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番外編 ヘマタイトワイライト 中編
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静弥とのお出かけは、とても楽しかった。デートに着ていく服は、めちゃくちゃ悩んだ。
悩んだ結果、普段は着ないジャンルを攻めてみた。ほら、誕生日だし! 縁起いい日だし!
上はいちょうの葉っぱみたいな色をしたチェックシャツに、実写の犬が描かれたグレーの長袖オーバーTシャツを重ね着した。
上着は、デニムの茶色いジャケットを羽織った。下はアウターと同じ色をした、ジーパン。靴も同系色のジャーマントレーナー。
普段の俺からしたらキレイめなカジュアルだからか、静弥は何回も瞬きをして
「すごく似合ってる」とか「素敵!」とか「好き!」と、褒め言葉を連発で言ってくれたのだ。
なんとなく予想はしてたけど、いつも着ているストリート系ファッションとかスポカジ系はあんまりっぽいな。
誰に言われた訳でもないのに、キレイめな服はキャラじゃない気がしているのだ。
そのため試着して気に入っても、買えないことが多い。
今着ているのは、去年の微妙な時期にHUのセールで買った気がする。
もしかしたら有名配信者とコラボするかもしれないし、打ち合わせするのにいつもの服だと印象悪そうだし……。キレイめな服を、買っとくか。
そんな理由だった。
まさか恋人とのデートで着るなんて、一ミリも予想していなかった。
静弥の服装は、グレーストライプのワイシャツにストーングレーのスラックス。アウターは、落ち葉色の薄手のトレンチコートだった。靴は革製のUチップドレスシューズ。
まるで少女漫画の実写映画の相手役の俳優くらいに決まっていて、俺は俺で「顔がいい~!」と女オタクみたいな雄叫びをあげたのだった。
寒くないのか?って聞いたら
「晄君と居るから、暖かいよ」と、さらりと返されてしまった。
いやだから、恋愛小説かって……。よくシラフで、そんな恥ずかしいセリフを言えるな。
俺は究極の我慢しない人間なので、暑いのも寒いのも苦手だ。
気候的には山南村の方が寒いけど、山南村の方が寒いからと言って東京の寒さが我慢出来る訳ではない。
折角のデートなのに、数日前に発生した台風のせいで大分と寒かったし。
祝日だけあって、電車もスカイツリーも、アフタヌーンティーも、道でさえも混んでいた。
東京スカイツリーから見渡す景色は、凄かった。
自分が住んでいる東京の街が、まるでミニチュアかのように見下ろせたのだから。
戦国武将が城を建てたのが、なんとなく分かった気がした。
エンスタのリール動画には、イルミネーションやら夜景やら夜のスカイツリーが上がりがちだ。
だけど昼間の景色の方が、俺は好きだと思う。
なんでかって昼の方が、空がキレイに見えるから。って言う、小学生みたいな理由が一つ目。
二つ目は夜だと光が眩しすぎて、俺の光なんて豆電球みたいなもんだと勝手に比較して落ち込みそうだから。
アフタヌーンティーは、お値段以上の価値があったと思う。
店の扉がミント色で、そこからもう可愛らしかった。
クリーム色の壁には、丁度ハロウィンの時期なのでジャックオランタンのステッカーや、ハロウィンモチーフの紫とオレンジが交互になっているガーランドが貼られていた。
棚にはたくさんのテディベアや、黒猫のぬいぐるみや、紅茶缶が敷き詰められていた。
天井からはティーポットのオブジェやシャンデリアが垂れていて、思わず感嘆の息を漏らしたのだった。
静弥もテンションが上がったようで「すごいね」と、頬を赤らめていた。
運ばれて来たアフタヌーンティースタンドを見ながら、俺は「おー」と声を挙げたのだった。
静弥はコウ君ぬいと晄ぬいで、アフタヌーンティースタンドをサンドイッチしてスマホで撮影していた。
山南原人の癖に、加工アプリを知ったらしい。加工アプリのカメラで撮影して、明度や色味の調整からフィルターがけにハートや『かわいい』の文字ステッカーを貼り加工までしていたのだ。
嘘だろ……。おじいちゃん、進化すぎだろ。
楽しいお出かけが終わったのに、幸せー!! って気持ちの後に、俺だけ誕生日をこんなに楽しんでていいのかな? って気持ちが、襲って来るのだ。
篠塚家の弟や妹達は、誕生日にスーパーの安いケーキしか貰えないのに。
俺だけこんなに、幸せで良いんだろうか?
