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第8話
「えっ?河野さんがですか?」
それは清水からの連絡だった。
伊織と美術館で会ってから2週間ほど。あの時間の全ての出来事に刺激された涼太は来週のウェディングフェアに向け精力的に動いていた。
そんな中、2ヶ月近く経って、宗一郎が改めて謝罪したいと申し出てきたと言うのだ。
「あの、私の方はもうそこまでしていただかなくても……。」
あの時は、涼太も手当金のためにお見合いを利用した。自分の愚かさへの罪悪感もあって、早く過去の出来事として流してしまいたいのが本音だった。
清水が本音をポロっとこぼしつつ言うには、上からの圧もあり宗一郎に次のお見合いの打診をしたところ、涼太にきちんと謝罪をしてけじめをつけてからにしたいと言われてしまったらしい。
必要ないと断った涼太だったが、間に挟まれた清水に申し訳なくなり、明日清水と共に店に来るというのを了承してしまったのだった。
翌日、清水に連れられ現れた宗一郎は、お見合いの日と同一人物とは思えないほど神妙な面持ちで、深々と頭を下げた。
「本当に申し訳ありませんでした!自分の立場やバースに思い上がっていたとしか言い様のない、愚かな真似をしてしまいました。謝罪すらすぐに伺えず、弁解の余地もありません……。」
放っておけば土下座でもしだすのではないかと言う宗一郎の勢いに、涼太は面食らってしまう。隣にいる清水もア然としていた。
「こ、河野さん!頭を上げて下さい。実はあの時私も、お相手が誰だろうとお断りする前提で行きました。もう、お互い様と言うことにしましょう。」
「一色さん……。」
涼太には宗一郎が心から反省しているように見えた。
元々涼太に人を騙そうなどという思考がないこともあり、疑うことを知らないのだ。
祐貴や、伊織でさえ指摘する危うさを、涼太本人はなかなか自覚出来ていなかった。
この日、宗一郎は言葉通り謝罪だけするとすぐに帰っていった。
そんな宗一郎の最後の一言が本当の目的だとは、涼太は気付くはずもない……。
「一色さん、今度、客としてお邪魔してもいいですか?とても素敵なアレンジだ。」
「ありがとうございます。ぜひ。」
宗一郎はその返事を聞くと、満足して店を去っていった。
ウェディングフェア前日。
涼太は何度かアマミヤホテルに打ち合わせに来ていたが、担当になってくれた永塚と会うだけで、多忙らしい伊織とはあれから1度も会えていなかった。
「一色さん、お連れ様です。」
「あ、永塚さん。」
涼太が担当のホールに花を搬入していると、永塚が声をかけてきた。
「まだ荷物ありますよね?」
「あ、はい。下の搬入口に台車がいくつか。」
「了解です。そっちは俺が運びますんで、一色さん会場で作業始めてください。」
永塚は涼太より少しだけ年上で、気さくな人柄もありとても話しやすかった。
──伊織くん、今日もいないのかな?
仕事上、伊織の立場はマネージャーで、一介の出入り業者である涼太とそうそう話す機会がないことはわかっていたが、せめて顔ぐらいちらっとでも見たいなと思ってしまう涼太がいた。
「一色さん、これどこに置きますか?」
伊織のことを考え手が止まってしまっていた涼太は、永塚の声にドキっとして、手に持っていたフローラルテープを落としてしまう。
コロコロとテープの転がった先に歩いてきた人影。そこに立っていたのは伊織だった。
「あ、まみやさんっ。お疲れ様です。」
久しぶりの伊織に、涼太は声が裏返ってしまい、恥ずかしさに視線を外す。
「一色さーん!どうします?」
再び永塚に聞かれ、涼太はフローラルテープを拾うと慌てて動き出した。
「すみません!こっちにお願いします!」
──なんだ、これ?い、伊織くんは仕事相手だろ?
