黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息の領地開拓編

掌返し

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「今コイツ、よな?」
「名乗りましたね、しっかり。デイビッド様の名前を…」

「確保ーー!!」

憲兵がなだれ込み、ぶよぶよ男を捕まえて店から引きずり出す。
男はそれはそれは喚き散らし暴れていたが、魔力を抑制する手枷を着けさせられると、文字通り大人しく引き摺られ、外の地面に倒れた。
憲兵達が店の周りの者達にこの男は誰かと聞いても、皆が口を揃えて“デイビッド・デュロック”と答えるので、そろそろ本物のデイビッドの方が悲しくなって来た。

「噂と思って放置するんじゃなかった…こんなのの婚約者だなんて思われてたら、そりゃぁ悪魔の生贄みたいに思われても仕方ねぇよな…ヴィオラにもしなくていい嫌な思いさせちまった…ごめんな…」
「そんな…デイビッド様が謝る事じゃないですよ!」
「所で、コイツは本当に何者なんだ?」

必死にもがく肉の塊をじっと見ていると、手の肉に埋もれた指輪が目に付いた。

「お?なんか紋が付いてんな!?」
「チクショウ!離せ!離しやがれ!!」

縛られた腕ごと持ち上げると、どうも彫られているのは貴族家の紋章らしいがデイビッドにはさっぱりわからない。

「あっ!これ、魔法系統の貴族家の紋章ですよ!」
「よくわかるな!流石ヴィオラ。」
「ふふふ…淑女教育の賜物です!」
「コイツ、こんなんでも貴族なのか…」
「失礼、今確認いたします!」

憲兵が手帳を取り出し、紋章を改めると、そこには「ブロップ家(爵位不明)」とあった。

「あ、聞いたことあるな。長男の教育に失敗してダメ人間になったから、代わりに従兄弟に家を継がせたはいいが、手ぇ出した事業がズッコケたとかで、結局伯爵位を手放して今は男爵位を金で買って貴族にしがみついてるって話のあんま評判の良くねぇとこだ…」
「デイビッド様と正反対もいいとこですね…」
「長男の教育に失敗したとこまでは同じじゃねぇ…?でもよ、確かそれも20年以上前の話のはずなんだよな…」
「あの人…いくつなんだろう…」
「わかりました!ゲイル・ブロップ、39歳。ブロップ男爵の長男です。」
「四十間際のおっさんと間違われたのか俺!?」

更に聞き込みを続けると、近隣の店で「酒枯れした声でゴソゴソ喋るので名前が聞き取れず、当時新聞などで有名だったデイビッドの名前と発音が似ていたため当人かと尋ねると、そうだと答えた」と言う証言が出た。
他人の名を使えばいくら悪事を重ねても家に文句は入らない。そこから悪知恵が働いたようだ。
自由に酒を飲み、いくら暴れても黒い噂は全て他人に押し付けられる。しかも当の本人は気がついていない。これは好都合と調子に乗った結果が今日の捕物となった訳だ。

「この場合、なりすましによる名誉毀損で裁判も起こせるかと…いかがなさいますか…?」
「一応被害はあるからな。模倣犯が出ないとも限らない。形だけでも後日裁判所に訴えを出しとくよ。ま、だいたい家が引き取りに来て取り下げになるんだけどな。」
は引き取ってもらえますかねぇ…」
「貴族なら家名のために必ず引き取りに来る。断られても、見捨てるなら顔と名前を晒すと言えばだいたい動くさ。それでもダメなら実刑にしちまえばいい。どっちにしろ俺の疑いは晴れる。」

それを聞いて憲兵に取り押さえられていたぶよぶよのゲイルと言う男がまた暴れ出した。

「オイ!そんな事してみろ!貴様等ただじゃおかねぇぞ!?」
「そりゃこっちの台詞だおっさん…いい歳こいてなにやってんだよ…?」
「うぅ…か…金ならやる!家にバレると不味いんだ!お前等だって貴族と揉めるのは嫌だろう!?」
「望むところだよ!こちとら辺境伯爵当主代理なもんでな、そっちが売って来た喧嘩だ、10倍にして返してやらァ。」

