光彩濁りて愛となる

RRMR

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三十一話

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【NWF】が終わり、数日が過ぎた。
 父親から宅配便で「エヴァ」のDVDと、俺が指定した菓子の半分と「エヴァ」のコミックが届いた。
 なんでやねんっ!!
「フリーレン」欲しいって言っただろ!!
 自分が布教したいもん、優先かよ!! ヲタクのダメなところって、そう言うところだ。
 試しに「エヴァ」のテレビアニメを全話見て(かなり落ち込んでしまった)から、漫画版を数冊読んだ。
 テレビアニメ版と漫画版で、シンジ君の性格が違ってびっくりした。
 テレビアニメ版は俺が馬鹿だからあんまり気持ちが分からなかったけど、漫画版の方はめちゃくちゃ分かった。
 あの思春期特有の何処に気持ちをぶつけて良いか分からない感じとか、人との繋がりを求めているのに傷付いたトラウマから人を拒んでしまうこととか、世界そのものがナイフのように感じてしまうのはすごく身に覚えがあったからだ。
 あれから、静弥から連絡は一切ない。
 てっきり静弥から一言でも感想が来るもんだと思っていたから、来ないことにショックを受けていた。
 こういうところが、ダメなのかもしれない。
 感想を送るのはあくまで善意であって、義務ではない。
 それなのに貰えるって言う前提で居る厚かましさがあるから、ショックを受けるし相手に苛立ちを覚えるのだ。
 お盆の帰省に関することへのメッセージにも、静弥からの返信がない。
 それどころか、既読のアイコンすらついていない。
 約束事には必ず返事をしてくれたのに、なんで……。
 もしかしなくても、立花の時のように、俺が嫌になったのかもしれない。
 関係を全て断ち切る為に、あの父親と一緒に住む選択を取った可能性だってある。
 俺は、またやらかしてしまったのか? 同じことを?
 自分が気付いてないだけで、立花に言ったような「お前ちゃんと『チェーンソーマン』読んだ?」とか、静弥に言っていた……?
 ぐるぐるぐる ぐ ル ぐる ぐるグ る グ るぐル。
 視界が、回る。いつも居る家の筈なのに、自分の家じゃないみたいだ。
 エアコンは効いてる筈なのに、炉の中に居るように身体の中が暑い。
 






 家の中に居たらネガティブな感情の渦潮に飲み込まれそうだったので、目的もなくショッピングモールへやって来た。
 カルデーに並んでいるお菓子を見たり、飲む訳でもないのにスタボの期間限定フラペチーノの看板を見たり、ガチャガチャ屋のガチャガチャを眺めたり、無課金ショッピングモールを満喫している。
 ふと思い立って、静弥が働いている本屋へ足を踏み入れてみた。
 店内は夏休みの昼過ぎと言うこともあり、親子連れで賑わっている。
 折角の夏休みだし、帰省時間の移動用に小説でも買うか?
 春藤 瑛一の本なら、何が面白いんだろうか?  
 そう思って、スマホで「春藤 瑛一 おすすめ」と検索をかけると、発行年数が古い本ばかりヒットした。
 逆に最新作になるにつれては、酷評されている。
 え。作家歴が長くなれば、文章って上手くなるもんじゃないの……?
 そんなことを考えていると、後ろから「トリニティのコウさん?」と、低く落ち着いた声で声をかけられた。
 声がした方向を振り返ると、九さんが居た。
「あ、どうも……」
「沼黒君、どないしたん?」
 関西のイントネーションで発せられたその言葉は、俺の脳細胞に直接届いた。
「れ、連絡取れなくて、分かんないです。ち、父親が病気で、一緒に暮らすってことだけは、知ってるんですけど」
 俺の言葉に、九さんはゆっくりと頷いて「それは、知ってるよ」と返事を返した。
 九さんは言葉を探しているのか、少しの沈黙が訪れた。
「沼黒君から、店に電話あって。切羽詰まった様子で『もう喜善堂書店で働けないから、辞めさせて貰えませんか。お手数ですが、デスクの荷物とロッカーの荷物全部捨てて下さい』って矢継ぎ早に言われんたんよ」
「え……」
 九さんの口振りから、静弥が相当思い詰めて電話したのは分かる。状況的に、退職するしかないのも分かる。
 だけどそんな手間暇を、他人に取らせるようなことをあいつがするか……?
 何か、思い詰めてるんじゃ……? まさかあの父親に、何か言われたりされたりしたのか? 
 九さんは「恋人も、知らんか……」と嘆いた後に「落ち着くこと、祈ってます」と短く言ってから、一礼してその場を去った。
「元気になるといいね」や「良くなりますように」って言葉を選ばないあたり、本好き故の語彙や九さんの人柄が分かった気がした。
 静弥が懐く訳だ……。 
 本屋は、残酷だ。たくさんの本が、人生があるのに、誰も俺に正解を教えてくれない。








