泥中の光

RRMR

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十ニ話

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「「「「いただきます」」」」
 四人で手を合わせて、各々食事を開始する。 
 何が、どうしてこうなった……。俺は、頭を抱える。
 ダイニングテーブルに並人数分並べられた味噌汁、キャベツと胡瓜とトマトのサラダ、親子丼、麦茶が入ったグラスたち。
 親子丼の鼻腔をくすぐる、しょうゆ出汁の匂い。
 醤油出汁と卵でコーティングされた鶏肉は、テラテラと輝いている。
 ふわふわの卵は、今にも羽ばたきそうだ。
 味噌汁の香りは、自己主張をしていない。あくまで自分は食卓の脇役と弁えて、主役を輝かせる為の添え物と言わんばかりの控えめな匂いだ。
 サラダは……うん。野菜って、感じ。
 静弥が恐る恐る親子丼を、レンゲで一口掬って食べる。
「美味しい」
 勉強机の椅子に座った静弥が、舌鼓を打つ。横に座った俺は「だろ」と、相槌を打つ。
 俺の前に座っている智顕も「おいしい」と頷き、智顕の横に座っている歩夢が「沼黒君の口に合って良かったよ~」と、笑っている。
「今更だけど、自己紹介しまっす! 州崎(すざき) 歩夢(あゆむ)。アメリカの州に、山の方の崎ですざき。歩くに夢で、歩夢。大学四年。トリニティって言うダンス系WeeTuberで、RuKIって名乗っていて赤担当です。よろしく」
「はい。WeeTube、たまに拝見してます。月一の読書記録が、好きです」
 小さく頷いてから、微笑を浮かべる静弥。
 静弥、RuKIの個人チャンネルも見てるんだ。なんか、意外だ。
「マジで!? アレ再生数少ないから、やめようかと思ってたんだけど続けるわ!」
 二人の雰囲気は良く、好きな作家の話や子供の頃に読んでいた児童文学の話で盛り上がっている。
 児童文学の作品がアニメ映画化するとかで、歩夢は一緒に観に行こうよ! こっち来るし! 気になるなら、中間地点で遊ぼう! と、誘っていた。
 歩夢のすごいところは、社交辞令ではなくって本当に遊んでくれるフットワークの軽さだ。
 俺はてっきり静弥が歩夢を怖がると思ったのだが、意外にも相性は良さそうで安心した。
 歩夢のコミュニケーション能力が、高いのが大きいだろうけど。
 話が一段落した時に、智顕が左手を挙げた。
 そう。智顕はトリニティメンバーで唯一の、左利きだ。
「おれ、梵(そよぎ) 智顕(ちあき)。そよぎは、えっと、ぼんみたいな。智は、知るの下に日書く。顕は……アキは、うーん」
 智顕が唸っているので、歩夢が助け舟を出した。
「顕微鏡のケン、だよな」
「ああ、うん。多分そう」
 多分って、自分の名前だろ! 思わず、そうツッコミを入れた。
「トリニティはぼんチ。って名前で、紫担当です。おれの動画、見てくれた?」
「数個見ましたけど何が面白いか分からなくてて、見るのをやめました」
 ズバリと、言い切る静弥。 
 一番配信者が、堪える発言じゃねえか。
 ぼんチ。の個人チャンネルはダンス動画の他には、ゲーム実況やミームとなってる歌のカラオケでの歌みた動画とか雑談配信が多い。
 老人がゲーム実況とか歌みたが、分かる訳ないもんなぁ……。
「じゃあ沼黒くんが好きな話題で、今度配信してみる」
 静弥の好きな話題なんて、俺が知りたい。
 なんだろう。俳句とか、囲碁とか、盆栽とかか? レパートリーが、老人でしかない。
「頭悪そうだし、こちらの界隈に入って来て欲しくないです」
 静弥はサラダの胡瓜を箸で、つまみながら言う。
「お前、流石にそれは失礼だろ! いくら智顕が、アホだからって……」
「晄も、失礼だからな」
 味噌汁を啜りながら、俺を叱りつける歩夢。
 気のせいじゃない。静弥から智顕の当たりが、とても強い。
 静弥の目つきは手負いの獣みたいで、めちゃくちゃ怖い。
 雲雀丘への当たりをレベル一だとすると、智顕に対してはレベル五十くらいある気がする。
 おかしいな。宇宙人同士、気が合うと思ってたんだけど……。
「沼黒君ー」
 流行りの歯磨き粉味のアイスの歌のリズムで、静弥に話しかける智顕。
「え、なんですか」
 こいつがそのミームを、知っている訳がない。その証拠に嫌悪感丸出しで、返事しているじゃないか。
「何が好きー?」
「多分、ネタ通じてないぞ」
 歩夢は親戚の面白くない漫才師を見るような顔で、引き笑いを浮かべた。
「読書」
「そこは、チョコミントよりも読書。だよ」
「はあ」
 智顕、お前のこと勇者だと思うよ……。色々な意味で。
 読書が好きなのか。静弥らしい。
 俺は漫画は大好きだけど、活字がてんでダメだ。
 どれくらいダメかと言うと小説を三行読んだら、寝てしまうレベル。
 他人より執着心がある静弥のことだから、たくさん読んでいるのだろう。
 あれ? その割には自室の本棚に並んでる本って、児童文学のレーベルしかなかった気がする。
 図書館で借りてるとかか? 図書館は天谷市にあるけど、天谷市民じゃなくっても借りられるんだろうか?
 妙だな……。某国民的推理漫画の主人公みたいに、そう心の中で呟いた。




