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四十一話
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父親はヒカル君の頭を鷲掴みにして、素振りをするように石壁に叩きつけた。
ボールを壁に打ちつけたような鈍い音が鳴り、ヒカル君の額から血が流れ出す。
「他人様の子供に、何やってんだよ!! お前は!!」
父親の怒声の後に続くように、土道をぎゅっぎゅと踏む音がする。
誰か降りて来てるのかな……? 誰でも、いいや。
ヒカル君は、目を瞬いて呆然と父親を見上げた。
痛みすら感じていないのか、ヒカル君はぼんやりと何処にも焦点が合ってない目で遠くを見ている。
「俺は静弥が、望んだことをやってるだけです」
え……? ヒカル君がやりたいことじゃなくって、僕がやりたいこと……?
「ち、違うよ! 僕、こんなこと、望んでない」
「いい加減にしろよ、お前」
軟派で軽薄な声が、防空壕内に響いた。
声の主は瑪瑙色の孔雀のような柄をした派手なワイシャツに、ダボッとしたパッチワークみたいに数多の柄物の生地が組み合わされたズボンを履いている。
顔は小さい丸型レンズの黒いサングラスをかけていて、彼の瞳の色は分からない。
紺色のスニーカーには像が刺繍されていて、像の目とばっちりと目が合ってしまった。
なんとなく気まずくて、僕は目を逸らす。
この村でこんな奇抜な格好をした人は、一人しか居ない。
「雲雀丘……君」
*
雲雀丘君は父親に「少し話させてください」と一言断りを入れてから、話し出した。
「沢井がお前のこと、心配してそこら中探し回ってんの。同窓会の件にしたって、お前は沢井を振り回してんの。一回でも、沢井の見舞い行った? 行ってないだろ」
「あ……」
自分自身の薄情さとか思いやりのなさを改めて突きつけられて、言葉が上手く出てこない。
雲雀丘君の眼差しはいつもから想像がつかないくらい冷酷で、直視出来なかった。
「沢井はね、本当に優しいの。一ミリも、お前のこと怒ってないんだよ。どころか『同窓会に来なくて、良かった。僕なんかより、ずっと賢いよ』ってお前のこと、褒めてた。俺がここに来たのはね、沢井関係なしにお前のこと許せないから」
「僕だって赦せないよ! 沢井君が言ってもないこと伝えて来て、僕達を混乱させて!」
沢井君と沢井君のお母さんと入れ替わるように、雲雀丘君は僕の家にやって来て例の発言をしたのだった。
「あー……うん。その件は、反省してる。俺が謝って謝られた側が許さなかったら、そっちが悪者になるし謝りはしないけど」
「何……それ」
過ちを認めて謝罪するのは、人間としての道理じゃないのか? それをしないなんて、別所くん達以下じゃないか。
雲雀丘君は「本題に入るわ」と低い声で言い、僕を見つめた。
「お前さ。いつまで、そうしてる訳? 大好きなひかるくぅ~んの為に! の次は、ひかる君の所為かよ。家庭環境とか、勝本達のことは同情はするよ。勝本達の件に関しては、止められなかった責任が俺にもあるから」
ひかるくぅ~んの呼び声は、身の毛もよだつような気持ち悪いくらいの甘い声で思わず身震いしてしまった。
「何も、しなかった癖に……」
「したわ。お前のこといじめてる様子の動画大桑(おおくわ)高にチクったりしたし、勝本達と友達……あ。沢井は巻き込んでないよ。趣味で繋がった友達引き連れて殴り合いしたもん。あいつら負けたのに、イキり倒してて寒かったけど」
大桑高校は、県内でも偏差値が低い公立高校だ。
このあたりの掃き溜め高校と言われていて、勉強も部活動も強くはなくTukTekだけが有名な学校。
勝本君達に勝てる友達って、どんな屈強な人間を用意したんだろうか。
「な……」