普通の大学生ならば、誕生日にケーキ食べて友達や恋人からプレゼントを貰って幸せ~! と良い気持ちのまま、誕生日一日を過ごせるのだろう。
俺は、そうじゃない。
高校生の頃。バイト代を貯めて、switchとマリパを買った。
これで相澤や犬山と、一緒に遊べる!
ウキウキしながらswitchの初期設定を居間でしていると、親父に見つかり
「弟らはないのに、お前だけ買ったんか。思いやりがねえな」
と、毒づかれてしまった。
それを言われた俺が、落ち込むって分かんねえのかよ! 他人にそんなこと言えるお前だって、思いやりねえだろ! お前が働いたら、switchくらい子供に買ってやれんだろ!
なんて言葉は当時の俺は浮かばず、脊椎反射で「うぜえんだよ!」と父親に殴りかかった。
父親は、俺を壁に突き飛ばした。その拍子で俺は新品のswitchを踏んづけてしまい、液晶が割れてしまった。
大学生になったら、一人暮らしするんだ。こんな家、絶対に出て行ってやるんだ。
そんなことを思って、その日は財布とスマホと着替えを持って家を出て行った。
相澤や犬山に、迷惑をかける訳にはいかない。
閉店ギリギリの八木商店に駆け込んで、スティックパンとクリームパンとおにぎりあたりを買い込んだ。
レジ袋を抱き締めるように抱えて、例の防空壕で一夜を過ごした。
次の日。朝登校するなり相澤と犬山に
「ごめんー。酔っ払った親父が、switch踏んづけて修理出すことになったわー。一緒に遊べるの、もう少し先になるー」
とテレビでお笑い芸人が、家族の面白エピソードを話すように話した。
辛かった。こんな演技をしなくちゃいけない自分が、ひどくみじめに思えた。
頭の真ん中に、switch修理代八千円の金額が居座っていて、それもまた悲しかった。
八千円って、学校終わりからのバイト二日分の給料じゃん。
八千円あれば、漫画を大人買い出来るし、服だって買えるし、香水だって買えるじゃん。
みんなそうなんだろうけど、俺の人生はお金に振り回されている気がする。
そのお金を稼ぐために、今日もコウ君になっておたおめ配信も終わらせた。
おたおめ配信だけあって、いつもより投げ銭もコメントも多くて嬉しかったな。
相変わらず沼黒はポエムを投げて来たし、むーしゅはキモいリアココメを送って来た。
相変わらずだな、お前ら二人は……。
俺の誕生日プレゼントのグラデーションの話や、switchの件や、幸せって気持ちが長続きしないことは静弥にはバレたくない。
心配させたくないから、今日も篠塚 晄を演じる。来年も、きっとそうなのだろう。
静弥お手製のビーフシチューも食べ終わり、今は静弥が「連れて行きたい場所が、あるんだ」ともじもじしながら言って来たのだ。
もしや、イルミネーションか? 夜景か? なんて思いながら、静弥の後をついていきバスに揺られながら着いた先はーー
国道のコンクリートに同化するように、建設されたラブホだった。
*
今更ラブホとか、恥ずかしいんですけど!? 誕生日にラブホって、なにそのチョイス!? 信じらんねぇ!! って声が、出そうになった。
デートで、アライブに連れて行く男だ。普通やロマンチックを、期待するだけ損だ。
静弥からしたら、ラブホがロマンチックなのかもしれない。
ぎんぎらぎんに、輝いてやがりますねえ。
たくさんの車たちが(国道)のアスファルトにタイヤを切りつけながら、暗闇を走り抜けている。
一人では解けない愛のパズルを抱いてます。ってか?
いやもうこの性欲丸出しのお客様を、おもてなしします。と言わんばかりのアーチからして、恥ずかしい。
入り口のドアの左隣にあるホテル名が入った、モザイクアートの真っ赤なハートの飾りも恥ずかしい。
劣化版椎野 苹果みたいなセンスだ。さみ~。
いやもう、本当に帰りたい。
イルミネーションや夜景だと期待して、新品の白色のハーフジップのプルオーバーにライトグレーのスタンドカラーコートにキレイめなGパンなんか着ちゃって恥ずかしい!!