 


 自己紹介が終わり、なんで歩夢と智顕がキャンプをしようとしていたのか? の話に、なった。
 最初は村にある民宿に泊まろうとしたらしいが、設備の故障やらを理由に全部断られたらしい。
 歩夢がそれならサイトを、満室表示にしとけよ……。と愚痴を溢していたが、故障は嘘だろう。
 日本に五十台しかない東京ナンバーのスポーツカーでやって来た、水商売風の男二人なんて田舎者には刺激が強すぎる。
 極道か何かと勘違いされて、断られたのだと思う。
 それで、ヨシ! キャンプしよう! ってなるあたりが、都会の人間って感じがする。
 原住民は昨日の大雨から今日も雨が降ったら危険だと判断して、まずキャンプなんてしない。
「ほうおう? って言うでっかい城みたいな旅館にも行ったんだけど、泊まれるふいんきじゃなかったんだよね」
 智顕が親子丼の玉ねぎを、歩夢の茶碗に避けながら言う。
 お前、そういうとこだぞ。
「ふんいき、な。なんで?」
「なんか、ケーサツいっぱい来てた」
「そうそう。パトカー二台に、白バイ二台」
 静弥と「え?」と、声が重なった。
 あの仕事をしない、山南村の警察が?
「酔っ払いが、暴れたとかだと思うけど」
 智顕の言葉に、歩夢は首を捻らせた。
「酔っ払いくらいで、あんなに大挙して来ないと思うぜ。あいつら、ガチで仕事しないし」
 それは、同意する。
 俺がストーカー被害に遭った時も、あいつらは仕事をしなかった。
 どこで特定したのか入手したのかは知らないが、ファンの子が大学の正門前で俺を待ち伏せしていたのだ。
 ストーカーはウサ耳付きのフード付きの黒色のファーコートと、白いフリルのブラウスを纏っていた。ピンクのサスペンダースカートから判断するに、量産型ファッションだろう。マッチ棒みたいな脚は白のニーハイに包まれていて、靴は大きなリボン型のパールがついた厚底のパンプスを履いていた。
 ツーサイドアップの黒髪からは、甘ったるいローズ系の香がした。
 同世代と言うこともあり、同じ大学の生徒だろう。と思った俺は、普通に話してしまったのだ。
 あの教授は、癖が強いよな。とか学食の話とか、好きなラーメン屋の話とか。
 ストーカーは舌足らずな口調で返事していて、少し幼い印象を受けた。
 話の引き出しがなくなったタイミングで、ストーカーはネタ晴らしをしたのだ。
「夢でお話ししたコウ君が、こうして私とお話ししてくれた! 本当に、同じ大学のお友達みたい!」
 意味が分からずフリーズしていると、ストーカーは「コウくん、メロい」と手を握って来たので、思わず振り払うと態度が豹変したのだ。
「ハ? お前ランカーのちーちゃんに、そんな態度取るとか何様だよ。板に晒すから。次のフェスで、どんだけ緑のサイリウム減るか楽しみ~! ちーちゃん、優勝!」
 何を言ってるんだ、こいつは? 同じ人間か? 意味が、分からない……。どんな情緒してるんだよ。
 俺はただただ怖くて講義をすっぽかし、アパートに逃げ帰った。
 その日から俺の青い鳥ランドの投稿に、数百件の鍵垢からの引用投稿をされた。
 数日後には自宅のアパートの郵便受けに、使用済みの生理用ナプキンまで入れられていたのだ。
 すぐさま警察署に駆け込んだが、警察官には
「人気商売だから、仕方ないですね~」と、鼻で笑っていた。
 今の今まで忘れていたのは、ある種の防衛本能なのだろう。
 ついでに言うと、大学一年生の一月頃の話だ。
 まるで絵の具を洗う用のバケツに、墨汁を垂らしたみたいに嫌な予感が脳を侵食する。
「それって、何時くらいの話?」
「確か、昼の三時前。受付時間まで十分くらいだしロビーで待たせて貰おう。って思ってたんだけど、なんか忙しそうだし視線が痛かったからやめたんだよ」
 チェックイン時間前に警察が来ていたってことは、昨日泊まった客か連泊の客だろう。
 俺はスマホを取り出して、同窓会のグループチャットを開いた。
 右上のメニューを指でタップして、アルバムを展開する。
「嘘、だろ……」
 なんで、気付かなかったんだろうか。
 沢井達が泊まっていた部屋の、荒れ様を。
 床に散らばった使用済みのゴム、壁に付着したクリーム、破られた障子、コードが切られた内線電話、穴が空いた天井、床に吐かれたゲロ。
 目の前が、真っ暗になった気がした。気のせいか、視界の端で小さな光がチカッチカッとチラついてるような感覚すら覚える。全身の力が抜けて、今すぐにでも倒れてしまいそうだ。
 勝本の顔が泥に塗れようが、なんとも思わない。
