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十話
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今日のダンスレッスンも、終了した。無事と言えないのは、自分が集中していなかったのが分かっているからだ。
時刻は夜九時過ぎ。
智顕の件もあったし、コンビニで期間限定の和菓子でも買って帰ろうかと思う。静弥の分と、お母さんの分。
更衣室のロッカーを開けてスマホを見ると、静弥からメッセージが一件だけ来ていた。
てっきり嵐のような、鬼メッセージ連投が来ると思っていたのに……。
こんなことを言われたんだけど、あの宇宙人なんなの? とか、智顕に僕のことをなんて言っているの? とか、そう言うの。
俺は汗拭きシートで汗を拭きながら、メッセージアプリを開いた。
『先、帰ってるね』
え。マジで、どうしたの? 調子、狂うんだけど。
やっぱり智顕と、何かあったに違いない。
その心配とは別で、俺のエゴも頭の真ん中にポンっとポン菓子のように浮かぶ。
待っててくれるもんだとばかり思っていたから、ショックだな。
一人で気持ちを落ち着けたい、家のことをしたいから、宅配便が届く。そんな理由で、先に帰ったんだと思う。いや、理由なんて、ないかもしれない。
『今から、帰るよ』
そうメッセージを送ると、秒で既読の文字が浮かび上がって来た。
静弥から、もふもふのリアル寄りなうさぎのイラストのスタンプが送られて来る。
有名なイラストレーターさんの作品で、女性用プチプラアパレルブランドやコンビニでコラボするくらいには有名なキャラクターだ。
うさぎが猫に抱き付きながら、はーいと言う文字が二匹の頭の上に書かれている。
『何かあった?』
静弥にメッセージをそう送ったけど、返って来た返事は『なんでもない』だった。
なんでもない訳じゃん。俺に言う方が、嫌なんかな?
俺に言いにくいことを、二人で話したんじゃ……。
コレ、踏み込んで聞いた方が良いのか? いやさっきの今だし、静弥も落ち着いてないだろうし無理に話させる方がしんどいかもしれない。
自分でも静弥を使った言い訳だとは、分かっている。
他の誰でもない。俺自身が、聞くのが、怖いんだ。
そんなことを逡巡していると、立花からメッセージが来た。
通知をタップしてトーク画面を開いたら、立花の店の写真を背景に雲雀丘が微笑んでいる写真が画面に映っている。
『雲雀丘君が、うちの従業員になったよ』と、にっこりと微笑んでいる絵文字付きで立花からメッセージが来た。
大丈夫なんか……? 色々な意味で。
適当なびっくり! みたいなリアクションを取っているスタンプを、立花に送っておく。
俺が送ったスタンプに、すぐに既読マークがついた。
相談して、良いんだろうか。
『相談したいことあるんだけど、いい?』
そうメッセージを送ると、立花から「OK」と書かれたヒヨコのイラストのスタンプが送られて来た。
お言葉に甘えて、言葉にしてメッセージを送ろうとした。
が。
ヤバい。言語化って、難しい。
他人に状況と俺の気持ちを分かって貰う為には、ドコまで説明したら良いんだ?
