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第6話
しおりを挟む約束の日曜日──。
涼太は随分と早起きをしたにもかかわらず、着ていく服が決まらず結局ギリギリに家を出た。
「カジュアルって難しい!スーツの方が楽だった。」
涼太は仕事柄動きやすさと汚れにくさ重視で服を選ぶので、美術館に似合いそうな服の持ち合わせがほとんどなかった。
伊織とのお見合い……。実際は仕事の打ち合わせだとわかってはいるのに、気持ちの定まり所がなくどこか浮かれているような自分に、涼太は不思議な感覚だった。
結局カーキのセミワイドパンツに白のハリのあるTシャツと薄手の黒カーディガンを合わせシンプルな格好で待ち合わせに向かったのだった。
待ち合わせ時間の5分前にレストランに着くと、伊織は入口の手前で既に待っていた。アルファだけあり、190センチ近い身長と長い手脚で逞しい容姿は、人混みの中でもすぐにわかる。
伊織はネイビーの品のいいシャツにベージュのカジュアルジャケット姿で、少し開いた襟元に涼太は一瞬ドキっとしてしまった。
──あれ?男同士で気楽にってこんな感覚だったっけ?
「お待たせしました、天宮さん。」
涼太が声をかけると、伊織は柔らかく笑いかける。
「全然待っていませんよ。」
それに微笑み返し涼太が側に行くと、伊織の影に隠れるように小柄な清水が一緒に立っていた。
「本日はありがとうございます、一色さん。」
「清水さん。いらしてたんですね。」
「はい。天宮さんには随分とお世話になっていますし、きちんと書類を残させていただこうと思いまして。」
聞けば清水は宗一郎の担当になってからかなり振り回されているらしく、今回の形だけのお見合いも全面的に協力してくれているようだ。
「天宮さんには1時間ほど前に、私の前で抑制剤を飲んでいただきました。恐れ入りますが、一色さんにもこちらの同意書にサインをいただきたいのですが……。」
清水が細々とした説明を涼太にしていると、伊織のスマホが鳴った。
「すみません、ちょっと出てきます。」
伊織はそう言って建物を出た。
「いやぁ、しかし、今回のセッティングのためにお二人の遺伝子のマッチングも見させていただいたんですが、かなり高い相性度だったんですよ。何も問題なく書類が通ったので良かったです。……あ、ここと、ここにサインを……。」
──俺、天宮さんと相性がいいんだ。
涼太はその事実に胸が高鳴る。
──いやいや、天宮さんには恋人がいるんだから……。
そう言い聞かせ落ち着こうとしている自分に、涼太は違和感がなかった。本当なら、同性の仕事相手に胸が高鳴る時点でおかしいはずなのに。
「すみません、お待たせしました。書類は書き終わりましたか?」
伊織が2人の所に戻って来ると、清水は帰り仕度を始めた。
「お二人に記入していただく書類は以上です。この後はお仕事のお話があるようですし、私はこれで失礼しますね。」
「清水さん、色々わがままに付き合っていただいてありがとうございました。」
「いえいえ。それでは。」
何度も頭を下げながら帰っていく清水を見送ると、伊織は涼太に爽やかな笑顔で話しかけた。
「一色さん、どうしますか?ちょうど今、特別展がマーゴ・バレの世界みたいで。興味がおありでしたら先に見てまわりますか?」
マーゴ・バレ。フランスのフラワーアーティストで、光廣も師事した重鎮だ。
涼太は何気なく美術館のチケットを受け取ってしまったが、伊織は特別展の内容を知った上でこの場所でのお見合いを提案してきたんだろう。
「彼女の作品は大好きなんです。ぜひお願いします。」
そう微笑む涼太は、周りがハッとしてしまうほど魅力的で、なんというか男なのにコケティッシュという表現がピッタリくる。伊織より3つも年上には、とても思えなかった。
──ああ、これは。アルファにとっちゃある意味毒だな。俺も礼奈がいなかったら……。
「天宮さん?どうかされましたか?」
伊織は無意識に涼太をジッと見つめていたらしい。
「あ、いや……。行きましょうか。」
伊織と並んで歩き出した涼太は、ほんのりと柔らかく香る甘さに気付く。
──あれ?まさか、フェロモン?いやでも、抑制剤は飲んだって言って……。
「天宮さん、何かコロンを付けてますか?」
涼太は恐る恐る聞いてみる。
「いえ、特には。何か匂いますか?」
「ちょっとだけ、甘い香りがするなぁと……。」
「……。ああ!もしかしたら、今朝つけたボディローションかもしれません。気になりますか?」
──なんだ、ローションか……。
涼太はその答えにホッとすると同時に、どこか寂しさを感じた。
「あ、いえっ。優しい香りなので大丈夫です。むしろ落ち着きます……。」
「よかった。」
今度は本当にすぐ横から、微笑みを降り注がれる。涼太は再び感じたドクンと揺れる胸の鼓動に、少々的外れな事を思っていた。
──エリートのイケメンアルファは、男まで落とせるんだな。
涼太の自覚のなさも大概だ。
伊織と並んで歩いていると、チラチラと視線を感じる。
涼太は完全に、皆んな伊織を見ているのだと思っていた。
だが、整った容姿の伊織はもちろんのこと、半分以上は更にその上をいく艶やかな美しさの涼太に目を奪われ、もしくはあまりにも絵になりすぎる二人が放つオーラに惹きつけられていた。
特別展の会場に入ると、涼太の瞳が途端にキラキラと輝き出した。
「天宮さん……。」
「はい?」
無垢な少年のような表情で涼太に見上げられた伊織は、ついドキっとしてしまう。
「ありがとうございます、ここに誘ってくれて……。俺、この空間に足を踏み入れて、改めて自分は花が好きなんだって、そう気付けました!」
純粋に向けられる涼太の視線。吸い寄せられるように見つめ返していた自分に気付いた途端、伊織は突き刺さるような胸の苦しさを感じた。
──なんだ、これ……。なんなんだよ……。 俺には礼奈がいる。彼女をちゃんと愛してる。
アルファとエフの関係で、フェロモンで誘惑するのはアルファの方だ。エフはオメガとして覚醒するまでフェロモンは出ない。
じゃあ、今自分が感じているこの感覚は一体なんなのか……?伊織は無邪気に作品を堪能し話しかけてくる涼太の存在に、戸惑ってしまっていた。
──これじゃまるで、打ち合わせじゃなくてデートじゃないか!?
礼奈を怒らせないために、形だけのお見合いをしようと涼太に話を持ちかけたのに、これでは本末転倒じゃ!?と、伊織は急激に焦り始めたのだった。
そして、涼太と伊織の『デート』に気付いてしまった人間がもう一人……。
「あれは、天宮伊織……?なんであの美人エフと……!」
絡み合いだした関係と言うのは恐ろしいもので、このマーゴ・バレ展の誘致で仕事上一枚噛んでいた宗一郎が、偶然にも美術館に来ていたのだ。
「俺に恥をかかせた挙げ句、自分は一色涼太を手に入れようって言うのか!?」
親からのプレッシャーもあり、何度となくエフに会ってきた宗一郎も、涼太ほど自分の好みで手に入れたいと思ったエフはいなかった。自分を出し抜いて誰かが手に入れようとしているのなら、尚更だ。
涼太は自分に、いやらしく、恐ろしい視線を向けている人間がいることに、気付けずにいたのだった……。
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