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14.さらなる疑問へ、凱旋
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黒く濁った眼を上空に向けながら、嗚咽するように喉を鳴らして胸が脈動する。その動作が止まると、黒く濁った眼で睥睨して首を振り下ろす。同時に灰色の息が漏れる巨大な口から溜め込んでいたものを一気に吐き出して地面に叩きつけた。
ビチャッビチャッという嫌な効果音と共に黄土色の吐瀉物が撒き散らかされ、一緒に吐き出された濃い灰色の吐息は地面に衝突して拡散する。
(やべぇって!)
俺は慌ててブレスの範囲外に逃れるが、黒い眼は俺をターゲットにしているらしく近付いてくる。酸性であろう吐瀉物は白煙を上げているが、吐いた本人はそんな事などお構いなしに自分の吐瀉物を鉤爪の付いた足で踏んでいく。
自分の皮膚が酸で溶け、足からも煙が上がるが、当の本体は気にもしていないようだ。
(こえぇよっ。そんなリアルさ要らないだろ!)
腐敗を撒き散らす屍竜は、想像以上に厄介で恐怖だった。
まだ滞留する灰色の息の中から、アヤカが屍竜目掛けて飛び出した。
(って、ブレスの中に居たのかよ・・・)
HPのゲージが黄土色に変色しているのは、腐敗の持続ダメージを受けている状態だ。それとキャラに黒く靄のようなものがかかっているのは、ブレスを食らった事による呪い付与を受けた証拠だ。
それでも飛び上がったアヤカは、太刀で屍竜の首を切り上げで斬りつけ、跳躍の頂点まで達すると眼を目掛けて突きを繰り出す。
「ごめん、効果切れてたね。」
屍竜の横手からタッキーが言いながら銃を構えると、俺とアヤカに向かって引き金を引く。持続ダメージ解除、呪いのデバフ解除、状態異常に対する耐性と連続で補助銃弾が舞う。
「俺は大丈夫だが、あっちの無鉄砲がやばいな。」
眼を突き刺された屍竜が咆哮を上げながら首を左右に振る。この隙を逃さず俺は攻撃へと移る。
屍竜の振り解きで真横にすっ飛んでいったアヤカは、壁に激突してHPが3割程にまで減少していた。すかさずタッキーの回復銃弾がアヤカの方に向かって跳んでいく。
(突っ込みすぎなんだよ。)
俺は屍竜を斬りつけながら内心で悪態をついたが、振り払って攻撃を続ける。そもそも、アヤカの攻撃は敵のHPを削る要になっているんだ。
(アヤカの無茶を通してやってこそのパーティプレイだよな。)
二ヵ月も一緒にやっていれば、癖も分かってくる。特に三人でやるようになってからは、意識するようになった。それに、クエストレベルが上がるほど、意識せざるを得なかった。難易度が上がっていくほど、使用武器やスキル、役割等の重要性が見えてくる。
実際、よく出来たゲームだよ。
初見は難しいと思わされるが、動作パターン、装備やアイテム等を考慮すれば、3人でやるとそうでもなかったりする。
だが、この屍竜に関してはそんな温くなかった。確かに初見というのもあるが、攻撃範囲、攻撃力、機敏性がどれをとっても今までの敵よりも高い。
足元で剣を振っている俺に、屍竜が右手の鉤爪を打ち下ろしてくる。咄嗟に後ろに跳んで避けるが、濃灰の煙が漏れる咢で追い打ちをかけてきた。
(口は勘弁してくれ!)
さらに後ろに転がって距離を取る。
屍竜の背後では復活したアヤカが、肩に太刀を担いだ構えで背中に向かって突っ込んでいく。だがそれを察知しているのか、屍竜の尻尾がアヤカに向かって撓る。
それに気付いたアヤカが踏み止まり、構えた太刀を尻尾に向かって振り下ろそうとした。
(無理じゃね?)