いやだって! 静弥の落ち葉色の薄手のトレンチコートに深緑のタートルネックのニットに茶色のチェック模様のズボンって言うファッション雑誌の秋服のお手本のような服装見たら、お? イルミネーションか? 夜景か? そこで、誕生日プレゼントくれんのか? って思うだろ!!
めかしこんだ静弥は目立っていて、バス車内の女の子達の視線を独り占めしていた。
うん。知ってた。昼間のお出かけでも、めちゃくちゃ見られてたもん。
こんな気合いの入った格好で、バスに揺られて来る場所がラブホとか恥ずかし過ぎんだろ! 田舎の高校生かよ!(この物語の主人公は、自分が超弩級の田舎出身ということをしばしば忘れております)
「あ、あのさ……ラブホは、ちょっと」
「え? 嫌なの?」
「誕生日に、行くところじゃねえだろ! どんだけヤりたいんだよ!」
ラブホの中に入って行くカップルの女の子に、動物園の猿を見るかのような目で見られている。
格安通販サイトの服と思われる千鳥格子柄の韓国系のアウターとショートパンツを履いた、マッチ棒みたいな脚にレザーの黒いロングブーツを履いている。
筋力なさそうな脚に、そのブーツは拷問みたいなもんだろ……。
静弥は俺をホテルの壁に追いやり、俺を覆うように自身の手を壁につけた。
な、なんて、嬉しくない壁ドン……! 未だに風化しない、少女漫画の胸キュンシチュ!
「僕、楽しみにしてたのに……」
「うぁ」
静弥の瞳に俺が映るほどに、距離が近い。
今目で見ている静弥は、泣き出しそうな顔をしている。
きっと俺の瞳の中の静弥も、同じ表情をしているのだろう。
時刻は、夜九時過ぎ。気温は低く上着を着ているとは言え、一筋でも風が吹けば体の中から寒くなる。
「分かったよ。寒いし、中入ろうぜ……次からは、事前に相談しろよ」
お前の考えること、マジで俺の頭の中にはないことばかりでビビんだよ。そう言おうと思ったけど、静弥の唇で俺の唇が塞がれてしまった。
え、壁ドンからのキス!? ラブホの壁を、背景に!? Y2Kケータイ小説!?
遠慮なく唇を開かれ、その間から静弥の長い舌を差し込まれる。
俺の舌を愛撫するかのように、静弥のそれで舐められてムラムラして来た。
先程とは違う、アラフォーくらいのカップルにマジマジと見つめられている。
女は昔小ギャルをしていたような、派手な見た目。男は小太りの脂ぎった顔面をラブホの光で更に輝かせていて、サングラスを後ろにかけている。
後ろにかけるなら、グラサンの意味ねえだろ。 そもそも夜なのに、なんでグラサンかけてんだよ。いや……かけてるとは、言わないか?
俺は静弥の薄い胸板を掌全体で押して、静弥を突き飛ばす。
「やめろ! アホ!」
「僕は晄君しか見てないのに、さっきから余所見ばっかり」
「他人様の視線が、痛いの! お前は、もうちょっと周りを気にしろ!」
こう言ってる間にも、また違うカップルに見られている。
もうやだー! おうち、かえりゅー!!
「予約の時間に遅れそうだから、行こう」
どんだけマイペースなんだよ。お願いだから、俺の話を聞いて。小学校低学年くらいの、傾聴スキルで良いから。
*
フロントのスタッフに渡された部屋の鍵は、金メッキの持ち手の先に真っ赤なハートがついたものだった。持ち手に絡みつくように、じゃらじゃらじゃらと鎖がまとわりついている。
部屋番号は、Sねえ。
Sって、なんだ? あ、スイートルームとかか!? 誕生日だから、奮発してくれたんか!? 気持ちは嬉しいけど、お金の使い所ちげえだろ。
エレベーターで三階へ上がり、コンクリート製の細い廊下を歩いて行く。
廊下にまで他の部屋のカップルの女が喘いでる声が、響いている。
マジで、冗談抜きに帰りたいな。
「着いたみたいだね」
静弥の視線の先には、まるで囚人を収監しているような、重たそうな鉄格子の扉があった。
え、なに。このバイオハザードとか、みたいな雰囲気の扉。
うん。確かに、扉にSって書いてある。
え? ここが、スイートルームなの? マジで?