それを聞いてがっくり肩を落とし、それでもブツブツと何か言い続けるゲイルが憲兵達に引かれ連れて行かれると、その後に野次馬達が群がった。

「…人間“こうはなりたくない”の詰め合わせみたいな奴だったな…」
「あんな人がデイビッド様と思われてたなんて…ショックです!」

デイビッドにとっても本当にショックな事件だった。
醜聞やゴシップに対して、見て見ぬ振りか我慢する事が習慣になっていたデイビッドにとっても、自分が耐えれば良いと言う次元を超えた出来事に、面倒がらず敵はきちんと認識して対処しなければ第三者まで傷つくという学びになり、良い経験になっただろう。


2人はなんだかぐったり疲れてしまい、その場を後にしようとすると、横から若者が声を掛けてきた。

「すいません!今の事件を新聞の記事にしたいんですけど、取材良いですか?」
「あぁ?!取材だぁ?」
「まぁまぁ!貴方だって、自分の偽者が出ていい気はしてないでしょ?この際世間にも知ってもらった方がいいと思うんですよねぇ~!」
「デイビッド様お受けしましょ!?アレは別人だった!ってみんなにも知ってもらわなくちゃ!」
「そうそう!ね?悪い話じゃないと思うよ!?」
「……俺のコメントと、彼女の名前と姿を絶対に入れねぇってなら受けてやる。」
「いやぁ十分ですよ!それじゃいくつか質問なんですけど~…」

この日、ある新聞社の夕刊が飛ぶように売れ、新記録を更新した。
一面の見出しには【世間を騒がせる醜悪の黒豚令息ついにお縄に!噂の黒豚は実は偽物だった!真昼の大捕物に本物登場!】とデカデカと書かれ、憲兵に取り押さえられたゲイルの写真と、ヒポグリフを連れた機嫌の悪いデイビッドの姿が並べられ、皆の関心を攫った。

散々ゴシップに取り上げ、世間の娯楽として体の良いオモチャにして来た“黒豚令息”が遂に動き出した事で、いち早く媚を売ったこの新聞社は大成功だった。
その日からどこの新聞やゴシップ誌でもこの話題は取り上げられ、いかにデイビッドが被害者であったかを高らかに謳う記事が目立った。
それこそデイビッドには“どうでもいい”事ではあったが…


そしてこの事件のおかげでもうひとつ、思いもしない所で嬉しい悲鳴をあげている者がいた。

「連載継続?!増版決定!?」
「とんでもなく売れててね。今、特に熱い話題だろう?本人の写真が出回った事で、世間の認識も変わったんだよ。」

“ロランダ”作「黒豚令息の美味しい生活!」が世間で一躍話題となり、ベストセラーに入ったそうだ。
特に学生のノンフィクションという事で注目され、信憑性の高い内容であると評価されたらしい

この時から、デイビッドの周りの風向きも確実に変化して行った。


「どうしよう!デイビッド様が人気者になっちゃって、わたしのこと忘れちゃったら!!」
「天地がひっくり返ってもないわよ…」
「むしろどうでもいいと思うでしょうね。あの人の中では世間の評判より、ヴィオラ様からの評価の方が何十倍も重いんで…」

エリックの読んでいるゴシップ誌の切り抜きを眺めながらオロオロするヴィオラを、シェルリアーナとエリックがなだめている。

「そんな事より、貴女の敵が増えないか心配よ。」
「ええ?」
「話題と権力と何より金の卵産みまくりの鶏みたいな人ですからね、婚約者がいようがお構い無しに押し除けて隣に座ろうとする輩ってのはどこからでも湧いて出ますから。」
「ゴキブリみたいなもんだから、そういうのがいたら徹底的に叩き潰しなさい!」
「ど…どうやって…」
「最大級に愛されてるアピールでいいと思いますけどね。所で、シェル様はもうこっちに戻ってていいんですか?」

ジュートに横たわり、足を投げ出すシェルリアーナにエリックが軽食を運びながら尋ねた。

「そろそろ授業の方出ないと…私もリズも出席日数なんかは要らないけど、資格を取る都合で試験に必要な座学時間が決まってて、休講してたのが再開されるのよ。」
「頑張って下さいね!」
「ふっ…余裕で合格してやるわ!」

そこへデイビッドとリズが例の通信機を持って現れた。

「シェリー!通信来た!繋がったよ!?」
「ホント!?」
「おーい、爺さん聞こえてるか?今俺の部屋に来た。音は大丈夫か?」
[ ああ、よく聞こえとるよ ]
「っ師匠!!」

シェルリアーナはマイクから聞こえる師の声に、通信機に飛びついた。
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