直後、俺の目の前に迫っていた屍竜の顔が炎を纏って弾けた。タッキーが撃った火炎銃弾が炸裂したようだ。それにより屍竜の怒りの眼がタッキーの方に向けられるが突如、劈くような咆哮と共に屍竜が転がる。
後ろの方では屍竜の尻尾が宙を舞っているのが見えた。
(うわ、マジで斬ったのか・・・)
って俺だけのんびり見ているわけじゃない。一回転して起き上がった屍竜を俺は既に駆け上がっていた。首の後ろまで登りつめた俺は、躊躇なくその首に片手剣を突き立てる。
さらに大気を震わせるような雄叫びを上げると、俺を振り落とそうと屍竜が暴れ始めた。
(もう体力ゲージ無いだろ、暴れずにさっさと死ねよ!)
と、思った矢先にアヤカが太刀で屍竜の首を、払い抜けで切り裂いていった。
その一撃が止めとなったようで、動きの止まった屍竜のはゆっくりと倒れこんでいく。
「いやぁ、強かったね。残弾もそんなに無いよ。」
既にデータとしての映像が消え、屍竜が倒れこんだ場所の地面を見ながらタッキーが苦笑混じりに言った。その顔には疲労感を感じる。
プレイヤー自体はデータの構成だが、アストラルダイブがなせる業なのか、現実の表情と変わらなく見えるのがこのゲームだ。
「俺もアイテムを使い切る直前だよ・・・」
俺も同様に疲れた笑みをすると、地面に座り込む。身体が疲れたわけじゃないが、精神的疲労なんだろうな、座り込んだのはそういう理由かもしれない。張りつめていた気が緩んだってのも、あるかもしれないが。
俺が座り込んだ様子を見て、タッキーも倣うように地面に腰を下ろした。そこへ抜身の太刀を持ったままのアヤカが近付いてくる。
仕舞えよ。
なんで抜身のままなんだよ。
「良い戦いが出来ましたわ。」
そりゃぁ良かったな。満足そうでなによりだよ。と、心の中だけで言っておく。
「それよりも、あなた方男子は何をへたり込んでいるんですの?」
庶民の精神は平凡なんだよ。
「強い敵相手に集中していたら、終わった時気が抜けるでしょ、そんな感じかな。」
アヤカの言葉にタッキーが答える。真面目に相手にするなよ、庶民とは感覚が違うんだからさ。なんて思っている時に、目の前を太刀の剣閃が横切り、タッキーの顔の前で太刀が止まる。
「え・・・?」
「なんのまね・・・」
「その油断が狙い時なのですわ。誰しも集中が途切れる事があるのは当然、ですが戦闘終了後という分かりやすい状況での油断はするべきではありませんわ。」
驚いて問いただそうとした俺とタッキーを遮って、アヤカが言いきった。ご高説はいいが、ここは戦場じゃないっての。
もし敵が居ればシステムが教えてくれる。何をもって油断大敵と言っているのか、なんて疑問に思うだけ無駄だな。
「ここは戦場じゃないんだ。ゲーム内なんだよ、強敵倒した後にパーティで雑談とかするのが普通なんだよ。」
俺は呆れた顔をアヤカに向けて言う。
相変わらずの独自路線は変わっていないから、教えるように言う。今までの人生で培ってきたものを、高々2カ月で変化などするわけがない。
むしろ変化したら面白くないとさえ思うようになった。
「今までも無かったでしょ。」
「だからと言って、今後も無いとは言いきれませんわ。」
タッキーの言葉にも食い下がるアヤカ。
「いいから獲物を仕舞え。」
いまだタッキーに向ける剣先を見ながら言うと、アヤカは渋々背中の鞘に刀身を移動させる。
「まだ表示されていないな。」
アヤカが太刀を仕舞ったところで、システムデバイスからクエスト情報を確認してみるが、???の部分は変わっていない。
「とりあえず腐敗を撒く屍竜の討伐を報告してみようよ。」
「そうだな。一旦街に戻ろうか。」
「やっと街に帰るのですわね、もうわたくし疲れましたわ。」
しれっと俺ら3人の中に混じっているアリシアが言う。疲れるもなにも、屍竜見た瞬間どっかに消えてたじゃねーか。終わったと思ったらいつの間にかいるし。戦闘回避の才能は秀逸な奴だ。
何もしない事に今更文句もない。
