光彩濁りて愛となる

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五話

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 意外にもすんなりと智顕ん家のお泊まり会を、了承して貰った。
 てっきり嫉妬に狂って、電動アナルバイブを尻に挿入されたり、首輪付けて外にお散歩行かされたり、抱き潰されると思っていたんだけど……。
 決して、期待してるとかではなく。
「無理してない?」って聞いても「大丈夫」しか、言わないし。
 よく女の子の「大丈夫」は「大丈夫じゃない」って言うけど、どうしたら良いかは教えてくれない。
「あ、あのさ」
 今日の夕飯の鮭のチーズピカタを箸で摘みながら、静弥が俺を見る。
 まるで道端で見つけたキレイな花の話をする、少女みたいな瞳だ。
「ん? なに?」
「昨日の『鬼滅の刃』の人、今日も来たよ」
「え? また、漫画買いに?」
「ううん。昨日のお礼に、お菓子をくれたの」
 静弥は立ち上がり冷蔵庫の上に積まれたお菓子ボックスの中から、フィナンシェやアーモンドパイや柑橘系のパウンドケーキやラングドシャ他を持って来た。
 個包装の袋にプリントされた店名は、有名洋菓子店のもの。
「大きな箱で持って来てくれて、職場の人らだけじゃ食べ切れないから僕が一種類ずつ貰ったんだ」
 え? 本屋で商品のことを教えて貰っただけで、こんな菓子折りを……? 
 職場の人間で食べ切れない量って、相当デカい箱だろう。
 このブランドのならば、五千円くらいはするんじゃないか……?
 例えばスマホや財布を落として見つけて貰ったとか、店の中で倒れて素早く救急車呼んでくれたお陰で一命を取り留めたとかなら分かる。
「そいつ、大分と変わった奴なんじゃね?」
「え、そうかな? 丁寧な人だと思うけど」
 静弥はこてんと首を傾げて、わかめスープを飲んでいる。
 俺の違和感のムズムズっぷりが、静弥には伝わらないか。そうか……。
 当たり前なんだけど、こう言う時に違う人間なんだと痛感する。
 そして見ている景色が、違うということも。
 なんとなく胸の片隅が痛くなったので、静弥に借りてる小説の話を振ってみた。
 借りている小説は、リドルストーリーっていうジャンルらしい。
「真相は、読者のご想像にお任せします」みたいなヤツだ。
 頭が悪い俺は「どういうことだってばよ」の連続だし、何より読めない熟語が多い。
 その度にググってはいるんだけど、最近はAIによる概要が最初にヒットしがちだ。
 その内容が合っているなら良いんだけど、間違えていることも多々ある。
 その場合結局は調べ直しになるので、二度手間だから、読むのに二重に時間がかかっている。
 静弥が躓くことなくスルスルと本を読むもんだから、俺にも出来る気がしたんだよな。
 あ、ヤバい。これも、違う人種だ。って感じてしまう。
 静弥の口から語られる考察は、とても面白い。
 こいつのチャンネルが、何故バズらないのか不思議なくらいだ。






 あっという間に、お泊まり会当日になった。
 静弥の新歓も花金ということで(接客業だし無関係か?)、今日に決まったと言っていた。
 智顕の家に泊まる手前、こんなこと思うのもアレだけど……そりゃあ不安だ。
 だって、同じ本好きの人間達だろうし! 俺と話すより、楽しいに決まっている。
 自分で言うのもだけど、俺と職場の人だと同じ本を読んでも解像度が違うだろうし。
 よし、決めた。【NWF】が終わったら、就活しながら本を読もうと思う。
 新歓に参加するのは契約社員や正社員の人間だけらしいけど、不安なもんは不安だ。
 俺の不安を噴出するかのように、額や背中や首から汗が滴る。
 七月中旬だけあり、毎日アホみたいに暑い。
 雲雀丘は祇園祭に行って来たらしく、山鉾の写真や人ゴミを背景にキメ顔の自撮り写真をエンスタに投稿していた。
 何やってんだよ、働け。ニート。
 俺達の今日のレッスンも無事終わり、智顕のスポーツカーに乗り込んでから違和感に気が付いた。
「あ。財布、ロッカーに忘れた。取りに行って来るから、待ってて」
 二人が「はーい」と声を揃えて、返事をする。仲良しかよ。
 ダンススクールの更衣室は、一階の受付横の階段を上がってすぐにある。
 ちゃちゃっと、取りに行こう。
 日はとっくに落ちているのに、外はまだ蒸し暑い。
 ムワッとした外気に当てられながら、ダンススクールのガラス戸を押した。






