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第15話
涼太の行方がわからなくなり1週間が過ぎようとしている。
伊織の不安は日に日に大きくなり、顔つきは険しくなるばかりだった。
伊織も自身の人脈を辿り、涼太の居場所を突き止めようとあちこち手を回したが、河野の持つ権力は絶大で、涼太が最後に会った人物が徳間と言う事しか掴めなかった。
伊織が徳間に会いに行き詰め寄り聞くと、彼はギャンブルで作った借金が嵩み自己破産寸前だったところに、宗一郎から甘い話を持ち掛けられたらしい。
「一体、何を言われたんだ!」
「こ、河野さんが、ある男を連れてくるから、美術館の関係者の振りをして会えと。首尾よくことが運んだら借金を肩代わりしてくれると言って……。」
伊織はあまりの怒りに、目の前の徳間が蜃気楼の中にでもいるように見える。
──涼太さんを手に入れるのに、こんなまわりくどいやり方をしてるのか!?一体、何のためだ!?
伊織は怒りのまま、宗一郎のところへ怒鳴り込みに行きたい衝動を必死に抑え込む。
──落ち着け、そんな悪手を打ったらあいつの思う壺だ……!
伊織は気付くとまた、涼太の店の前に立っていた。店舗脇の階段を上り、自宅の玄関ドアにそっと手を置く。
涼太とキスを交わした夜、どうして想いを遂げなかったんだろう……。涼太の真っ直ぐな告白に、何故あの場で1つしかない答えを告げなかったのか……!
伊織は自分の愚かさに、歯を食いしばり、拳をキツく握り締めた。
──俺はホントに、大バカだっ……。
「………、涼太さんっ……!」
伊織は自分が口にした彼の名前が深く胸に突き刺さり、崩れ落ちてその場に膝をつく。
そうして涼太の存在が伊織の胸に作った傷は日に日に膿み続け、伊織は仕事が手につかなくなっていった。
正嗣に実家に呼び出されたのは、そんな中の夜のことだ。
伊織がリビングに入ると、正嗣はただ「座れ」と一言だけ言って、厳しい視線を息子に送りつけた。
「何故呼び出されたか、わかるな?」
「………ああ。」
伊織は逃げることなく父を見る。
「伊織、今、お前の頭の中に戦略はあるのか?」
「え?」
「涼太くんを、今のお前で取り戻して守れるのかと聞いてる。」
「親父、なんで…!?」
正嗣の表情は今、経営者のそれだった。
正嗣が経営者として物腰の柔らかい穏やかな己を崩すとき、それは自らに害を与えようとする人間を排除するときだけだ。彼の正当防衛は、恐ろしく冷酷だった。
彼は跡継ぎである伊織に、自身の経営者としてのやり方を思い出させようとしていた。
「私は責任を放棄する人間を信頼などしないぞ。」
「………。」
「河野宗一郎を相手にするなら、頭を使え。お前はまだまだ力が足りない。」
「親父はどこまで知ってるんだ?」
「あの男が涼太くんに何をしたのかは知らない。だが、涼太くんの行方がわからなくなってお前が今の有り様になってるのはわかる。」
「──ッ!」
香菜子が二人の会話に割り込むことなく、テーブルに紅茶のカップを置く。
「感情に任せて河野の息子のところに行かなかったことは褒めてやる。……伊織、私は今の国のやり方にはずっと異を唱えてる。それを常に潰してくるのは河野だ。」
「親父は、俺にどうしろって言いたいんだよ。」
「私は何も言わないさ。ただCEOとして仕事をしない部下を叱責してる。」
「……申し訳、ありません……。」
正嗣はやっと少し表情を和らげ、父親として息子を見た。
「伊織、礼奈さんとはきちんとけじめをつけたんだね?」
「はい。」
「一色涼太くんは、お前の特別な人なんだね?」
「ああ……。涼太さんは、俺の運命の番だ。だけど俺は、そんなの関係なく彼を愛してる。」
伊織はきちんと涼太への想いを口に出したことで、自分は自分のためだけに空回りしていたのだと今更ながら気付く。
正嗣はそんな伊織の瞳の変化を穏やかに見守った。
「本当に悪かった、親父。……天宮の名前、使わせてもらっていいか?」