「けど、大桑高校の教師達は『この殴られてる子、明確に嫌だ。って、言ってないじゃないですか。じゃれてるだけかもしれないですよ~』とか『いや~。勝本君達にも、未来はありますからねぇ』とか言って、動かなかったよ。ネットにあげるのは、違くね? って思って、あげなかったけど」
勝本君達は悪知恵だけは働いて、殴る時は目に見える場所は狙わなかった。
下腹あたりをずっと狙われて、制服で隠れるから虎婆さんも気付かなかったのだ。
僕は言葉を、失った。
雲雀丘君が裏で僕の為に動いていたなんて、露ほども知らなかった。
「俺がチクったことで、勝本達は注意くらいは受けたと思う。それでお前への攻撃が激化したと思ったら、申し訳なさで死にたかったよ」
そう言えば、勝本君達に「お前、チクっただろ!」とか、言われた気もする。
否定しても信じて貰えなくて、その日は僕の頭にビニール袋を被せた上でサッカーボールに見立てて蹴られ続けたように思う。
今思い出すだけで、うなじや後頭部がギシギシと痛む。
「死ぬ気なんてない癖に、そんなこと言わないでよ!」
「死ねない理由が、あるだけだよ」
雲雀丘君は、言葉を続ける。その目は山の流水のような激しさと、夕日に照らされた海のような静けさがあった。
「俺の姉ちゃん。美しく結ぶで、ミユって名前なの。両親が難産を繰り返してやっと生まれた子で、俺が生まれる前千人滝に落ち死んだ。確か、姉ちゃんが八歳の頃」
「……え」
そんな話、聞いたこともなかった。千人滝がその名の通り、たくさん人を飲み込むからだろうか。
村人にとっては、当たり前の日常だからだろうか。
「夏休みに真夜中に一人で、蛍を捕まえに行ったんだって。両親に見せたかったんだろうね。道中で懐中電灯の灯りが切れて、足をすべらせて落ちちゃったみたい。遺体は回収出来ずに、両親の元に返って来たのはビーチサンダルだけだったらしいよ。その事故は当時、地元メディアでは大きく取り上げられたみたい。その事故があったから、今まで以上子供達に口酸っぱく『真夜中に出かけるな』って言われるようになったんだ」
見た目に寄らず、雲雀丘君は雲雀丘君で苦労しているらしい。
そんな風には、全く見えないのに。
その言葉が浮かぶ、自分の浅慮さをまた恥じる。
人間は表に見える様子だけが、全てじゃない。
僕も篠塚 晄君もそうであるように、雲雀丘君だってそうなんだろう。
なんで今まで、気付かなかったんだろう。
僕の命を千人滝が見逃したことを、彼はどう思っているんだろう。
「俺はね。運命とかは信じてないけど、お前が生きてることには何らかの理由を神様に課されてはいると思うんだよ」
そう言って雲雀丘君は、右手の人差し指を立てた。
「さてーー」
子供の頃から大好きな名探偵が、推理を始める前のお決まりの台詞。
小説を読む読者側の時はワクワクしながら、次の言葉を読み進めていた。
自分のタネや仕掛けやトリックが明かされる側に回ると、こんなにも肝が冷えるなんて思わなかった。
今思えば山南村の同級生の中で、一番雲雀丘君が他人を見ていて勘が鋭かった。
それこそ些細な証拠も逃さないカメラのような瞳をしていて、僕はこの目がすごく苦手だ。
*
雲雀丘君の推理は、こうだった。
僕は篠塚 晄君が勝手に自分を監禁したと言っているけど、一ヶ月間かけて準備をした上でのマインドコントロールなのだと。
篠塚 晄君のお母さんは、僕と雲雀丘君を始め勝本君達にも「高卒でも、働き口はあるのか?」と大型連休前に質問をして来た。
晄君に大学を辞めて欲しいから、そう言う質問をして来たのだろう。と察した僕は「なんなり、あると思います。市役所の様な公務員でも、高卒で応募出来るみたいですし」と、言ったのを覚えている。
晄君を斧で襲ったのは僕の気持ちに一ミリも気付かずノコノコ家にやって来た挙句、あんなことを言って来て僕が大好きな篠塚 晄君じゃなくなっていたから。