静弥は扉の鍵穴にルームキーをためらいなくぶっさして、扉を開けた。
目に飛び込んで来たのは、赤色の壁に真っ黒な床と言ったいかにも女王様みたいな部屋だった。
部屋に備えられた家具や什器も、同系色で揃えられている。
俺の脳みそはとある可能性を全力で拒否するべく、チラチラっと部屋を覗いてみる。
まるで日本受信料取り立て協会のドキュメンタリーのロゴのような、赤いXの文字の型をしたはりつけ。
同じく血のように真っ赤な、拘束椅子。赤い診察台に、真っ黒な木馬に、ベッドの四隅にすら鎖と手錠が見える。
きっと仕舞われているだけで、バイブやら縄やらもあるんだろう。
「……おい」
俺の人生で一番太い声を、出したと思う。
静弥は目を輝かせながら、まるで蝶々が舞うようにスキップで部屋へ入って行った。
「ヤらねえぞ! つか、こ、こんな部屋なら、尚更事前に相談しろって!」
SかMかの二択なら、俺はMだろう。
だけどこんないかにもな部屋で、ヤりたい願望はない。
静弥は母親に叱られるのを察した子供かのように、潤んだ瞳で見て来た。
「え……」
だから、やめろって! その顔!
「ひ、酷いことしない……なら」
斧とかスタンガンで襲われたんだから、縄やはりつけくらい怖くない気がして来た。
感覚バグり過ぎだろ。
「縄の縛り方とか事前に勉強して来たから、安心してね」
「その賢い頭を、もっと別のことに使えよ!」
悩んだ結果、普段は着ないジャンルを攻めてみた。ほら、誕生日だし! 縁起いい日だし!
上はいちょうの葉っぱみたいな色をしたチェックシャツに、実写の犬が描かれたグレーの長袖オーバーTシャツを重ね着した。
上着は、デニムの茶色いジャケットを羽織った。下はアウターと同じ色をした、ジーパン。靴も同系色のジャーマントレーナー。
普段の俺からしたらキレイめなカジュアルだからか、静弥は何回も瞬きをして
「すごく似合ってる」とか「素敵!」とか「好き!」と、褒め言葉を連発で言ってくれたのだ。
なんとなく予想はしてたけど、いつも着ているストリート系ファッションとかスポカジ系はあんまりっぽいな。
誰に言われた訳でもないのに、キレイめな服はキャラじゃない気がしているのだ。
そのため試着して気に入っても、買えないことが多い。
今着ているのは、去年の微妙な時期にHUのセールで買った気がする。
もしかしたら有名配信者とコラボするかもしれないし、打ち合わせするのにいつもの服だと印象悪そうだし……。キレイめな服を、買っとくか。
そんな理由だった。
まさか恋人とのデートで着るなんて、一ミリも予想していなかった。
静弥の服装は、グレーストライプのワイシャツにストーングレーのスラックス。アウターは、落ち葉色の薄手のトレンチコートだった。靴は革製のUチップドレスシューズ。
まるで少女漫画の実写映画の相手役の俳優くらいに決まっていて、俺は俺で「顔がいい~!」と女オタクみたいな雄叫びをあげたのだった。
寒くないのか?って聞いたら
「晄君と居るから、暖かいよ」と、さらりと返されてしまった。
いやだから、恋愛小説かって……。よくシラフで、そんな恥ずかしいセリフを言えるな。
俺は究極の我慢しない人間なので、暑いのも寒いのも苦手だ。
気候的には山南村の方が寒いけど、山南村の方が寒いからと言って東京の寒さが我慢出来る訳ではない。
折角のデートなのに、数日前に発生した台風のせいで大分と寒かったし。
祝日だけあって、電車もスカイツリーも、アフタヌーンティーも、道でさえも混んでいた。
東京スカイツリーから見渡す景色は、凄かった。
自分が住んでいる東京の街が、まるでミニチュアかのように見下ろせたのだから。
戦国武将が城を建てたのが、なんとなく分かった気がした。
エンスタのリール動画には、イルミネーションやら夜景やら夜のスカイツリーが上がりがちだ。
だけど昼間の景色の方が、俺は好きだと思う。
なんでかって昼の方が、空がキレイに見えるから。って言う、小学生みたいな理由が一つ目。
二つ目は夜だと光が眩しすぎて、俺の光なんて豆電球みたいなもんだと勝手に比較して落ち込みそうだから。
アフタヌーンティーは、お値段以上の価値があったと思う。
店の扉がミント色で、そこからもう可愛らしかった。
クリーム色の壁には、丁度ハロウィンの時期なのでジャックオランタンのステッカーや、ハロウィンモチーフの紫とオレンジが交互になっているガーランドが貼られていた。
棚にはたくさんのテディベアや、黒猫のぬいぐるみや、紅茶缶が敷き詰められていた。