スマホの画面と二十分近く奮闘した後、メッセージを送った。
トリニティのぼんチ。と、静弥が何かあったっぽいけど、話してくれないこと。今日スクールに静弥がほぼ押しかけて来て、ぼんチ。と何か話していたこと。
絶対俺のことを話していたのに、メッセージで聞いても答えてくれなかったこと。
ちょっと前に、とんでもない酒の飲み方をしていたこと。
無理してない? って聞いたのに、そんな飲み方をされたこと。
俺って、頼りない?って聞くのが怖くて、俺って頼りないんかな?笑 と、言葉にしてしまった。
この笑は、魔法の文字な気がする。
それこそ、女の子の「大丈夫」の言葉のようだ。笑って打つことで、自身の痛みを緩和しているのだ。
*
歩きながらメッセージを打っている内に、駅が見えて来た。
ズボンのポケットに居るスマホが暴れ回り始めたので、電柱の前で足を止める。
立花から着信が来ていて、俺は通話ボタンをタップした。
『篠塚! それ無理矢理にでも、聞いた方がいいよ! アンタ馬鹿なんだから、察せられないじゃん!』
いきなり、急所に打って来るじゃん。
なんでも「いいよ」って、笑っていた未来ちゃんの面影はない。
こんなに、たくましく育って……って、俺は、親か。
「だって」
『だって、じゃないよ! 多分沼黒さん、すっごい不安だと思うよ?』
ちょっと前までは不安なことや不満がちょっとでもあったら、すぐに言葉や態度に出していたのに。
どうして、ぶつけて来なくなったんだろうか?
俺より早く大人の階段を、登ったのかな。
考えたら、それは当たり前だと思う。
社会人の静弥と学生の俺じゃ、視点の高さも見ている景色も違う。
アルバイトで言うなら、俺達大学生は口うるさい社員のことを裏で「そこまで、やってられるかよ。俺達、たかがアルバイトだぞ」と言っているけれど、静弥は逆に仕事をしないアルバイトに注意しているのかもしれない。
「そうだよな。慣れない環境だけじゃなくて、俺達職業も違うし……」
『違うよ! 沼黒さんはアンタにフラれるのが一番怖いから、言ってないの!』
なんでこんな簡単なことを、俺は気付いてやれないんだろう。
他人に言われることで、初めて静弥の心の輪郭にそっと指先だけ触れられた。
そんな当たり前のことを、気付けないから無理させてしまった。
俺が、オレが、しノづかヒかるガ、悪イ。
沢井 蒼真なラば、気付いテふぉローしていタはズだ。
だから、ちゃんと話聞いてあげなよ! 立花の言葉は、そう続いた。
『てか、全然タイプ違うよね?』
立花に、悪意がないのは分かっている。なんてことない、世間話だ。
その世間話すらも、自分を責めているように聞こえてしまう。
タイプが違う、頭の出来も違う、好みも違う。そんな相手と付き合って貰っているのに、お前は相手に何を与えているのか? 何も、与えられていないじゃないか。と。
『篠塚、大丈夫?』
「あ、ウン。ちょっと、ボーっとしてた」
『もー、気をつけなよ。あのさ』
「え、なに」
『アンタから、沼黒さんに話してみたら? 不安なこと。そうしたら、沼黒さんも言いやすいだろうし』
一、ニ、三……。昔から言葉に詰まったら、十秒数える癖がある。
その十秒の間に、相手が欲しい言葉を探し出して譜面のマークに照準を定めるのだ。
パーフェクト判定は、取れなくても良い。グレートかグッド判定を、取れたら良い。
「うん。そうするわ。ありがと! 立花に相談して、良かったわ」
『……篠塚さ』
立花も俺みたいに、十数えているのだろうか。立花の言葉を、待つ。
『無理して、相手に合わせなくて良いと思うよ。篠塚優しいから、言いたいことちゃんと届くから』
俺に対して「もう無理……」と、関係を終わらせた立花。
きっと立花も俺に遠慮して言えなかったことが、たくさんあったんだろう。
俺が立花の「大丈夫」の奥底に隠した気持ちに気付いていたら、あんな別れ方をしなかったのかもしれない。
今立花が俺にそう伝えてくれるのは、まぎれもない立花の優しさだ。