だから僕が、元に戻してあげないと。って、思っての行動だった。
結果はスプラッタ映画のような大惨事で、あの部屋の畳は張り替えたけど未だに血の匂いがしている。
翌日。僕の予想通りお母さんに大学を辞めるように言われた晄君は大激怒していて、僕はチェーンソーを構えて応戦した。
まさか晄君の方から、求められるとは思わなかったけれど。
晄君の性格からお家に帰らないのは分かっていたし、僕の家で生活させることで監禁状態の土台を作ったのだと雲雀丘君は言う。
他人のことを、なんだと思っているんだろうか? 僕がそのつもりなら、あんなに自由に出歩かせないのに。
雲雀丘君と遊んでたと知った日の気分は、最悪だった。
晄君の服から雲雀丘君のコロンの匂いがして、雲雀丘君の髪の毛までついていた。
その服をナイフで切り裂いて、捨てようかと思った。だけど晄君は着回しが出来る最低限の枚数しか服を買ってなかったし、よりによって「ザ サウス フェイス」のTシャツで、僕の願いを叶えてくれた物だから出来なかった。
雲雀丘君は、いつだって僕の邪魔をする。思い通りにならないように、妨害して来る。
高校の時も、晄君と遊んだ時も、今だって。
僕のことが嫌いだから、そんなことするんだ。
「お前、パパ活してただろ」
雲雀丘君が、僕から目を逸らさずに言う。
その発言に父親は咽せ返り、ヒカル君は「やめろ!」と大声を上げて雲雀丘君を静止した。
今にも雲雀丘君に、殴りかかりそうな勢いだ。
「勝本達がエンスタの裏垢に、写真上げてたんだよね。お前とおっさんが、路チューしてる写真。よくやるよ、本当に」
「お前にだけは、言われたくない! お前だって、一夜限りの関係ばかり持ってる癖に!!」
自分は、まるで何一つ汚れてません。だから、お前の罪を裁く権利があります。と、言わんばかりの眼差し。
どの口が、言ってるんだよ。
一番自由で、野放図で、気ままに生きている癖に。
僕の何が、ムカつくんだよ。
「そうだよ。俺は自己責任で誰も巻き込まずに、不純なセックス楽しんでるの。付き合おう~。って言われたらどんなに面倒臭い女でも応じるし、間男にされても文句の一つも言ってない。お前はね、篠塚をめちゃくちゃ巻き込んでんの。どうせ『ひかる君に、お金をあげたかった』とか、言うんだろうけどさ。数百万を無償であげられる、二十代前半居る? お金あげたら、その負い目で篠塚が一緒に居てくれる。って思ったんだろ」
「そんな恩着せがましいこと、思ってない……!」
「思ってなくても、その金の入手ルートを考えたら、多少なりとも責任は感じるだろ。お前が好きになった篠塚 晄は、そういう当たり前の優しさを持った人間じゃないのか?」
悔しいけど、言い返せない。雲雀丘君の言葉を切り返す為の刃がないし、どころか自分の足の踏み場すら雲雀丘君に崩されている気がする。
「俺、虎代(とらよ)さんと麻雀仲間なんだよね。虎代さん、こう言ってたよ。
『毎年五月に大掃除するんだけど、昔飼ってた犬のゲージは捨てられなくてねぇ……。誰かが欲しい。って言ってくれたら、手放せるんだけど』って」
「何が、言いたいの?」
「篠塚 晄を家に住ませて、口癖のように嘘を嫌い約束を破る恐怖を篠塚に知らしめた。沢井との過去やご家族との過去を『君だけ特別だよ』って感じで、教えたんだろ。篠塚の父親の炎上まで、利用した。たまたまだったかもしれないけど、自分も父親と上手く行ってないから、同じ傷を持った仲間だと思わせたんだ。虎代さんの家でゲージを見せて、それっぽいことを言って篠塚に監禁させる。って選択肢を、与えたんだろ。役満だよ、お前」
もう認めた方が、楽になるかもしれない。
晄君は幽霊でも見るかのような顔で、不安そうに僕を見つめている。