 沢井は、やってないよな? こんな頭が悪くて、非道なことしてないよな?
 三村は、一体どんな気持ちなんだ? こんな無料みたいな金額で貸してくれたのに、善意を踏みにじられて傷付かない訳がない。
 待てよ。俺、掲示板では山南村の出身だとバレてるんだよな。連休前に雑談配信で、故郷に同窓会へ行く。って話したんだよな。俺、炎上したり……する? 
 勝本たち、SNSにあげたりしてないよな? いやこんな行為をとれる奴なんだから、あげているに決まっている。消すように言うか? いや言ったところで、誰かの端末に保存されてたら意味がない……。
 頼むから、俺にまで飛び火しないでくれ! 他人の心配より、自分のことばかりかよ。どうしよう。どうしたら、良いんだ。ファンに、嫌われてしまう。アンチの材料が、増えるじゃん。WeeTuberって、やっぱりカスだな。社会のお荷物。お母さん、どうしたらいい? お母さん、恥ずかしいわ! この恥晒し!
 俺の声と聞きたくもない人間の声が、脳みそに直接響く。
 俺はヒューヒューと細い息を吐きながら震える手で、スマホをダイニングテーブルへ置いた。
「こ、コレっ! ど、どど、どう、同窓会の、ししし、しゃ、写真! や、やッ、ヤバいよな?」
 自分でも、何を言ってるのか分からない。
 みんなスマホを覗き込み、沈黙する。
「晄が言ってた、同窓会のメンバーがやったの?」
 年の功だけあり、歩夢が一番最初に口を開く。
 俺は震えながら、頷くしか出来なかった。
「晄。行ってないとは言え、万が一の為にどう説明するか考えといて。決まったら、共有して」
 智顕は空になった漆器を見ながら、言う。
「ひかるは、やってないんだよね? 何かあっても、堂々としてたら良いよ」
 身が潔白であっても、叩く奴は居る。みんな、お前みたいに物を気にしてない訳じゃないんだよ。
 横を向いて、静弥の言葉を待つ。
「別に良いじゃない」
「……は? 他人様に、迷惑かけといて!?何、言ってんだよ!」
「そっちじゃなくってさ」
 静弥が身を乗り出して、右手で俺の太腿の傷をズボン越しに撫でた。
「僕が、居るじゃない。みんななんて、どうなっても。勝本君たちが、逮捕されたって良いじゃない」
 あのストーカー女の顔が、静弥の後ろに浮かんで見えた。
 醜悪な、あの顔が。
「何、言ってんだよ……」
「僕と向き合いたい。って、言ったじゃない。あの言葉は、嘘だったの?」
「……は?」
 どう言う理屈? 静弥と向き合うことが、なんで他の人間をどうでもいい枠に入れることになるんだよ。
 こいつが雲雀丘にヘイト向ける理由は、確か雲雀丘が嘘を吐いたからだったな……。
 言葉は、慎重に選ばないと。
「へえ。あんなことまでしたのに、僕のこと受け入れてくれないんだ」
 歩夢は飲んでいた麦茶を、吹き出した。対照的に智顕は、首を傾げている。
「俺ら、そろそろお暇しようかな! 皿だけ洗って帰るわ!」
「待って!! お願いだから!!」
 こいつと、二人きりにしないで!! 恥を捨てて、泣き出してしまいたい。
 歩夢はどんなメーカーの食洗機よりも速いスピードで、皿を洗って智顕を連れて静弥の家を後にした。
 このスピード皿洗いスキル、俺も欲しい。
 嘘だろ……! 冗談だと、言ってくれ!
「ひかる君」
 そう言って、静弥は俺の手を舐めた。夕方みたいに。
「おかしいよ、お前」
 静弥が勝本に酷いことをされているのは、事実だ。分かっている。
 だけどーー子供の頃に遊んだ勝本だって、本当じゃん。
「あっそう。もういいよ」
 そう言う静弥の目は、俺を産んだ奴の目と同じ目をしていた。
「自分で、完結するなよ! そうやって逃げるから、勝本たちに、ヒッ」
 首元でバチンと、音が鳴った。中学校の頃に、はんだごてで指を火傷した時のような激しい痛みが首に走る。
 スタンガン……? 嘘だろ!? 
 静弥は目の色を変えず、スタンガンを構え直した。
「ふざけんな!」
「あれ、スタンガンって気絶しないんだ。何発当てたら、気絶するんだろう?」
 今この場でこいつをやらないと、殺される。分かってる、分かってるのに……!
「ごめんなさい、もうあんな酷いこと、言いません! 許して、許してっ……」
 静弥の顔色は、変わらない。眉毛一つ、動いてない。
「本当に、反省するまで許さないから」
 そう言った静弥の声は、春の日差しのように温かった。
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