【完結】フェイクオメガ

水樹風

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第7話

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「それじゃ、一色さんは物心ついた時には父親が二人だったんですか?」
「はい。私が光廣の籍に養子で入ったので、トモさんは遠慮しちゃったみたいで、書類上はただの他人なんですけど……。二人とも大切な父です。」


 涼太は伊織とマーゴ・バレの作品を見てまわるうちに緊張が解け、マーゴが養父の光廣の師だったという話から、自分の身の上話まで色々と話してしまっていた。
 伊織は光廣と友明がパートナーだとは聞いていたが、ベータの同性同士で甥を養子に迎えてなお、長年愛を育み続けていたと聞いて、単純に感動していた。


「あっ、すみません。俺ばっかりペラペラと。」


 十分に特別展を堪能した二人は、美術館に併設のレストランで遅めのランチの最中だった。


「一色さんは、普段一人称は俺なんですね。」
「えっ?あっ……。」


 伊織に言われ、口調が砕け始めていたのに気付き、涼太は少し赤くなる。


「ちょっと意外です。」
「意外、ですか?」
「ええ。こんな綺麗な一色さんの口から『俺』って聞くと、初めての人間は違和感ありますよ。」
「なっ……ええっ?綺麗って……。本当に俺のこと言ってますか?」


 どうもこの前の宗一郎といい、アルファからは自分が綺麗だと言われる……。彼らから見ればエフは特別に見えるのだろうか?


「いやいや、一色さんこそ、本気で言ってます?……っていうか、本気で無自覚っぽいですよね。」


 伊織はやや呆れ気味に続ける。その口調は祐貴のそれにそっくりだった。


「本当に今まで、綺麗とか美人とか言われませんでした?」


 涼太は伊織に言われ、男の俺に何を……と思いつつ、記憶を遡ってみる。


 ──んん?よくよく思い返してみれば、高校で初対面の祐貴に「学年で1番の美人」と言われたような……。ん?そういえば顧客にも時々、綺麗とか美しいなんて言ってくれる人も……。


 涼太は自分に言われる美辞麗句の数々を、自覚のなさ故に全て笑顔で軽く流してきていた。


「あっ、いや……。でも、自分では全然……。」


 なんとなく自覚した様子ながら、どぎまぎと言い訳のように言う涼太に、伊織は大きな溜め息を吐いた。


「一色さんの場合、謙遜じゃなくて本気の無自覚ですよね?そろそろちゃんと自分の魅力を自覚しないと、またこの前みたいなことになりますよ。」


 そんなことはないと言いたいが、助けてもらった本人に言えるはずもなく、涼太は誤魔化しがてら水のグラスに手を伸ばした。


「年上の一色さんに失礼かもしれないですけど、危なっかしくて心配になりますよ……。」
「えっ!天宮さん俺より年下ですか?」
「ほら、そういうとこですよ。もう俺も普通に喋りますね。俺、26ですよ。」
「ええっ!?」


 あまりの驚きっぷりに、伊織はとうとう吹き出してしまった。


「え、あの、天宮さん?」
「もう、伊織って呼んで下さい。その方が少しは年上っぽいでしょ?」


 笑いすぎて涙目になった伊織に言われ、涼太は流石にムッとする。しかし、その怒り方が伊織にしてみれば小動物のようで癒やしですらあった。


「ひどいです、伊織くん!そこまで笑わなくてもっ。」
「ごめんなさい……。ふっ……。」
「まだ笑ってるじゃないですかっ。」
「ホントに……、すみませんっ。俺も名前で呼ばせてもらってもいいですか?」
「それは、構いませんが……。」
「涼太さんは、可愛いです。」


 涼太はそのセリフに一気に耳まで赤くなる。それを見た伊織はまた吹き出し、涼太はからかわれたのだと気づく。


「い、伊織くんっ!」


 その後二人はすっかり打ち解け、ウェディングフェアの打ち合わせも順調に進み、夕方個人の連絡先を交換して別れたのだった。




 伊織は普段、アマミヤホテルの一室で暮らしている。
 今日は涼太とのお見合いのために久しぶりに丸一日オフにしたのだが、それを知った両親に、たまには実家で家族皆んなで夕食をとりたいから来るようにと半ば強引に約束させられていた。
 言われた通り、夕食に間に合うように涼太と別れ、実家に来てガレージを開けてみれば、案の定両親の駐車スペースは空だった。


