光彩濁りて愛となる

RRMR

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三話

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 浴室に乱入して来た静弥を「飯食うんだろ! パスタ伸びるから、また今度な!」となんとか追い出すことに成功した。
 リビングのローテーブルで二人向かい合って、夕食の豚しゃぶレモン冷製パスタを食べる。
 風呂で汗を流した後に食う、冷たいパスタ最高。
 今ならめちゃくちゃいい笑顔とダンスで、ポカリ太陽リレーを一人で踊り切れそうだ。
 静弥と会えない間も箸の矯正をした甲斐あって、俺は「普通に」箸を持てるようになった。
 右腕の火傷跡も塞がり、今は皮膚の色が違うな。くらいの印象でしかない。
「ーーで。そのジュンって奴、ガチで器用な訳。出来ないこと、ない訳! なんでも出来る癖に、こっち側に入って来んなよ!」
「いつも以上に、支離滅裂だよ……晄君」
 フォークにパスタを絡ませながら、俺を見る静弥。
 ご馳走様でした。そう言いながら、静弥は手を合わせて目を伏せた。
 考え事をする時、静弥はこうやって目を閉じる。
 自分の中でリズムを整えるかのように、思案するその顔が俺はたまらなく好きだ。
 ヤバい。愚痴り過ぎたか……? それとも、違う男の話をして妬いてるのか?
「なんでも出来るって、残酷だと僕は思う」
「ど、どういうことだよ」
 出来ないより出来た方が、良いに決まっている。
 勉強は出来ないより出来た方が、いい大学に行ける。いい大学を出たら、大手企業から内定を貰えるだろう。大手企業に就職したら、給料はたくさん貰えるだろう。
「例えば書いたお願いが、なんでも叶う白紙の本を晄君が手に入れたとするよね。なにを、お願いする?」
「えっ? えーっと、静弥とずっと一緒に居たい」
 いきなり願いが叶うデスノートみたいな話題を出されて、戸惑いながらも回答する。
 静弥は頬を赤らめ拳で口元を隠しながら「僕も……」と言った後に「他には?」と、聞いて来た。
 宝くじで十億当てたい。トリニティのチャンネル登録者が、五十万人達成したい。俺の個人アカウントは、二十万人達成したい。就活が、上手く行きますように。家族みんなが、大病とかしませんように。オーロラを生で、見てみたい。頭が良くなって、静弥が読んでいる小説を理解出来るようになりたい。ご飯一杯だけジジイが、もう来店しませんように。店長が類人猿から、人間になりますように。
 俺が思い浮かぶ願いは、これくらいだった。
「うん。そんなもんだよね」
 静弥はグラスに入った麦茶を飲みながら、そう言う。
 俺の頭では、質問の意図が分からなかった。
「つまり。なんでも出来るっていうことは、出来ないことが減っていくということ。出来ないことが減っていくと言うのは、やってみたい! が、なくなるということ」
 晄君だってたくさん練習して、難しいステップを踏めて達成感を得るでしょう? それがこの人には、ないんだと思うよ。 ダンスだけじゃない、何に対しても。それって、人生の張り合いがないよね。努力して走ってる間にしか、見られない景色もあるよ。
 静弥の言葉は、そう続いた。
 なんとなくだけど、分かった気がした。
 長い人生で、なんでも出来てしまう才能。静弥の言うように張り合いがないだろうし、なんていうか、時間の迷子になりそうな気がする。
 同世代のみんながつまずいていることを自分はスイスイ出来て、自分だけ年を食っているみたいな感覚になりそう。
「なんか……意外」
「え?」
「ちょっと前の静弥なら、器用で羨ましいよ。人種が違うんだろうね。とか、言いそうだし」
「え。僕、そんなに嫌な人間……だったね、うん」
 まるで遠い昔を、懐かしむように言う静弥。
 物置に仕舞ったアルバムを引っ張り出して、子供の頃の写真を見るかのような声だ。
「てか、お前の『鬼滅の刃って、知ってる?』ってなんなんだよ。アレ」







