【完結】フェイクオメガ

水樹風

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第1話


 自宅の洗面所でネクタイが曲がっていないか確認し、前髪をちょっといじってみる。
 結局何も変わっていない髪型に「よしっ」と呟き、涼太は玄関の鍵を閉めて外階段をタタンと下りた。
 階段横の店舗の入口に、『本日都合により午後は休業させていただきます』と貼り紙があるのを確認すると足早に商店街を抜け、地下鉄の駅へと歩き出す。


「うわっ、ギリギリかも?しゃーない、走るか……。」


 腕時計を見れば既に十五時を過ぎてしまっている。指定された時間は十六時。涼太は慣れない革靴で走り出したのだった。


 今日は涼太にとって人生初のお見合いだった。別に三十路手前で、全く色恋に縁のない生活に焦ったわけではない。
 なにせ、今日のお見合い相手は男性なのだから。しかも、人口の一パーセントにも満たない貴重な第二性バース、アルファのエリート男性だ。


「俺、普通にスーツ着てきちゃったけど……。良かったのかな?」


 涼太は二十代前半まで、ベータだった。
 貴重なバースのアルファやオメガと接する機会もなく、ベータに囲まれた世界で、それなりにベータ女性といくつか恋愛もして……平和に平和に暮らしていたのだ。

 アルファはエリート。国の中枢を担い、大企業のトップを占め、スポーツ、芸術、様々な分野で世界的な活躍をみせる。
 そしてアルファよりも更に人口の少ないオメガは、男女問わず妊娠・出産が可能で、特にアルファとはお互いのフェロモンで求め合い、その相性によってはまるで魂で求め合う『運命のつがい』というものも存在するらしい。

 だが、生殖能力に特化したオメガは、定期的な発情期ヒートでフェロモンを撒き散らし、性的に周り人間を無差別に誘惑する卑しい存在として、長年差別されてきた。
 その差別をあからさまに続けてきたのは、本来オメガを求め、アルファやオメガといった貴重なバースをその間に作ることが出来るはずの、富裕層アルファ達だったのだ。

 彼らのそれは、アルファ至上主義というものらしい。
 アルファはアルファと結婚し、アルファを生む。アルファ以外の血はいらない。
 彼らは自分たち以外のバースをその世界から排除し続けた。
 何事も偏るのは良くないことだ。偏りすぎれば中間に戻ろうとするらしい。いつの間にかアルファとアルファの間にはベータばかり生まれるようになっていた。

 一方、様々な薬の開発が進み、自らの生活をコントロール出来るようになったオメガ達の選択肢は広がり続けた。
 近年はベータを選ぶオメガが圧倒的だ。もちろん、アルファと求め合うオメガもいる。
 だが、富裕層のアルファほど、敬遠されるようになってしまったのだ。

 ベータとオメガのカップルでもそれなりの確率でオメガが生まれ、オメガの人口はさほど変化なかった。だがアルファの人口は減少の一途をたどり、人口比率が一パーセントを切ってきて流石に国が危機感を募らせだした。
 手のひらを返した様にオメガを求めだした富裕層アルファ達。そんな彼らにオメガが冷たい視線を送りつけるのは当たり前のこと。
 ちょうどそんな時、画期的な研究結果が医学会で発表される。


『ベータの中の三つの遺伝子型は後天的にオメガに変異することが可能である』


 時々報告されていた遅発性オメガの存在。それの研究が進んで、誰がオメガになれるのか遺伝子検査でわかるようになったのだ。
 そんな美味しい情報に、富裕層アルファが占める中央政権が動かない訳がない。
 何だかんだと耳に馴染む理由を並べたて国民の遺伝子検査を始めた彼らは、オメガになることが出来るベータ【フェイクオメガ】を見つけ出した。
 そして【エフ】と呼ばれるようになったその特別なベータを、遺伝子的に相性のいいアルファとマッチングさせるプログラムを大々的に開始したのだった。


 そこで話を涼太に戻そう。
 特に何も考えず、疑問も持たず、通知が来たからとのほほんと受けた血液検査。
 郵送されてきた検査結果に、やっと涼太はことの重大さに気付く。


