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第10話 *
「そんなに緊張しないで下さいよ、涼太さん。」
伊織は助手席でカチコチの涼太がおかしくてたまらない。
「だって、うちみたいな店の前にこんな高級車で来られたらビックリするよ。そうじゃなくても、取引先のCEOのお宅にお邪魔するって、緊張してるのに……。」
「じゃあ、CEOじゃなくて俺の両親に会いに行くと思って下さいよ。」
「へ?」
涼太は思わず間抜けな声が出てしまった。
伊織を見れば、別にからかっている訳ではなさそうだ。
伊織は涼太が自分のことを特別に感じているとは気付いていない。アマミヤのウェディング装花の仕事を請け負い始めてから、またざっくばらんに話せるようになってきた自分の家族と思った方が、涼太は気楽だろうとそう思っただけだった。
だが涼太にはその伊織の気遣いが小さな棘になって胸を突く。
──そりゃ、俺が入り込む余地なんてないもんな。伊織くんにとって俺はただの……。
片想いとはこんなにもキツいものだっただろうか……。
恋心というものを何年も動かし忘れ、放置し続けていた涼太は、恋の諦め方も上手く思い出せずにいた。
「涼太さん、着きましたよ。」
車が停まったのは豪邸ながら、どこかアットホームな雰囲気もある白い邸宅だった。
「もっと使用人さんがずらーっといるようなとこ想像してたよ、俺。」
「意外と普通でしょ?」
「いやいや、十分凄いけど。」
門扉を入り玄関までのアプローチの両脇はイングリッシュガーデンで、見事なローズアーチがあり涼太は思わず立ち止まる。
「すごいな……、ここまでのローズアーチ、そうそう出来ないよ。」
涼太はすっかり見惚れてしまい、香菜子が出迎えに出てきたことに気付かなかった。
「嬉しいわ、涼太くんにそう言ってもらえて。」
「あ、こんばんは!今日はお招きいただいてありがとうございます。」
いつもビジネススーツ姿の香菜子だが、ゆったりとした普段着の姿に仕事中の鋭さはなく、すっかり穏やかな母親のそれだった。
「あの、これ、よかったら飾って下さい。」
「あらぁ、素敵なスワッグね。ありがとう、涼太くん。さ、入って。」
香菜子に通されたダイニングには正嗣が既に座っていて、初対面の涼太は緊張でガチガチになりながら挨拶を済ませる。
だが、正嗣も驚くほどに柔らかな物腰で、伊織と4人、食卓を囲みだすとその温かな雰囲気に涼太の力も抜けていった。
「今日、汐音はどうしたの?」
伊織の言葉に涼太は思わず反応してしまう。
「伊織くん、しおんくんって?」
「ああ、弟です。」
「弟さん……。」
「汐音は今日、恋人とデートに行っててね。」
香菜子は何だか嬉しそうだ。
「何で母さんがウキウキしてるんだよ。」
「だって、見ていて可愛いじゃないの、あの子達。」
涼太にはそんなことを言っている香菜子の方が余程可愛らしく見える。
「偶然ですね、今日うちの店にも汐音くんって男の子が来てアレンジをオーダーしてくれて。」
「あら、そんなことってあるのね。」
香菜子はそう言いながら、涼太に料理を取り分けてくれた。
「正嗣さんも何か取りましょうか?ワインばかりじゃダメよ。」
「うん……。」
「伊織は?」
「いいよ、自分で取るから。」
「そう?」
──これが家族団らんか……。
涼太は目の前の光景を、次第にテレビの中のドラマのワンシーンでも見るように見つめ始めた。
涼太自身も会話には混ざっているものの、どこか遠くのことに思える。
豪邸の広いダイニングルーム。
富裕層アルファの家族。
温かい家族団らん。
──何一つ俺には縁のないものだ……。そうだ、元々俺と伊織くんは、住む世界が違うんだ……。
そんな根底のことに何故今まで気付かずに、バカみたいに悩んだりしていたんだろうか?涼太は心の中で自嘲した。
アルコールには強い方であまり顔に出ない涼太は、勧められるままワインを飲んでしまい、帰る頃にはだいぶ足元がフラついていた。
「もう、親父も母さんも飲ませ過ぎだよ。」
伊織が水を飲み終わった涼太を覗き込む。
「俺、送りますけど、車乗れそうですか?」
「うん。すみません、調子に乗って飲み過ぎてしまって……。」
「私達は全然いいのよ。これに懲りずにまた来てね、涼太くん。」
香菜子の優しい言葉も、今の涼太には小さな棘にしかならなかった。
酔っ払いなりに精一杯礼を言って、涼太は伊織に抱えられながら車に乗り込む。
走り出した車の少しだけ開いた窓から入る風に当たりながら、涼太はずっと口をつぐんだままだった。
伊織は涼太に言われ、車を店の裏手にある駐車スペースに停めた。
「ありがとう、伊織くん。本当に、俺はいつも恥ずかしいところを見せてばっかだな。」
「何言ってんですか。今夜はどんどん飲ませたうちの親が悪いんですから。涼太さん、歩けます?」
酔った涼太は、薄れた自身の理性と必死に戦っていた。
伊織に甘えたい自分と、ここで別れるべきだと訴える自分──。
「涼太さん?」
「………伊織くん、部屋まで……連れてって……。」
──今だけ、ちょっとだけ……。伊織くんを貸して下さい。
自分も一人じゃないと、涼太は少しだけでも感じたかった。
そんな葛藤の中で伊織に甘える選択をした涼太の囁きは、伊織にとっては媚薬でしかなかった。
──この人は、どれだけ俺の理性を試す気なんだ……!?
