光彩濁りて愛となる

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三十三話

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 あっという間に九月になり、夏休みが終わって大学が始まった。
 休み時間に荻原にお清めスプレーを渡すと、爽やかな笑顔で吹きかけられてしまった。
 静弥からの返事どころか、SNSに浮上すらしていない。
 立花も見かけてないって言うし、山南男子ペアと天谷男子ペアも同様だ。
 交通事故にでも遭ったんじゃ……? と、グーグルで調べてみるもヒットしなかった。
 もう九月だと言うのにまだまだ暑くて、俺の焦りを加速させる。
 焦りは、静弥のことだけじゃなかった。
 就活と、配信と、家賃も、だ。
 企業にエントリー出来るのは三月頃らしいけど、夏野は業種を選ばずにバンバン台風かのようにインターシップに行っているし、逆に廣笠は自己分析の段階で止まっている。
 荻原に世間話のつもりで「お前、なんの仕事したい?」って聞いたら「シャーマン」とか言われてしまった。嘘吐け。
 キャリアセンターで過去に大学宛てに来た求人を見せて貰ったが、パチンコ屋とか畳店の販売員とか保育園とかでやりたいって思える仕事はなかった。
 一度スポーツ用品店のインターシップに行ってみたが、周りの大学生の大学名や会話レベルの高さや話し方の品性の差に気押されてしまった。
 こんな人間達と、戦わなきゃいけないの? 無理ゲーじゃん……。
 偉くなりたい訳でもない。立派に、なりたい訳でもない。有名人になりたい訳でもない。
 せめて興味がある仕事に、就きたいだけなのに。
 その願いすら、ポッキリと折られてしまったかのような気分だ。
 折角【NWF】に出たのに、思ったより配信の数字も伸びていない。
 きっと俺の心の片隅に、静弥のことがあるからだろう。
 リスナーにコメントで「コウ君、大丈夫?」とか「無理しないでね」とか言われる始末だ。
 前までなら、お前は俺のなんだよ。ママか。ってツッコミを入れる元気があったのに、それすらもない。
 家は変わらず、あのマンションに住み続けている。
 先月は静弥から振り込んで貰ったお金があったから、余裕で生活出来た。
 だけど今月はない。って、考えた方が良い。
 住み続けるのもお金が要り、引っ越すのもお金が要る。
 何をするにしても、お金が要る世の中だな……。
 引っ越さないのは金銭面よりも、あの家を失ったら静弥との縁が全て切れてしまう気がしているからだ。
 あの父親に、酷いこと言われたりされてないと良いけど……。って相手の平安を願う気持ちと、あの父親に見切りをつけて帰って来てくれないかな? なんて独りよがりで最低な、気持ちがある。
 なんとなしにtmitterを開くと、おすすめ欄にマイメロアイコンのインプ稼ぎ目的と思われるユーザーネーム「乙女の本音」の投稿が、上がっている。
 サンリオ好きな女の中でも、マイメロディ好きな奴なんか超地雷だろ。お前の考えを、世間一般の女の考え代表! みたいに全世界に発信すんなや。
「社不メンヘラの本音」に、ユーザー名を変えろ。
 乙女の本音さんの呟きは「付き合ってる相手と長期間連絡つかない時は、元々自分のものじゃないんだよ」と言うものだった。
 いつもならば、メンヘラの人間関係リセット症候群の言い訳だろ! って笑い飛ばすのに、急に身体が冷えた気がする。







 同時刻。沢井 蒼真は、自宅で大学の実験のレポートをまとめていた。
 扇風機が静かに首を振り、PCデスクに置かれたルーズリーフの端がクラゲのように揺蕩っている。
 ノートパソコンに打つ前に一度紙媒体のものに骨組みを書いた方が頭の中で整理が出来るから、蒼真はどんな実験でもまずルーズリーフに書くことから始めている。
 その骨組みの残骸が、PCデスクの右端に雑に積まれている。
 いつもなら一度手をつけたら、何をどう書くべきかとか、構成とか、この教授なら実験の中でも過程のここに重きを置いているだろうな等がすぐに分かる。
 なのに、今日は、今は、浮かばない。
(……静弥、君)
 原因の心当たりは、彼だ。
 人の目を引く美形の持ち主で、心は手負いの獣のようで、無垢だった。
 好きだったのに、自分の偽善で壊してしまった男の子。
 彼とたった二人だけの世界で生き切る覚悟も、彼の間違いを友人のように指摘する勇気も、切り捨てる非情さもーー自分には、なかった。優しくあろうとした結果、訪れたのがあの事件。
 沢井 蒼真が、背負った十字架は余りにも重い。
(僕の言葉を勘違いして、お父さんと暮らすって選択したんじゃ……。そういうことじゃないのに。本人に伝わってないなら、僕がまた間違えたんだ)
 蒼真の瞳から、小さな雫が溢れ落ちる。
 何故自分はいつも他人のことを思ってしたことで、こんなことになってしまうのだろう?
 