伊織の中に鋭さが宿り、思考が繋がり動き出す。
「戦略に必要なものならいくらでも使え。……伊織、ああいう連中が最も恐れるのは?」
「……社会的な死だ。」
正嗣は次期CEO候補の答えに、満足そうに頷いた。
「待って、兄貴っ。」
ガレージに向かっていた伊織を家から出てきた汐音が呼び止める。
「汐音……。」
「ごめん、さっきの親父との話、俺聞いちゃって。」
気まずそうに言う弟を、伊織は穏やかに見つめた。
「わざわざそんなこと言いに出てきたのか?黙ってりゃわかんな……。」
「いや、そうじゃなくてさ。」
「ん?」
汐音は手に持っていた1枚の紙を伊織に差し出した。それに書かれた名前を見て、伊織は顔色を変える。
「お前、これどこでっ!?」
「礼奈さんがくれたんだ。」
「礼奈、が?」
汐音が渡してきたのは、宗一郎をはじめ、何人かの富裕層アルファの名前が書かれたメモだった。
「俺、直央とこの前のお礼で礼奈さんに会いに行ったんだ。……実は、直央、特殊な体質のエフだったらしくてさ……。」
「特殊?」
汐音が言うには、直央はオメガへの変化が一切なく純粋なエフの状態でも、微量のフェロモンを放出してしまう体質だとわかったらしい。
そう言われてみれば、汐音はよく直央がアルファに言い寄られてしまい、ちょっかいを出してくるアルファ達に腹を立てていたなと、伊織は思い出す。
「礼奈さんにお礼に行った時にその話をしたらさ、アルファの中で最近ヤバい薬を使ってるって噂になってる連中がいるから気をつけろって、これ渡してくれたんだ。……直央、華奢だし可愛らしくて、狙われやすいだろうからって……。」
「……礼奈が、そこまで……。」
──あいつ、そんなこと調べたのか!?下手に手は出さないだろうが……。
「なぁ、兄貴。兄貴が運命の番だってさっき言ってた一色涼太さんって、花屋やってる人か?」
「な、んで、お前が知って……。」
──『偶然ですね、今日うちの店にも汐音くんって男の子が来てアレンジをオーダーしてくれて。』
あの日、この家で一緒に食卓を囲み、無邪気な笑顔でそう言っていた涼太を思い出す。
伊織はメモに書かれた「河野宗一郎」の名前を苦々しく見つめ、顔を歪めた。
「俺、本当に偶然だけど、前に直央のお母さんへのプレゼント作ってもらったんだ、涼太さんに。初めての客なのに、すごい良くしてくれてさ……。」
「ああ……。涼太さんは、そういう人だ……。」
──あの人が作り出す空気は、いつも周りを癒やして惹き寄せるんだ。
「純粋で、無邪気で、真っ直ぐ過ぎる……不器用で……。」
汐音は初めて聞く兄の震える声に、自分より少し背の高い伊織を夢中で抱きしめた。
「……ッ!?し、おん……?」
「俺、そん時宗一郎ってヤツ見たよ。いやらしい目つきで、涼太さんを食事に誘ってた。仕事の話もあるからって!」
「そうなのかっ!?」
伊織が汐音を引き剥がし腕を掴む。
「うんっ。ここに書いてある河野宗一郎ってそいつなんだろ?なぁ、何か俺に出来るなら……!」
「ダメだ!お前は絶対に手を出すな!」
「兄貴っ。」
伊織は一呼吸おき、自分を心配してくれる優しい弟を見つめる。
「ありがとな、汐音。でもな、お前は自分の大切な人から目を離すな。こんな汚い奴らと関わっちゃいけない。」
「…………。」
「なんだよ、俺はそんなに頼りないか?」
「……っ、ちがっ……。」
伊織に言い包められるのはいつものことで、汐音は僅かに頬を膨らます。
「この可愛いほっぺは昔のままだな。」
からかいながら頬を突いてくる伊織の手を振り払い、汐音は不貞腐れ気味に兄を見た。
「ちゃんと、涼太さん見つけて取り戻せよな。」
汐音は一瞬だけ心配げに眉根を寄せ、そのまま門扉を開けて家へと戻っていく。
伊織はその背中に「ありがとな」と声に出さずに言葉を投げかけ、運転席のドアを開けた。
──取り戻すさ……絶対にな……!
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