「俺がエフ!?……えっ、マッチングプログラムに登録って……、えっ、ええっ!?」


 涼太、二十四歳の夏──。
 自身が特殊遺伝子のフェイクオメガだと判明する。
 パニックになり、慌てて電話したのはバース内科クリニックで看護師をしている、友人の祐貴ゆうきだった。


「まったくさ、涼ちゃん。俺ちゃんと忠告したじゃん。何聞いてたの?」


 仕事帰りに涼太の家へとやって来た祐貴は、差し出された缶ビールに喉を鳴らし、ハーッと満足げに息を吐くと、呆れ顔で涼太に言った。


「問診票の一番下、ちゃんとチェックを入れないと、勝手にプログラムに登録されちゃうよって言ったのに。」


 そうだ、確かに祐貴は教えてくれた。
 あの時涼太は、検査時間ギリギリにクリニックに飛び込んで、受付のお姉さんに若干白い目で見られながら、大急ぎで問診票に記入した。じっくりと読んだりしなかったのだ。


「だってまさか、自分がエフだなんて思わないじゃん……。」


 自分が悪いのは確かなので、涼太は肩をすくめながらビールをチビチビと口に含む。


「祐貴ぃ、俺、これからどうなっちゃうの?」
「はぁぁ?ホントに、なんの情報も入れてないの?こんなにフェイクオメガって、世の中騒いでるのにっ。」


 そう言われてぐうの音も出ない。


「すみません……。」
「ほら、説明してあげるから、ちゃんと聞いて理解してよ?涼ちゃんの体に関わることだからね。」
「ありがと、祐貴。」


 祐貴の丁寧な説明によれば、エフとなるのは今のところメイルベータ、つまり男だけで、普通に生活していればオメガとして覚醒してしまうことはまずないらしい。
 エフがオメガとして覚醒する条件。それは運命の番となるアルファのフェロモンを感じるか、遺伝子的に相性のいいアルファのフェロモンの影響下で発情誘発剤を使用すること。


「ベータなのに運命の番とか言われても、ピンとこないな。」
「まぁ、確かにね。エフとわかって初めてバース内科を受診する人、ここのところ何人か出てきてるんだけどさ……。」
「そうなの?」


 涼太は自分だけの現実ではないことに、ホッと安堵の息をもらす。


「うん。けど、そりゃ戸惑うよね。俺達普通に生活してるベータは、恋愛対象異性のベータだしさ。ほら、男として抱く方じゃん?」
「あっ……。」


 祐貴は唐突に理解した表情の涼太に、そりゃそうかと納得してみる。
 もし自分がオメガになってしまったら、抱かれる立場になってしまう。相手がアルファなら、男だけでなく女にもだ。


「涼ちゃん、大丈夫だって。お見合いの話来たってちゃんと断れるんだしさ。万が一誰かと会うことになっちゃっても、トラブル防止でアルファの人は抑制剤の服用を義務付けるってなってたじゃん?」


 涼太はズンズンと気分が沈んでいく。祐貴の言葉も半分以上思考を素通りしていた。


「俺、もう男として終わるの?」
「おーい、涼ちゃん!話聞いてっ。」


 この時は、涼太にはそれなりに気になる女の子がいたりして、検査の前までは祐貴に告白の相談をしたりもしていた。が、この夜から、彼はすっかり恋愛する気力をなくしてしまった。


 役所から定期的に送られてくるお見合いの案内。
 不参加の返信を繰り返し、役所の担当者のお宅訪問もなんとかかわしつつ、あれから五年──。
 涼太はエフとしての自分を忘れるくらい、普通のベータとして日常を送っていたのだが……。



 とうとう涼太もお見合いの通知に参加の返信をする時が来る。
 折り返し届いた詳しい案内には、日時と場所、そして相手の名前が書いてあった。
 指定された場所は、高級ホテル、アマミヤホテル本館のラウンジ。
 場所が場所だけにきっちりスーツを着込んできたものの、パートナーを探している男性アルファ相手にこれは正解だったのか、涼太は電車の中で今更ながら不安になってくる。
 なんとか時間に間に合うようにホテルに到着した涼太は、もう一度身なりを確認しようとロビーのトイレに入った。


「大丈夫、一度会うだけ。話すだけだ。」


 涼太はパンパンッと頬を叩いて気合いを入れると、ラウンジへと向かったのだった。







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