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5.何故ばれた、正体

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-イズ・クーレディア大陸 リュステニア王国 ユーレリア地方 教会-

新緑を塗りつぶす闇の中、教会と周囲だけは煌々と炎が辺りを照らしていた。その灯りの中を慌ただしく動き回る兵士と、その報告を受け指示を出す騎士が浮かび上がっている。
静謐であり厳かな場所、特に夜はそんな印象を思わせる教会ではあるが、今はまるで戦場の前哨基地のように兵や騎士が行き交い、松明が煌々と教会の壁を赤く染め上げていた。

「どうだ、アリシアは見つかったか?」
礼拝堂の中で待機していたルーデリオ・バートラントが、中に入って来た騎士に対して先に質問を投げる。騎士は急いで来たからなのか、肩を上下に揺らしながらルーデリオに一礼する。
「いえ、周囲の捜索はほぼ終わりましたが、形跡すらありませんでした。」
「信じられんが、侍女の言っていた事が本当に起こったと考えるしかないのか・・・。」
教会の周囲には大勢の知人友人、親戚が集まっていた。控室から教会の外に出るには聖堂を通るのが一般的で、裏口を使う事は考えにくい。裏口は教会関係者が利用している事から、気付かれずに抜ける事も出来ないだろうし、結婚式当日とあっては教会の人間も他の参加者も周囲には大勢いた事から見つからずにというのは無理な話だと、ルーデリオは考えていた。
そこで今口にした事に行き付いてしまう。
「まだわかりません。現在、街の方まで捜索の手を広げております。今のところ、情報は得られておりませんが、時間の問題かと思われます。」
「それはアリシアが抜けだした、という前提のもとだろう。」
騎士の言葉にルーデリオは、怪訝な顔をしながら言った。花嫁衣装を着た娘が行動すれば、嫌でも目立つ事この上ない。現時点で情報が出ていないのならば、今後出ない可能性の方が高いだろうと簡単に想像が着く。
「しかし、いくら何でも扉を開けた途端、歪んだ景色の中に消えっていったという侍女の証言こそ、信じられる事ではありません。」
確かに騎士の言う通りだとは思うが、現状からすれば侍女の証言の方が辻褄が合うとルーデリオは思い始めていた。
「疑いたくはありませんが、侍女が何者かと結託してアリシア様を誘拐した可能性だってあります。そうなれば目撃情報が無い事にも合点がいくでしょう。」
ルーデリオに睨まれながらも、騎士は抱いていた疑念を口にした。他の誰も見ていないのなら、直前まで一緒に居た侍女が一番怪しいと誰もが思う筈だ。だがルーデリオの視線は、侍女が絡んでいるなどありえないとばかりに、騎士を見据えている。
「確かに疑う余地があるのは分かる。だが、エメラには出来ないのだよ。」
ルーデリオの実直で何処か哀しそうな視線に、騎士は言葉に詰まる。
「それにこの教会の見取り図にも、図面にも裏口と聖堂を通る以外に道は無い。地下や逃げるための隠し通路も無い。それは実際に見て回ったのだから分かっている筈だ。誰かと結託したとしても、誰の目にも付かずに連れだす事こそ無理だろう。」
ルーデリオの言葉に、騎士もそれ以上反論はしなかった。半信半疑だったルーデリオ自身も、今の言葉は自分に言い聞かせていたのかも知れない。
「明日の朝には捜索を打ち切ろう。」
「閣下!?」
だからなのか、ルーデリオから漏れた言葉はアリシアの行方を諦める内容だった。騎士はその発言に一瞬硬直するも、直ぐに理解して大きな声を上げる。自分の娘が行方不明になったと言うのに、翌日には諦めてしまうなど何を考えているんだと騎士は口に出しそうになったが、歯を喰いしばり唇の端から血が滴るルーデリオの顔を見て留まった。
辛く苦渋の決断をしているのは、目の前の本人なのだと。
「あくまで大々的な話しだ。身内内では捜索を続けていく。」
「では我等も・・・」
「お前らは騎士としての本分を全うするのだ。」
ルーデリオの言葉に騎士は自分も力添えを伝えようとしたが、ルーデリオが片手を上げて制すると力無く首を横に振って、自分の仕事をしろと言う。
「しかし!」
「気持ちだけ受け取って置く。」
「わかりました。ですがお役に立てる事があれば、何なりと言ってください。」
今はこれ以上言っても無駄だと判断して騎士はそう言った。ルーデリオがその言葉に頷くのを確認して、再び捜索へと戻って行く。
「再び見える事など、出来るだろうか・・・。」
騎士が去った聖堂でルーデリオは天井に灯る明かりに、力ない視線を向けて弱音を口にした。



