光彩濁りて愛となる

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八話

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 智顕の家に戻り、防音設備もバッチリなダンス部屋で三人仲良く練習する。
 だだっ広い部屋ですらビビるのに、その広い部屋の前方をほぼ占める鏡に俺は腰を抜かしそうになった。
 この規模の部屋をスタジオで借りようとしたら、一時間千五百円くらいかかるんだろう。
 お金がなさ過ぎて近所のガキに見守られながら、クソ暑い中公園で踊っている俺とは暮らしが違い過ぎる。
 ボンボンめ……。
 ダンス部屋は当たり前にエアコンが効いており、キンキンに冷えてやがる。
 ダンス部屋の外からは、掃除機のエンジン音が聞こえて来た。
 ハウスキーパーさんが、掃除をしてくれているのだろう。
 智顕の家に上がった時に挨拶されたが、品の良い女の人って感じだった。
食器より重い物を持ったことがなさそうなお嬢様生活を、送っていたようなアラフォーの女の人。
 お皿を洗う後ろ姿の姿勢すら綺麗で、まるで宝塚のスターみたいな佇まいだ。
 考えてみれば金持ちが雇う人なんだから、そりゃあ品性あるだろう。
 通しの練習が一段落つき、時間も正午を回っているので、昼休憩にしよう。と、話になった。
 ハウスキーパーさんが昼食を作ってくれてるらしいので、俺達はリビングへ向かった。






 昼食は出来立てほやほやのホットサンドに、こじゃれた名前のサラダに、オニオンスープに、デザートにゼリーまでついてきた。
 リビングのレコードプレイヤーは、ゴリゴリにパンクな洋楽を流している。
 この上品な空間で、パンク……? 智顕の脳みそは、静弥並に謎だ。
 智顕がお手洗いに行っている間に、俺はそっと歩夢に話しかける。
「な、なあ。静弥って、やたらと智顕につっかかるじゃん。なんでだと思う?」
 俺と向き合って座っている歩夢は、ゼリーを食べながら「え、何。急に」と、瞬きをした。
「まあ、普通にムカつくと思うぞ。智顕は」
 歩夢にも、そんな感情があるなんて意外だ。俺らのお兄ちゃんみたいに振る舞ってくれてるけど、相当気を使ってくれているのかもしれない。
 智顕に悪気がないのは分かっているけど、とにかくデリカシーがない。
 歩夢が作った親子丼に嫌いな玉ねぎが入ってたから作った本人の皿に避けたり、映画見るって言ってんのに美容院行って遅刻して来たり、俺が買って来た六個入りのマカロンを四個食ったり……ヤバい。エピソードを挙げたら、なんで同じユニットとしてやれてるのか不思議になって来た。
「あー、いや、そう言うKYなところじゃなくってさ。沼黒君がなり得なかったものが、智顕だろ」
 静弥がなれなかった存在が、智顕……? 確かに宇宙人同士だとは思うけど、性格や物の考え方や趣味とかは違うと思う。あいつ、別にダンス好きでもないし。
「沼黒君も智顕も、思ったことまんま言うじゃん。智顕はキャラとして受け入れられてて、沼黒君はバブられてたんだろ? そりゃムカつくだろ」
「あー、なるほど」
 噛み砕いて言って貰って、やっと理解した。
 自分との正反対な人間よりも、自分と似たタイプの人間で他人に認められている方が嫉妬をするのは分かる気がする。
 歩夢が言っていることは分かるし、自身の身にも当てはまる。
 だけど、それだけじゃない気もする。
 沼黒 静弥から、梵 智顕への憎しみみたいなものがある気がする。
 少年漫画で言うなら、自身の家族を殺した加害者に向けるような憎しみと言うか……。
 そんなことを考えていたら、智顕がトイレから戻って来たので「おかえりー」と、挨拶する。
 お茶を飲み干したグラスは俺が注がずとも麦茶が補充され、食べ終わった皿も自分が動かずに下げられて洗われる。
 当たり前なんだけど生活が違い過ぎて、感覚が狂いそうだ。
「何か手伝いましょうか?」ってお手伝いさんに声をかけても「智顕君のお友達なのですから、ゆっくりなさっててくださいな」って朗らかに言われるだけだし。
 そんなこちらの気などお構いなしに歩夢は、軽口を叩いた。
「海賊並の衛生観念しかないお前を、天竜人並に潔癖な沼黒君が許してるのは愛だからな。お前も、許してやれよ」







