光彩濁りて愛となる

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三十四話

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 突然ですが俺達明郷大学経済学部トリオと荻原で、大人向けの漫画喫茶に来ている。
 もう九月が終わりかけているのに、まだまだ暑い。
 相変わらず、静弥から連絡はない。
 メルカルで「チェーンソーマン」や「僕のヒーローアカデミア」の全巻セットや、遊んでいないSwitchソフトを売ったり、ウーバーに走ったりして、なんとか家賃諸々払えた。
 だけど、来月以降払えるかは分からない。
 俺は不安を掻き消すように、ベッドの上を転がり回った。
 大型モニターが設置されたワイドモニタールームのベッドに、俺達は所狭しと座っている。
 元々は俺達三人で漫画喫茶に行くつもりだったのだが、夏野が「荻原も誘わない?」と言い出して、土曜日にフリープランパックで予約を入れたのだ。
 各々好きな映画のBlu-rayを持ち寄ることになったのだがーーラインナップが、すごい。
 俺がえらんだのは「wood job!~神去なあなあ日常~」
 ストーリーは大学受験に失敗して、彼女にも振られたちゃらんぽらんな都会出身の主人公が、思いつきで林業研修プログラムに参加する。
 始めは都会の喧騒から逃げようとする主人公だが余りの田舎っぷりと林業の厳しさに逃げようとするが、やっていく内に心境の変化が現れて? みたいな内容だ。
 夏野が持って来た映画のDVDは「カーズ」だった。
 うん。そのまんま。安心安全信頼の夏野である。
 夏野がボディバッグから「カーズ」を取り出した時に、荻原がビー玉を埋め込んだような目でしねどすスプレーを夏野に吹きかけた。
 気に入ってんじゃねーかよ。
 廣笠が持って来たのは「SUNNY 強い気持ち・強い愛」
 元々は韓国映画らしく、それのリメイクらしい。
 ストーリーは専業主婦の奈美は、高校時代の親友の芹香と再会する。1990年代奈美と芹香は六人グループで、青春を謳歌していた。余命僅かな芹香の為に奈美は友達を集めようと奔走する、みたいな、感じらしい。
 「平成レトロ映え」作品って、廣笠は言っていた。
 廣笠は「鍵泥棒のメソッド」にするか「パーフェクトブルー」にするか悩んだが、夏野と俺の性格に合わせてくれたらしい。あざっす。
 荻原が持って来たのは「黄龍の村」だった。うん。因習村ですね!
 あみだくじアプリで、映画の順番を決める。
 まず最初が「wood job!」
 二番目が「黄龍の村」
 三番目が「カーズ」
 四番目が「SUNNY」
 と、なった。
 俺はBlu-rayレコーダーにゲオで借りて来た「wood job!」を差し込んだ。






 エンドロールが終わるなり、夏野は満面の笑顔を浮かべた。
「面白かった~! 山南村行ったからかさ、なんか田舎あるあるシーン分かって面白かった!」
 ド健全な感想を言う、夏野君! 素晴らしい! その感想を聞けただけで、俺は嬉しいです!
 廣笠も、頷く。
「うん。林業やってみたくなった。林業『すごい』で終わらせず観客に『やってみたい』の感情を与えるのは、作品として成功だし、シナリオライターと監督の真摯さが分かる」
「評論家かよ」
 ひとしきり笑った後に、荻原を見る。
「……結局、人間って誰と出会ってどう言う選択をするか。なんだよな。って思った。そんだけ」
 どゆこと??? 
 あっ。アレか! 勇気の選択次第ではちゃらんぽらんな自分のままで居た可能性もあって、勇気が林業を選んだからラストシーンの自分になったってことか!!
 荻原は説明する気など一ミリもないようで、自分が持って来た「黄龍の村」のBlu-rayをBlu-rayレコーダーに入れた。
 物語冒頭から、何か不穏だぞ……?
 騒がしいウェイ気取りの若者達が、田舎に泊まるって絶対殺されるだろ。ミッドサマーみたいに!!
 横で夏野が「不思議な味する肉って、なんだろう? この村にしか居ない、牛かなあ?」と首を傾げているのを荻原はニヤニヤしながら見ている。
 不思議な味のする、肉なあ。伏線だろうけど、思いつかねーや。
 廣笠は真顔で映画を見ていて、何も言わない。