「帰る前なのか、出た後なのか……。」


 十中八九後者だろうなとは思いつつも、伊織が玄関からリビングへと通じる廊下のドアを開けてみれば、どうやら弟の汐音しおんが恋人の直央なおとお楽しみの最中らしく、直央の十代男子らしからぬ艶めいた声が聞こえて来る。


 ──はぁ、若いねぇ。二人が、リビングでシてるってことは、親父も母さんも仕事だな。


 彼氏の兄に自分の喘ぎ声を聞かれたと知ったら、あの可愛らしい直央はショックだろう。伊織は静かにドアを閉めると、そそくさとガレージで愛車に乗り込んだ。
 ちょうどその時、コンソールボックスに入れたスマホのバイブレーションが鳴り出した。


「もしもし。礼奈?どうした?……うん、……これから?わかった。すぐに行くよ。」


 伊織はスマホをコンソールボックスに戻すと、エンジンをかける。
 電話してきた礼奈の声はひどく深刻そうで、大事な話があるから今から会いたいと言ってきた。


「まさか、今日のことバレて……。」


 伊織は嫌な予感がどんどんと膨らんでいくのを止められない。
 待ち合わせは海浜公園。伊織が礼奈に告白した想い出の場所。初めてのキスもその場所だった。


 ──礼奈……。


 彼女と付き合ってもう6年だ。半年前にプロポーズして断られた後も、関係は変わらずにいる。
 赤信号に邪魔されもどかしさが増す中、やっと着いた公園。いつもの待ち合わせのベンチに座る礼奈の名前を伊織が呼ぶ。
 しかし、その後彼女がいつも通り伊織に駆け寄り、抱きついてくることはなかった。


「急にごめんね。」
「いや、大丈夫だ。どうした?」


 伊織は必死に冷静を装い隣に座る。


「うん……。」


 今夜は随分と海風が冷たい。伊織が礼奈を抱き寄せようとしたが、彼女はそっとそれを避けた。……それが、答えだった。


「ごめん……。伊織、ごめんなさい!」
「………。」
「私、お父様が持ってきたお見合い話でどうしても断わりきれないのがあって……。」
「……会ったのか?」
「うん。」
「相手は?アルファ?エフ?」
「相手は、オメガ……。」


 その答えに、伊織は最悪の言葉を礼奈が言わないように必死に願った。
 それで現実は変わらないとわかっていても、その言葉だけは聞きたくないと……。全てを諦めるしかない、その言葉は……。


「ごめん、……彼女は、彼女は運命なの!私の運命だったのよ!」


 ──ああ、最悪だ……。


「運命には逆らえない……。アルファなら伊織もわかるでしょ!?」


 ──礼奈は俺を裏切ったのに、自分を正当化しようと言うのか!?


 伊織は拳を握り締める。


「……もう、番ったのか……?」


 小さく頷く礼奈を見て、伊織は爆発しそうだった。ありとあらゆる彼女をなじる言葉をぶつけて礼奈を壊したくなる。
 伊織は何も言わず立ち上がると、一切礼奈を見ることなく踵を返した。


 ──醜態を晒して、これ以上惨めになりたくない。


 背中に届く彼女のひたすら謝る声が突き刺さる。
 伊織は運転席に乗り込むと、ハンドルを強く叩きつけ、そこに額を押し付けた。


「裏切った……。」


 ──俺達二人の関係を裏切ったのは、本当に礼奈だけか?俺は今日、涼太さんに何を思った……!?


「何だったんだ、この6年……。」


 伊織の呟きは、車の中でやけに大きく聞こえた。


 ──バースって、一体何なんだよ……!


 そんなもので、運命なんてものが決まっているなら……。


「気持ちなんて、無意味じゃねぇか……。」



 伊織は何時間もその場を動くことは出来なかった──。










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