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もしもシリーズ(オマケ)
M01.散りゆく儚さ、月光
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注意
この話しは本編ではありませんので、読まなくても問題ありません。
内容について、本編の50くらいまで読んでいれば、内容が分かると思います。
以上の内容にて留意頂けるのなら、先にお進みください。
-都内某所 西園寺邸-
満月に向かい、月が半月から少し丸みを帯びて夜空に浮かんでいる。
西園寺邸の平屋では、縁側に腰掛けた西園寺宗太郎が、硝子製の徳利から錫器のお猪口に日本酒を注ぎ、それを口に運んだ。
月の光に輝くお猪口から、一口で中身を乾っすると、盆にお猪口を戻す。
「本当によろしいので?」
縁側から少し離れた庭内に立っている着物姿の男性が、西園寺の方は見ずに問い掛ける。
男性は着物の袖に腕を組むように入れ、西園寺の方ではなく池の方に身体を向けていた。白髪の髪が月光に輝いている様にも見える。小皺が浮かぶ口元は、苦笑いするように片端だけ上がっていた。
「構わん。代えなど、いくらでも居るからな。」
西園寺は言うと、またお猪口に日本酒を注いで呷った。
「可愛がっていたのに、酷いお人だ。」
「儂は慈善事業団体ではない、我儘を許すのは儂のために仕事をしているからだ。」
不敵な笑みを浮かべる西園寺の方は相変わらず見ず、男性も口の端を上げて笑みを浮かべる。
「あたしは構いませんけどね、貰えるものさえ貰えれば。」
男性は言うと、袖の中から煙草を取り出して口に銜える。
「葉巻ならあるぞ。」
「いえ、あたしは庶民なんでね、こちらの方が性に合ってます。」
男性は西園寺の方に片手だけ上げ断ると、安物の使い捨てライターで火を点けた。
「儂は荻野の部下あたりが妥当だと思うが、どう思う?」
西園寺の言葉に、男性は顔を巡らせ西園寺に向けると、口の端を吊り上げ怪しく笑う。目は開いているのか分からない程に細められていた。
「妥当なところでしょうな。どのみち、使った人間がどうなろうと、あたしに辿り着く事なんて出来やしませんので。」
「だからこそ、お主に依頼しておる。」
「そりゃどうも。」
男性は煙草の煙を深く吸い込むと、ゆっくりと吐き出した。
「おい。」
西園寺は縁側から、玄関の方に向かい声を張る。直ぐに背広姿の男が現れると、着物姿の男性に封筒を2つ手渡した。
「いつものだ。」
「それでは、有難く頂戴しますよ。」
男性は受け取ると、着物の袖に1つずつ入れる。
「この時代、荷物だろう?儂が手を回せば足が付く事もないというのに。」
男性は西園寺の言葉を聞きながら、携帯灰皿に吸っていた煙草を入れる。
「あたしは、あたしの認識出来る範囲でしか物事を信用出来ない質でしてね。」
携帯灰皿を腰の巾着に仕舞うと、男性は西園寺に背中を向けた。
「分かっておる。残りは、片が付いたら渡す。」
「えぇ。では、あたしはこれで。」
-CAZH社データセンター付近-
パンプスがコツコツとアスファルトを叩き音を響かせる。一定のリズムを鳴らしているのは、満足そうな表情をした黒咲だ。
左肩から大きめの紙袋を下げ、夜の歩道を歩く。袋には、有名な洋服店のロゴが入っていた。
(ちょっと買い物に夢中になりすぎちゃったな。)
ゲームにはもうみんな集まっているだろう事を考えると、黒咲はそんな事を思った。それから紙袋の中に目をやって、嬉しそうに微笑むとまた前を見て歩き続ける。
データセンターへの道程は、近付くほど景色は殺風景となり、似たような建物や企業ビル、倉庫などばかりになっていく。
コンビニはあっても他のお店は殆どなく、個人宅もまず見かけない。
ただ、通りの街灯は明るく、夜でも暗さが気にならないように整備はしてあった。それは人がよく通る場所であって、細い子道や裏路地までも明るいわけではない。
黒咲はデータセンターへ向かい、気分良く歩いていると、急に立ち止まって目を細めた。
「何か用?」
誰にともなく、黒咲は静かに言った。だが、それに対しての反応は何処からも無かった。誰か見ていれば、おかしな女だと思われたかも知れない。
「警察、呼ぶよ?」
「分かった分かった、まったく勘のいい女だな。」
黒咲が鞄から携帯を取り出したところで、暗い路地から一人の男が現れる。苦笑しながら、やれやれといった態度で男は現れると、表情を消して黒咲を睨め付けた。
「私、暇じゃないのだけど。」
黒咲は男の視線を正面から見返して言った。
「察しが良いのは有難いが、少し付き合ってもらうぞ。」
男はそう言うと、出てきた路地の方を顎で示す。
「私には付き合う理由はないのだけど?」
「こっちにはあるんだ。手短に済ます。」
面倒そうに答える黒咲に、男は銃をちらつかせながら再度路地の方を示した。