天井からはティーポットのオブジェやシャンデリアが垂れていて、思わず感嘆の息を漏らしたのだった。
静弥もテンションが上がったようで「すごいね」と、頬を赤らめていた。
運ばれて来たアフタヌーンティースタンドを見ながら、俺は「おー」と声を挙げたのだった。
静弥はコウ君ぬいと晄ぬいで、アフタヌーンティースタンドをサンドイッチしてスマホで撮影していた。
山南原人の癖に、加工アプリを知ったらしい。加工アプリのカメラで撮影して、明度や色味の調整からフィルターがけにハートや『かわいい』の文字ステッカーを貼り加工までしていたのだ。
嘘だろ……。おじいちゃん、進化すぎだろ。
楽しいお出かけが終わったのに、幸せー!! って気持ちの後に、俺だけ誕生日をこんなに楽しんでていいのかな? って気持ちが、襲って来るのだ。
篠塚家の弟や妹達は、誕生日にスーパーの安いケーキしか貰えないのに。
俺だけこんなに、幸せで良いんだろうか?
普通の大学生ならば、誕生日にケーキ食べて友達や恋人からプレゼントを貰って幸せ~! と良い気持ちのまま、誕生日一日を過ごせるのだろう。
俺は、そうじゃない。
高校生の頃。バイト代を貯めて、switchとマリパを買った。
これで相澤や犬山と、一緒に遊べる!
ウキウキしながらswitchの初期設定を居間でしていると、親父に見つかり
「弟らはないのに、お前だけ買ったんか。思いやりがねえな」
と、毒づかれてしまった。
それを言われた俺が、落ち込むって分かんねえのかよ! 他人にそんなこと言えるお前だって、思いやりねえだろ! お前が働いたら、switchくらい子供に買ってやれんだろ!
なんて言葉は当時の俺は浮かばず、脊椎反射で「うぜえんだよ!」と父親に殴りかかった。
父親は、俺を壁に突き飛ばした。その拍子で俺は新品のswitchを踏んづけてしまい、液晶が割れてしまった。
大学生になったら、一人暮らしするんだ。こんな家、絶対に出て行ってやるんだ。
そんなことを思って、その日は財布とスマホと着替えを持って家を出て行った。
相澤や犬山に、迷惑をかける訳にはいかない。
閉店ギリギリの八木商店に駆け込んで、スティックパンとクリームパンとおにぎりあたりを買い込んだ。
レジ袋を抱き締めるように抱えて、例の防空壕で一夜を過ごした。
次の日。朝登校するなり相澤と犬山に
「ごめんー。酔っ払った親父が、switch踏んづけて修理出すことになったわー。一緒に遊べるの、もう少し先になるー」
とテレビでお笑い芸人が、家族の面白エピソードを話すように話した。
辛かった。こんな演技をしなくちゃいけない自分が、ひどくみじめに思えた。
頭の真ん中に、switch修理代八千円の金額が居座っていて、それもまた悲しかった。
八千円って、学校終わりからのバイト二日分の給料じゃん。
八千円あれば、漫画を大人買い出来るし、服だって買えるし、香水だって買えるじゃん。
みんなそうなんだろうけど、俺の人生はお金に振り回されている気がする。
そのお金を稼ぐために、今日もコウ君になっておたおめ配信も終わらせた。
おたおめ配信だけあって、いつもより投げ銭もコメントも多くて嬉しかったな。
相変わらず沼黒はポエムを投げて来たし、むーしゅはキモいリアココメを送って来た。
相変わらずだな、お前ら二人は……。
俺の誕生日プレゼントのグラデーションの話や、switchの件や、幸せって気持ちが長続きしないことは静弥にはバレたくない。
心配させたくないから、今日も篠塚 晄を演じる。来年も、きっとそうなのだろう。
静弥お手製のビーフシチューも食べ終わり、今は静弥が「連れて行きたい場所が、あるんだ」ともじもじしながら言って来たのだ。
もしや、イルミネーションか? 夜景か? なんて思いながら、静弥の後をついていきバスに揺られながら着いた先はーー
国道のコンクリートに同化するように、建設されたラブホだった。
*
今更ラブホとか、恥ずかしいんですけど!? 誕生日にラブホって、なにそのチョイス!? 信じらんねぇ!! って声が、出そうになった。
デートで、アライブに連れて行く男だ。普通やロマンチックを、期待するだけ損だ。
静弥からしたら、ラブホがロマンチックなのかもしれない。
ぎんぎらぎんに、輝いてやがりますねえ。
たくさんの車たちが(国道)のアスファルトにタイヤを切りつけながら、暗闇を走り抜けている。
一人では解けない愛のパズルを抱いてます。ってか?