そんな事よりも、2カ月経った今でも、アリシアの立ち位置が不明なままって事の方が問題だ。まぁ、害になっていない分、問題と言っても優先度は低いが。
「何もしてないくせになんで疲れるんだよ。」
街に残っていればいいと言っても聞かずに着いてくるくせにこれだもんな。
「こんな遠出をしたら疲れるに決まっていますわ。」
確かにゲーム内とは言え、ウゼンナ山を越え、荒廃としたミグセヌ平野を通って、灰廊の森林まで歩くのは時間がかかる。
だからあれほど街に居ろと・・・って言ってもしょうがない。
「そう言えば、昨日は林檎の差し入れを頂いたのです。沢山あるので、街に戻ったらみんなで食べましょう。」
不貞るように頬を膨らませていたアリシアだが、突然態度と話しを変える。
食べましょうって言われてもね、ゲームだから食わなくてもいいというか。
空腹という感覚は無いが概念は存在する。そこはリアルさの部分だろう、街で食事を頼めばそれ相応の見た目の料理が出てくる。当然キャラクターでも、現実と同じように口に運んで食べる事は可能だ。ただ、味や満腹感というものが無いだけで。
空腹の概念としては、キャラクターが空腹状態を放置すると、行動に制限がかかるところだろう。放置して暫くすると、機動力や攻撃力が減少する。ゲーム内時間で1週間ほど放置すると餓死寸前となって、外にいる場合は街に強制送還される。
ゲームなんだが、死と直結するような設定は今のところ見ていない。
「ゲーム内でわざわざみんなで林檎を食うとか、どうなんだよ。」
「付き合ってあげてもいいんじゃない?」
小声でタッキーに言ってみるが、同意はしてくれなかった。
差し入れと言えば既に違和感もなくなっているが、当初アリシアがその話しをした時は意味が分からなかった。設定としての話しであれば、そういう会話があってもゲームとしては普通だと思うが。
アリシアの場合、俺の部屋の前に用意されるんだそうだ。それは料理だったり食材だったり。
当の本人は最初、気味悪がって手を付けなかったらしいが、他に食べる当てもなく、空腹には勝てなかったそうで食べたのが始まりらしい。
NPCの設定としても違和感を感じる部分だが、それがはっきりと分かったのは食べ物を持参して来た時だ。その食べ物は明らかにゲーム内のお店では見かけないもので、妙にリアルだったからだ。そういう設定だと言われればそれまでだが、違和感を感じているのは俺だけじゃない。
アヤカやタッキーも同じように感じている。
だから何と言われても、何か明確な答えがあるわけじゃない。NPCなのか?特殊なプレイヤーなのか?それとも放し飼いされているAIなのか?その程度だ。
考えてもしょうがないし、クエストの役に立つわけでもない。害になるかって程でもないので、放置しているが、何故か俺らのパーティに着いてくる。
「破滅への序曲 騎士の凱旋」
なんのこっちゃ?
「よく分からないね、戦う相手も???になっているし。」
「まさか調整中って事はないよな?」
「さすがに配信済みでそれはないでしょ。」
だといいんだが。
街に戻り屍竜討伐クエストの報告をすると、???になっていたクエストが解放された。ただ、内容に関してはまだ伏せられている。まさか「???」って名前で内容が表示されるなんて思いもしない。
「どちらにしろ、行ってみるしかないですわ。」
怪訝な顔をする俺とタッキーに、アヤカは不敵な笑みを浮かべて言った。まぁ、楽しそうでなにより。
「お待たせしましたわ。」
そこへ林檎を取りにいっていたアリシアが戻ってくる。
「この林檎、故郷のユーレリア地方で食べる林檎と味が似ていますの。とても美味しいですわよ。」
と言われても味はわからん。
「どうせ次のクエストというものに行くのでしょう?その前に、林檎は食べて欲しいですわ。」
そう言いつつ既にナイフで皮を剥き始めるアリシア。
食ったところで何が変わるわけでもないが、アリシアの気が済むなら食うくらい付き合うか。
いや待てよ、何か特別な林檎で特殊な効果が発動するとか?