 静弥の話は、こうだった。
 今日のお客さんで、一人変わった客が居たらしい。
 来店するなり「鬼滅の刃の単行本? 漫画を探してるんですけど……」と静弥に言って来たので、静弥は本棚まで案内したらしい。
 するとその客は首を傾げながら
「これが、全部『鬼滅の刃』なんですか?」と聞いて来たと言う。
 流石の静弥も困惑して
「はい。連載物なので、これだけコミックが、あります」と、言ったらしい。
 それで相手は納得したらしく、全巻一気に買ったらしい。金持ちかよ。
 まだ老人とかで孫におねだりされたとかなら分かるけど、若い人だったからビックリした。と、漏らす静弥。
 静弥の質問の意図は「鬼滅の刃」の認知度が、知りたかったらしい。 
 いや知らないのは、お前とそいつくらいだって。
 そいつ見た目、どんな感じ? 芸能人なら、誰? って聞いてみたけど、静弥は芸能人なんて分からない。
 分かるのは笑点のメンバーと、喉自慢の司会と、梅澤富美雄くらいだ。ジジイかよ。
「えっと黒髪で、パーマネントかけてた。黒マスクで顔の半分見えなかったけど、雰囲気は綺麗な人だったかな。晄君風に言うなら、どしたん? 話聞こか? みたいな人」
「お願いだから、俺からインターネットスラング覚えないで。猫ミームとか、見といて」
 そんなことを言っている内に、キッチンからカチッと言う音が聞こえた。 
 電気ケトルのお湯が沸いた時に、自動でヒーターの電源を落とす為の部品が作動したのだろう。
 一人暮らしじゃ絶対に買えなかった、夢にまで見たティファールが遂に家にやって来た。
 最近は寝る前に白湯を飲んでいるので、静弥がお湯を沸かしてくれたのだろう。
 俺は鼻歌を歌いながら、スキップで新品の電気ケトルに近づく。
「ンぇ?」
 キッチンのコンセントの先に居るのは、ガラス電気ケトルだった。
 お湯を注ぐ部分がガラスになっていて目盛りが書かれているから、どんだけお湯を入れたか分かるのは便利なんだけど……。
 なんと、こちらの電気ケトル! ガラスの部分が数秒毎に切り替わって、七色に光っております。
 わぁ~。飲み物を飲む前から、テンションが上がりますね。
 俺の脳内ではテレフォンショッピングの、スーツを着た販売員のおっちゃんとオフィスカジュアルを着た綺麗目なお姉さんの掛け合いが繰り広げられていた。
 静弥が目を輝かせながら、言う。
「あ、あのね。この電気ケトル見守り機能もあるらしいんだ。電源を入れたら、指定したメールアドレスに通知がいくんだって。虎婆さんのメールアドレスを設定したから、虎婆さんからわざわざメッセージを送らなくても安否確認出来るんだよ」
 確かに毎日のように、虎婆さんから
「生きてるかい?」
「風邪、引いてないかい?」
「静弥ちゃんは、元気かい? お前は、元気だろうね」
とか、メッセージ来てるけどさ!
「逆やろがい! 虎婆さんに電気ケトル渡して、俺らがメール受け取る側やろがい!!」
 やっぱりコイツ、ガチもんの天然だ……!! 俺が、しっかりしないと!!
 静弥は「あぁっ! そっか!」って、声をあげるのだった。
 そしてレインボーガラス電気ケトルを、ネット通販でもう一つ注文し出した。
 え。虎婆さんと、おそろで持つの? それを?






「なんか、面白い話ねえの?」
 夜ご飯を終えて、皿を洗い、洗濯物を干し終わった。
 今はテレビの前と平行に設置されたソファーに二人並んで座りながら、グダグダと話している。
「えー。刺激のない毎日だよ」
「嘘吐け。お前の存在自体が、刺激的だわ」
「え……」
「あ、いや、面白い的な意味で」
 慌ててフォローを入れると、静弥は「そうかな」と呟いて膝を抱えた。
「あ、あの。僕シンカンって言うのに、誘われてて。怖いから断り続けてるんだけど、勧誘がしつこくて……」
 え? 新歓って、新歓だろ!? 新入社員歓迎会だろ? 断るとか、ある!? まるで結婚式に、新郎新婦が居ないようなもんだろ!!
「え、お前、新歓をなんだと思ってんの?」
「え? 新館。新しい店舗だけど……」
「ふひゃー!! アーッハッハッハッ!! ぶふぅ!!」
 都合の良い日を聞こうとしている同僚も、まさか断られるとは思っていなかったんだろうな。
 可哀想に……。相手は、この宇宙人だから。
「新入社員歓迎会だよ。飲み会! 行って来いよ」
「え」
 静弥が残念そうに、顔を歪めた。まだ散歩から帰りたくないのに、無理矢理飼い主にリードを引っ張られている犬みたいだ。
「な、なんだよ」
「や、妬いて欲しい」
「乙女かよ! いや、だって、俺の方が我慢させてるじゃん。練習ばかりでデートらしいデート出来てないし、静弥のことを公表してないし、配信仲間とか大学とかバ先とかで不安にさせてるだろうしさ。お前も、職場で友達作れって」
 そう言って、静弥の頭をよしよしと撫でる。
 静弥のSNSは、俺と違って知名度がない。
 チャンネル登録者三十人くらいのWeeTubeアカウントと、身内しか相互が居ないエンスタの鍵垢と、ROM専のtmitterとメッセージアプリしかしていない。
 エンスタの鍵垢は、俺が許可出した写真と動画だけアップロードしてるしな。
 沼黒 静弥の写真より、俺の写真の方が多いのはどうかと思うけど。
 エンスタの相互は、俺、沢井、相澤犬山コンビ、虎婆さん(エンスタしてんのかい)、立花。
 雲雀丘にフォロリクを送るも、申請を許可して貰えなかったらしい。なんでだよ。
 最近になってようやくストーリーのあげ方を知ったようで、ストーリーは俺へのポエムを毎日投稿している。だからトラーノベルとかでメロついてる、中ガキか。
「あ。静弥のこと要らないとか、鬱陶しいんじゃないからな?」
 折角こっちに来たんだし、交友関係は広めた方が静弥の為にもなりそうだし。
 今の静弥なら、俺以外にも仲良く出来そうだし。って思って、言ったんだけど……。
 反応は、良くはないな。うん。
「ま、まあ、無理に。とは、言わないけど……」
 え、もしかして、職場で上手くいってない?
 単純に慣れない新生活で、交友関係まで広げる余裕がないのかもしれないけど。
「……分かった」
 頑張る。小さく静弥は、そう言った。