この程度の脅迫で狼狽えるような黒咲ではなかったが、早く帰りたいという思いから、男に付いて行くことにした。
暗い路地に入り込むと、黒咲は念のため鞄の中に手を忍ばせる。愛用の短刀をいつでも抜けるように。
「話しだけなら、もういいでしょう?」
表通りならいざ知らず、こんな暗い路地に入ってくるような人は居ないだろう。黒咲はそう思って話しとやらを促した。
「それと、後ろの人はお仲間かしら?」
「あぁ、話しが終わる前に逃げられても困るんでな。」
気付かれた事で特に動揺することもなく男は言ってみせる。ただ、黒咲を睨み付ける視線だけは変わらずに。
「お前の所為で、俺らの資金源が無くなっちまったからな。」
「何の事かしら?」
後ろから別の男が言うが、黒咲は振り向く事もせず疑問を口にする。心当たりが無いわけじゃないが、自分に辿り着かれる事などあり得なかったからだ。とすれば、くだらない理由をつけて自分をどうにかしようとしている可能性もある。
ただ、所作からして素人ではない事に黒咲は警戒だけはしていた。
「知らばっくれんなよ、荻野さんの事だ。」
その名前にほんの一瞬、黒咲は動揺した。同時に、背後からの気配に短刀を抜き、既での所で相手のナイフを受け止める。
「んむっ・・・」
黒咲はナイフを受け止めた瞬間、背中に奔った痛みに唇をかんだ。突き抜ける痛みを堪え、目の前の男のナイフから短刀を滑らせ持ち手を斬り付ける。
「んっ!んーーーーっ・・・」
その間に後ろの男がナイフに力を籠め、身体の中に押し込んだ。痛みを堪えるために噛んだ唇から、血が滴っていく。
「調子に乗んなって。」
「この女!俺にやらせてくれ。」
手を斬り付けられた男は、怒りで目を血走らせ黒咲を睨み付ける。
「だめだ。」
「くそ・・・」
黒咲にナイフを刺した男が静かに言うと、手を斬られた男は顔を逸らして悔しそうにそれだけ言った。
「てめぇの間抜けに付き合ってられるか。この女はこのまま放置だ。」
「それじゃ、死なないかもしれないだろう?」
「いや、助からないさ。」
男たちが話している間に、黒咲の目から涙が零れ落ち、力が抜けた手からも短刀が落下して乾いた音を立てた。
「苦痛の中で後悔しながら死ね。お前一人殺したところで、どうなるもんでもねぇが、それでも少しはこっちの溜飲が下がるからな。」
男は言って、黒咲に刺していたナイフから手を放す。黒咲はゆっくりと膝から落ち、アスファルトに手を付いて倒れ込むのを堪えた。
「ナイフはくれてやる。どうせ誰かの指紋が付いた、何処でも買えるやつだからな。代わりに、この短刀は貰っといてやるよ。」
男は短刀を拾うと、黒咲を見下ろしてその場から去っていった。もう一人の男も、手を抑えながらそれに続いて。
(情報を知っているのは宗太郎・・・)
黒咲は買ったばかりの服を、傷口に当てると立ち上がる。
(使えない子は、もういらないって事なのね・・・)
傷口を抑え歯を食いしばり、足を引きずりながら黒咲は歩き始めた。
-CAZH社データセンター内-
「黒咲くん遅いね。」
美馬津は帰って来ない黒咲が心配になっていた。ディスプレイの中では、ユアキスのパーティが戦闘をしているが、その中にマリアの姿は無い。
「まりあは子供じゃないぞー。」
「そりゃ分かってるけどさ。」
呆れた目を向ける禍月に、美馬津は心配してるんだと含んで言った。
「しかし、戦闘時間が長引いているね。」
「まったく、何処をほっつき歩いてんだ・・・」
禍月もいつもより戦闘に時間が掛かっている状況を見ながら、美馬津への応えではなく黒咲の心配を口にする。
「こいつらがゲーム終わるまで戻って来なかったら、連絡してみるなー。」
「分かったよ。」
禍月にとって、黒咲も心配ではあったが、今は目の前の状況を監視する方が優先だった。そのために、此の場所に居るのだから。
(結局、麻璃亜は来なかったな・・・)
戦闘の時間はやっぱり、麻璃亜が居ないと長くなる。それに、やる気の無くなる奴もいるしな。
そんなわけで、今日は早めの解散となった。戦闘に時間が掛かる状況で、連戦は止めようかという事で一致して。
起き上がってトイレに行こうとすると、携帯がメッセージを受信していた。今日来なかった事から、もしかすると麻璃亜じゃないかとも思えた。
まぁ、麻璃亜が居ない事に対しての不満を、中島が送ってきていても不思議じゃないが。
そんな事を考えながらメッセージを確認する。
『晶社くん
今すぐ、あの場所に、来て欲しいな』
今すぐ携帯を投げようとしたが、止めた。
なんとなくとしか言えないが。
ってか、ゲームに来ないで何をしてたんだ。ログインもせずに、俺を呼び出すってどういう事だよ。
ログインせずに呼び出し?
その状況に、何か理由があるのだろうと思えた。そもそも、麻璃亜は管理者側のプレイヤーだ。俺が知らない何かを知ったのかもしれない。
それを伝えようとしているのか?
