光彩濁りて愛となる

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幕間 静弥Side三弾

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 父親に投げるように渡された家の鍵を受け取り、天谷市にある父親の自宅へ入った。
 こんな状況にも関わらず、水槽のネオンテトラは気ままに泳いでいる。
 玄関入ってすぐの右側の部屋から、物音がする。
 ガコンと言う、何かにぶつかった音とも戸棚か何かを開けた音とも捉えられる音。
 空き巣だったら、どうしよう。僕は靴べらを野球バットのように構えて、部屋へ入った。
「えっ」
 扉を開けた先に居たのは、父親の恋人のリナさんだった。
 長い茶色の髪の毛をヘアクリップでアップにしていて、五月に会った時とは印象がまるで違う。
 クリーム色の半袖ショートブラウスに、ライトブルーのズボンを履いている。
 靴下もストッキングで、会社から急いで帰って来たことが分かる。
「静弥君、お久しぶり……。元気にしてた?」
 え。なんで、普通に話しかけられるの?
 貴方の恋人と、何があったか知らないの?
 僕が喋らないからか、リナさんはまた言葉を紡いでいく。
「誠君が、倒れたのは……知ってるよね? だから、パジャマとか持って行こうと思って」
「……ああ」
 リナさんは、にっこりと笑顔を振り巻いた。
 どうしよう。
「お父さんが大変だから、助けてあげてね」とか「親子だもん! きっと分かり合えるよ」とか「誠君のあの態度は、愛情の裏返しなんだよ」とか言われたら……。
「静弥君来てくれて、ありがとうね」
「……え」
 リナも、助かるよ! リナさんは、明るくそう言うだけだった。
 よく分からない人だな。
「あの、父親に頼まれて、一緒に住むことに、なって」
 しどろもどろに紡いだ言葉に、リナさんは小さく首を傾げた。
 あの人は、リナさんになんて言ったのだろうか。
「頭がおかしい息子」とか「いきなりヒスられて、折角予約したディナー行けなかった」とかかな。
 あの人なら、有り得る。平気で、そう言うことを言える人だもの。
「静弥君、無理しなくても大丈夫だよ……?」
 リナさんの高くて、優しい声が僕の苛立ちを増幅させる。
 なんでそんな、他人を病人みたいに扱うのだろう?
 僕が自分の意思で決めたことなのだから、無理も何もない。
「大丈夫です」
 僕は言い切り、キャリーケースをリビングに持って入った。







 あの後。リナさんは寝巻きや下着等を持って、病院へと向かった。
 自分用の必需品の買い出し、部屋の掃除、お風呂掃除、ご飯の用意をしていたら、あっという間に夜七時になってしまった。
 色々なことがあったせいでとても料理をする紀にはなれず、ふりかけご飯とインスタントの味噌汁だけ食卓に並んでいる。
 晄君と食べるご飯はどんなものでも(コンビニスープリゾット以外は)ご馳走だけど、全然美味しくないな……。
 父親にメッセージで『僕の部屋、どうしたら良い?』って送ると『俺の部屋使うか、物置使えば?』と、言われてしまった。
 うん。後者しかない。
 そう思って、物置の掃除を始めたのだった。
 いつから出してないのか分からない新聞紙、古い機種のデジタルカメラ、プリンター、脚が折れた折り畳み式のローテーブル等が置いてあり僕は気を失いそうになった。
 この部屋を、家族とは言え他人に使わせるってどういう神経してるんだよ……。
  そう思った数秒後に、父親が借りてる部屋は僕と晄君の愛の巣のように3LDKだったことを思い出したのだ。 
 まだ入っていない未開の部屋の扉を開けると白いパイプのシングルベッドに、掛け布団は桃色でレース付きのものが設置されている。
 箪笥も白色で箪笥の上には、犬のキャラクターのぬいぐるみやアロマデュフューザー置かれている。
 デスクも漏れなく白色で、日記帳や占いの本、ペン立てには色とりどりのカラーペンが挿されていたのだ。
 お母さんのこと捨てた癖に、新しい恋人を作って馬鹿じゃないの。
 そんなことを考えていたら、父親の恋人の張本人が僕の前に戻って来た。
「あれっ。静弥君、自分でご飯しちゃった? リナ適当に、冷凍食品とかお惣菜とか買って来たんだけど」
「要らないです。今後も自分で用意するんで、お構いなく」
「えー。お金、勿体ないよ? 一人分も二人分も変わらないから、リナ作るよ?」
 こういう、善意が本当に腹立たしい。父親とのことを、何も知らない癖に。僕がどんな思いで、ここまでやって来たか分かってない癖に。
 そもそもあの男を選んでいる時点で、この女も可笑しいのだ。
「……よ」
「え? ごめんね、聞き取れなくって。もう一回、言ってくれる?」
「……気持ち悪い女が作ったご飯なんか、食べたくない。って、言ったんだよ!」
 リナさんの目から、大粒の涙が溢れ出した。
 なんなの? 加害者の癖に、被害者ぶるな。お前みたいな善意の塊が、弱者を甚振っているんだ。
「リナ、静弥君の気持ち考えてなくって、ごめんね……!」
 ほら、出た。魔法の言葉。それを聞いて許さなかったら、こっちが悪者じゃないか。
 リナさんは泣きながら、言葉を紡ぐ。
「ま、誠君が、静弥君の誕生日に有名ホテルでディナー楽しんだ。って言うから、仲直りしたって思ってて……!」
 ……は? 仲直り? あんな状態に陥ったのに、よくそんな嘘が吐けるな。
「だ、だから、せ、静弥君が、い、一緒に、住むのを納得してくれたのも、誠君を心配してだと思ってて……」
 もしかしたら、この人なりに僕に気を遣ったのかもしれない。
 ベクトルは違えど、僕が晄君にしたように。
 その気遣いを、こんな風に否定されたら辛いよな。
 誰よりもその痛みが分かる癖に、他人に向けてしまった自分が嫌になって来る。
 この人は父親の嘘に騙された挙句、その息子に暴言を吐かれた被害者でもあるんだな。
 世の中一方的な加害者や、被害者だけじゃないのかもしれない。
「申し訳ありません。言い過ぎました」
 深く頭を下げると、リナさんは「静弥君の事情知らなかったリナが悪いから、気にしないでね!」と笑いながらお惣菜の天ぷらを電子レンジで温め始めた。
 あの人が選んだ理由が、分かった気がする。
 どうかこの人が、洗脳から目が覚めますように。
 天ぷらを運ぶリナさんの手は、かすかに震えていた。
 それから二人で、穏やかに食卓を囲んだ。