 エンドロールが、終わった。
 作品自体は、面白かった。だけど、この作品を好き! って言ったらヤバい奴認定されるんじゃ!? って気持ちが、ある。
 例えるなら「メイドインアビス」とか「ウシジマくん」とか「みぃ山」を好き! とか言ったらヤバい奴扱いされないかな? みたいな感じに近い。
 やってることはみんな正しくないんだけど、正しくないなりの筋がある。
 世の中、そんなもんかもな? って、なんとなく思った。
 勿論馬鹿な人を騙して、金儲けしよう! みたいな悪人だって居る。だけどそんな奴らばかりじゃなくって、大概は善意や価値観のすれ違いだ。
 俺と、静弥のように。
 いつもの三人は、顔を見合わせる。
 どう感想を言おう? そんなもん目配せだ。
「えっと、バトルシーン格好良かった! 復讐のために、スパイしてるん熱いな! って!」
 夏野ーーッ!! こんな拗らせてる奴相手に、普通の感想を言うなーーッ!! 殺されるぞ!!
 荻原はターミネーターのような真顔で、しねどすスプレーをゴキジェットを使うかのように噴射している。
 この空気感で感想言えるほど、俺は勇者じゃない。
 廣笠が察して、口を開いてくれた。
「作品として面白かったけど、これを勧める荻原君心配だわ。しまじろうの映画、見ようか」
 廣笠 考輝君、人間国宝です!! 
 次は夏野セレクションの「カーズ」だ。







 なんと荻原は「カーズ」の本編が始まる前の、ディズニー映画Blu-rayあるあるの他作品のCMから爆睡を決め込んだ。
 やっぱりコイツ、終わってんな。人として。
 夏野が「面白いから、見ようよ」って肩を揺さぶっても「見た上で、俺には合わないから寝る。コレ見るくらいなら、コーランを写経する」とか言い出したのだ。
 うん。あの映画、勧める奴だもんな。普通を期待するだけ、疲れる。
 俺達三人で荻原の寝息を聴きながら、仲良く「カーズ」を鑑賞した。
 感想は「マックイーン最初はムカつく奴だけど、最後は大好きなるよな」とか「wood job! の勇気も、そうだな」とかで、盛り上がった。
 荻原を三人がかりで叩き起こして「SUNNY」を、鑑賞し始める。
 いいシーンで、バンバン流れる平成レトロの曲。高校時代の回想から今の時代の切り替えへの巧みさ。キャスティング(とある一人は、どうなんだ? って思った)の説得力。
 見てて楽しかったし、前向きな気持ちになれた。
 荻原は「そんな綺麗事だけで、世の中回ってないよ」って言っていたけど、映像や音楽は楽しかったみたいだ。
 夏野は、べしょべしょに泣いている。うん。分かりやすい奴。
 みんなでぐだぐだ菓子パンとか食いながら、映画鑑賞会楽しかったな。
「次は、ヌマクロー来れたらいいね!」
 夏野が向日葵みたいに、明るい笑顔で言う。
 俺は「ソウダネ」と、ぎこちなく笑ってみせた。
「え? 沼黒君と、何かあったん?」
 そういや、荻原には言ってなかったな……。そう思って、軽く経緯を説明した。
「しょうもねー。お前、舐められてんだよ。人として、金は払わせろよ」
「いや、マンションに住んでるのは、俺の勝手だし」
「どうせ、沼黒君が父親に酷いこと言われて戻って来るかも? なんて、思ってんだろ。ないない。メンヘラは、足立区民がチャリのサドルパクるスピード並に、鞍替え早いから」
 コイツ、語録ジーニアスかよ!! はっきり言い過ぎだろ!!
「ヌマクロー。篠塚ラブだったし、ないと思うけど」
 廣笠ァア!! 人間優勝だよ!!
 荻原は視線を落として、膝をギュッと抱えた。
「……とりあえず、年内までって期限設けたら? 年内までに戻って来なかったら、忘れようよ。俺の元カノ紹介するよ」
「鞄にラビビつけてる女か」
「ハズレ。mbtiと、ラブタイプと、推しの話しかできないしょうもない女」
「一緒だろ!」