・・・
無いか、だったら今までもその機会はいくらでも在った筈だ。何の役にも立っていないアリシアが、ここに来て何かを発揮する事は考えにくい。
「痛いっ!・・・」
林檎を剥いていたアリシアがそう言って、持っていたナイフを落とす。
「思わず言っちゃうんだよな、実際には痛く無いんだけど。」
「まぁ僕たちプレイヤーはね。僕は未だに言っちゃうけどさ。」
アリシアの言葉に思わず反応したが、タッキーが冷静に突っ込んでくる。余計なお世話だと普段なら思うところだが、目の前の光景に気を取られてそれどころじゃなかった。
「え・・・血が飛び散るエフェクトはあっても、プレイヤーから血が流れるのは、変だろ・・・」
例えそれがNPCだとしてもだ。
切った親指から溢れる血は、剥かれた林檎の白い表面を深紅に染めていく。
「何を言っているんですの?切ったら血が出るのは当然ですわ。」
それは現実においてだ。って、アリシアにとってゲームの中が現実なんだろうけど、そういう問題じゃない。
「敵を攻撃した時に血は飛び散っても、直ぐに消えるだろ。なんでアリシアのは消えないんだよ。」
プレイヤーは攻撃を受けても血は流れない、HPが減るだけだ。NPCも恐らくそうだろう、敢えてNPCだけリアルに流血するように作るとは思えない。
「ユアキスの言っている意味がわかりませんわ!」
「俺だってわかんねぇよ・・・」
俺だって、今目の前で起きている事の意味は分からない。ゲームの中でNPCが血を流すなんて、思いもしなかった。
ビチャッビチャッという嫌な効果音と共に黄土色の吐瀉物が撒き散らかされ、一緒に吐き出された濃い灰色の吐息は地面に衝突して拡散する。
(やべぇって!)
俺は慌ててブレスの範囲外に逃れるが、黒い眼は俺をターゲットにしているらしく近付いてくる。酸性であろう吐瀉物は白煙を上げているが、吐いた本人はそんな事などお構いなしに自分の吐瀉物を鉤爪の付いた足で踏んでいく。
自分の皮膚が酸で溶け、足からも煙が上がるが、当の本体は気にもしていないようだ。
(こえぇよっ。そんなリアルさ要らないだろ!)