「立花、ごめんな」
『いいよ。私も、言ってなかったし』
私。ごくごくありふれた、普通の一人称。日本人ならば、すっと水を飲むように体内に入って来る言葉だろう。
俺が知っている立花は、自分のことを「未来」と言っていた。
立花を女子として認識したのは、一年生の夏休みの時だった。
班とか委員会や遠足で、よく一緒になるなー。とは、ぼんやり思っていた。
学校帰りに寄り道してパピポを半分こしたり、ファミレスで一緒にテスト勉強したりもした。
立花から、天谷市の夏祭りに一緒に行こうよ! って誘われて、Tシャツとカーキのハーフパンツで出掛けたのだ。
立花は浴衣を着てバッチリとめかし込んでいて、デートなのか? って、心臓がバクバク言っていたのは覚えている。
学校一可愛いと言っても過言じゃない女子が、浴衣を着て俺の横を歩いていた。
きっと何人もの男が立花を誘っては、散ったのだろう。
それなのに、俺は選ばれた。
いつもと違うローズ系の香水の香りが、俺の鼻こうをくすぐって鼻がむずむずした。
屋台のくっせえソースの味しかしない焼きそばも、秒で口の中で溶けてなくなる綿アメも、何もかもがおいしかった。
帰り際、立花は俺にこう言った。
「未来ね、今日、すっごく楽しかった! ねえ……晄君って呼んでいいかな?」
まるで夢小説のヒロインかのごとく可愛い笑顔を、俺に振り撒いたのだ。
トゥンク……! 俺の心臓は破裂するかのような勢いで、大声で叫び出した。
「お、俺も、楽しかった。未来ちゃんって、呼んで良い?」
「うん」
ヒョーマがやっているゲームなら、ここで暗転して画面が明るくなったらセックスしてる一枚絵が出て来るのだろう。
俺は至って普通の高校生で、立花を家に送って帰るだけだった。
今思えば、脈ありありだろ。なんで、告白しなかったんだよ。
当時の俺は本当に鈍くて、未来ちゃんは門限厳しいから一分一秒でも早く家に送り届けてあげないと。
夏祭りに行くのも親御さんは、反対していたかもしれないし。なんて、考えていた。
スタスタ歩く俺の背中を、慣れない下駄でひょこひょこ歩きながらついて来る立花はそりゃあ可愛かった。
立花から告白されたのは、文化祭が終わった後の静かな教室だった。
育野高校の文化祭は、十一月の頭の水木金の三日間に渡って開催される。
公立高校なので模擬店はなく、一年生は展示で二年生と三年生は体育館で演劇をする。
吹奏楽や軽音楽部や演劇部やダンス部は体育館でパフォーマンスをして、その他の部活動や個人もパフォーマンスをする。
抽選なんてなく、申請したらステージで発表させて貰えたのだ。
田舎の学校で、同じ学校の生徒に自分のパフォーマンスを見せたい。なんて言う生徒は、数える程しか居ないのだった。
かく言う、俺もへったくそなタップダンスを披露しました。
子供から見ても下手くそなダンスだったけど、俺にとっては大切なキッカケの一つだ。
後片付けが終わり、みんなが帰った後。
ほんの数時間前までお祭り会場と化していた学校に、日常が戻ったタイミングだった。
全てにおいて、タイミングが遅すぎる。
文化祭は準備を含めて楽しいから好きなんだけど、後片付けの時間は嫌いだった。
夕方六時に村役場から鳴る「ゆうやけこやけ」の音楽が流れたら、みんな家へと帰る。
まだ遊んでいたいのに、この音楽を聴いたら帰らないといけない。
山の闇は、子供一人くらい簡単に食べてしまうから。
俺は、まだ遊びたいのに。
「ゆうやけこやけ」と一緒で、文化祭の閉会式が終わり後片付けが終わった後に鳴る夕方五時頃のチャイムが苦手だった。
「晄君、あのね。未来、晄君と居たら、楽しくて安心出来るの」
頬を赤らめながらそう言った立花を見て、俺はあろうことか
「マジ!? 下に、妹居るからかなー!」とか、言ったのだ。ありえなさすぎる。
立花は「晄君のこと、好きなの!」と言い放ち、俺の腕を小さな手で掴んだ。
「は……え?」
好き。って、好き。だよな? 奈々が読んでる少女漫画みたいな、好き。だよな?