「そうだよ。篠塚 晄君は、インターネットの暴言に負けないし、学校行事の集合時間はちゃんと守るし、僕が貸した小説をちゃんと返してくれた! そんな篠塚 晄君が、一ヶ月間僕のことを真剣に考えるって言ってくれたんだよ!! それが理由だ!! 他人が何? そんな人達に、好かれても微塵も嬉しくない。世界中の人間を殺そうが、篠塚 晄君が近くに居ればそれで良いんだよ!!」
父親は僕とヒカル君を交互に見てから、しどろもどろに口を開く。
「えっと、静弥はイジメられてない……ってコト? この坊主とSMプレイしてた、ってコト? いや、それもちょっと……親としてはさ」
「何も分かってない癖に、篠塚 晄君を語るな!!」
雲雀丘君は、目にも留まらぬ速さで僕の頬を叩いた。
「お前、何回繰り返す気なの? 沢井の時と、一緒じゃん。どんな小さな事だって真剣に取り込まずに、逃げて来たんだろ。逃げることで、自身の問題もみんなが当たり前に見てる景色も見ずに今の沼黒 静弥になっちゃったんでしょ? その狭い視野と欠落した心は、お前にしか通用しないの。お前がやってるのは、努力も改善無価値な反復活動だよ。恋愛でも、なんでもーー」
その時だった。
目の前のヒカル君が僕の知らない シノヅカ ヒカルの顔になり、ランタンで雲雀丘君の頭を殴りつけた。
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。
貝殻を、叩きつけるラッコのように。
「や、やめて、ヒカル君……。雲雀丘君、死んじゃうから」
「殺してんだよ!」
雲雀丘君が言っていたことの意味は、こういうことなのだと思い知る。
碌でもない人間が、居る。僕である。
自分の考えに執着して、他人の目など気にしない人間が居る。これも僕である。
好きなように思ったことを言って、関わった人間を全て終末に向かわせる人間が居る。これも僕である。
本当に、びっくりするくらい。どうして神様は、僕なんかをこの世に置いたのだろう?
ボールを壁に打ちつけたような鈍い音が鳴り、ヒカル君の額から血が流れ出す。
「他人様の子供に、何やってんだよ!! お前は!!」
父親の怒声の後に続くように、土道をぎゅっぎゅと踏む音がする。
誰か降りて来てるのかな……? 誰でも、いいや。
ヒカル君は、目を瞬いて呆然と父親を見上げた。
痛みすら感じていないのか、ヒカル君はぼんやりと何処にも焦点が合ってない目で遠くを見ている。
「俺は静弥が、望んだことをやってるだけです」
え……? ヒカル君がやりたいことじゃなくって、僕がやりたいこと……?
「ち、違うよ! 僕、こんなこと、望んでない」
「いい加減にしろよ、お前」
軟派で軽薄な声が、防空壕内に響いた。
声の主は瑪瑙色の孔雀のような柄をした派手なワイシャツに、ダボッとしたパッチワークみたいに数多の柄物の生地が組み合わされたズボンを履いている。
顔は小さい丸型レンズの黒いサングラスをかけていて、彼の瞳の色は分からない。
紺色のスニーカーには像が刺繍されていて、像の目とばっちりと目が合ってしまった。
なんとなく気まずくて、僕は目を逸らす。
この村でこんな奇抜な格好をした人は、一人しか居ない。
「雲雀丘……君」
*
雲雀丘君は父親に「少し話させてください」と一言断りを入れてから、話し出した。
「沢井がお前のこと、心配してそこら中探し回ってんの。同窓会の件にしたって、お前は沢井を振り回してんの。一回でも、沢井の見舞い行った? 行ってないだろ」
「あ……」
自分自身の薄情さとか思いやりのなさを改めて突きつけられて、言葉が上手く出てこない。
雲雀丘君の眼差しはいつもから想像がつかないくらい冷酷で、直視出来なかった。