 ショッピングモールからの帰り道。立花と荻原から、メッセージが入っていた。
 立花はともかく、荻原ァ? なんでェ?
 マルチか? 投資か? コンパか? ロクな予感しねぇーな。
 嫌な予感が止まらず、目を瞑りながらトーク画面を開く。
 目を開けて荻原からのメッセージを読むと、父親がこの間の宅飲みの息子の非礼を詫びたいから、家に呼んで欲しい。と、言っているらしい。
 ご丁寧に、たくさんご馳走用意してもてなすから。と、まで書いてある。
 日付は、最短で明日いけるらしい。
 今日の明日かよ。こっちはいけるけど、お母さん用意大変だろ……。なんかこの父親、智顕とは違う世間知らずの舐め腐った感じするな。
 そうだ。家太の家のホームパーティの料理を食いつくし男して、ザ・リッチ・カールトンみたいな上品なトイレにでっかいクソ落として帰ったろ。
 俺のむしゃくしゃした気持ちを、金持ち様にぶつけて弱者の恐ろしさを見せてやんよ。
 ……俺、相当イラついてんのかもしれない。
 立花のメッセージを開くと、静弥を天谷市の家族経営の食堂で見かけた。と言う、雑談だった。 
 立花が言うからには、父親と見知らぬ女の人と楽しそうに話していたらしい。
 ますます、分からなくなって来たな。静弥の気持ちが、前以上に、ずっと。
 霧に覆われたみたいに、輪郭すら分からない。







