光彩濁りて愛となる

RRMR

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三十五話

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 月日は流れ十一月になって、早くも一週間以上が過ぎた。
 暦的には秋なのに、真夏のような気温の日や逆に冬なの? ってくらいに寒い日もあって、秋の意味を問う今日この頃だ。
 先月は何かあった時用の貯金を崩したり、相変わらずウーバーに走ったり、メルカルに遊んでないゲームソフトを売ったりして本当にギリギリで生活費を払った。
 頭で、分かる。今月は、多分無理だと。
 自分の手だけじゃ、無理だと分かる。
 俺が生きるのにすら必死なのに、荻原はこの短期間で彼女を三回も変えたし(別れた理由はもれなくしょうもなかった)、逆に夏野はディズニーデートの写真を上げているし、廣笠は廣笠だ。
 配信の数字は伸びず、落ちる一方……。何者になれないまま、じいさんになるのか?
 そんな焦りから文才なんてないのに、例の「五分後に世界が変わる」の文庫の新人賞に応募してみたりもした。
 なんと採用の場合、三ヶ月以内に連絡って言う杜撰っぷり。バイトかよ。
 大学と居酒屋のバイトが終わり、ウーバーに走っている。ド深夜と言うこともありデリバリーがあるにはあるけど、移動距離が比較的長めなものばかりで今から走るのは面倒臭い。
 その割に、報酬金額は三桁代。
 こんな距離走って、八百円かよ……。衣食住満たされてりならば、やった! 手に入った八百円で、スタバの新作フラペチーノ飲もう! とか、気になる漫画買おう! とか思えるんだろう。
 帰ったら夕飯食べたいし、洗濯物回したいし、ゼミのレポートもやりたいし、配信の編集もしたいし、明日のゴミ出しの用意もしたい。
 そんなことを考えながらチャリで走ってるからか、信号に捕まってしまった。
「……」
 真夜中の闇を、照らす赤いネオンライト。
 嫌でも「トラフィック*ライト」を連想してしまう。







 同じ学部の毒島と贄川のヲタク女子二人の今の推しは「トラフィック*ライト」らしい。
 毒島は箱推しで、贄川がT.T推し。
 二人で動画の感想を言い合ったり、昼休みに食堂でお薬手帳カバーや硬質ケースのデコをしているのを何度か見かけた。
 最近「トラフィック*ライト」が上げた動画は【東京と大阪のホス狂の違い】だった。
 だから、なんでタイトルから面白いんだよ……。
 東京の方はヒョーマとT.Tが、いかにも歌舞伎町! みたいなくすんだフリルブラウスと黒いミニスカートをヒョーマは着ていて、頭に安そうな黒いリボンのヘアピンをつけていた。
 対するT.Tはいつものウルフカットに、オーバーサイズの紫とピンクのグラデーションがかったクマのイラストが描かれた黒のパーカーを着ていて(服の袖に意味あんの? それ?みたいな安全ピンがつき)、靴はラバーソウルみたいな厚底。いつもと変わらんやろ。
 顔はばちばちにメイクしていて、ナメクジのような涙袋も作っていた。
 女装もどきヒョーマが泣きながら「被り、死ね……」ってうずくまりながら泣いているのを女装T.Tが「大丈夫だよ。担当ピは、ヒョー子ちゃんが一番だよ。あの被り、本当性格悪いよね」と慰めていた。
 そこで黒マスクのスカウトジュンが「お姉さんら、今の稼ぎに満足してますか!? 俺、トー横で有名なスカウトマンの日向 ネジって言います!」
 と、絡み出す。
 だからなんで、絶妙に解像度高いんだよ……!!
 ヒョー子とT.T美はガン無視を決めて、大阪のホス狂に切り替わる。
 ご丁寧に、服装まで着替えているのだ。
 大阪のホス狂ヒョー子は、どう見てもHRLで買ったって思われる片方だけ肩出しの黒ワンピに百均で買ったと思われる茶色のトートバッグを肩に下げている。トートバッグには修正ペンでフリーハンドで格子柄が描かれていて、南京錠もついている。
 ヒョー美はワークマン女子やトップバリューで売ってそうなボーダーのシャツに、黒のストラップワンピースを着ている。
「さっきのヘルプ、ほんまおもんなかったわ。あいつ、NSCすら入れんやろ」
「高い金払って、なんでおもんない男の話聞かなあかんの? グランド花月行けば良かったわ~」
 ヒョーマはともかく、T.T!! お前、関西弁喋れるのかよ!! イントネーションも、めちゃくちゃ上手いぞ!!
 そして、相変わらずのスカウトジュンが割って入る。
「こんばんは~。お姉さんら、今の稼ぎーーふくぅ!!」
 獣のような目でヒョー子が、スカウトジュン目がけてトートバッグを振り回した。無事、顔面にクリーンヒットである。
「スカウトも、バーキンにどつかれたら本望やろ。お前より稼いどるわ! アホ!」
「見てみてー。うちのシャツ、HUで三百円やってん!! お兄さんのシャツ、なんぼ?」
 こ、この凶暴性とダル絡み、ガチで大阪の人間って感じする……!!
 そこで、動画は終了した。
 初めて動画を見た時。俺は笑い転げた数秒後に、絶望の淵に立った気がした。
「トラフィック*ライト」のチャンネル登録者は、十万人に登っている。
 凄いな。って言う尊敬の眼差しもなく、追いつかれるかな? って言う焦りもない。
 あるのは、そりゃ、そうだろう。って、諦めだった。  
 いつの間にか、信号は青に変わっていた。
 