そう思うと、面倒だが行こうと思った。何より、行かずに明日ゲーム内で顔を合わせる事になる方が気まずい、というのが本音だが。
母さんにはコンビニに行ってくると、適当に言って家を出た。自転車を走らせあのカフェに向かう。もう秋だが、夜風は生温かった。
カフェの近くで歩道に乗り上げ、歩いてすぐに麻璃亜の姿は見えてきた。街灯があり暗くはないが、時間が遅いため人通りは無い。
ふざけた事に、麻璃亜は街灯に寄りかかって歩道に座り込んでいた。
その麻璃亜が俺に気付くと、いつもの微笑を向けて来る。でも、その微笑はいつもよりも弱々しく感じた。
「何で座り込んでんだよ、まさか酒でも飲んでるのか?」
俺は近くに自転車を止め、麻璃亜の前まで行くと呆れたように言う。
「本当に、来てくれた。」
麻璃亜はそれだけ言うと、目を潤ませ、やがてそれは雫となって頬を伝った。
「どうしたんだよ。」
何で泣くんだよ。
意味が分からずに正面に回ると、麻璃亜が座っている理由に気が付いた。
「おい!」
座っているんじゃない、おそらく立てないんだ。
「それ、なんだよ・・・」
黒く染まった右手、よく見れば服の右側も黒く染まっている。その色は、街灯の所為で赤を含んでいる色だと認識出来た。俺は麻璃亜の前に膝を付いて、確認しようとする。初めて見る状況に、怖いもの見たさがあったのかも知れない。
「・・・そうだ、救急車!」
そんな事をしている場合ではない、俺は思い至ると慌ててズボンのポケットから携帯を取り出す。
「ダメ!・・・」
だが、麻璃亜は携帯を持つ俺の手を掴んで、その行為を止めた。弱っているように見えて力強く、その目は強い意志で拒否しているようだった。
「なんで、だよ・・・」
俺は掴んでいる麻璃亜の手を見ながら、どうして呼ばせてくれないのかと疑問を口にする。
「因果応報・・・かな。」
「意味がわかんねぇよ。」
「そう、だね。」
いつもの優しい笑みで麻璃亜は言うが、何にも答えになってない。
「寄りかかって、いい?」
「え、あぁ・・・」
突然言われた事に、思わず返事をする。麻璃亜は顔を歪めながら、這うように俺の足に背中を預けた。なんで、こんな状態になってまでそうするのか、なんで病院に行こうとしないのか、まったく分からない。
だが、何故か麻璃亜の顔は嬉しそうに見えた。
「月、綺麗。」
背中を預け、空を見上げた麻璃亜は、片言のように言った。俺も一瞬見上げるが、満月にはまだ少し遠い。
「光の下って、眩しいね・・・」
何も言えず、少しの沈黙が流れたあと、麻璃亜はそれだけ言った。街灯の灯りはそんなに眩しくはない。何を言っているんだ。まぁ、月明かりよりは明るいが。
「麻璃亜、このままじゃ死んじまうぞ、救急車呼んだ方がいいだろ?」
「ダメ、お願い。」
間が持たずに、もう一度言ってみるが、やはり頑なに拒否をした。
「ここが、いい。」
「何でそんな事を言うんだよ!何で俺を呼んだんだよ!」
弱っていく麻璃亜を目にしていたら、いつしか俺の目も潤んでいたようだ。それは、彼女が助からないと思ってしまったからかもしれない。
彼女の背中から流れる、生暖かい体液が俺のズボンを濡らしていくのがそう思わせたのだろうか。
「晶社くんがね、私の光だから。」
「なんだよ、それ・・・」
「私、同年代の普通の子、初めて関わったんだ。だからかな?」
「いや、俺に聞かれても分かんねぇよ・・・」
微笑んで麻璃亜は言うが、俺にはとても笑えない。
「だったら、生きてくれよ。」
「嬉しいけど、私の結末はこうなるって思ってた。それでも、最後がこれなら、幸せ・・・」
「なに馬鹿な事を言ってんだ。俺は納得できねぇよ。」
死ぬ事の何が幸せだって言うんだ。なんで、こんな結末なんだよ。
「我儘だよね、晶社くんには、私の死を刻んでしまう。」
「じゃぁ、死ぬなよ・・・」
「ごめんね・・・」
麻璃亜は、大粒の涙を流しながら言うと、左手で俺の頬に触れた。その手で、いつの間にか流れ始めていた涙を拭う。
「晶社くん、肩に手、回して。」
「こう、か?」
「うん。」
麻璃亜に言われるまま、俺は麻璃亜の肩に手を回した。少し力を籠め、抱き寄せるようにすると、麻璃亜は嬉しそうに頷く。
「こんな事になった理由、言えないのか?」
もう、救急車を呼ぶのは諦めた。腕の中で、麻璃亜が衰弱していくのが、痛いほど伝わってくる。でも、こんな事に付き合わせるなら、理由くらい知りたいとも思う。
でも、予想通り麻璃亜は頷いた。
「晶社くんは、こっちの世界を知って欲しくない。」
麻璃亜の言葉からは、拒絶するような雰囲気を感じた。きっと、ゲームしているだけが仕事じゃないのだろう。
「それ以上に、私の事を知られたくない、今の私だけ見て欲しいって思いが、強いかな。」
なんだよ、それ・・・
「ねぇ、晶社くん・・・」
「なんだよ?」
小さくなっていく声は、もう長くないのだろうと、俺ですら思った。
麻璃亜は、もうすぐ、死ぬんだと。
「キス、して。」
「な!?なに、アホな事・・・」
女と付き合ったことすら無いってのに、キスとか、意味が分かんねぇ。
「私ね、ずっと闇の中を歩いていた・・・」
何の事か分からないが、俺は黙って聞く。もう、何を言っていいのかも分からないし。
「その闇の中で、唯一の光が、晶社くんだったんだ。」