 翌日。荻原が俺の家まで車で迎えに来てくれると言うので、マンションの入り口前の道路で待機している。
 待ち合わせ時間の五分前に、シルバーのトヨタ クラウンが、俺の前に停車した。
 え、渋くね……? 中年のそこそこ年収ある、サラリーマンが乗る車じゃねえの?
 あ、父親の車か。と、数テンポ後に気付く。
 智顕のスポーツカーやロングリムジンを見た後だからか、妙に落ち着く。
 我ながら、下世話過ぎる。
「急に言い出したのに、ごめんねえ」
 そう言って、ヘラヘラ笑っている荻原。 
 おーおーおー。今日も全身スポーツブランドを、ファッション雑誌の着回しコーデのようにキメてやがんなぁ。
 うちの智顕さんは、ロエベのシャツにドンキのクロミの部屋着の尻尾付きズボンに着てるから、お前の普通のコーディネートはショッピングモールのような安心感あるわ。
 まあ、俺は全身HUですけどね……。
 荻原に促されて、後ろの座席へ座る。
 匂いは、全く感じない。無臭。
 運転席を前のめりで覗き込むと、ドリンクホルダーのところに無臭タイプの消臭ビーズが置かれていた。
 それ以外は、何もなし。クッションとか、ぬいぐるみとか、CDとか、一切なし。
「この車、家族の?」
「そうだよ」
 荻原が運転したまま、返事を投げて来る。
 車通りの多い国道も慣れた手付きで、ハンドルを切る荻原。
 思ってたより車体は揺れないし静かで、はっきり言うと意外だ。
 コイツの性格的に、危ない走りをしそうなイメージがあったんだけど……。
「荻原って、家どこなん?」
「府中市」
「え、金持ちじゃん」
 府中市民の平均所得は、都内の中では上位で全国的に見ても平均より上のイメージがある。
「まーね。母親が専業主婦だから、そりゃ金持ちでしょ」
「父親、何してる人なん?」
「学校の先生」
「うわっ……」
 思わず声が出てしまったのと同時に、あの世間知らずっぷりに納得が行ってしまった。
 前に俺と夏野と廣笠で、渋谷に遊びに行った時。
 スーツを着た中年の男に、いきなり「アニメイトは、何処にありますの?」ってデカい声で聞かれたことがあった。
 夏野は、疑問に思わなかったのだろう。スマホの地図アプリを開いて調べたら、その中年男は夏野の手からスマホを取って画面を覗き込んだのだ。
 このド平日の昼間に出歩けるってことは、一般企業のサラリーマンじゃない。
 自ら調べず、他人に教えて貰って当たり前の態度に、他人のスマホをぶん取ることを悪いと思っていない。
 こいつ、絶対、学校のセンコーだろ。
 そう思った俺は、店長の真似をするように「自分で調べろ! このハゲ!」と、雄叫びを上げたのだ。
 そうしたら後から、中学生くらいの修学旅行生がぞろぞろやって来て
「先生、場所、分かったー?」
と、呑気に教師に聞いていた。
 俺に吠えられたハゲセンコーは、何もなかったかのように生徒を先導するようにアニメイトへ向かったのだ。
 勿論いい先生も、沢山居る。俺の高校生活が楽しかったのは、蛇穴(さらぎ)先生や榛原(はいばら)先生のおかげだったし。
 荻原の父親がどちら側かーー俺は、考えないことにした。
「お前、ルサンチマン入ってそうだもんなー」
「ルサ……?」
「権威嫌い」
 ルサンチマンって単語がすぐ出てくる、荻原の教養は父親の教育なのだろうか?
「なるほど。あのさ。ちょっと聞いて良い?」
「なに?」
「うち、Fラン大じゃん。親父さん、許してくれたん?」
「……あー。兄貴が優秀だから。それで、満たされたっぽい。高校も、大学も、ご自由にどうぞ。って感じ」
「……え、それ、辛くね?」
 俺の場合は金銭面で選択肢がなかったようなもんだけど、コイツの家なら寄付金積んだらそこそこな大学入れただろうし、塾代や予備校代も出せるだろう。
 たくさん選択肢があるのに、親が一緒に考えないことってあるんだ。
「辛いとか、分かんねーよ。うちは、それが普通だから」
「普通なあ……」
 みんな自分の家のことは見てるようで、見てないものなのかもしれない。
 丁度大通りへ出て、荻原は難なく車を左折させた。
「お前、映画好き?」
 おおう。突然の、趣味会話か。家族のこと、話したくないんかもしれねえな。
「まあ、好き。語れるほど、見てないけど」
「俺は『ミッドサマー』と『犬神家の一族』と『ゲ謎』と『黄龍の村』が好き」
「因習村四天王かよ!!」
 Fラン大学生なら、ディズニー映画好き! とか、新海 誠は神! とか、コナン好き! って言うもんだろ!
「お前、闇深ぇよ……」
「それが分かる、お前もな」
 そう言った荻原の顔は、見えなくても分かった気がした。





 



 ホームパーティは、一言で言えば最悪だった。
 見たこともない、名前も分からない、動物の餌みたいな料理がたくさん並んでいて、俺は固まってしまった。
 これ有名アフヌンやホテルとかで、出る料理じゃねーの?
 いや、料理はまだ良い。
 最悪なのは、父親の態度だった。
 俺が水だけ入ったサラダボウルの皿の使い方を聞いたら、父親に「そんなことも知らんのか、不勉強だな」と毒付かれたのだ。
 それに対して、荻原が「お父さん、ごめんね。俺が、言ってなかったから」と謝っていたのが何より最悪だ。
 ハゲセンコーにしたように吠えるのも考えたけど、そうしたら荻原がまたいい子ちゃんを演じないといけなくなる。
 そんなことを考えて「すみません」と謝るも、荻原の父親の自慢話が始まったのだ。
 俺は我慢出来なくなり「映画の予約の時間近いんで、帰ります」と嘘を吐いて、荻原家を出た。
 荻原は追いかけて来て、意外にも謝って来た。
 それから近場の雑多ビルの中にあるミニシアターで「サマーウォーズ」のリバイバル上映を、二人で観たのだ。
 ド平日かつ有名シネコンでもないのに、席は七割以上埋まっていた。
 金ローで観たことあるのに、初めて観た時より作品の心臓に触れた気がする。
 二人して号泣して「良かったな」って言いながら、映画館を後にした。
 あ。荻原家に、でっかいクソ落として帰るの忘れてたわ。
 
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