 同時刻。入院生活から一ヶ月以上経ち、ここでの暮らし(同室者の折り紙テロとか、不味い食事とか、短すぎる入浴時間とか、横の部屋からの奇声とか色々)に大分と慣れた。
 ホールでの夕食を終えた静弥は、ぼんやりと海下を見ていた。
 今日の午前中に海下の双子の姉が面会に来ていたようで、珍しく作業療法と集団散歩に参加していたのだ。
 今日の作業療法のメニューは、コラージュだった。
 患者によりけりだが、基本鋏は与えられない。
 与えられても看護スタッフが横にピッタリとつかれてしまうので、どちらが自由か静弥には分からない。
 手で用紙を千切るか、予め切られている折り紙や雑誌や色紙の紙切れを貼るかの二択だ。
 海下は看護スタッフに「もっと白っぽい水色はないか?」とか「手では上手く触手を切れないから、鋏を貸して欲しい」とか、珍しく自分から話しかけていたのだ。
 そして出来上がったコラージュを見つめるなり「全然、カツオノエボシじゃない……」と泣き喚き、折角作ったコラージュをゴミ箱に捨ててしまった。
 誰よりも早くに出来上がって、看護スタッフに褒められていたにも関わらずだ。
 何を作るか悩んでいた静弥は看護スタッフに言って図書室からクラゲの図鑑を借りて来て貰い、海下と一緒に「カツオノエボシ」のコラージュを作った。
 静弥以上に海下は色の拘りが強いようで、色は海下に選ばせて貼るのは静弥がしたのだった。
 出来上がったコラージュは、今にも泳ぎ出しそうなクラゲで海下はいたく気に入ったらしい。
 静弥分のコラージュを、掻っ攫って行ってしまった。
 集団散歩の時も静弥が作ったコラージュを患者や看護スタッフに見せびらかしていて、静弥は照れ臭くなった。
(自分が作ったもので、誰かが喜ぶって嬉しいな……)
 海下は集団散歩のみんなのコースから外れて、それこそクラゲのように揺蕩っては看護スタッフにみんなのコースへ戻されていた。
 正直に言うと海下のことを不気味に思っていたが、感じ方が他人と違うだけなのかもしれない。
「海下さんって、どうしてクラゲ好きなんですか……?」
「えっ。クラゲは、みんな好きじゃないの?」
「僕も綺麗だとは思いますけど、海下さんほど熱狂的ではないので」
「なんでだろ……。あ。子供の頃に連れて行って貰ったペットショップで、クラゲを見たのがきっかけかも」
 ペットショップの水槽の中で、泳ぐクラゲが綺麗だったとか、そういう話だろうか?
「そうなんですね」
「水槽のクラゲが死んでたから店員さんに言ったら店員さんが雑におたまで掬って、ゴミ箱にぽいって捨てて」 
 予想外の言葉すぎて、静弥は固まってしまった。
「え?」
「俺、いじめられっ子なんだ。俺のこといじめてきてる奴からしたら、店員が捨てたこの死んだクラゲと同じくらいの感覚なのかな? って思ったら、愛しくなってハマった」
「そ、そうですか……」
 店員の愛情なき行動の批判でも、ペットショップって言うシステムへの凶弾でもない。
 海下は水槽の中で飼われているクラゲと、自分を重ねて愛しいと思う感受性があると言うことだ。
「海下さんって、下の名前、なんて言うんですか?」
「リオ。理由の理に青で、リオ」
「綺麗な名前ですね。クラゲみたい」
「でしょ」
 海下 理青。初めて、一人の人間と思えた気がする。
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