「意味が、わかんね・・・」
「ふふ、私も。」
麻璃亜は言うと、笑おうとするが、もうそんな力も無いらしい。
「お姉さんじゃ、嫌?・・・」
「違う・・・」
本当にどうしていいか分からないんだ。
「最後のお願い、聞いて欲しいな。」
そんな事を言われたって・・・
分からない。
分からないけど、俺は麻璃亜の肩に力を入れ引き寄せると、口付けをした。やった事もないから、これでいいのかも分からない。
麻璃亜が俺の首に手を回し、重ねた唇が強く触れ合う。
初めてのキスは、血の味がした。
その直後、麻璃亜の手から力が抜け、垂れ落ちた。
「麻璃亜!?」
「嬉しい・・・」
まだ、生きていた。そう思ったが、その言葉を最後に麻璃亜は静かに息を引き取った。幸せそうに、眠るように。
俺は何も考える事が出来ず、その場から動くことは出来なかった。
動かなくなった身体を支えたまま。
何も言わなくなった顔を見つめたまま。
麻璃亜が綺麗だと言った月には目は向かない。
白く透き通るような麻璃亜の微笑の方が、綺麗だと思った。
もう、笑わないのか・・・
俺、さっきまで話してたよな・・・
何で、こんな事になっているんだ・・・
暫くすると、警察車両のサイレンが聞こえた。
それは、目の前に止まっている。
近付いて来るのも、分からなかったらしい。
警察署に連れられ、俺は事情を聞かれた。両親も呼ばれ、帰されたのは朝方だった。
聞かれた事に対しては、ちゃんと答えたはずだが、何を言ったか覚えていない。心配や不安を口にする両親の言葉も、今は鬱陶しい。
それから数日、学校には普通に行った。中島も鳳隆院も話しかけては来るが、気のない返事をする俺に対し、あまり話しかけなくなった。
あれだけ毎日やっていたDEWSも、あれ以来ログインしていない。
何もかも、やる気がしない。
「雪待晶社だな。」
麻璃亜が冷たくなってから数日後、学校を出た直後に名前を呼ばれる。自分の名前に反応して、身体が自転車を止めた。
声のする方を見てみれば、眼鏡を掛けた小柄な女性が立っていた。
サイズの合っていないスーツは何処か変に見えたが、目付きは鋭く、瞳は闇のように色が無い。目の下の影は濃く、どう見てもやばそうな奴にしか見えなかった。
「なんだ?」
普段の俺なら、怖がっていたかもしれないが、どうでもいいと思って適当に返事をする。
「まりあの最後、看取ったんだろ?」
「麻璃亜・・・」
今まで心が拒否をしていたのだろうか。
その事実を、認識したくなかったんだろうか。
目の前の女性に言われた途端、俺は目から涙が溢れ出した。
「まりあ、どんな顔をしてた?」
何故、こいつはその事を知っているんだ?
「あたしが誰だか知らないからか?いきなり言われても困るよなー。あたしはあれだ、まりあにゲームやらせていたんだ。」
そうか、この女が管理者ってわけか・・・本当か?そんな風には見えない。
「ちなみに姉だ。」
嘘だろ・・・逆かと思ったよ。
「だから教えろ。まりあのアホ、ずっと一緒に居たあたしじゃなく、お前のところで死ぬことを選んだんだ。聞く権利くらいあるだろ・・・」
そう、なのか。だったら、悪いことをしたな。そう思いながら、女性を見るとさっきの恐ろしい目はしていなかった。目の下の隈も、麻璃亜の死が原因なのだろうか。
「幸せだって、あの優しく笑う顔のまま・・・」
あの夜の事鮮明に思い出す。
言葉に詰まる。
また、涙が溢れ出す。
「なら良し。」
良し?
何が?
「何が・・・何が良いんだよ!麻璃亜は、死んだんだぞ・・・」
思わず声を大きくしていた。
それは、俺が決める事じゃ、ないよな。
「お前がそう思ってくれる事が、あたしは嬉しい。まりあにも手向けになるだろう。」
なんだよ、それ。
だが、そう言った女性の顔は満足そうだった。
「それを聞けただけで、良かったよ。」
「なぁ。」
「なんだ?まりあを殺ったのが誰か?という質問には答えんぞ。」
俺が聞こうと思った事は見透かされていた。
「知ってんのか?」
ただ、口振りからすれば、知っているように聞こえる。
「まりあは言わなかっただろ?」
「あぁ。」
「そういう事だ。あたしらの世界には来るな。もう、普通の生活が出来なくなるからなー。」
麻璃亜と似たような事を言われた。多分、一般人が関わっていい世界じゃないんだろう。俺を、巻き込まないようにしているんだうな。
「それでも、良いと言ったら?」
そう聞いた瞬間、女性の目は会った時のように鋭く、暗く深い色に戻った。
「聞いて来る時点でダメだろ、アホか。それに、まりあが望んだことをあたしが壊すわけにはいかない。」
「・・・」
「まりあの事は、忘れないでくれ。あたしの事は忘れろ、二度と会うことも無いしな。」
女性はそう言うと、俺に背を向けた。
「あぁ、それとな、今のお前はちょっとぶん殴りたい。」
「・・・意味が分かんねぇ、やりたきゃやれよ。」
言った瞬間、女性の姿が霞んで見えた。直後左頬に激痛を感じて、自転車から投げ出される。
・・・
口の中が切れたのか、血の味が口の中に広がり始めた。
血の味。
麻璃亜・・・
「まりあの事を思うなら、もちっとましになれ。」
「なんの、事だよ・・・」
「ゲームしていた時のノリはどした?今のお前を、まりあが望んでいると思ってんのか?」