 数日後。
 父親が、無事に退院した。
 今は三人で、退院祝いに昔ながらの食堂で食卓を囲んでいる。
 父親が子供の頃からあるお店らしくて、店主のおじいさんは父親の顔を見るなり「誠君! 久々だねえ。また、べっぴんさん連れて」なんて言いながら、からかっていた。
 七福神のような佇まいのおじいさんで、人の良さが分かる。
 この人から見た父親は、良い人なんだろうな。
 狭い店内は、天谷市の地元民だと思われるお爺さんやお婆さん達で席が八割近く埋まっている。
 僕達は食事しながら、他愛もない会話を繰り広げ中だ。
 映画の「国宝」を観たいね。とか「ポイ活アプリって、どれが一番お得なんだろう?」とか「カルデーの入り口のコーヒーを飲んだ瞬間に、買おうとしていたもの忘れるよね」とか、本当に下らない会話。
 ……普通の家族みたいだ、残酷なくらいに。
 数日間の会話の中で、リナさんの人となりが少しだけ分かった。
 民間企業の人事アシスタント。
 好きなものは、サンリオのぼんぼんりぼん。趣味はカフェ巡りと、雑貨屋巡りと言っていた。読書もするらしいけど、真っ先にあげた本が「五分後に、世界が変わる」で、そっち方面は合わない気がした。
 父親と僕のあの出来事があった直後に、同棲を始めたらしい。
 我が父親ながら、分かりやすくて笑ってしまう。
 五月にパンプスの踵を踏んでるのを見た時は、とんでもなくだらしなくて頭が悪い人なのかと思った。
 他人の一面だけで、人柄を決めつけていた自分が一番頭が悪いのかもしれない。
 僕の出身校を言うと「めちゃくちゃ頭良いんだね……」と、素直に褒めてくれた。
 父親なんて「関関同立とか出てる半端な奴が、一番使いにくいわ」と自分は高卒であるにも関わらず毒付いていたのに。
 目の前で話している父親の話は全く頭に入って来なくて、ぼんやりと読みかけの小説のことを考え始めた。
「おーい。静弥。話、聞いてるか?」
「あ、うん」
「嘘吐け。ボーっとしてただろ」
 そう言いながら、父親はぼんやりと天吊りテレビから流れているワイドショーを眺めている。
 ワイドショーは、化粧品メーカーの上司からのパワハラモラハラで自殺して亡くなった女性の遺族による裁判の結果が映されていた。
 父親はニュースを見ながら
「人を殺すまで、追い詰めるのヤバいよな。そりゃ、勝訴して当然だろ」
 と言って、鯵の開きをお箸で解している。 
 本当になんでもないように、食事を続けている。
 嘘でしょ……。この人、本当に自覚がないんだ。
 僕にしたことも、お母さんにしたことも、晄君にしたことも、リナさんにしたことも、分かってないんだ。
 リナさんは俯いて「……そうだね」と、口の端だけ上げるだけ。
 自覚がない上に、自分は他人のことを言える権利があるって思っているんだ。
 僕はこの人の血が入った、自分が思っているよりずっと残酷でーー劣化した写しなんだ。
 消えたい。真っ先に、浮かんだのはその言葉だった。
「……先、帰る」
「なんだよ、折角の退院祝いなのに。愛想ねえな」
 結論から言うと、家に帰るまでの記憶はぼんやりとはあった。
 家に帰ってからの記憶はなく、目覚めると高校三年の冬に見たあの天井だった。
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