腐敗を撒き散らす屍竜は、想像以上に厄介で恐怖だった。
まだ滞留する灰色の息の中から、アヤカが屍竜目掛けて飛び出した。
(って、ブレスの中に居たのかよ・・・)
HPのゲージが黄土色に変色しているのは、腐敗の持続ダメージを受けている状態だ。それとキャラに黒く靄のようなものがかかっているのは、ブレスを食らった事による呪い付与を受けた証拠だ。
それでも飛び上がったアヤカは、太刀で屍竜の首を切り上げで斬りつけ、跳躍の頂点まで達すると眼を目掛けて突きを繰り出す。
「ごめん、効果切れてたね。」
屍竜の横手からタッキーが言いながら銃を構えると、俺とアヤカに向かって引き金を引く。持続ダメージ解除、呪いのデバフ解除、状態異常に対する耐性と連続で補助銃弾が舞う。
「俺は大丈夫だが、あっちの無鉄砲がやばいな。」
眼を突き刺された屍竜が咆哮を上げながら首を左右に振る。この隙を逃さず俺は攻撃へと移る。
屍竜の振り解きで真横にすっ飛んでいったアヤカは、壁に激突してHPが3割程にまで減少していた。すかさずタッキーの回復銃弾がアヤカの方に向かって跳んでいく。
(突っ込みすぎなんだよ。)
俺は屍竜を斬りつけながら内心で悪態をついたが、振り払って攻撃を続ける。そもそも、アヤカの攻撃は敵のHPを削る要になっているんだ。
(アヤカの無茶を通してやってこそのパーティプレイだよな。)
二ヵ月も一緒にやっていれば、癖も分かってくる。特に三人でやるようになってからは、意識するようになった。それに、クエストレベルが上がるほど、意識せざるを得なかった。難易度が上がっていくほど、使用武器やスキル、役割等の重要性が見えてくる。
実際、よく出来たゲームだよ。
初見は難しいと思わされるが、動作パターン、装備やアイテム等を考慮すれば、3人でやるとそうでもなかったりする。
だが、この屍竜に関してはそんな温くなかった。確かに初見というのもあるが、攻撃範囲、攻撃力、機敏性がどれをとっても今までの敵よりも高い。
足元で剣を振っている俺に、屍竜が右手の鉤爪を打ち下ろしてくる。咄嗟に後ろに跳んで避けるが、濃灰の煙が漏れる咢で追い打ちをかけてきた。
(口は勘弁してくれ!)
さらに後ろに転がって距離を取る。
屍竜の背後では復活したアヤカが、肩に太刀を担いだ構えで背中に向かって突っ込んでいく。だがそれを察知しているのか、屍竜の尻尾がアヤカに向かって撓る。
それに気付いたアヤカが踏み止まり、構えた太刀を尻尾に向かって振り下ろそうとした。
(無理じゃね?)
直後、俺の目の前に迫っていた屍竜の顔が炎を纏って弾けた。タッキーが撃った火炎銃弾が炸裂したようだ。それにより屍竜の怒りの眼がタッキーの方に向けられるが突如、劈くような咆哮と共に屍竜が転がる。
後ろの方では屍竜の尻尾が宙を舞っているのが見えた。
(うわ、マジで斬ったのか・・・)
って俺だけのんびり見ているわけじゃない。一回転して起き上がった屍竜を俺は既に駆け上がっていた。首の後ろまで登りつめた俺は、躊躇なくその首に片手剣を突き立てる。
さらに大気を震わせるような雄叫びを上げると、俺を振り落とそうと屍竜が暴れ始めた。
(もう体力ゲージ無いだろ、暴れずにさっさと死ねよ!)
と、思った矢先にアヤカが太刀で屍竜の首を、払い抜けで切り裂いていった。
その一撃が止めとなったようで、動きの止まった屍竜のはゆっくりと倒れこんでいく。
「いやぁ、強かったね。残弾もそんなに無いよ。」
既にデータとしての映像が消え、屍竜が倒れこんだ場所の地面を見ながらタッキーが苦笑混じりに言った。その顔には疲労感を感じる。
プレイヤー自体はデータの構成だが、アストラルダイブがなせる業なのか、現実の表情と変わらなく見えるのがこのゲームだ。
「俺もアイテムを使い切る直前だよ・・・」
俺も同様に疲れた笑みをすると、地面に座り込む。身体が疲れたわけじゃないが、精神的疲労なんだろうな、座り込んだのはそういう理由かもしれない。張りつめていた気が緩んだってのも、あるかもしれないが。