そんな事、言われなくても分かってるよ。
ただ、気持ちが追い付かないんだ。
「まぁいい、今すぐにとは言わん。ただ、まりあが生きていたら、今のお前じゃ悲しむだろうよ。」
・・・
「さて、まりあだけってのも不公平だからな、あたしは掃除でもしに行く。もう会うことも無いが、今よりましになってる事を願ってるからなー。」
何も言えない俺は、そう言って去っていく女性をただ見ている事しか出来なかった。
終わり
あとがき
実は、マリアに関しては本編で死ぬ予定でした。
ただ、話しのノリ的にあまり死人は出したくないと思っているのと、マリアはキャラとしても愛着が出てきたというか、このまま残しておく方向にシフトしました。
でも、この話しも書きたかったんです。
という事で、もしもシリーズとして本編とは関係ないところで話しを書くことにしました。まるでアドベンチャーゲームのようなシナリオ分岐になってしまい、やらかした感はありますが・・・
本編とは違う未来に、分岐してしまったら。そんなノリで読んで頂けたのなら幸いです。
この話しは本編ではありませんので、読まなくても問題ありません。
内容について、本編の50くらいまで読んでいれば、内容が分かると思います。
以上の内容にて留意頂けるのなら、先にお進みください。
-都内某所 西園寺邸-
満月に向かい、月が半月から少し丸みを帯びて夜空に浮かんでいる。
西園寺邸の平屋では、縁側に腰掛けた西園寺宗太郎が、硝子製の徳利から錫器のお猪口に日本酒を注ぎ、それを口に運んだ。
月の光に輝くお猪口から、一口で中身を乾っすると、盆にお猪口を戻す。
「本当によろしいので?」
縁側から少し離れた庭内に立っている着物姿の男性が、西園寺の方は見ずに問い掛ける。
男性は着物の袖に腕を組むように入れ、西園寺の方ではなく池の方に身体を向けていた。白髪の髪が月光に輝いている様にも見える。小皺が浮かぶ口元は、苦笑いするように片端だけ上がっていた。
「構わん。代えなど、いくらでも居るからな。」
西園寺は言うと、またお猪口に日本酒を注いで呷った。
「可愛がっていたのに、酷いお人だ。」
「儂は慈善事業団体ではない、我儘を許すのは儂のために仕事をしているからだ。」
不敵な笑みを浮かべる西園寺の方は相変わらず見ず、男性も口の端を上げて笑みを浮かべる。
「あたしは構いませんけどね、貰えるものさえ貰えれば。」
男性は言うと、袖の中から煙草を取り出して口に銜える。
「葉巻ならあるぞ。」
「いえ、あたしは庶民なんでね、こちらの方が性に合ってます。」
男性は西園寺の方に片手だけ上げ断ると、安物の使い捨てライターで火を点けた。
「儂は荻野の部下あたりが妥当だと思うが、どう思う?」
西園寺の言葉に、男性は顔を巡らせ西園寺に向けると、口の端を吊り上げ怪しく笑う。目は開いているのか分からない程に細められていた。
「妥当なところでしょうな。どのみち、使った人間がどうなろうと、あたしに辿り着く事なんて出来やしませんので。」
「だからこそ、お主に依頼しておる。」
「そりゃどうも。」
男性は煙草の煙を深く吸い込むと、ゆっくりと吐き出した。
「おい。」
西園寺は縁側から、玄関の方に向かい声を張る。直ぐに背広姿の男が現れると、着物姿の男性に封筒を2つ手渡した。
「いつものだ。」
「それでは、有難く頂戴しますよ。」
男性は受け取ると、着物の袖に1つずつ入れる。
「この時代、荷物だろう?儂が手を回せば足が付く事もないというのに。」
男性は西園寺の言葉を聞きながら、携帯灰皿に吸っていた煙草を入れる。
「あたしは、あたしの認識出来る範囲でしか物事を信用出来ない質でしてね。」
携帯灰皿を腰の巾着に仕舞うと、男性は西園寺に背中を向けた。
「分かっておる。残りは、片が付いたら渡す。」
「えぇ。では、あたしはこれで。」
-CAZH社データセンター付近-
パンプスがコツコツとアスファルトを叩き音を響かせる。一定のリズムを鳴らしているのは、満足そうな表情をした黒咲だ。
左肩から大きめの紙袋を下げ、夜の歩道を歩く。袋には、有名な洋服店のロゴが入っていた。
(ちょっと買い物に夢中になりすぎちゃったな。)
ゲームにはもうみんな集まっているだろう事を考えると、黒咲はそんな事を思った。それから紙袋の中に目をやって、嬉しそうに微笑むとまた前を見て歩き続ける。
データセンターへの道程は、近付くほど景色は殺風景となり、似たような建物や企業ビル、倉庫などばかりになっていく。
コンビニはあっても他のお店は殆どなく、個人宅もまず見かけない。
ただ、通りの街灯は明るく、夜でも暗さが気にならないように整備はしてあった。それは人がよく通る場所であって、細い子道や裏路地までも明るいわけではない。
黒咲はデータセンターへ向かい、気分良く歩いていると、急に立ち止まって目を細めた。
「何か用?」
誰にともなく、黒咲は静かに言った。だが、それに対しての反応は何処からも無かった。誰か見ていれば、おかしな女だと思われたかも知れない。
「警察、呼ぶよ?」
「分かった分かった、まったく勘のいい女だな。」
黒咲が鞄から携帯を取り出したところで、暗い路地から一人の男が現れる。苦笑しながら、やれやれといった態度で男は現れると、表情を消して黒咲を睨め付けた。