立花に告白されたら、十人中九人は付き合うだろう。
だって、可愛いし。
立花を振る残り一人は、静弥みたいな変わり種だろう。
「お、俺も好き」
初めて女子に、その言葉を言った。たった、二文字。されど、二文字。
まるでオウム返しかのように言ったその言葉は、自分の声じゃないくらいに裏返っていた。
後から言うだけでもあんなに緊張したのに、立花はどれだけ緊張したんだろうか。
「ありがとう」
十数えなくてもこの言葉と、あと一つの言葉は言える。
立花は「いえいえ」と、優しい声で返してくれた。
静弥に、言ってみよう。
*
帰宅すると、廊下に静弥が横たわっていた。
え!? 倒れてる……!? 熱中症!?
ど、どうしよう。救急車呼んだ方が、良いのか? まずは、意識あるか確認だな。
「静弥!? 静弥!?」
静弥の肩を揺さぶると、静弥の平行な瞼が開いた。
「寝ちゃってた……おかえり」
「よ、良かった。なんもなくて」
そう言ってから、俺は静弥をギュッと抱きしめる。
「ごめんね……」
「そこは、ありがとうで良くない?」
「え、ごめ……ありがとう」
分かるよ。咄嗟に「ごめん」が出てしまう、気持ち。
自分が普通ならば、他人に迷惑をかけなかったり不快にさせなかった。そんな自分が情けなくて、つい口から出てしまう、呪いの言葉だ。
静弥は抱き着き返しながら、恐る恐る細い声を絞り出した。
時刻は夜九時過ぎ。
智顕の件もあったし、コンビニで期間限定の和菓子でも買って帰ろうかと思う。静弥の分と、お母さんの分。
更衣室のロッカーを開けてスマホを見ると、静弥からメッセージが一件だけ来ていた。
てっきり嵐のような、鬼メッセージ連投が来ると思っていたのに……。
こんなことを言われたんだけど、あの宇宙人なんなの? とか、智顕に僕のことをなんて言っているの? とか、そう言うの。
俺は汗拭きシートで汗を拭きながら、メッセージアプリを開いた。
『先、帰ってるね』
え。マジで、どうしたの? 調子、狂うんだけど。
やっぱり智顕と、何かあったに違いない。
その心配とは別で、俺のエゴも頭の真ん中にポンっとポン菓子のように浮かぶ。
待っててくれるもんだとばかり思っていたから、ショックだな。
一人で気持ちを落ち着けたい、家のことをしたいから、宅配便が届く。そんな理由で、先に帰ったんだと思う。いや、理由なんて、ないかもしれない。
『今から、帰るよ』
そうメッセージを送ると、秒で既読の文字が浮かび上がって来た。
静弥から、もふもふのリアル寄りなうさぎのイラストのスタンプが送られて来る。
有名なイラストレーターさんの作品で、女性用プチプラアパレルブランドやコンビニでコラボするくらいには有名なキャラクターだ。
うさぎが猫に抱き付きながら、はーいと言う文字が二匹の頭の上に書かれている。
『何かあった?』
静弥にメッセージをそう送ったけど、返って来た返事は『なんでもない』だった。
なんでもない訳じゃん。俺に言う方が、嫌なんかな?