 明けない夜は、ない。なんて言う人間が居るが、それは夜が明けても生きられる側だけにしか通用しない。
 夜が明けたら、外の世界へ放り出されてしまう。
(やだな……戻りたくない)
 入院生活で一番辛かったのは、暇なことでも、他の患者達の奇行でも、人間扱いされないことでもない。
 篠塚 晄が居なくても、生きていけるのを知ってしまったことだった。
 静弥が高校に上がってから山南村で再会するまでは、中学時代までの思い出を胸に大事にしまって生きていた。
 だけど、今回の入院は違う。
 篠塚 晄の光も、闇も、優しさも、弱さも、知ったのに。
 山南村で再会するまでの自分からしたら、夢のような、作り物のような三ヶ月間だったのに。
 入院してからの三ヶ月は、居なくても生きていけるーー事実と、己の冷酷さと、自分本位なエゴイズムを突きつけた三ヶ月間だった。
(流石に、引越してるだろうな……。それか大学の女の子と付き合ったりして、あの家に住んでる?)
 今までならそんなことを晄がしようものなら、どう阻止するかで腸を煮えくり返していたのに。
 自分が晄になんの相談もなく連絡もせず強行突破に出たので、仮にあの家に新しい恋人と住んでいても非難する権利がないくらいは分かるようになってしまった。
(雲雀丘君が言う、僕の気持ち悪いところってこう言うところなのかな……)
 知らぬ間に海下も男子中学生も、退院していた。
 代わりにこの部屋へやって来た二人は、いびきがうるさい中年男性と、逆に何も話さない同世代の男性。
 還暦が近い男性は相変わらず入院したままで、明日静弥が退院だからと言って薄い桃色の千羽鶴を渡された。
 なんで、この色なんですか? と聞いたら「男に桃色の折り紙をあげたら嫌がられがちだから、余ってしまって」と、言われたのだ。
 全部、要らないけどな……。その言葉は、流石に喉の先で止めた。
 静弥は無理矢理瞼を閉じて、寝る努力をした。
 あーあ。朝が、自分を襲って来るんだ。一生、夜ならば良いのに。
 頭の中でそう独り言を、静弥は呟いた。







 呆気なく、静弥の入院生活は幕を閉じた。
 精神科病院から外へ出ると木枯らしが頬を擦り、嫌でも三ヶ月の期間を思い知らされてしまった。
 父親は迎えに来てくれず、代わりにリナがやって来た。
 Vネックの深緑のフレアブラウスにダークブラウンのスリット入りロングスカートを履いていて、鞄はマイケルコースのブランドロゴが全面に印刷されたショルダーバッグ。
 パンプスは、落ち着いたモカブラウンのものだった。
「あっ! 静弥君、おかえり~。さっきタクシーアプリでタクシー呼んだんだけど、到着はもうちょっとかかるみたい」
「……あ。そ、そうですか」
「寒い中、待たせてごめんねえ」
 リナはそう言いながら、バス停のベンチに座った。
「え? ま、まさか、ここに、タクシーが来るんです……か?」
「うん。駅まで、歩くのしんどいかな? って、思って。バスはさっき行ったばかりだし、次に来るの一時間後だし、大丈夫だよ~」
 リナなりに、気を遣ってくれているのは分かる。分かるんだけれども……。
(ズレてるんだよなあ……)
 リナは笑顔で、静弥のクラッチバッグを渡して来た。
 鞄を明けると、スマートフォンに、財布に、モバイルバッテリーに、ハンカチに、各種充電ケーブルに、新品の目薬やマウスウォッシュや、綿棒や、絆創膏を入れてくれている。
「スマホと、モババ充電しといたからね!」
 体調や入院生活のことを聞かずに、必要なものを用意してくれてるのは大変ありがたい。
 だけどこの女性は父親ほどじゃないが、ズレているのだ。
 これから、何を言われるのだろう? と、身構えてしまう自分が居る。
 静弥はスマートフォンのパスコードを入力して、ホーム画面に入る。
 通知は自分の予想以上に溜まっていて、その数字こそが三ヶ月間の重みだと思った。 
 前回入院した時は、ここまでではなかったのに。
 無料通話アプリを開いて、晄を始めみんなのトーク画面を事務的にタップする。
 メッセージの内容は違えど、みんな心配してくれているのが伝わって来た。
(今更、戻れないよ……)
 リナは静弥の顔を覗き込みながら、口を開いた。
「あ、あのね。静弥君。無理に、私たちと仲良くしようとか、思わなくて、良いからね。仲良くしてくれたら、リナは嬉しいけど、静弥君が誠君を嫌な理由があって、面会謝絶? したのは、お医者さんも認めた正当性のある理由だと、思う、から」
 そう言って、リナが渡して来たのは、県がやっているシェルターの案内のリーフレットだった。
「い、居なくなって欲しいって訳じゃないの! こう言う選択肢も、あるよ! って、参考に! ね!」
 赤の他人の自分の為に、リナは県の都心部に行って話を聞いて来てくれた。
 自分は、あんな酷いことを言ったのに。
 それは自分とは違う向こう側の人間が言う「明けない夜は、ないよ。家族も、そうだよ」なんて言葉より、信ぴょう性がある。
「な、なんで、そこまで……」
「静弥君が、弟に似てるからかな。あ、悪口じゃないよ!」
「あ、あの、僕が、もし、帰らなかったら、リナさん、父に怒られませんか?」
「大丈夫大丈夫。最近誠君、いつも怒ってるから。なんか、ハエ飛んでんなーくらいにしか思わないよ」
「……リナさんに、あの男は勿体なさ過ぎます」
 静弥の言葉に、リナは物憂げに笑うだけだった。
 静弥はスマートフォンで、tmitterのアプリを開く。
 検索バーに「トリニティ コウ」と打ち込むとーー
「……何、コレ」
 サジェストに、並んだ言葉は不穏なものばかりだった。
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