 一泊二日のお泊まり会兼特訓合宿が終わり、俺と歩夢はタワマンを後にした。
 時刻は夜九時半過ぎで、終電にはまだ余裕がある。
 この時間ならもう泊まった方が、良くね? と俺は提案したけど、歩夢が
「明日参議院選挙だろ。泊まったら、明日絶対選挙に行かないし帰るぞ」
と、言ったのだった。
 真面目か。
 ヤベー。誰に入れるかも、ドコに入れるかも考えてねえ。
 青い鳥ランドで試しに検索をかけてみたけど、毒電波に脳みそをヤられたような怪文書の投稿ばかりで俺はそっと画面を閉じた。
 結局歩夢に、あのことを聞けなかったな。
 折角のお泊まり会だったし! 楽しい空気、壊したくないじゃん。仕方ない! と、一人で言い訳をする。
 スマホの通知画面は、静弥からのメッセージで埋め尽くされていた。
 相変わらず、コワ……。
 メッセージの内容は、概ね
「何時に帰るの?」
「夕飯作ったから、食べてね」
「宇宙人に、なんかされてない?」
だった。
 予め帰るのが夜になるから、夕飯適当に食うから作らなくて良い。って、メッセージ入れたんだけど……。
 歩夢にあんなことを言われたばかりだけど、それでも思ってしまう。思うのは、自由だろ。
 アイツ本当に他人の話聞かないし、言うこと聞かないんだよな……。
 電子ケトルの件だって、そうだ。俺がリーズナブルで良い感じのを見繕って、カートに入れておいたから静弥が良かったら購入に進んで。と、言っておいた。
 俺が選んだ物より、あの七色に光るやつが良いなら、なんで相談してこねぇんだよ。
 値段も数百円しか変わらないし、あんなダサいヤツの為に数百円ケチるなら、元々の方で良かったのに。
 一つ不満を挙げると、まるでマジカルバナナのように不満が出て来る。
 高級取りでもないのに金銭感覚がバグってて、俺がピカキンの玩具紹介動画を見て「楽しそー」って言ったら、水でフレーバーが変わるアイス屋さんごっこの玩具を買って来たり、その癖食洗機とかはケチる。逆だろ、普通に。
 スーパーで買い物をする時も、食品と日用品を同じエコバッグに入れないで! とか言う癖に、洗濯する時は静弥の下着と俺の白いシャツを一緒に洗ったりする。洗濯ネットなど、ナシ。これも、逆だろ。
 もしかしてこれは「恋人あるある」な同居を始めたら、恋人の嫌なところが目につくようになった。とか、そう言うアレなんだろうか。
 画面を見ている間にも、連続でメッセージが来ている。
「夕飯は、鶏肉のケチャップ煮だよ」
「虎婆さん、お中元喜んでたよ。ありがとうだって」
「晄君、今、何処に居るの? ちゃんと帰って来るよね?」
 単細胞だと分かり切っている相手に、連続でメッセージ送るなよ。
 俺は「ちゃんと帰るよ」とだけ、返事する。
 ぶらぶらと歩いている内に、東京メトロ東西線の「高田馬場駅」に着いた。
 いつも思うんだけど、高田か馬場かどっちかにしろよ。
 それにしても、地下鉄は関西だろうが関東だろうが薄暗くて苦手だ。
 ホームの先頭に立ってレールの奥を見ると、ぽっかりと口を開けて待っている闇そのものに見えてしまう。
 静弥に帰り道のルートを、共有する。地下鉄からJRに乗り換えて、日野駅まで約三十五分。そこから徒歩で十五分だから、一時間くらいでアパートに到着するだろう。
 静弥から動画が、共有された。
 血液型別焼肉に行ったら? そんな内容の猫ミームの動画だ。
 親の声の次に聞いたBGMが、ワイヤレスイヤホンから流れ出す。
 猫本体も、見覚えのあるものばかりだった。
 それ、ずっと前に流行ったやつじゃねーの……。
『この動画、面白いよ』
 短いそのメッセージは、静弥の声で再生された。
 何もかも全てを見透かした上で、俺を傷つけて来るナイフのような声。流行りとか世間一般的な考え方とか何も分かってないクセに、俺のことだけ包み込んでくれるベールのような声。
 きっと目を輝かせながら、猫ミームの動画を見ているのだろう。
 可愛いかよ。
 可愛いって、不思議だ。可愛いって言う理由だけで、全てを許せてしまうから。最強の免罪符だと思う。
 現に静弥の他人の話を聞かないところとか、全てを許してしまっている。







