも…見てて飽きねぇな…)
降り積もる雪を払って見ると、サラサラの粉雪で吹くと舞い散ってあっという間に溶けて消えた。
(ヴィオラに渡したら喜ぶかな…?)
細工を施した瓶の中に収めておくと魔石は効果を発揮できずただの石になる。
取り出すとまた魔石として機能するので、デイビッドにとってはこの瓶ごとありがたい。


機嫌良く書類仕事をしていると、外から更に人が来ていると知らせが入った。

「今度は誰だって?」
「バンブー書房の編集長だそうです。」
「編集長?ゴシップ誌なら断れよ!?」
「いえ…文芸誌の小説の書籍化について相談があるとかでアポイント取りに来たので、せっかくだから上がってもらいました。」
「…ウチでそんなの出してたか?」
「いいえ?古書と専門書以外は扱っていません…」
「だよなぁ?!」

デイビッドが訝しみながら応接間へ向かうと、男性がひとり待っていて直ぐに立ち上がり頭を下げて来た。

「いきなり押し掛けて申し訳ありません!本日はお取次ぎ頂ける日取りの調節に伺ったのですが、こちらで待つようにと…」
「ああ、俺に話があるんなら会えたついでに聞くよ。で?ウチの専門外の書店が俺には何の用だ?」
「あ、あの…失礼ですがデイビッド殿は…その、執筆活動などはされたことはありますか?」
「課題で書かされた論文がどっかに載ったってのは聞いたけど、個人的な書き物はした事なんかねぇよ?」
「…ですよねぇ…では、この…こちらのコラムに何か思い当たる事はありませんか…?」

編集長が取り出したのはここ数か月分の月間雑誌だった。
女性向きの文芸誌で、生活情報や流行りのファッションの特集などと共にメインの記事が並び、その中に小説が何本か連載されている。
記者が指差したのはコラムで、飲食に関するページの下に書かれ、タイトルに「黒豚令息の美味しい生活~ノンフィクション!生徒目線、嫌われ者の裏の顔に迫る~」と書かれていた。
執筆者は“ロランダ”となっており、恐らくペンネームだろう。話の内容は、学園で起きたデイビッドと生徒の食い物絡みのやり取りが第三者目線で書かれ、そこへイラストを添えて掲載されていた。
中に出てくる台詞や言葉遣いから、実際に見聞きした人物が書いた文章だと分かる。
そして中に出てくる料理はデイビッドが作り、生徒に振る舞ったことのあるものばかりだった。

「これは…確かに書かれてるのは俺だな…プリン、デニッシュ、カツレツのサンド、花のケーキ、バラのジャム…でも、心当たりはあるが、渡した相手は全員別人だ…」
「おそらく取材でもしたのでしょう。記者の勘というか、経験から言わせてもらうと、これとこの文章だけ異様に描写が細やかで実際に見た物を捕らえたものだと思われます…これは筆者の実体験なのでしょう。」
(チョコレート入りクリームパイと卵サンド…ローラとミランダか…そういや何か書いてるってヴィオラから聞いたな…)

しっかり心当たりのある人物が浮き彫りになり、デイビッドは複雑な顔をした。
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