「もう、少しは歩いて下さいよ。」
「わかってるって。」
助手席から涼太を引っ張り出し、腕を担ぐと涼太の腰を支えながら歩き出す。
ふんわりしたコットンニットのラインからはわからなかった涼太の引き締まった脇腹を感じる。横を向き視線を下げれば、いつにもまして涼太の唇が潤んで見えた。
──ああ、くっそ……。なんだよ、この拷問!
表にまわり半ば伊織が持ち上げる形で階段を上らせる。
「涼太さん、鍵は?」
「ん?えっと……ケツ…のポケット……。」
涼太はそう言っただけで、くったりしてしまった。
「ああ、もう!俺が取りますよ。」
小さく頷く涼太を見て、伊織の理性は弾けてしまう。
取り出した鍵で乱暴にドアを開け、玄関の床に投げ出すように涼太を座らせた。
ドアに施錠すると、伊織は野生の獣のように涼太を見つめる。
「い、おり……くん?」
「涼太さん、俺言いましたよね?」
そう言いながら伊織は涼太を押し倒した。
「自覚持たないと危ないですよって!」
──伊織くんが俺に欲情してる……。
こんなにも甘い香りをさせて……。
「俺を部屋に入れたの、涼太さんですよ……。」
伊織が涼太にピッタリと覆い被さる。耳元で囁かれ、熱い息を感じ、涼太の体はゾクゾクと粟立っていった。
伊織の舌が涼太の耳の形をなぞる。そのままツーっと首筋から鎖骨へ舌が這い、彼の大きな手がニットの隙間から脇腹を撫で上げた。
「ふぅん、ん、んっ……。」
「涼太さん、綺麗だ……。」
「あっ、ダメだっ!あっ、んん……。」
伊織の手が涼太の服の中で、涼太の初めての場所を指先でどんどんと硬くしていく。
快感に溺れそうになっていく中、涼太の脚に伊織の滾った欲望が擦り付けられ、涼太は酔いが覚め我に返る。
涼太は必死に伊織を押しのけ始めた。
「ダメ、ダメだ!伊織くんっ!やめっ!」
「なんで!?」
「だって、君には恋人がっ!」
伊織は必死に叫ぶ涼太に、一瞬で思考を巡らせる。
──それは、涼太さん自身はヤじゃないってことか?
「涼太さん。」
伊織は涼太の体を起こすと、壁に寄りかからせて座らせ、その前で真っ直ぐに彼の目を見た。
「彼女には……礼奈には番が出来たんです。」
「……えっ?それって……。」
「もう、何ヶ月も前に。」
──それじゃ……、俺は罪悪感を感じる必要……ないのか?
「伊織く、ん……、俺……。」
「涼太さん、キスしていい?」
伊織が涼太の顔の横に手をつく。まるで肯定以外は許さないとでも言うように……。
涼太は伊織から目を逸らさなかった。甘えるような、安堵したようなその瞳の色を、伊織は「はい」と受け取った。
涼太の薄く開いた唇に伊織は躊躇いなく自身の唇を重ね、唇の隙間をねっとりと舌で撫でていく。そこに涼太も舌を差し出し絡めあった。
涼太は言葉もなく、ただ甘い吐息をもらし続け、伊織が自身の口内をくまなく確かめる悦びに震えていく……。
伊織の手が涼太のベルトに伸びてきて、涼太は慌てて唇を離しそれを制した。
「涼太さん?」
「ごめ……、俺、まだ……怖い……。」
小刻みに震え正直に訴える涼太を見て、伊織は愛しくて守りたくて堪らなくなった。
「うん。すみません、俺も焦りすぎました。」
「伊織くん……。」
「今夜はキスだけ。ね?」
涼太は伊織の優しさに、必死に彼の首に腕をまわして縋り、自身の唇を差し出した。
二人は靴を脱ぎ伊織が涼太を抱き上げて奥へと消える。
街灯に浮かぶ抱き合う二人のシルエットと、お互いを求め合い、混ざり合う水音はしばらく続いた。
蕩けて幸せに眠りについた涼太をベッドに寝かせ、伊織は部屋を出て車に乗り込む。
◇◇◇
──俺は今日、抑制剤を飲んできた。なのにキスがあんなに甘いなんて。制御出来なくなりそうだった……!俺の唾液を飲み込む度に、涼太さんもあり得ないくらい蕩けてた……。
──涼太さんはエフでもまだベータだ。多分この状態を気付けるのはアルファの俺だけ……。こんな感覚、他に理由がないだろう……。俺の中のアルファが全力で訴えてくる。
「涼太さんが、俺の……運命……。」
──じゃあ、この気持ちは……また偽物なのか?バースのせいで求めてるだけなのか!?
──ちゃんと考えて納得してから向き合いたい。涼太さんを傷つけることだけはしたくないんだ。今は何よりも大切だから……。
伊織は自身と向き合う覚悟を決めてアクセルを踏み込んだ。
涼太の気持ちを置き去りにして……。
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