俺に言いにくいことを、二人で話したんじゃ……。
コレ、踏み込んで聞いた方が良いのか? いやさっきの今だし、静弥も落ち着いてないだろうし無理に話させる方がしんどいかもしれない。
自分でも静弥を使った言い訳だとは、分かっている。
他の誰でもない。俺自身が、聞くのが、怖いんだ。
そんなことを逡巡していると、立花からメッセージが来た。
通知をタップしてトーク画面を開いたら、立花の店の写真を背景に雲雀丘が微笑んでいる写真が画面に映っている。
『雲雀丘君が、うちの従業員になったよ』と、にっこりと微笑んでいる絵文字付きで立花からメッセージが来た。
大丈夫なんか……? 色々な意味で。
適当なびっくり! みたいなリアクションを取っているスタンプを、立花に送っておく。
俺が送ったスタンプに、すぐに既読マークがついた。
相談して、良いんだろうか。
『相談したいことあるんだけど、いい?』
そうメッセージを送ると、立花から「OK」と書かれたヒヨコのイラストのスタンプが送られて来た。
お言葉に甘えて、言葉にしてメッセージを送ろうとした。
が。
ヤバい。言語化って、難しい。
他人に状況と俺の気持ちを分かって貰う為には、ドコまで説明したら良いんだ?
スマホの画面と二十分近く奮闘した後、メッセージを送った。
トリニティのぼんチ。と、静弥が何かあったっぽいけど、話してくれないこと。今日スクールに静弥がほぼ押しかけて来て、ぼんチ。と何か話していたこと。
絶対俺のことを話していたのに、メッセージで聞いても答えてくれなかったこと。
ちょっと前に、とんでもない酒の飲み方をしていたこと。
無理してない? って聞いたのに、そんな飲み方をされたこと。
俺って、頼りない?って聞くのが怖くて、俺って頼りないんかな?笑 と、言葉にしてしまった。
この笑は、魔法の文字な気がする。
それこそ、女の子の「大丈夫」の言葉のようだ。笑って打つことで、自身の痛みを緩和しているのだ。
*
歩きながらメッセージを打っている内に、駅が見えて来た。
ズボンのポケットに居るスマホが暴れ回り始めたので、電柱の前で足を止める。
立花から着信が来ていて、俺は通話ボタンをタップした。
『篠塚! それ無理矢理にでも、聞いた方がいいよ! アンタ馬鹿なんだから、察せられないじゃん!』
いきなり、急所に打って来るじゃん。
なんでも「いいよ」って、笑っていた未来ちゃんの面影はない。
こんなに、たくましく育って……って、俺は、親か。
「だって」
『だって、じゃないよ! 多分沼黒さん、すっごい不安だと思うよ?』
ちょっと前までは不安なことや不満がちょっとでもあったら、すぐに言葉や態度に出していたのに。
どうして、ぶつけて来なくなったんだろうか?
俺より早く大人の階段を、登ったのかな。
考えたら、それは当たり前だと思う。
社会人の静弥と学生の俺じゃ、視点の高さも見ている景色も違う。
アルバイトで言うなら、俺達大学生は口うるさい社員のことを裏で「そこまで、やってられるかよ。俺達、たかがアルバイトだぞ」と言っているけれど、静弥は逆に仕事をしないアルバイトに注意しているのかもしれない。
「そうだよな。慣れない環境だけじゃなくて、俺達職業も違うし……」
『違うよ! 沼黒さんはアンタにフラれるのが一番怖いから、言ってないの!』
なんでこんな簡単なことを、俺は気付いてやれないんだろう。
他人に言われることで、初めて静弥の心の輪郭にそっと指先だけ触れられた。
そんな当たり前のことを、気付けないから無理させてしまった。
俺が、オレが、しノづかヒかるガ、悪イ。
沢井 蒼真なラば、気付いテふぉローしていタはズだ。
だから、ちゃんと話聞いてあげなよ! 立花の言葉は、そう続いた。
『てか、全然タイプ違うよね?』
立花に、悪意がないのは分かっている。なんてことない、世間話だ。
その世間話すらも、自分を責めているように聞こえてしまう。