  翌日。今日は三限からなので、午前中にゴミを出したり掃除機をかけたり冷蔵庫の整理をした。
 大学へ行くのに日野駅のホームで電車を待っていると、早速おばちゃんから
「昨日、グモニンファイル出てた子?」と、声をかけられた。
 ほんの数分前の話だ。
 おばちゃんの服装は、モカブラウンのミモレ丈のワンピースの下にGパンを履いている。
 鞄はデカめの英字が書かれたトートバッグを持っていて、ラフでカジュアルな服装だが清潔感はある。
 髪の毛は頭の形に沿った茶髪ショートで、そんなに化粧している顔じゃないのに小綺麗な印象を受けた。
 睫毛がくるんと、上を向いているからだろうか。
 友達とランチでも、行くんかな? くらいな、ナリをしている。
 俺は愛想笑いを浮かべて「そうです」と、頷いておく。
 おばちゃんがツーショットを希望して来たので、俺はそれに応じる。
 テレビって、すげえ。
 自分の母親より年上と思われる人間にも、認知されるんだ。
「昨日、まつパ行っといて良かったわ~! こんなイケメンと、写真撮れるなんて」
「ああ、お綺麗ですもんね」
 そう言うと、おばちゃんは「本当~?」と、声をあげたのだった。
 この年齢の人でまつパに行くなんて、流石東京の人って感じがする。
 山南村のアラフィフの人間は、まつパなんて行かないだろう。
 どころか、まつパを知らないかもしれない。
 試しに母親に「まつパって知ってる?」と、メッセージを送信する。
 丁度電車が来たので、電車に乗る。
 この時間帯だから車内は、程よく混んでいる。
 ロングシートの真ん中寄りの席が空いているので、そこに腰を下ろしてまたスマホを見る。
 母親から返事が返って来たので、メッセージアプリを開く。
『職場の大学生の子が、行ってるって言ってたわ。なんだっけ? まつげパーティー?』
 まつ毛パーティー!? まつ毛で、どうやってパーティー開くんだよ!!
 俺は、思わず吹き出す。
 うちの母親曰く、勉強一筋みたいな学生時代だったらしいから、オシャレとか疎いんだよな。
 静弥みたいなこと、言うじゃん。まつ毛パーティーって!
 待てよ。じゃあ俺は母親みたいな男を、好きになったのか? ゲェー!! 気付きたくなかった!!
 メッセージアプリの通知が、届く。
 歩夢からだ。
『お前、今日暇? アニメイト、付き合って』
 アニメイト? なんで? って疑問を、そのまま返信する。
『姉ちゃんに、誕生日プレゼント何がいい? 聞いたら、なんとかって恋愛ゲームのグッズ欲しい。言われた。池袋のアニメイトしかないんだって』
 恋愛ゲーム。そう聞いて浮かんだのは「糸恋結愛」の裸の女達だった。
 女の人がやるんだから、男と恋愛するゲームか? え、つまり、男の裸のグッズを買えと!? 無理無理無理! 通販で買えよ! 通販で買ったら、誕生日に間に合わないのか。
 つーか。なんとかの部分が、一番重要やろがい。ちゃんと、話を聞いて来い。
 そう思ったからか、歩夢から画像が送られて来る。
 スマホの画面には、イケメンの絵が描かれたアイシングクッキーが映っている。
 お姉さんが赤丸をつけたのを、買って来い。って言うことなのだろう。
 全部、一緒に見えるぞ……。なんだこれ。
『コレだけじゃ味気ないから、他にもなんかつけようと思っててさー。最近姉ちゃん、彼氏の愚痴多いから、ダンベルとかで良いかな? 彼氏、倒せるように』
『絶対、やめろ。この筋トレ馬鹿!』
 適当なポプチピスタンプも、メッセージの後に送る。
 関西人みたいなギャグじゃなく、こいつガチで言うんだよな……。
『じゃあ、何が良いん?』
『ジルのハンカチとかで、良いんじゃね』
『そんなん、彼女じゃん!』
『ダンベルより、114514倍良いだろ!』
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