「沢井はね、本当に優しいの。一ミリも、お前のこと怒ってないんだよ。どころか『同窓会に来なくて、良かった。僕なんかより、ずっと賢いよ』ってお前のこと、褒めてた。俺がここに来たのはね、沢井関係なしにお前のこと許せないから」
「僕だって赦せないよ! 沢井君が言ってもないこと伝えて来て、僕達を混乱させて!」
沢井君と沢井君のお母さんと入れ替わるように、雲雀丘君は僕の家にやって来て例の発言をしたのだった。
「あー……うん。その件は、反省してる。俺が謝って謝られた側が許さなかったら、そっちが悪者になるし謝りはしないけど」
「何……それ」
過ちを認めて謝罪するのは、人間としての道理じゃないのか? それをしないなんて、別所くん達以下じゃないか。
雲雀丘君は「本題に入るわ」と低い声で言い、僕を見つめた。
「お前さ。いつまで、そうしてる訳? 大好きなひかるくぅ~んの為に! の次は、ひかる君の所為かよ。家庭環境とか、勝本達のことは同情はするよ。勝本達の件に関しては、止められなかった責任が俺にもあるから」
ひかるくぅ~んの呼び声は、身の毛もよだつような気持ち悪いくらいの甘い声で思わず身震いしてしまった。
「何も、しなかった癖に……」
「したわ。お前のこといじめてる様子の動画大桑(おおくわ)高にチクったりしたし、勝本達と友達……あ。沢井は巻き込んでないよ。趣味で繋がった友達引き連れて殴り合いしたもん。あいつら負けたのに、イキり倒してて寒かったけど」
大桑高校は、県内でも偏差値が低い公立高校だ。
このあたりの掃き溜め高校と言われていて、勉強も部活動も強くはなくTukTekだけが有名な学校。
勝本君達に勝てる友達って、どんな屈強な人間を用意したんだろうか。
「な……」
「けど、大桑高校の教師達は『この殴られてる子、明確に嫌だ。って、言ってないじゃないですか。じゃれてるだけかもしれないですよ~』とか『いや~。勝本君達にも、未来はありますからねぇ』とか言って、動かなかったよ。ネットにあげるのは、違くね? って思って、あげなかったけど」
勝本君達は悪知恵だけは働いて、殴る時は目に見える場所は狙わなかった。
下腹あたりをずっと狙われて、制服で隠れるから虎婆さんも気付かなかったのだ。
僕は言葉を、失った。
雲雀丘君が裏で僕の為に動いていたなんて、露ほども知らなかった。
「俺がチクったことで、勝本達は注意くらいは受けたと思う。それでお前への攻撃が激化したと思ったら、申し訳なさで死にたかったよ」
そう言えば、勝本君達に「お前、チクっただろ!」とか、言われた気もする。
否定しても信じて貰えなくて、その日は僕の頭にビニール袋を被せた上でサッカーボールに見立てて蹴られ続けたように思う。
今思い出すだけで、うなじや後頭部がギシギシと痛む。
「死ぬ気なんてない癖に、そんなこと言わないでよ!」
「死ねない理由が、あるだけだよ」
雲雀丘君は、言葉を続ける。その目は山の流水のような激しさと、夕日に照らされた海のような静けさがあった。
「俺の姉ちゃん。美しく結ぶで、ミユって名前なの。両親が難産を繰り返してやっと生まれた子で、俺が生まれる前千人滝に落ち死んだ。確か、姉ちゃんが八歳の頃」
「……え」
そんな話、聞いたこともなかった。千人滝がその名の通り、たくさん人を飲み込むからだろうか。
村人にとっては、当たり前の日常だからだろうか。
「夏休みに真夜中に一人で、蛍を捕まえに行ったんだって。両親に見せたかったんだろうね。道中で懐中電灯の灯りが切れて、足をすべらせて落ちちゃったみたい。遺体は回収出来ずに、両親の元に返って来たのはビーチサンダルだけだったらしいよ。その事故は当時、地元メディアでは大きく取り上げられたみたい。その事故があったから、今まで以上子供達に口酸っぱく『真夜中に出かけるな』って言われるようになったんだ」
見た目に寄らず、雲雀丘君は雲雀丘君で苦労しているらしい。