  沼黒 静弥が入院してから、やっと三週間が過ぎた。
 この三週間の間に、色々とあった。
 まず部屋が保護室から、相部屋になった。
 シャワーが解禁されたのが入院してから、三日後。相部屋に移されたのが、入院してから五日後だった。
 静弥のベッドは、相部屋内に入ってすぐの扉の真ん前の位置。
 あのガラス戸の扉から丸見えで、未だに静弥は何をするにしても気が引けてしまう。
 同じ相部屋の相手は、還暦が近いと思われる白髪の男性に、中学生くらいの男の子に、海下。
 還暦が近い男性は日中ずっと折り紙を折っていて、勝手に他の患者のベッドの縁に置いて行く。
 中学生くらいの男の子は、静弥か海下を捕まえて学校の先生やクラスメイトの愚痴をよく言って来る。
 海下が、一番よく分からない。集団散歩や作業療法は本当に気が向いた時に参加しているようで、静弥は法則性を見つけられなかった。
 参加しないと日中暇で仕方ないのに、何かをする訳でもない。
 水族館の名前を言ってそこに居るクラゲの品種を独り言で言ったかと思えば、いきなりジャンプのアニメの主題歌を歌い出したりする。
 勇気を出して話しかけて見ても、気の抜けた「うん」とか「そうなんですね」とか「へえ」みたいな返事しか返って来ない。
 海下の母親と姉が高頻度で面会には来ているようだが、海下本人は嬉しそうにはしていない。かと言って、嫌がっている訳でもない。
 面会と言えば静弥が入院して一週間経った頃に、父親がやって来た。
 不安だったので、担当看護スタッフの鷲谷口にも同伴して貰った。
 父親は相変わらずの空虚な笑顔で、終止話していた。
(何が、余命あとわずかなんだよ……。ピンピンしてるじゃないか)
 そう思いながら父親の話を人形のように聞いていたら、父親が本屋の袋を手渡して来たのだ。
 父親なりに、入院中の息子を慮っているのかもしれない。
 文庫本でも差し入れてくれたのかも。なんて期待して袋を開けて、出て来たのは「前向きな気持ちで居る為の十の習慣」とか「他人の目なんか気にするな! 強い自分になる本」とかそんな題名の本ばかりだった。
「俺なりにさ、勉強したんだよ。静弥は、HSP……繊細さんなんだよな」
 静弥は、言葉を失ってしまった。
 本当は、父親が買って来た本を顔面に叩きつけてやりたかった。
 でも誰かが必死に書いた本だと思うと、そんなこと出来なかった。
 静弥の様子なんて歯牙にもかけず、父親は話し続けたのだ。
「みんな、なんも考えてないもんだから。楽に行こうよ。退院したら、何したい?」
 バンジージャンプ? ディズニーランドへ行く? デカいパフェを、友達と食べる? ミシガンに乗る?
 父親が言うやりたいことは、心が満たされている前提の人間の選択肢ばかりで静弥の心臓はチェーンソーで伐採されたかのような気分だった。
「……こ、高校の卒業式。い、行けなかったから。お、帯解(おびどけ)先生、いつでも、おいでって」
「……え? えっ!? いやいや、あのさ。卒業して一年以内とかなら、分かるよ? もう、大人やってんじゃん。お前、過去に縛られ過ぎ」
 鷲谷口が「お父様」と人道的に悪いことをした教え子に諭すような声で話しかけるも、父親の口は止まらない。
 静弥は面談室の机を両手の掌で叩いて、面談室から脱走した。
 父親の自分を呼ぶ声には、決して振り返らなかった。
 ただでさえ長い廊下がやけに長く感じて、自分の人生の残り時間を訴えられているようで。
 相部屋の自身のベッドで膝を抱えて丸まり、かけ布団を被って外の世界を全力で遮断した。
 様子を見に来た鷲谷口に、惨めったらしく「父親と会いたくない、話したくない……」と泣き喚いて主張したら強く首を縦に振ってくれた。
「静弥君。ご家族のこと、悪く言って申し訳ありません。アレは、ない。お父様があんなに静弥君のことを分かっていない……分かろうともしてないから、静弥君も『分かろうとしない』選択肢を取っても良いですからね」
 分からなくて良いよと、分かろうとしない選択肢の違いは静弥には分からなかったが気持ちが少しだけ軽くなった。
 父親が面会に来てから、一週間後。
 今度は祖父母が、面会へやってきた。
 意外にも、息子の無神経さを詫びて来たのだ。
「本当に、あの子ったら……。前向きな気持ちになれたら、入院してないわよねえ」
「あいつは、昔から人の気持ちが分からないからな」
 夫婦間でそんなことを話しながら、父親が渡して来たのと同じ本屋の袋を渡して来た。
 鷲谷口に開けて貰ったら、出て来たのはナンプレの雑誌と大人用の塗り絵だった。
 祖父母とは大きなトラブルにならず、普通に面会は終了した。
 静弥は部屋に戻ってから、看護スタッフに売店でシャーペンと消しゴムと色鉛筆を買って来て貰った。
 それらすらも看護スタッフに「先生に良いか聞いて来ますね」と言われてしまい、筆記具すら自由に与えられない事実に泣きそうになってしまった。 
 無事許可が下りたのでチェストでまずナンプレに挑んでみたのだが、飲んでいる薬の関係で頭が働かず答えに確信を持てなかった。
 昔はすぐに答えが、分かったのに……! 自分は、こんなにも出来ない人間なのか? と、手の甲に、涙が滴った。
 塗り絵ならば、きっと出来る! そう思って色鉛筆を手に取りページを開くも、一ページ目に描かれていたイラストは薔薇だった。
 本物そっくりに、とても繊細に描かれている。
 試しに赤い色鉛筆で比較的面積が広い花びらを塗ってみたら、見本の線から大きくはみ出してしまった。
 子供の目から見ても、おかしいって思うような勢いだ。
 このはみ出した赤色は、まるで自分だ。と言われているようで、静弥はそっと本を閉じた。
(どうやって、今まで生きていたの? 僕の当たり前は、とても有難い事だった? それ以上に欲しがったから、罰が当たったのかな)
 その答えは、きっと誰も教えてくれない。
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