いやもうこの性欲丸出しのお客様を、おもてなしします。と言わんばかりのアーチからして、恥ずかしい。
入り口のドアの左隣にあるホテル名が入った、モザイクアートの真っ赤なハートの飾りも恥ずかしい。
劣化版椎野 苹果みたいなセンスだ。さみ~。
いやもう、本当に帰りたい。
イルミネーションや夜景だと期待して、新品の白色のハーフジップのプルオーバーにライトグレーのスタンドカラーコートにキレイめなGパンなんか着ちゃって恥ずかしい!!
いやだって! 静弥の落ち葉色の薄手のトレンチコートに深緑のタートルネックのニットに茶色のチェック模様のズボンって言うファッション雑誌の秋服のお手本のような服装見たら、お? イルミネーションか? 夜景か? そこで、誕生日プレゼントくれんのか? って思うだろ!!
めかしこんだ静弥は目立っていて、バス車内の女の子達の視線を独り占めしていた。
うん。知ってた。昼間のお出かけでも、めちゃくちゃ見られてたもん。
こんな気合いの入った格好で、バスに揺られて来る場所がラブホとか恥ずかし過ぎんだろ! 田舎の高校生かよ!(この物語の主人公は、自分が超弩級の田舎出身ということをしばしば忘れております)
「あ、あのさ……ラブホは、ちょっと」
「え? 嫌なの?」
「誕生日に、行くところじゃねえだろ! どんだけヤりたいんだよ!」
ラブホの中に入って行くカップルの女の子に、動物園の猿を見るかのような目で見られている。
格安通販サイトの服と思われる千鳥格子柄の韓国系のアウターとショートパンツを履いた、マッチ棒みたいな脚にレザーの黒いロングブーツを履いている。
筋力なさそうな脚に、そのブーツは拷問みたいなもんだろ……。
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な、なんて、嬉しくない壁ドン……! 未だに風化しない、少女漫画の胸キュンシチュ!
「僕、楽しみにしてたのに……」
「うぁ」
静弥の瞳に俺が映るほどに、距離が近い。
今目で見ている静弥は、泣き出しそうな顔をしている。
きっと俺の瞳の中の静弥も、同じ表情をしているのだろう。
時刻は、夜九時過ぎ。気温は低く上着を着ているとは言え、一筋でも風が吹けば体の中から寒くなる。
「分かったよ。寒いし、中入ろうぜ……次からは、事前に相談しろよ」
お前の考えること、マジで俺の頭の中にはないことばかりでビビんだよ。そう言おうと思ったけど、静弥の唇で俺の唇が塞がれてしまった。
え、壁ドンからのキス!? ラブホの壁を、背景に!? Y2Kケータイ小説!?
遠慮なく唇を開かれ、その間から静弥の長い舌を差し込まれる。
俺の舌を愛撫するかのように、静弥のそれで舐められてムラムラして来た。
先程とは違う、アラフォーくらいのカップルにマジマジと見つめられている。
女は昔小ギャルをしていたような、派手な見た目。男は小太りの脂ぎった顔面をラブホの光で更に輝かせていて、サングラスを後ろにかけている。
後ろにかけるなら、グラサンの意味ねえだろ。 そもそも夜なのに、なんでグラサンかけてんだよ。いや……かけてるとは、言わないか?
俺は静弥の薄い胸板を掌全体で押して、静弥を突き飛ばす。
「やめろ! アホ!」
「僕は晄君しか見てないのに、さっきから余所見ばっかり」
「他人様の視線が、痛いの! お前は、もうちょっと周りを気にしろ!」
こう言ってる間にも、また違うカップルに見られている。
もうやだー! おうち、かえりゅー!!
