黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活〜怒涛の進学編〜

未知の薬

「玄関でお会いしたのでお連れしました。」
「デイビッド様ぁ!!会いたかったです!」
「ヴィオラ?!子爵とはもういいのか?」
「お仕事があるからって、泣きながら帰りました。」
「ハハ…相変わらず涙もろいな…」

グラスグリーンのワンピースに黒のチョーカーを合わせたヴィオラは少し大人っぽく、微笑むと1年前とは違う印象を受ける。
対するデイビッドは、血が飛び散ったエプロンに片付けようとした鉈を持っていて、まるで怪奇譚に出てくる殺人鬼の様だ。
ヴィオラが来て、慌ててエプロンを外し、手を洗っている。

「何をなさってたんですか?」
「あー、豚の出汁取るんで、骨叩いてた…」
「このお鍋ですか?」
「あ!開けない方が…」

止める手が間に合わず、鍋を開けたヴィオラと目玉の飛び出た豚の頭と目が合った。

「ヒャァァァッ!!」
「ヴィオラ、悪い!豚1頭もらったんで、頭と骨、煮てたとこなんだ。」

急いで鍋の蓋を閉め、竈からヴィオラを遠ざける。

「びっくりしました!!けどいい匂いがします!」
「そうか?獣と脂の臭いもするし、女性向けじゃないと思うけどな…」

どさくさに紛れてデイビッドに抱きつこうとしたヴィオラは、支えては貰えたもののさり気なく避けられてしまい、不満そうにしていた。

祭りの騒動でヴィオラを庇おうとして、いつにも増して強く抱き寄せてしまった事で、デイビッドの対応は更にたどたどしいものになってしまった。
おまけに鏡の妖魔が自分の姿を借りて笑った顔を思い出してしまい、元々乏しい表情がさらに硬くなっている。

(またなんか考えてんだろうなぁ…)
エリックはそんなデイビッドを見て呆れていた。
そもそもヴィオラの反対の腕にはシェルリアーナもいたはずなのだが、そこはすっぽり抜けているらしい。

昼の支度にデイビッドがパン生地を捏ね始めると、エプロンをかけたヴィオラがすかさず張り付いていく。
チーズ、ベーコン、ソーセージ、スモモにリンゴのコンポート、レーズン、イチゴのジャム。
なんでも好きな物を詰め込んで、オーブンに入れると直ぐにパンの焼けるいい匂いがしてくる。

「なんで私のはぐにゃぐにゃなんでしょう…」
「生地を弄り過ぎたんだろうなぁ…ちゃんと膨らんでるし、味は同じなんだから気にするなよ!」
「ジャムが噴火してデロデロしてる…」
「始めはこんなもんだって!!」
「デイビッド様のはお店に売ってるのみたいなのに…」
「俺だって焦がしまくったし、最初はぐちゃぐちゃで人に見せられるようなモンじゃなかった。」
「本当ですか…?」
「ああ、膨らまないし、形も悪くて味も変で、よく笑われた。散々練習してやっとまともなもんができるようになったとこだよ。」
「とてもそうは見えませんよ!」

しっとりふわふわのパン生地と、サクサクのデニッシュ生地と、パリッとしたバゲット生地を使い分け、今日はパン尽くし。

エリックはいつも通りカウチで蛙になっているが、天気も良いので庭先で食べる事にした。
外のテーブルにクロスを敷いて、ピクニック気分のヴィオラは自分のパンの出来栄えについてもう何も言わなくなった。
暖かい日差しとそよ風の中で、駆け回るヒヨコと戯れるヴィオラを眺めながら穏やかな時間が流れていく。
常に目まぐるしい程忙しいデイビッドも、今だけは日頃の悩みも疲れも嫌なことも全て忘れて、幸せに浸っていた。


その頃、王宮の一角には王家お抱えの魔術師達が集められ、仕事の依頼を受けていた。
王家直属の魔術師が着るローブに身を包んだシェルリアーナが、姿勢を正して廊下を歩いている。