俺が座り込んだ様子を見て、タッキーも倣うように地面に腰を下ろした。そこへ抜身の太刀を持ったままのアヤカが近付いてくる。
仕舞えよ。
なんで抜身のままなんだよ。
「良い戦いが出来ましたわ。」
そりゃぁ良かったな。満足そうでなによりだよ。と、心の中だけで言っておく。
「それよりも、あなた方男子は何をへたり込んでいるんですの?」
庶民の精神は平凡なんだよ。
「強い敵相手に集中していたら、終わった時気が抜けるでしょ、そんな感じかな。」
アヤカの言葉にタッキーが答える。真面目に相手にするなよ、庶民とは感覚が違うんだからさ。なんて思っている時に、目の前を太刀の剣閃が横切り、タッキーの顔の前で太刀が止まる。
「え・・・?」
「なんのまね・・・」
「その油断が狙い時なのですわ。誰しも集中が途切れる事があるのは当然、ですが戦闘終了後という分かりやすい状況での油断はするべきではありませんわ。」
驚いて問いただそうとした俺とタッキーを遮って、アヤカが言いきった。ご高説はいいが、ここは戦場じゃないっての。
もし敵が居ればシステムが教えてくれる。何をもって油断大敵と言っているのか、なんて疑問に思うだけ無駄だな。
「ここは戦場じゃないんだ。ゲーム内なんだよ、強敵倒した後にパーティで雑談とかするのが普通なんだよ。」
俺は呆れた顔をアヤカに向けて言う。
相変わらずの独自路線は変わっていないから、教えるように言う。今までの人生で培ってきたものを、高々2カ月で変化などするわけがない。
むしろ変化したら面白くないとさえ思うようになった。
「今までも無かったでしょ。」
「だからと言って、今後も無いとは言いきれませんわ。」
タッキーの言葉にも食い下がるアヤカ。
「いいから獲物を仕舞え。」
いまだタッキーに向ける剣先を見ながら言うと、アヤカは渋々背中の鞘に刀身を移動させる。
「まだ表示されていないな。」
アヤカが太刀を仕舞ったところで、システムデバイスからクエスト情報を確認してみるが、???の部分は変わっていない。
「とりあえず腐敗を撒く屍竜の討伐を報告してみようよ。」
「そうだな。一旦街に戻ろうか。」
「やっと街に帰るのですわね、もうわたくし疲れましたわ。」
しれっと俺ら3人の中に混じっているアリシアが言う。疲れるもなにも、屍竜見た瞬間どっかに消えてたじゃねーか。終わったと思ったらいつの間にかいるし。戦闘回避の才能は秀逸な奴だ。
何もしない事に今更文句もない。
そんな事よりも、2カ月経った今でも、アリシアの立ち位置が不明なままって事の方が問題だ。まぁ、害になっていない分、問題と言っても優先度は低いが。
「何もしてないくせになんで疲れるんだよ。」
街に残っていればいいと言っても聞かずに着いてくるくせにこれだもんな。
「こんな遠出をしたら疲れるに決まっていますわ。」
確かにゲーム内とは言え、ウゼンナ山を越え、荒廃としたミグセヌ平野を通って、灰廊の森林まで歩くのは時間がかかる。
だからあれほど街に居ろと・・・って言ってもしょうがない。
「そう言えば、昨日は林檎の差し入れを頂いたのです。沢山あるので、街に戻ったらみんなで食べましょう。」
不貞るように頬を膨らませていたアリシアだが、突然態度と話しを変える。
食べましょうって言われてもね、ゲームだから食わなくてもいいというか。
空腹という感覚は無いが概念は存在する。そこはリアルさの部分だろう、街で食事を頼めばそれ相応の見た目の料理が出てくる。当然キャラクターでも、現実と同じように口に運んで食べる事は可能だ。ただ、味や満腹感というものが無いだけで。
空腹の概念としては、キャラクターが空腹状態を放置すると、行動に制限がかかるところだろう。放置して暫くすると、機動力や攻撃力が減少する。ゲーム内時間で1週間ほど放置すると餓死寸前となって、外にいる場合は街に強制送還される。
ゲームなんだが、死と直結するような設定は今のところ見ていない。
「ゲーム内でわざわざみんなで林檎を食うとか、どうなんだよ。」