朝起きると俺は、昨夜やったゲームでの感触を確かめるように手を握ったり開いたりしてみる。武器を握っている感触があるわけじゃないが、ゲーム内で行った動作はなんとなく残っている感じがした。

昨日は思うようにクエストが進められなかったから、今日こそは進めてやる。それもこれも令嬢S'の所為でろくにゲームが進められなかったんだ。あいつらに関わらずに今日は一人で進めようと決意して家を出る。

夕べは2回目にクエスト屋で出てたクエスト分しか進められていない。銅石集め、薬草集め、水トカゲ10体の3つだ。報告した時に新たに受注をタップして、システムデバイスに送られてきたクエストは一気に10個に増えていた。
昨日3つやった感覚であれば、まだ始めの方だからか、そこまで時間の掛かるクエストではなかった。土曜の明日は学校が休みだから、10個くらいであれば今日こなせない数じゃない。というか進めたい。そう考えるとやはり、令嬢s'は邪魔だな。
自転車を学校に向かわせながらそんな事を考える。

大昔、自分でペダルを漕いで動かすから自転車と名付けられた乗り物は、今じゃ自分での部分が殆ど無い。法の整備が追い付いていなく、自分で動かしてますよの体を残した状態でしかない。
自転車にすらOSが搭載され、殆どの機能がアシストされる乗り物となっている。ペダルを動かせば殆ど抵抗も無く推進する。後ろに回せば後退も可能だ。通学路を登録しておけば、ハンドルに手を添えているだけで目的地までアシストしてくれる。信号認識や、障害物認識により自動でブレーキも動作する優れものだ。
だが、昨日轢かれそうになったのは、横からの障害物には反応しないからだ。そもそも前に進む二輪車に、横もくそもないわけで。

高校に付くと自転車は駐輪場まで自動でアシストしてくれる。駐輪場も学校へ申請して登録制の為、停める場所も決まっているから、最後まで自転車任せだ。
駐輪場に自転車を停めると、サドル下にある小さなパネルに指を触れる。OS搭載をしている自転車は、殆どが静脈認証によるオートロックを利用している。施錠も開錠も生体認証を利用しているため、盗難に合う事はあまりない。
それでも、盗難のニュースはたまに見聞きする。それは乗るのが目的ではなく、解体して部品の販売や、初期状態にロールバックしてOSを入れ直しての転売が目的だ。

教室に入るといつも通り、友達に挨拶をして席に着く。友達って言ってもどこからが友達で、そうじゃないかの境界線がよくわからないけど。ただ、親友と呼べるような奴はいない事だけは確かだ。親父には居たらしく、今でも付き合っている森高さんだ。
俺にも、そんな友達が出来るんだろうか・・・。

そんな事を考えていると予鈴が鳴り、担任の教師が教室に入って来る。



慣れたんだか慣れてないんだか未だ分からない今日の工程を終え、帰る準備を始める。まぁ授業を普通に受けただけなんだけど。1学期も終わりに近づけば、それなりに慣れた日常と言えるかもしれないが、まだ高校生になって間もないから、若干の緊張は残っている。

帰ろうと席を立とうとした時、机の向こう側に人影が現れたので、顔を見上げる。制服からするに女子だというのは分かったのだけど。
げっ・・・
凄い見下すような冷たい目線で、鳳隆院が俺を見下ろしていた。いや、意味がわからん。なんでそんな目で見られなきゃならないんだ。まるで見下されているようで気分が悪いんだが。
とは言え、あの目で見れられるとなんか萎縮してしまう感じがする。令嬢の圧力なのだろうか、俺が勝手にそう思っているから感じてしまっているのか不明だけど。
しかし何故俺の前に?昨日の交通事故未遂の文句でも言いに来たか?