伊織に会えた高揚感……。数少ないながら、涼太も一応恋愛はしてきた。流石の涼太にも、この感じには覚えがある。
──いやいや、ダメだろ!伊織くんは、アマミヤホテルの御曹司で、エリートアルファで、男で……女性の……。
「……恋人が……いて……。」
涼太は口の中でそう呟く。
──俺は何を考えてるんだろう。こんな中途半端な自分が……。
「一色さん、今日明日、よろしくお願いします。」
「あ、はいっ!」
伊織が仕事中、涼太を名前で呼ばないのは当たり前のことながら、目線すら合わせてもらえず社交辞令的挨拶されたことに、涼太はやはり寂しさを拭えなかった。
──俺と礼奈とのことに、涼太さんは何の関係もない……。でも……。
──いざ顔を見るとキツいな……。
伊織はずっと涼太を避けてきた。仕事にプライベートを持ち込むなどもっての外だ。
だが今回礼奈との別れは理由が理由なだけに、伊織の中で四六時中燻り続けていた。
伊織は礼奈の嫉妬を回避するために涼太にお見合いを頼んだのだ。
それが礼奈に番が出来て捨てられた挙げ句……。
──俺も、涼太さんを勝手に意識してただなんて……。言えるかよ……。
「永塚、このタイムテーブルの件、ちょっといいか?」
伊織は永塚を呼び、一緒にタブレットを確認しながらホールを出た。
手を動かしながらも視界の端でずっと伊織を追ってしまっていた涼太は、広いホールに一人になりハッとする。
「なに、気持ち持ってかれてんだ!」
──どうにもならないだろ。
「集中、集中!」
涼太はパンパンッと頬を叩き気合いを入れ直す。
──この仕事を確実に取らなきゃ厳しいままなんだ。
慌ただしく会場整備が続くウェディングフェア前日。ホールに一人だったのはほんの僅かな時間だった。
それでも涼太にはそこに一人取り残されたような、どうしようもない虚しさが襲ってくる。
母親に捨てられ置いていかれた事実を知って以来、涼太は孤独というものが苦手だった。
家族になってくれた光廣と友明を失ってから、その孤独に蝕まれないように救ってくれていた場所。
──父さんとトモさんの店だけは絶対に守りたい……!
一人ぼっちの涼太に唯一残された、家族を感じられる場所を守るチャンスを、伊織がくれた。伊織にとって都合のいい取引のためだったとしても、涼太は伊織がくれた憐れみではない気持ちに応えたいと思った。
涼太にプロのフラワーアーティストとしてのスイッチが入る。
黙々と作業する涼太に、関係スタッフの誰もが安易に声をかけてはいけないと、そう思った。
Tシャツにデニム。作業用のエプロンに手袋をした涼太の手で、花々や緑と会話でもするように迷いなく仕上げられていくテーブル装花。瑞々しく美しいその花たちの中にあって、涼太の眩さは一際視線を集めていく。
永塚と共にホールに戻った伊織が、息を呑みそんな涼太に目を奪われるのは当然のことだった。
礼奈への燻りがスッと浄化でもされたように澄んでいくのを感じる。
これは涼太が創り上げるこの空間のせいなのか……。それとも自身が疑いようもなく感じてしまう、涼太への特別な想いのせいなのか……。
伊織はそこまで考えて、自分を苦々しく笑う。
──涼太さんがエフじゃなかったら、きっとこんなこと考えなかったくせにな……。
翌日のウェディングフェア。
涼太の手掛けた装花の評判は上々だった。
何より、来場客の希望で急遽会場で相談を受けることになった涼太の対応力が、その場に来ていた香菜子の目に留まり、契約の話はとんとん拍子で進んでいった。
「テコ入れで彼を手放したなんて、もったいないことするものね。」
そう言った香菜子が、涼太と友明の関係を知るのは少し後のこと。
事実を知った香菜子は大興奮でもっと話を聞きたいと、半ば強引に涼太を自宅の夕食に招待したのだった。
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