「よく来てくれたわねリア。卒業おめでとう。これからは貴女も立派な魔女の一員よ!?」
「ありがとうございます、お母様。」

シェルリアーナは王宮内に設えられた母アンジェリーナの私室に呼ばれ、献上された新薬の最終精査を任される事になった。

「さぁ、教えた通りにやってご覧なさい。」
「はい!」

自身の魔力を遮断する手袋を嵌め、薬を決められた魔法陣の上へ垂らすと、魔女の目を通して敵意や害意の有無、人体への影響、王家の血との相性などを調べ、危険が無く効能が確かな事を見極めていく。

「問題ありません。これは王宮でお使い頂けます。」
「流石ねリア。もうすっかり一人前よ?」

満足そうに笑うアンジェリーナは、次に別の容器に入った薬を魔法陣の上に垂らしてみせた。

「これは…さっきと同じものでは?」
「そう!けれどこれだけ他とは違うの!その違いがあなたに分かるかしら?」
「これは……ああ、魔力の干渉がほとんど無いのですわね。」
「そう!ベルダ・オレアンダーの薬は外れたことがないの。でも今までこんな事一度もなかったわ。彼の魔力なら一番に分かるはずなのに、この薬からは薬草の持つ魔力しか感じ取れない。でも質はとても良いのよ!」
「あー…それは恐らく、ベルダ先生の助手が作ったものですわ。間違って混じってしまったのでしょうね。」

シェルリアーナはその薬を作った人物に心当たりしかない。
しかし、アンジェリーナは全く心当たりの無い話を始めた。

「やっぱり?!リア、貴女オレアンダー教授の研究室に入ったのでしょう?!あの方が誰を引き入れたのか知っているんじゃなくて?」
「引き入れた?」
「あら、私達の間じゃ有名な話よ?王立の魔草学研究所の所長の座を反故にしてでも、会って教え子にしたい生徒が来るからと、あの学園に入られたの。長年の夢だったアルラウネの研究を先延ばしにまでされたのよ?!丁度貴女達の世代のはずなのに、今まで噂どころか一度もその姿を見た人は居ないのよ!」
「ベルダ先生は…ほとんど授業も研究もされてませんでしたわ…研究室を開けたのも私が卒業するギリギリで、生徒ともほとんど関わりは無かったかと…」
「そんな…でも、助手がいるのでしょう?!」
「助手と言っても生徒じゃなくて外部講師ですわ。」
「なら、魔法薬学の専門家とか…?!」
「商家出身で領地経営科の臨時講師よ。魔力すらないわ。」
「そんなはずないわ!!」
「そう言われても…」

アンジェリーナの頭の中にいるベルダは、別人なのかと思える程優秀で才能ある人物らしい。
そしてそのベルダには、自身の研究を差し置いてでも会いたい生徒がいたそうな。
(心当たりがなさ過ぎるわ!)
確かに知識はあるが、基本人嫌いでものぐさで普段は温室に籠もって出てこない変人という認識しかない。
(人違いじゃないのかしら…?)

「話が逸れたわね。それでこの薬なのだけど、誰が作ったにせよ、もしかしたら他の物より効きがいいかもしれないわ。」
「どうして?魔力薬は込めた魔力が強ければ強い程効果があるのでしょう?」
「そう言われてはいるけどね。実はあまり変わらないのよ。魔力の低い者が飲むと一時的に魔力が上がってそう感じるだけ。まぁこれは私の経験から得たものだから、きちんと調査したわけではないけれど、重要なのは純度と調和性。飲んだ者の体内の魔力と魔素にどれ程馴染むかで効果が変わるのよ。」
「ねぇ…お母様、例えば私達は魔力や魔素の影響を受けずに薬を作れるかしら?」
「魔力を遮断した状態で製薬するのね?可能だけれど、時間もコストも掛かるし、私達じゃ近くに居るだけで影響してしまうから、全く遮断する事は難しいでしょうね。だからこそこれはとても貴重な物なのよ?!」
「そうなのね…」

(なによ、ちゃんと効果あるんじゃない…)
「最低限薬の役割さえ果たせば良い」などと言っていた製作者の背中を、シェルリアーナは思い切り蹴飛ばしてやりたくなった。

「なんにせよ、これでクロード殿下に処方できるわね。最近は頭痛と目眩が酷くて、起きあがるのにも一苦労されていたから、直ぐにでもお渡し出来るといいわね。」

そう言って薬を片付けると、アンジェリーナは娘を手招きしてテーブルに座らせた。
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