「9時にクエスト屋前に来なさい、ユアキス。」
「なっ!?」
何て言った?
クエスト屋って事は、もうゲームの話しって事だよな。
そんな事よりも今、DEWSのキャラ名で呼ばなかったかこいつ。
もしそうなら、なんで俺だってばれてんだよ。
でも一つわかった事がある、アヤカは間違いなくこいつだ。
「ゆきまち あきと。姓のユ、名のアキにスを付けただけの安易なネーミング。それに見た目も現実と大差ない造り、気付かない方が不思議ですわ。」
余計なお世話だ。他人に指摘されるとむかつくな。

「そっちこそ、見た目まんまじゃねーか。アヤカってのも本名じゃねーの?」
言った直後、首筋に嫌な感覚が走った。まるで自分の首が無くなってしまうんじゃないかという不思議な感覚。何故そう思ったか。
俺の前を振り抜いた鳳隆院の右手が、まるで刀を持っているような錯覚に捕われたからだ。持ってないと分かっているのに、そう感じされたのは鳳隆院が放つ気迫なのだろうか。やんわりと額に浮かんできた汗は、きっと冷や汗だろう。
そう言えば昨日、ゲームの中で居合をやっていると言っていた、そう考えればその仕草に恐怖しても不思議じゃない気がする。で、それを獲物が無いとはいえ人に向かって放つか?あほか!

「私は鳳隆院財閥の息女です。一介のクラスメートが呼び捨てになどしていいと、思っていますの?」
既に直立に戻った鳳隆院が、俺を見下ろしながらそう言った。
いや、何様だよ、俺の知ったこっちゃねー。
と、言いたいが言葉には出せそうになかった。
「そりゃ失礼しました。一介のクラスメート如きの助力は不要でしょう。」
だが、言われっぱなしは気に入らない。
俺は席を立つと、鳳隆院にそう言いながら教室の出口へと向かう。
よし、何とか言い返してやった。
嫌味を込めているのが、負け犬の遠吠えのようでみっともないが。だって言われっぱなしってのが嫌なんだからしょうがないじゃねーか。俺はそこまで出来た人間でもないし。

「待ちなさい。」
いや、何で止めるかな。一介のクラスメートなんかもう相手にしないで欲しいんだけど、そう思って振り向く。
「途中で投げ出す気ですの?」
はい?
何を訳の分からない事を言い出してんだ?投げ出すも何も、何も始まってねーし。
「一度始めたエスコートなら、最後まで行うのが紳士の務めとは思いませんの?」
何を言っているんだこいつは?俺がいつエスコートしたよ。
「意味も分からねーし、俺は鳳隆院の使用人でもない。」
「不慣れと言ったでしょう。昨日一日で慣れると思いますの?」
ん?
もう帰ろうとした背中に受けた言葉に、俺は疑問が浮いてくる。ああ、ゲームの話しか。だったら率直にクエストに付き合えって言えばいいじゃないか。
「クエストを手伝えって事か。」
「そう言っているじゃありませんの。」
言ってねーよ、今までの言動でそれを解釈しろって方が無理だろ。どういう理屈だまったく、お嬢様の脳内変換はよく分からない。
「はいはい、9時にクエスト屋に向かわせて頂きます。」
「下手な敬語は侮蔑に値しますわよ。」
ああもう煩い!面倒くせぇ!俺にそんなものを求めるな。そもそも生活自体、世界が違うんだから知るかっての。

俺は内心で悪態を付きながら鳳隆院の言葉には返事をせず、教室を出て家に向かった。

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