 財布は更衣室のロッカーにちゃんとあって、俺は胸を撫で下ろしたのだった。
 更衣室の外の廊下から、話し声が聞こえる。
 なんか嫌な予感がする。そう思いながらも、俺は扉を少しだけ開けて聞き耳を立てる。
 トレーナーの上坂(うえさか)さんと、下村(しもむら)さんの二人が深刻そうに話している。
 上坂さん下村さんーー通称上下コンビは、対象的な二人で教え方も性格も正反対だ。
 推定アラサーの上坂さんは、見るからに陽キャ。緑髪のツーブロで、私服はメタル系バンドのライブTシャツを着てたりする。
 目は糸のように細いわ吊り上がっているから、余計に悪そうな印象を受けるのだ。
 上坂さんが他人だったとしてバイト先に来店したとすると、ゲロかうんち確定演出でーす! って思って思ってしまう。
 そんな見た目に反して、教え方や見栄えはデータ重視でびっくりしてしまう。
 下村さんは、一昔前のギャグ漫画の委員長のような見た目をしている。
 平たく言えば、ド陰キャだ。
 ダンススクールのトレーナーですって自己紹介をされても、信じる人間は十人中半分にも満たないだろう。
 私服はチェックのシャツにチノパンとかで、ガチなヲタクファッションで俺は声を挙げそうになった。
 年齢は上坂さんと、同世代だと思う。
 見た目に反してわりかし感覚人間で、俺は何を言っているのか分からないことが多々ある。
 智顕は、分かってるっぽいけど。
「上坂さん。今からでもセンターを、梵さんに変えた方が良くないですか?」
 まるで処刑台に乗せられて、ギロチンで首を切り落とさせられたかのような衝撃的な発言だった。
「あー……ね。言いたいことは、分かるよ」
 つまり俺の実力が、足りないってことか? センターなんて花形、やらせられないってことか?
 上坂さんの言葉は、続く。
「だけど、州崎さんが聞かねえんだもん。テコでも動かんて、アレは」
「確かに篠塚さん、センター曲持ってないですけど。あんな大舞台で、務めなくても」
「あの子ら、もう就活始まってるじゃん? 最後にって、ことじゃない? 部活でも、あるじゃん。最後の大会だし、上手くはない三年の先輩を出場させるの」
「なるほど……」
 薄々そんな気はしていたけど、誰かに言葉にされたら「本当」に変わった気がしてショックを受ける。
 俺は馬鹿だけど、馬鹿なりにいいところが一つだけある。
 それは、弁えていることだ。
 智顕のような天性の才能はないし、歩夢のような器用さもない。
 二人の才能を見せつけられる度に、自分の劣等感が刺激されてたまらない気持ちになる。
 ダンス経験十年超えの人間と、対等にはなれない。ましてや、勝てる訳がない。
 だから同じ土俵に、上がろうなんて思ってない。
 だけど同じユニットとして、メイワクをかけたくない気持ちはある。
 レッスン、頑張ってたんだけどな……。
 上坂さんも、下村さんも悪くない。プロとして、クオリティーを考えるのは当たり前のことだ。
 ましてや【NWF】だ。配信者にとっては、夢の舞台。そこで生半可なクオリティーのものを、出す訳にはいかない。
 同じ配信者や、チケット代を払ってくれてるお客さん、会場の運営者、みんなに失礼だ。
 みんなが求める合格ラインに、達せられていない俺が悪い。
 ヤダな。今、外出て行くの。早く、話終わらないかな。
 そう思うものの、話し終わる気配がない。歩夢達を、待たせているのに。
 そっか。コウになって、やり過ごせば良いんだ。
 俺はウルトラときめき♡倶楽部の「ウルトラ最強」を鼻歌で口ずさみながら、更衣室からスキップで出て行く。
 まるで、何も聞こえてません。と、アピールするように。
 俺は、時々たまによく、自分はなんなのか? と、怖くなる時がある。