「付き合ってあげてもいいんじゃない?」
小声でタッキーに言ってみるが、同意はしてくれなかった。
差し入れと言えば既に違和感もなくなっているが、当初アリシアがその話しをした時は意味が分からなかった。設定としての話しであれば、そういう会話があってもゲームとしては普通だと思うが。
アリシアの場合、俺の部屋の前に用意されるんだそうだ。それは料理だったり食材だったり。
当の本人は最初、気味悪がって手を付けなかったらしいが、他に食べる当てもなく、空腹には勝てなかったそうで食べたのが始まりらしい。
NPCの設定としても違和感を感じる部分だが、それがはっきりと分かったのは食べ物を持参して来た時だ。その食べ物は明らかにゲーム内のお店では見かけないもので、妙にリアルだったからだ。そういう設定だと言われればそれまでだが、違和感を感じているのは俺だけじゃない。
アヤカやタッキーも同じように感じている。
だから何と言われても、何か明確な答えがあるわけじゃない。NPCなのか?特殊なプレイヤーなのか?それとも放し飼いされているAIなのか?その程度だ。
考えてもしょうがないし、クエストの役に立つわけでもない。害になるかって程でもないので、放置しているが、何故か俺らのパーティに着いてくる。
「破滅への序曲 騎士の凱旋」
なんのこっちゃ?
「よく分からないね、戦う相手も???になっているし。」
「まさか調整中って事はないよな?」
「さすがに配信済みでそれはないでしょ。」
だといいんだが。
街に戻り屍竜討伐クエストの報告をすると、???になっていたクエストが解放された。ただ、内容に関してはまだ伏せられている。まさか「???」って名前で内容が表示されるなんて思いもしない。
「どちらにしろ、行ってみるしかないですわ。」
怪訝な顔をする俺とタッキーに、アヤカは不敵な笑みを浮かべて言った。まぁ、楽しそうでなにより。
「お待たせしましたわ。」
そこへ林檎を取りにいっていたアリシアが戻ってくる。
「この林檎、故郷のユーレリア地方で食べる林檎と味が似ていますの。とても美味しいですわよ。」
と言われても味はわからん。
「どうせ次のクエストというものに行くのでしょう?その前に、林檎は食べて欲しいですわ。」
そう言いつつ既にナイフで皮を剥き始めるアリシア。
食ったところで何が変わるわけでもないが、アリシアの気が済むなら食うくらい付き合うか。
いや待てよ、何か特別な林檎で特殊な効果が発動するとか?
・・・
無いか、だったら今までもその機会はいくらでも在った筈だ。何の役にも立っていないアリシアが、ここに来て何かを発揮する事は考えにくい。
「痛いっ!・・・」
林檎を剥いていたアリシアがそう言って、持っていたナイフを落とす。
「思わず言っちゃうんだよな、実際には痛く無いんだけど。」
「まぁ僕たちプレイヤーはね。僕は未だに言っちゃうけどさ。」
アリシアの言葉に思わず反応したが、タッキーが冷静に突っ込んでくる。余計なお世話だと普段なら思うところだが、目の前の光景に気を取られてそれどころじゃなかった。
「え・・・血が飛び散るエフェクトはあっても、プレイヤーから血が流れるのは、変だろ・・・」
例えそれがNPCだとしてもだ。
切った親指から溢れる血は、剥かれた林檎の白い表面を深紅に染めていく。
「何を言っているんですの?切ったら血が出るのは当然ですわ。」
それは現実においてだ。って、アリシアにとってゲームの中が現実なんだろうけど、そういう問題じゃない。
「敵を攻撃した時に血は飛び散っても、直ぐに消えるだろ。なんでアリシアのは消えないんだよ。」
プレイヤーは攻撃を受けても血は流れない、HPが減るだけだ。NPCも恐らくそうだろう、敢えてNPCだけリアルに流血するように作るとは思えない。
「ユアキスの言っている意味がわかりませんわ!」
「俺だってわかんねぇよ・・・」
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