タイプが違う、頭の出来も違う、好みも違う。そんな相手と付き合って貰っているのに、お前は相手に何を与えているのか? 何も、与えられていないじゃないか。と。
『篠塚、大丈夫?』
「あ、ウン。ちょっと、ボーっとしてた」
『もー、気をつけなよ。あのさ』
「え、なに」
『アンタから、沼黒さんに話してみたら? 不安なこと。そうしたら、沼黒さんも言いやすいだろうし』
一、ニ、三……。昔から言葉に詰まったら、十秒数える癖がある。
その十秒の間に、相手が欲しい言葉を探し出して譜面のマークに照準を定めるのだ。
パーフェクト判定は、取れなくても良い。グレートかグッド判定を、取れたら良い。
「うん。そうするわ。ありがと! 立花に相談して、良かったわ」
『……篠塚さ』
立花も俺みたいに、十数えているのだろうか。立花の言葉を、待つ。
『無理して、相手に合わせなくて良いと思うよ。篠塚優しいから、言いたいことちゃんと届くから』
俺に対して「もう無理……」と、関係を終わらせた立花。
きっと立花も俺に遠慮して言えなかったことが、たくさんあったんだろう。
俺が立花の「大丈夫」の奥底に隠した気持ちに気付いていたら、あんな別れ方をしなかったのかもしれない。
今立花が俺にそう伝えてくれるのは、まぎれもない立花の優しさだ。
「立花、ごめんな」
『いいよ。私も、言ってなかったし』
私。ごくごくありふれた、普通の一人称。日本人ならば、すっと水を飲むように体内に入って来る言葉だろう。
俺が知っている立花は、自分のことを「未来」と言っていた。
立花を女子として認識したのは、一年生の夏休みの時だった。
班とか委員会や遠足で、よく一緒になるなー。とは、ぼんやり思っていた。
学校帰りに寄り道してパピポを半分こしたり、ファミレスで一緒にテスト勉強したりもした。
立花から、天谷市の夏祭りに一緒に行こうよ! って誘われて、Tシャツとカーキのハーフパンツで出掛けたのだ。
立花は浴衣を着てバッチリとめかし込んでいて、デートなのか? って、心臓がバクバク言っていたのは覚えている。
学校一可愛いと言っても過言じゃない女子が、浴衣を着て俺の横を歩いていた。
きっと何人もの男が立花を誘っては、散ったのだろう。
それなのに、俺は選ばれた。
いつもと違うローズ系の香水の香りが、俺の鼻こうをくすぐって鼻がむずむずした。
屋台のくっせえソースの味しかしない焼きそばも、秒で口の中で溶けてなくなる綿アメも、何もかもがおいしかった。
帰り際、立花は俺にこう言った。
「未来ね、今日、すっごく楽しかった! ねえ……晄君って呼んでいいかな?」
まるで夢小説のヒロインかのごとく可愛い笑顔を、俺に振り撒いたのだ。
トゥンク……! 俺の心臓は破裂するかのような勢いで、大声で叫び出した。
「お、俺も、楽しかった。未来ちゃんって、呼んで良い?」
「うん」
ヒョーマがやっているゲームなら、ここで暗転して画面が明るくなったらセックスしてる一枚絵が出て来るのだろう。
俺は至って普通の高校生で、立花を家に送って帰るだけだった。
今思えば、脈ありありだろ。なんで、告白しなかったんだよ。
当時の俺は本当に鈍くて、未来ちゃんは門限厳しいから一分一秒でも早く家に送り届けてあげないと。
夏祭りに行くのも親御さんは、反対していたかもしれないし。なんて、考えていた。
スタスタ歩く俺の背中を、慣れない下駄でひょこひょこ歩きながらついて来る立花はそりゃあ可愛かった。
立花から告白されたのは、文化祭が終わった後の静かな教室だった。
育野高校の文化祭は、十一月の頭の水木金の三日間に渡って開催される。
公立高校なので模擬店はなく、一年生は展示で二年生と三年生は体育館で演劇をする。
吹奏楽や軽音楽部や演劇部やダンス部は体育館でパフォーマンスをして、その他の部活動や個人もパフォーマンスをする。