「予約の時間に遅れそうだから、行こう」
どんだけマイペースなんだよ。お願いだから、俺の話を聞いて。小学校低学年くらいの、傾聴スキルで良いから。
*
フロントのスタッフに渡された部屋の鍵は、金メッキの持ち手の先に真っ赤なハートがついたものだった。持ち手に絡みつくように、じゃらじゃらじゃらと鎖がまとわりついている。
部屋番号は、Sねえ。
Sって、なんだ? あ、スイートルームとかか!? 誕生日だから、奮発してくれたんか!? 気持ちは嬉しいけど、お金の使い所ちげえだろ。
エレベーターで三階へ上がり、コンクリート製の細い廊下を歩いて行く。
廊下にまで他の部屋のカップルの女が喘いでる声が、響いている。
マジで、冗談抜きに帰りたいな。
「着いたみたいだね」
静弥の視線の先には、まるで囚人を収監しているような、重たそうな鉄格子の扉があった。
え、なに。このバイオハザードとか、みたいな雰囲気の扉。
うん。確かに、扉にSって書いてある。
え? ここが、スイートルームなの? マジで?
静弥は扉の鍵穴にルームキーをためらいなくぶっさして、扉を開けた。
目に飛び込んで来たのは、赤色の壁に真っ黒な床と言ったいかにも女王様みたいな部屋だった。
部屋に備えられた家具や什器も、同系色で揃えられている。
俺の脳みそはとある可能性を全力で拒否するべく、チラチラっと部屋を覗いてみる。
まるで日本受信料取り立て協会のドキュメンタリーのロゴのような、赤いXの文字の型をしたはりつけ。
同じく血のように真っ赤な、拘束椅子。赤い診察台に、真っ黒な木馬に、ベッドの四隅にすら鎖と手錠が見える。
きっと仕舞われているだけで、バイブやら縄やらもあるんだろう。
「……おい」
俺の人生で一番太い声を、出したと思う。
静弥は目を輝かせながら、まるで蝶々が舞うようにスキップで部屋へ入って行った。
「ヤらねえぞ! つか、こ、こんな部屋なら、尚更事前に相談しろって!」
SかMかの二択なら、俺はMだろう。
だけどこんないかにもな部屋で、ヤりたい願望はない。
静弥は母親に叱られるのを察した子供かのように、潤んだ瞳で見て来た。
「え……」
だから、やめろって! その顔!
「ひ、酷いことしない……なら」
斧とかスタンガンで襲われたんだから、縄やはりつけくらい怖くない気がして来た。
感覚バグり過ぎだろ。
「縄の縛り方とか事前に勉強して来たから、安心してね」
「その賢い頭を、もっと別のことに使えよ!」
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溺愛MAXのもふもふイケメン精霊獣に「駆け落ちするぞ」ともちかけられ、元の世界へ戻る為に旅をする事になった平凡社会人(無自覚チート精霊術師)の契約異世界BLファンタジー。
行方不明になっていた祖父がこの世界で聖女に拉致されたのを知り、探し出して一緒にニホンへと帰るつもりだったが!?
※コメディよりのラブコメ。時にシリアス。
※ざまあ展開にもなりそうな予感。
※想定文字数10万〜13万文字くらい。
病み墜ちした騎士を救う方法
無月陸兎
BL
目が覚めたら、友人が作ったゲームの“ハズレ神子”になっていた。
死亡フラグを回避しようと動くも、思うようにいかず、最終的には原作ルートから離脱。
死んだことにして田舎でのんびりスローライフを送っていた俺のもとに、ある噂が届く。
どうやら、かつてのバディだった騎士の様子が、どうもおかしいとか……?
※欠損表現有。本編が始まるのは実質中盤頃です
モブなんかじゃ終わらない!?
MITARASI_
BL
気がつけばそこは、人気BLゲームの世界。
けれど与えられた役割は、攻略対象でも悪役でもない――ただのモブ。
本来なら物語の外でひっそりと生きていくはずだった。
だが、そんな彼の存在が、少しずつ“運命のルート”を揺さぶっていく。
選ばれないはずのモブが紡ぐ、新たな恋の物語。
ゲームの定めを超えて、彼が辿り着く未来とは――。
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
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