「うぇーい!『トリニティ』お泊まり配信だよ。みんな来てくれて、ありがとう~」
 智顕の家のリビングで食卓を囲みながら、配信用ビデオカメラを回す。
 「トリニティ」の公式アカウントで、三人のお泊まり会の様子を生配信中だ。
 カメラの死角に配信用ノートパソコンも置いているので、俺達の様子やコメント欄もリアルタイムで把握出来るようになっている。
 配信機材は智顕の私物で、相変わらずいい機材使ってんな。ボンボンめ。って感想を、抱いた。
 すごいのは、機材だけじゃない。家も、それ以上に凄い。
 リビングだけで、俺と静弥の部屋二つ分以上の広さがあるじゃねーか。
 リビングにはデカいダイニングテーブルが置かれている。
 ダイニングチェアは横に四席分向き合うように置かれているので、八人分の席がある訳だ。
 カウンターキッチンと向き合うように置かれた、高めのスツールはバーを連想させた。
 部屋の隅に置かれた観葉植物。壁に平行で並べられている、ヴィンテージのレコードチェスト。俺達を見下ろすように、天井から垂れ下がっているバンキングプランター。壁に貼られた、知らない絵画。
 全てがオシャレ過ぎて、オシャレとしか言えない。
 智顕の家は、新宿にあるタワマンだ。智顕が住んでいる部屋は二十階なのでタワマンの中では階層が低いから、まだ賃料が安いと言っていた。
 それでも駅近と言う立地に、家の面積の広さに、綺麗さを考えたら、毎月の賃料はサラリーマンの平均月給二ヶ月分くらいはするんじゃねえの? 
 少なくとも一般大学生が、住める場所じゃない。
 智顕が言うからには、最近ブレイク中の俳優やtmitterで大喜利をしているAV女優やホストが住んでいるらしい。
 マンションに入る前に暗証番号の入力が必要でマンションに入った後は後で声紋認証があり、まるでドラマでも見ているかのような気分になった。
 そんなタワマンのリビングで、俺達は持ち帰りの回転寿司を食っている。
 庶民のご馳走をこんなタワマンで食うなんて、シュール過ぎんだろ。
「ぼんチ。ネタだけ食うな! シャリと一緒に食え!」
 コウの声と顔で、智顕が食い荒らした残がいを智顕の皿に乗せる。
「だって、ご飯酸っぱいし……」
「寿司だから、当たり前だろ!」
 俺ら二人のやり取りに、歩夢は飲んでいた烏龍茶を吹き出して笑っている。
 コメント欄の反応も上々で、目で追うだけで楽しくなる。
『wwww』
『ぼんチ。くんが残したシャリ、わたしが食べるね。もぐもぐ』
『RuKI君ウケすぎ笑笑笑』
『コウ君はぼんチ。君のお兄さんだもんねぇ』
 ウケてる。ウケてる。テレビで言うなら、俺は後ろの席の賑やかし役だ。
 ぼんチ。とRuKIは言わずもがな、前の方の人気芸人やアイドルが座る位置。
 今日も二人を引き立てる為に、賑やかしますよ。
 とあるコメントが、俺の脳に刻み込まれる。無料のコメントでしかないのに、飛んでいる虫かのように目に入って来たのだ。
『コウ君、お箸ちゃんと持てるようになったんだ。偉いね』
 だからお前は、俺のなんなんだよ。母親かよ。
 一人が箸のことを指摘したからか、コメント欄で会話を始めるかのように箸の話題が上がった。
『本当だ! お箸、ちゃんと持ってる!』
『コウ君、鉛筆の持ち方も直したのー?』
『彼女出来た?笑』
 彼女。厳密には違うけど、恋人が居る。
 面倒臭くて、手間かかって、すぐ病んで、口うるさくてーーだけど、誰よりも可愛くて守りたい恋人が居る。
 ここで反応したら図星みたいになるし、スルーしておこう。
 どうせ、無料コメントだしな。
 そんなことを思ったからから、菓子爆コメントがついた。金額は、千円。
『コウ、ホモだし、彼女はない』
 コメント主のアイコンは、初期のまま。ユーザーネームも、ランダムな英数字を羅列した初期設定のままだ。
 歩夢がノートパソコンを操作して、スクショを撮影した。
「憶測で誹謗中傷に該当すること、言うのやめて。マナー守ってね」
 どっしりと構えた、歩夢の低い声。この声で叱られたならば、聞き分けのない幼稚園児でもやめるだろう。
『だから、コウはお荷物なんだって』
『反応するってことは、ガチなんじゃ?笑笑笑』
『ぼんチ。映して~』
 俺が居ない方が、良い。こんな扱いを受ける奴が、センターで踊る資格ない。
 俺がやらかしたせいだって、分かっている。
 思い返せば、約一年前のぼんチ。とVチューバーの騒動の時も凄かった。
 智顕が事務所に所属している大手Vチューバーとゲーム配信でコラボしたことがきっかけで、お互いの家に泊まり合うくらいには仲良くなったらしい。
 この時点で俺は、嫌な予感がしていた。
 Vチューバーの中の女が、エンスタのリア垢のストーリーで自分ん家のベッドで眠る智顕の頭の写真を投稿したのだ。
 ご丁寧に「ヤバ笑笑笑 飲み過ぎて、記憶ない笑笑」と、写真にコメントまでつけて。
 当たり前のように、ぼんチ。もVチューバーの女も炎上した。
 智顕に聞いたら「ヤってない。本当に泊まっただけ」と言っていたから、そうなんだろう。
 赤ちゃんのあいつが、嘘を吐ける訳がない。
 女の方は火に油を注ぐように、リア垢でぼんち揚を食べる自撮りまであげてお祭り騒ぎだった。
 女って、怖い。他人事ながら、そう思ったのをはっきり覚えている。
 時刻は、夜十一時過ぎ。
 路線によったら、そろそろ終電になる時間だ。
 ヤダな。早く配信が、終わらないかな。
 今、なんて思った? 分からない。自分がなんでそんなことを、思ったのかが。
 せめて静弥が、新歓を楽しんでたら良いな。
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