「私、暇じゃないのだけど。」
黒咲は男の視線を正面から見返して言った。
「察しが良いのは有難いが、少し付き合ってもらうぞ。」
男はそう言うと、出てきた路地の方を顎で示す。
「私には付き合う理由はないのだけど?」
「こっちにはあるんだ。手短に済ます。」
面倒そうに答える黒咲に、男は銃をちらつかせながら再度路地の方を示した。
この程度の脅迫で狼狽えるような黒咲ではなかったが、早く帰りたいという思いから、男に付いて行くことにした。
暗い路地に入り込むと、黒咲は念のため鞄の中に手を忍ばせる。愛用の短刀をいつでも抜けるように。
「話しだけなら、もういいでしょう?」
表通りならいざ知らず、こんな暗い路地に入ってくるような人は居ないだろう。黒咲はそう思って話しとやらを促した。
「それと、後ろの人はお仲間かしら?」
「あぁ、話しが終わる前に逃げられても困るんでな。」
気付かれた事で特に動揺することもなく男は言ってみせる。ただ、黒咲を睨み付ける視線だけは変わらずに。
「お前の所為で、俺らの資金源が無くなっちまったからな。」
「何の事かしら?」
後ろから別の男が言うが、黒咲は振り向く事もせず疑問を口にする。心当たりが無いわけじゃないが、自分に辿り着かれる事などあり得なかったからだ。とすれば、くだらない理由をつけて自分をどうにかしようとしている可能性もある。
ただ、所作からして素人ではない事に黒咲は警戒だけはしていた。
「知らばっくれんなよ、荻野さんの事だ。」
その名前にほんの一瞬、黒咲は動揺した。同時に、背後からの気配に短刀を抜き、既での所で相手のナイフを受け止める。
「んむっ・・・」
黒咲はナイフを受け止めた瞬間、背中に奔った痛みに唇をかんだ。突き抜ける痛みを堪え、目の前の男のナイフから短刀を滑らせ持ち手を斬り付ける。
「んっ!んーーーーっ・・・」
その間に後ろの男がナイフに力を籠め、身体の中に押し込んだ。痛みを堪えるために噛んだ唇から、血が滴っていく。
「調子に乗んなって。」
「この女!俺にやらせてくれ。」
手を斬り付けられた男は、怒りで目を血走らせ黒咲を睨み付ける。
「だめだ。」
「くそ・・・」
黒咲にナイフを刺した男が静かに言うと、手を斬られた男は顔を逸らして悔しそうにそれだけ言った。
「てめぇの間抜けに付き合ってられるか。この女はこのまま放置だ。」
「それじゃ、死なないかもしれないだろう?」
「いや、助からないさ。」
男たちが話している間に、黒咲の目から涙が零れ落ち、力が抜けた手からも短刀が落下して乾いた音を立てた。
「苦痛の中で後悔しながら死ね。お前一人殺したところで、どうなるもんでもねぇが、それでも少しはこっちの溜飲が下がるからな。」
男は言って、黒咲に刺していたナイフから手を放す。黒咲はゆっくりと膝から落ち、アスファルトに手を付いて倒れ込むのを堪えた。
「ナイフはくれてやる。どうせ誰かの指紋が付いた、何処でも買えるやつだからな。代わりに、この短刀は貰っといてやるよ。」
男は短刀を拾うと、黒咲を見下ろしてその場から去っていった。もう一人の男も、手を抑えながらそれに続いて。
(情報を知っているのは宗太郎・・・)
黒咲は買ったばかりの服を、傷口に当てると立ち上がる。
(使えない子は、もういらないって事なのね・・・)
傷口を抑え歯を食いしばり、足を引きずりながら黒咲は歩き始めた。
-CAZH社データセンター内-
「黒咲くん遅いね。」
美馬津は帰って来ない黒咲が心配になっていた。ディスプレイの中では、ユアキスのパーティが戦闘をしているが、その中にマリアの姿は無い。
「まりあは子供じゃないぞー。」
「そりゃ分かってるけどさ。」
呆れた目を向ける禍月に、美馬津は心配してるんだと含んで言った。
「しかし、戦闘時間が長引いているね。」
「まったく、何処をほっつき歩いてんだ・・・」
禍月もいつもより戦闘に時間が掛かっている状況を見ながら、美馬津への応えではなく黒咲の心配を口にする。
「こいつらがゲーム終わるまで戻って来なかったら、連絡してみるなー。」
「分かったよ。」
禍月にとって、黒咲も心配ではあったが、今は目の前の状況を監視する方が優先だった。そのために、此の場所に居るのだから。
(結局、麻璃亜は来なかったな・・・)
戦闘の時間はやっぱり、麻璃亜が居ないと長くなる。それに、やる気の無くなる奴もいるしな。
そんなわけで、今日は早めの解散となった。戦闘に時間が掛かる状況で、連戦は止めようかという事で一致して。
起き上がってトイレに行こうとすると、携帯がメッセージを受信していた。今日来なかった事から、もしかすると麻璃亜じゃないかとも思えた。
まぁ、麻璃亜が居ない事に対しての不満を、中島が送ってきていても不思議じゃないが。
そんな事を考えながらメッセージを確認する。
『晶社くん
今すぐ、あの場所に、来て欲しいな』
今すぐ携帯を投げようとしたが、止めた。
なんとなくとしか言えないが。
ってか、ゲームに来ないで何をしてたんだ。ログインもせずに、俺を呼び出すってどういう事だよ。
ログインせずに呼び出し?
その状況に、何か理由があるのだろうと思えた。そもそも、麻璃亜は管理者側のプレイヤーだ。俺が知らない何かを知ったのかもしれない。
それを伝えようとしているのか?