 家に帰ると静弥が玄関で膝を抱えて座りながら、俺を待っていた。
 廊下はエアコンがないからじんわりと暑いのに、それでも静弥は待っててくれているのだ。
 静弥の傷跡のある細い首から、汗がツーっと垂れた。
 汗など気にも留めず、静弥は俺をただ見上げた。
 正直、たまらないもんがある。って変態オヤジか、俺は。
「ただいまー」
「お、おかえり」
 静弥は立ち上がり、俺に抱きついて来た。
 相変わらずな愛情表現なことで……。
「汗臭いから……」
「そう? 気にならないよ?」
「俺が、気にすんの!」
 こいつ、9×4のキャップ交換しよう! とか、  言い出すんじゃね? 流行が世間様より、大分と遅れてるから……。
「あ、あのさ」
 抱き付き返しながら、しどろもどろに言う。
「お盆さ……。山南村に、一回帰るじゃん。良かったら、京都とか行かない?」
 弾丸ツアーみたくなるけど……。って言ったら、静弥の顔はパァッと明るくなった。
「きょ、京都……! 行きたい!」
 思ったよりいい反応で、こっちまで嬉しくなる。
 そうだよな。寺見たり神社見たり、抹茶食ったり、町屋カフェ行ったり、鹿見たりしたいよな。鹿は、うちの県だった。
 静弥はモジモジしながら、スマホの画面を見せて来た。
 コイツがこういう動作する時って、大体中坊みたいな恋愛ごっこのリクエストなんだよな。
 スマホの画面には、パフェの写真が映っている。
 紫から青色のグラデーションになっている、ゼリー。生クリームで波を表現して、アラザンは泡の暗喩だろう。
 紫色の貝殻のクッキーや、水色人魚のヒレのクッキーや、薄いオレンジのサンゴの型のクッキーはとてもキレイだと思う。
 コイツにしては、まともな感性してんな……。
 静弥が明確に「食べたい」って思えるようになったのは、俺としても安心感を覚える。
 白米だけ渡して来たのが、嘘のようだ。
 ショッピングモールの店の中から選ぶことは出来ても、ゼロから選べるようになるなんて予想してなかったから。
 夕飯の献立も、基本俺が好きそうなものから選ぶしな……。
 その代わりと言ったらなんだけど、俺は静弥が好きそうなものを基本的に作っている。
 カルボナーラとか、マグロアボガド丼とか、梅干しとちりめんじゃこと厚揚げの炊き込みご飯とか、とうもろこしのマッシュポテトとか。
「良いじゃん、行こうよ。よくこんなオシャレな店、見つけたなー」
 からかうように笑ってみせると、静弥は画面を切り替えてエンスタを見せて来た。
 なんだこのピンク髪ツインテールの、魔法少女のようなコスプレをした女は……。
「えっとね……。この人恋愛系インフルエンサーの『マカロンミルク』さんって言って、この人がおまじないをしたスイーツを食べたカップルは幸せになれるって言われてて」
 どう考えても、案件だろ。それって、なんかデータあるんスか? ナンパ師より、うさんくせえだろ!
 そう思いながらも、試しにリール動画を見てみる。
 運ばれて来たスイーツを食べる前に、日曜朝の変身女児アニメのようなハートの飾りがついたピンクのステッキを振りながら
『メロきゅん! メルティーストリーム! マカロンシャワー』
なんて、舌足らずな話し方で言っている。全部、語尾にハートマークがついてそうだ。
 嵐起こしたら、スイーツ吹き飛ぶだろ。マカロンのシャワーなんて当たったら、痛いだろ。
 こんなんを本気で信じるとか、中坊どころか、小学生のガキかよ……。幼年誌に載ってる、恋のおまじないを実行する小学生のガキか。
 サンタクロースの正体に気付くと同時に、卒業するだろ……。
 待てよ。コイツ、サンタクロース信じたりしてるのかな?
「静弥君さあ、サンタクロースって信じてる?」
「信じてないよ」
 静弥は、なんでそんなことを聞いて来るの? そんな瞳で、俺を見つめる。
 わ、分かんねえ……。コイツの判断基準が、本気で分からないよぉ! エ…ト……全然分かんないッ…!
「晄君がサンタクロースになってくれるなら、喜んでプレゼントを受け取るよ」
「それ違う意味の『せいなる夜』やろがい」
 ついでに言うと、俺がプレゼントにされる側やろがい。
「ひ、晄君。愛し合いたい」
 静弥は廊下に俺を押し倒して、俺の首筋の汗を長い舌で舐め上げた。
 背中に、硬くて生温いフローリングの感触が当たる。
 ヤバい。背水の陣って、ヤツじゃん。水じゃないけど。背床の陣、か?
「盛んな! いい子にしねえと、京都旅行もクリスマスも無しだからな!」
 俺はコイツの母親か、なんかなんだろうか。
「分かった」
 納得したのか、俺から離れていく静弥。
 え? そんなに簡単に、離れんの? もうちょっとくらいなら、堪能しても良いのに。いや決して、されたいワケじゃないけど!
「おー。風呂入って来る。お前、もう寝ろよ」
 こっちで、勝手に食っておくし。そう言い足すと、静弥は小さく頷きリビングに続く廊下を歩いていった。
 静弥は、明日早番だったハズだ。
 夏休み期間でお客さんが多くて売り場が荒れているから、普段より出勤を早めて売り場を整理している。と、聞いた。
 静弥、頑張ってるもんな。お疲れ様。
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