そんな風には、全く見えないのに。
その言葉が浮かぶ、自分の浅慮さをまた恥じる。
人間は表に見える様子だけが、全てじゃない。
僕も篠塚 晄君もそうであるように、雲雀丘君だってそうなんだろう。
なんで今まで、気付かなかったんだろう。
僕の命を千人滝が見逃したことを、彼はどう思っているんだろう。
「俺はね。運命とかは信じてないけど、お前が生きてることには何らかの理由を神様に課されてはいると思うんだよ」
そう言って雲雀丘君は、右手の人差し指を立てた。
「さてーー」
子供の頃から大好きな名探偵が、推理を始める前のお決まりの台詞。
小説を読む読者側の時はワクワクしながら、次の言葉を読み進めていた。
自分のタネや仕掛けやトリックが明かされる側に回ると、こんなにも肝が冷えるなんて思わなかった。
今思えば山南村の同級生の中で、一番雲雀丘君が他人を見ていて勘が鋭かった。
それこそ些細な証拠も逃さないカメラのような瞳をしていて、僕はこの目がすごく苦手だ。
*
雲雀丘君の推理は、こうだった。
僕は篠塚 晄君が勝手に自分を監禁したと言っているけど、一ヶ月間かけて準備をした上でのマインドコントロールなのだと。
篠塚 晄君のお母さんは、僕と雲雀丘君を始め勝本君達にも「高卒でも、働き口はあるのか?」と大型連休前に質問をして来た。
晄君に大学を辞めて欲しいから、そう言う質問をして来たのだろう。と察した僕は「なんなり、あると思います。市役所の様な公務員でも、高卒で応募出来るみたいですし」と、言ったのを覚えている。
晄君を斧で襲ったのは僕の気持ちに一ミリも気付かずノコノコ家にやって来た挙句、あんなことを言って来て僕が大好きな篠塚 晄君じゃなくなっていたから。
だから僕が、元に戻してあげないと。って、思っての行動だった。
結果はスプラッタ映画のような大惨事で、あの部屋の畳は張り替えたけど未だに血の匂いがしている。
翌日。僕の予想通りお母さんに大学を辞めるように言われた晄君は大激怒していて、僕はチェーンソーを構えて応戦した。
まさか晄君の方から、求められるとは思わなかったけれど。
晄君の性格からお家に帰らないのは分かっていたし、僕の家で生活させることで監禁状態の土台を作ったのだと雲雀丘君は言う。
他人のことを、なんだと思っているんだろうか? 僕がそのつもりなら、あんなに自由に出歩かせないのに。
雲雀丘君と遊んでたと知った日の気分は、最悪だった。
晄君の服から雲雀丘君のコロンの匂いがして、雲雀丘君の髪の毛までついていた。
その服をナイフで切り裂いて、捨てようかと思った。だけど晄君は着回しが出来る最低限の枚数しか服を買ってなかったし、よりによって「ザ サウス フェイス」のTシャツで、僕の願いを叶えてくれた物だから出来なかった。
雲雀丘君は、いつだって僕の邪魔をする。思い通りにならないように、妨害して来る。
高校の時も、晄君と遊んだ時も、今だって。
僕のことが嫌いだから、そんなことするんだ。
「お前、パパ活してただろ」
雲雀丘君が、僕から目を逸らさずに言う。
その発言に父親は咽せ返り、ヒカル君は「やめろ!」と大声を上げて雲雀丘君を静止した。
今にも雲雀丘君に、殴りかかりそうな勢いだ。
「勝本達がエンスタの裏垢に、写真上げてたんだよね。お前とおっさんが、路チューしてる写真。よくやるよ、本当に」
「お前にだけは、言われたくない! お前だって、一夜限りの関係ばかり持ってる癖に!!」
自分は、まるで何一つ汚れてません。だから、お前の罪を裁く権利があります。と、言わんばかりの眼差し。
どの口が、言ってるんだよ。
一番自由で、野放図で、気ままに生きている癖に。
僕の何が、ムカつくんだよ。