そう思うと、面倒だが行こうと思った。何より、行かずに明日ゲーム内で顔を合わせる事になる方が気まずい、というのが本音だが。
母さんにはコンビニに行ってくると、適当に言って家を出た。自転車を走らせあのカフェに向かう。もう秋だが、夜風は生温かった。
カフェの近くで歩道に乗り上げ、歩いてすぐに麻璃亜の姿は見えてきた。街灯があり暗くはないが、時間が遅いため人通りは無い。
ふざけた事に、麻璃亜は街灯に寄りかかって歩道に座り込んでいた。
その麻璃亜が俺に気付くと、いつもの微笑を向けて来る。でも、その微笑はいつもよりも弱々しく感じた。
「何で座り込んでんだよ、まさか酒でも飲んでるのか?」
俺は近くに自転車を止め、麻璃亜の前まで行くと呆れたように言う。
「本当に、来てくれた。」
麻璃亜はそれだけ言うと、目を潤ませ、やがてそれは雫となって頬を伝った。
「どうしたんだよ。」
何で泣くんだよ。
意味が分からずに正面に回ると、麻璃亜が座っている理由に気が付いた。
「おい!」
座っているんじゃない、おそらく立てないんだ。
「それ、なんだよ・・・」
黒く染まった右手、よく見れば服の右側も黒く染まっている。その色は、街灯の所為で赤を含んでいる色だと認識出来た。俺は麻璃亜の前に膝を付いて、確認しようとする。初めて見る状況に、怖いもの見たさがあったのかも知れない。
「・・・そうだ、救急車!」
そんな事をしている場合ではない、俺は思い至ると慌ててズボンのポケットから携帯を取り出す。
「ダメ!・・・」
だが、麻璃亜は携帯を持つ俺の手を掴んで、その行為を止めた。弱っているように見えて力強く、その目は強い意志で拒否しているようだった。
「なんで、だよ・・・」
俺は掴んでいる麻璃亜の手を見ながら、どうして呼ばせてくれないのかと疑問を口にする。
「因果応報・・・かな。」
「意味がわかんねぇよ。」
「そう、だね。」
いつもの優しい笑みで麻璃亜は言うが、何にも答えになってない。
「寄りかかって、いい?」
「え、あぁ・・・」
突然言われた事に、思わず返事をする。麻璃亜は顔を歪めながら、這うように俺の足に背中を預けた。なんで、こんな状態になってまでそうするのか、なんで病院に行こうとしないのか、まったく分からない。
だが、何故か麻璃亜の顔は嬉しそうに見えた。
「月、綺麗。」
背中を預け、空を見上げた麻璃亜は、片言のように言った。俺も一瞬見上げるが、満月にはまだ少し遠い。
「光の下って、眩しいね・・・」
何も言えず、少しの沈黙が流れたあと、麻璃亜はそれだけ言った。街灯の灯りはそんなに眩しくはない。何を言っているんだ。まぁ、月明かりよりは明るいが。
「麻璃亜、このままじゃ死んじまうぞ、救急車呼んだ方がいいだろ?」
「ダメ、お願い。」
間が持たずに、もう一度言ってみるが、やはり頑なに拒否をした。
「ここが、いい。」
「何でそんな事を言うんだよ!何で俺を呼んだんだよ!」
弱っていく麻璃亜を目にしていたら、いつしか俺の目も潤んでいたようだ。それは、彼女が助からないと思ってしまったからかもしれない。
彼女の背中から流れる、生暖かい体液が俺のズボンを濡らしていくのがそう思わせたのだろうか。
「晶社くんがね、私の光だから。」
「なんだよ、それ・・・」
「私、同年代の普通の子、初めて関わったんだ。だからかな?」
「いや、俺に聞かれても分かんねぇよ・・・」
微笑んで麻璃亜は言うが、俺にはとても笑えない。
「だったら、生きてくれよ。」
「嬉しいけど、私の結末はこうなるって思ってた。それでも、最後がこれなら、幸せ・・・」
「なに馬鹿な事を言ってんだ。俺は納得できねぇよ。」
死ぬ事の何が幸せだって言うんだ。なんで、こんな結末なんだよ。
「我儘だよね、晶社くんには、私の死を刻んでしまう。」
「じゃぁ、死ぬなよ・・・」
「ごめんね・・・」
麻璃亜は、大粒の涙を流しながら言うと、左手で俺の頬に触れた。その手で、いつの間にか流れ始めていた涙を拭う。
「晶社くん、肩に手、回して。」
「こう、か?」
「うん。」
麻璃亜に言われるまま、俺は麻璃亜の肩に手を回した。少し力を籠め、抱き寄せるようにすると、麻璃亜は嬉しそうに頷く。
「こんな事になった理由、言えないのか?」
もう、救急車を呼ぶのは諦めた。腕の中で、麻璃亜が衰弱していくのが、痛いほど伝わってくる。でも、こんな事に付き合わせるなら、理由くらい知りたいとも思う。
でも、予想通り麻璃亜は頷いた。
「晶社くんは、こっちの世界を知って欲しくない。」
麻璃亜の言葉からは、拒絶するような雰囲気を感じた。きっと、ゲームしているだけが仕事じゃないのだろう。
「それ以上に、私の事を知られたくない、今の私だけ見て欲しいって思いが、強いかな。」
なんだよ、それ・・・
「ねぇ、晶社くん・・・」
「なんだよ?」
小さくなっていく声は、もう長くないのだろうと、俺ですら思った。
麻璃亜は、もうすぐ、死ぬんだと。
「キス、して。」
「な!?なに、アホな事・・・」
女と付き合ったことすら無いってのに、キスとか、意味が分かんねぇ。
「私ね、ずっと闇の中を歩いていた・・・」
何の事か分からないが、俺は黙って聞く。もう、何を言っていいのかも分からないし。
「その闇の中で、唯一の光が、晶社くんだったんだ。」
「意味が、わかんね・・・」
「ふふ、私も。」
麻璃亜は言うと、笑おうとするが、もうそんな力も無いらしい。
「お姉さんじゃ、嫌?・・・」
「違う・・・」
本当にどうしていいか分からないんだ。
「最後のお願い、聞いて欲しいな。」
そんな事を言われたって・・・
分からない。
分からないけど、俺は麻璃亜の肩に力を入れ引き寄せると、口付けをした。やった事もないから、これでいいのかも分からない。
麻璃亜が俺の首に手を回し、重ねた唇が強く触れ合う。
初めてのキスは、血の味がした。