抽選なんてなく、申請したらステージで発表させて貰えたのだ。
田舎の学校で、同じ学校の生徒に自分のパフォーマンスを見せたい。なんて言う生徒は、数える程しか居ないのだった。
かく言う、俺もへったくそなタップダンスを披露しました。
子供から見ても下手くそなダンスだったけど、俺にとっては大切なキッカケの一つだ。
後片付けが終わり、みんなが帰った後。
ほんの数時間前までお祭り会場と化していた学校に、日常が戻ったタイミングだった。
全てにおいて、タイミングが遅すぎる。
文化祭は準備を含めて楽しいから好きなんだけど、後片付けの時間は嫌いだった。
夕方六時に村役場から鳴る「ゆうやけこやけ」の音楽が流れたら、みんな家へと帰る。
まだ遊んでいたいのに、この音楽を聴いたら帰らないといけない。
山の闇は、子供一人くらい簡単に食べてしまうから。
俺は、まだ遊びたいのに。
「ゆうやけこやけ」と一緒で、文化祭の閉会式が終わり後片付けが終わった後に鳴る夕方五時頃のチャイムが苦手だった。
「晄君、あのね。未来、晄君と居たら、楽しくて安心出来るの」
頬を赤らめながらそう言った立花を見て、俺はあろうことか
「マジ!? 下に、妹居るからかなー!」とか、言ったのだ。ありえなさすぎる。
立花は「晄君のこと、好きなの!」と言い放ち、俺の腕を小さな手で掴んだ。
「は……え?」
好き。って、好き。だよな? 奈々が読んでる少女漫画みたいな、好き。だよな?
立花に告白されたら、十人中九人は付き合うだろう。
だって、可愛いし。
立花を振る残り一人は、静弥みたいな変わり種だろう。
「お、俺も好き」
初めて女子に、その言葉を言った。たった、二文字。されど、二文字。
まるでオウム返しかのように言ったその言葉は、自分の声じゃないくらいに裏返っていた。
後から言うだけでもあんなに緊張したのに、立花はどれだけ緊張したんだろうか。
「ありがとう」
十数えなくてもこの言葉と、あと一つの言葉は言える。
立花は「いえいえ」と、優しい声で返してくれた。
静弥に、言ってみよう。
*
帰宅すると、廊下に静弥が横たわっていた。
え!? 倒れてる……!? 熱中症!?
ど、どうしよう。救急車呼んだ方が、良いのか? まずは、意識あるか確認だな。
「静弥!? 静弥!?」
静弥の肩を揺さぶると、静弥の平行な瞼が開いた。
「寝ちゃってた……おかえり」
「よ、良かった。なんもなくて」
そう言ってから、俺は静弥をギュッと抱きしめる。
「ごめんね……」
「そこは、ありがとうで良くない?」
「え、ごめ……ありがとう」
分かるよ。咄嗟に「ごめん」が出てしまう、気持ち。
自分が普通ならば、他人に迷惑をかけなかったり不快にさせなかった。そんな自分が情けなくて、つい口から出てしまう、呪いの言葉だ。
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目が覚めたら、友人が作ったゲームの“ハズレ神子”になっていた。
死亡フラグを回避しようと動くも、思うようにいかず、最終的には原作ルートから離脱。
死んだことにして田舎でのんびりスローライフを送っていた俺のもとに、ある噂が届く。
どうやら、かつてのバディだった騎士の様子が、どうもおかしいとか……?
※欠損表現有。本編が始まるのは実質中盤頃です
モブなんかじゃ終わらない!?
MITARASI_
BL
気がつけばそこは、人気BLゲームの世界。
けれど与えられた役割は、攻略対象でも悪役でもない――ただのモブ。
本来なら物語の外でひっそりと生きていくはずだった。
だが、そんな彼の存在が、少しずつ“運命のルート”を揺さぶっていく。
選ばれないはずのモブが紡ぐ、新たな恋の物語。
ゲームの定めを超えて、彼が辿り着く未来とは――。
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