「そうだよ。俺は自己責任で誰も巻き込まずに、不純なセックス楽しんでるの。付き合おう~。って言われたらどんなに面倒臭い女でも応じるし、間男にされても文句の一つも言ってない。お前はね、篠塚をめちゃくちゃ巻き込んでんの。どうせ『ひかる君に、お金をあげたかった』とか、言うんだろうけどさ。数百万を無償であげられる、二十代前半居る? お金あげたら、その負い目で篠塚が一緒に居てくれる。って思ったんだろ」
「そんな恩着せがましいこと、思ってない……!」
「思ってなくても、その金の入手ルートを考えたら、多少なりとも責任は感じるだろ。お前が好きになった篠塚 晄は、そういう当たり前の優しさを持った人間じゃないのか?」
悔しいけど、言い返せない。雲雀丘君の言葉を切り返す為の刃がないし、どころか自分の足の踏み場すら雲雀丘君に崩されている気がする。
「俺、虎代(とらよ)さんと麻雀仲間なんだよね。虎代さん、こう言ってたよ。
『毎年五月に大掃除するんだけど、昔飼ってた犬のゲージは捨てられなくてねぇ……。誰かが欲しい。って言ってくれたら、手放せるんだけど』って」
「何が、言いたいの?」
「篠塚 晄を家に住ませて、口癖のように嘘を嫌い約束を破る恐怖を篠塚に知らしめた。沢井との過去やご家族との過去を『君だけ特別だよ』って感じで、教えたんだろ。篠塚の父親の炎上まで、利用した。たまたまだったかもしれないけど、自分も父親と上手く行ってないから、同じ傷を持った仲間だと思わせたんだ。虎代さんの家でゲージを見せて、それっぽいことを言って篠塚に監禁させる。って選択肢を、与えたんだろ。役満だよ、お前」
もう認めた方が、楽になるかもしれない。
晄君は幽霊でも見るかのような顔で、不安そうに僕を見つめている。
「そうだよ。篠塚 晄君は、インターネットの暴言に負けないし、学校行事の集合時間はちゃんと守るし、僕が貸した小説をちゃんと返してくれた! そんな篠塚 晄君が、一ヶ月間僕のことを真剣に考えるって言ってくれたんだよ!! それが理由だ!! 他人が何? そんな人達に、好かれても微塵も嬉しくない。世界中の人間を殺そうが、篠塚 晄君が近くに居ればそれで良いんだよ!!」
父親は僕とヒカル君を交互に見てから、しどろもどろに口を開く。
「えっと、静弥はイジメられてない……ってコト? この坊主とSMプレイしてた、ってコト? いや、それもちょっと……親としてはさ」
「何も分かってない癖に、篠塚 晄君を語るな!!」
雲雀丘君は、目にも留まらぬ速さで僕の頬を叩いた。
「お前、何回繰り返す気なの? 沢井の時と、一緒じゃん。どんな小さな事だって真剣に取り込まずに、逃げて来たんだろ。逃げることで、自身の問題もみんなが当たり前に見てる景色も見ずに今の沼黒 静弥になっちゃったんでしょ? その狭い視野と欠落した心は、お前にしか通用しないの。お前がやってるのは、努力も改善無価値な反復活動だよ。恋愛でも、なんでもーー」
その時だった。
目の前のヒカル君が僕の知らない シノヅカ ヒカルの顔になり、ランタンで雲雀丘君の頭を殴りつけた。
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。
貝殻を、叩きつけるラッコのように。
「や、やめて、ヒカル君……。雲雀丘君、死んじゃうから」
「殺してんだよ!」
雲雀丘君が言っていたことの意味は、こういうことなのだと思い知る。
碌でもない人間が、居る。僕である。
自分の考えに執着して、他人の目など気にしない人間が居る。これも僕である。
好きなように思ったことを言って、関わった人間を全て終末に向かわせる人間が居る。これも僕である。
本当に、びっくりするくらい。どうして神様は、僕なんかをこの世に置いたのだろう?
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