その直後、麻璃亜の手から力が抜け、垂れ落ちた。
「麻璃亜!?」
「嬉しい・・・」
まだ、生きていた。そう思ったが、その言葉を最後に麻璃亜は静かに息を引き取った。幸せそうに、眠るように。
俺は何も考える事が出来ず、その場から動くことは出来なかった。
動かなくなった身体を支えたまま。
何も言わなくなった顔を見つめたまま。
麻璃亜が綺麗だと言った月には目は向かない。
白く透き通るような麻璃亜の微笑の方が、綺麗だと思った。
もう、笑わないのか・・・
俺、さっきまで話してたよな・・・
何で、こんな事になっているんだ・・・
暫くすると、警察車両のサイレンが聞こえた。
それは、目の前に止まっている。
近付いて来るのも、分からなかったらしい。
警察署に連れられ、俺は事情を聞かれた。両親も呼ばれ、帰されたのは朝方だった。
聞かれた事に対しては、ちゃんと答えたはずだが、何を言ったか覚えていない。心配や不安を口にする両親の言葉も、今は鬱陶しい。
それから数日、学校には普通に行った。中島も鳳隆院も話しかけては来るが、気のない返事をする俺に対し、あまり話しかけなくなった。
あれだけ毎日やっていたDEWSも、あれ以来ログインしていない。
何もかも、やる気がしない。
「雪待晶社だな。」
麻璃亜が冷たくなってから数日後、学校を出た直後に名前を呼ばれる。自分の名前に反応して、身体が自転車を止めた。
声のする方を見てみれば、眼鏡を掛けた小柄な女性が立っていた。
サイズの合っていないスーツは何処か変に見えたが、目付きは鋭く、瞳は闇のように色が無い。目の下の影は濃く、どう見てもやばそうな奴にしか見えなかった。
「なんだ?」
普段の俺なら、怖がっていたかもしれないが、どうでもいいと思って適当に返事をする。
「まりあの最後、看取ったんだろ?」
「麻璃亜・・・」
今まで心が拒否をしていたのだろうか。
その事実を、認識したくなかったんだろうか。
目の前の女性に言われた途端、俺は目から涙が溢れ出した。
「まりあ、どんな顔をしてた?」
何故、こいつはその事を知っているんだ?
「あたしが誰だか知らないからか?いきなり言われても困るよなー。あたしはあれだ、まりあにゲームやらせていたんだ。」
そうか、この女が管理者ってわけか・・・本当か?そんな風には見えない。
「ちなみに姉だ。」
嘘だろ・・・逆かと思ったよ。
「だから教えろ。まりあのアホ、ずっと一緒に居たあたしじゃなく、お前のところで死ぬことを選んだんだ。聞く権利くらいあるだろ・・・」
そう、なのか。だったら、悪いことをしたな。そう思いながら、女性を見るとさっきの恐ろしい目はしていなかった。目の下の隈も、麻璃亜の死が原因なのだろうか。
「幸せだって、あの優しく笑う顔のまま・・・」
あの夜の事鮮明に思い出す。
言葉に詰まる。
また、涙が溢れ出す。
「なら良し。」
良し?
何が?
「何が・・・何が良いんだよ!麻璃亜は、死んだんだぞ・・・」
思わず声を大きくしていた。
それは、俺が決める事じゃ、ないよな。
「お前がそう思ってくれる事が、あたしは嬉しい。まりあにも手向けになるだろう。」
なんだよ、それ。
だが、そう言った女性の顔は満足そうだった。
「それを聞けただけで、良かったよ。」
「なぁ。」
「なんだ?まりあを殺ったのが誰か?という質問には答えんぞ。」
俺が聞こうと思った事は見透かされていた。
「知ってんのか?」
ただ、口振りからすれば、知っているように聞こえる。
「まりあは言わなかっただろ?」
「あぁ。」
「そういう事だ。あたしらの世界には来るな。もう、普通の生活が出来なくなるからなー。」
麻璃亜と似たような事を言われた。多分、一般人が関わっていい世界じゃないんだろう。俺を、巻き込まないようにしているんだうな。
「それでも、良いと言ったら?」
そう聞いた瞬間、女性の目は会った時のように鋭く、暗く深い色に戻った。
「聞いて来る時点でダメだろ、アホか。それに、まりあが望んだことをあたしが壊すわけにはいかない。」
「・・・」
「まりあの事は、忘れないでくれ。あたしの事は忘れろ、二度と会うことも無いしな。」
女性はそう言うと、俺に背を向けた。
「あぁ、それとな、今のお前はちょっとぶん殴りたい。」
「・・・意味が分かんねぇ、やりたきゃやれよ。」
言った瞬間、女性の姿が霞んで見えた。直後左頬に激痛を感じて、自転車から投げ出される。
・・・
口の中が切れたのか、血の味が口の中に広がり始めた。
血の味。
麻璃亜・・・
「まりあの事を思うなら、もちっとましになれ。」
「なんの、事だよ・・・」
「ゲームしていた時のノリはどした?今のお前を、まりあが望んでいると思ってんのか?」
そんな事、言われなくても分かってるよ。
ただ、気持ちが追い付かないんだ。
「まぁいい、今すぐにとは言わん。ただ、まりあが生きていたら、今のお前じゃ悲しむだろうよ。」
・・・
「さて、まりあだけってのも不公平だからな、あたしは掃除でもしに行く。もう会うことも無いが、今よりましになってる事を願ってるからなー。」
何も言えない俺は、そう言って去っていく女性をただ見ている事しか出来なかった。
終わり
あとがき
実は、マリアに関しては本編で死ぬ予定でした。
ただ、話しのノリ的にあまり死人は出したくないと思っているのと、マリアはキャラとしても愛着が出てきたというか、このまま残しておく方向にシフトしました。
でも、この話しも書きたかったんです。
という事で、もしもシリーズとして本編とは関係ないところで話しを書くことにしました。まるでアドベンチャーゲームのようなシナリオ分岐になってしまい、やらかした感はありますが・・・
本編とは違う未来に、分岐してしまったら。そんなノリで読んで頂けたのなら幸いです。
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