【完結】フェイクオメガ

水樹風

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第18話 **


 アマミヤホテル別館──。
 伊織が自宅として使っている最上階の一室。汐音と直央が帰り静まり返った室内で、伊織は涼太からの伝言メッセージを見つめる。


「涼太さん……。」


 ──俺は取り戻しますよ。どんな涼太さんでも……。河野宗一郎からだけは、絶対に……!


 伊織は涼太の想いを大切に飾り、本館のオフィスへと戻っていった。




 ◇◇◇




 愛眞会病院別棟──。
 直央の姿が院内に消えていくのを見つめていた涼太は、迎えに来た看護師に連れられ、自身の病室へと戻ってきた。


 ──伊織くん、ゴメンな……。


 直央の言葉から久しぶりに涼太の耳に届いた「伊織」という音。
 涼太の人生で誰よりも、何よりも愛しく想った男の名前は、その響きだけで涼太を満たし尽くしていく。


 ──伊織くん……。


「一色さん、ベッドに移れますか?」


 看護師に促され車椅子から立ち上がろうとした涼太は、突然大きく波打ち出した心臓に息を詰まらせ、左胸を掴むように押さえた。


「…ッ、クッ!」


 涼太はそのまま前のめりに床に倒れ込むと、今度は腹の奥が疼くような熱さに苦しみ体を丸める。


「一色さんっ!?どうされました!?」


 看護師が急いでナースコールのボタンを押す。駆けつけた別の看護師と共にベッドに寝かされた涼太は、乱れる息で体をよじった。


「一色さん、今先生が来ますからね。」


 看護師のその声に半ば条件反射で涼太は頷く。
 まだオメガとしてそこに出来上がっているはずがない子を宿す場所。
 涼太は何故かそれがあるかのような熱を感じ、疼きは体中に広がっていく。
 どうしようもなく感じる衝動……それは、雄を、アルファを求めるオメガのさがだった。


「……いお…り……、ほし……。」


 まだ本物になりきれていない涼太に訪れた、来るはずのない発情期ヒート
 笹森医師は涼太を診察すると、困惑の中、苦渋の選択を迫られた。


 ──この心臓の状態では、抑制剤もセックスもどちらにしても負担が大きすぎる……。


「先生、どうしますか?」
「………。ッ、河野さんに連絡とって!」


 笹森はそう指示すると、抗えない衝動に苦しむ涼太に声をかける。


「一色さん、私達はいなくなりますから、自慰を我慢しないで下さい。胸のパッドは外さないで。出来ますか?」


 涼太はとろんと上気した顔で笹森を見遣り、声を出さずに「はい」と返事をした。


「河野さんが見えるまで、頑張って。」


 笹森は心配そうに涼太を一瞥して病室を出た。


 診察を受けている間にも、涼太の昂りからは雫が溢れ続け下着を濡らしていた。
 涼太はそれを脱ぎ捨てると、自身の欲を纏った屹立を握り込む。


「あっ、あ、あ……ふぅん……んんっ!」


 クチュクチュと何度か病室に水音が響いただけで最初の絶頂に達した涼太は、ヒートの残酷さを身を以て知った。


 ──イったのに……何も、変わらない……。


 むしろ更に熱くなる体の疼き。必死に逃れようと白い欲で自身の手を何度も汚すのに、涼太の体は苦しみを終わらせることを許してはくれなかった。


 ──こっちじゃないっ……欲しいのは、もっと……!


 腹の奥の奥に感じる熱さ。何を求めているのか、それが分かる故の罪悪感が、不完全なヒートの中で曖昧な理性が残る涼太をいたぶり続ける。


「伊織くんっ……あ、あぁ……ほし…い……っ、あぁぁ!」


 何度目かもわからない絶頂の後、涼太はぐったりとベッドに沈み込む。
 自身の欲にまみれた手は、自然と双丘をたどりその窄まりを探していた。見つけたそこはまだエフのまま、オメガの蜜が溢れてくることはない……。


 ──こんな、中途半端な……俺は……いつまで……?


 もう、いい。助けて欲しい。壊して欲しい……。


「誰か……たす、けて……。」
「涼太くんっ!」


 ──ああ……俺を助けてくれるのは……。


「……宗一郎さんっ、助けて!あ、あぁ……お願いだから……!」


 涼太に駆け寄り抱きすくめてくれた宗一郎に、涼太は必死にしがみつき、その濡れた唇で彼の唇を塞いだのだった──。




 ◇◇◇




「なぁ、直央。兄貴、やっぱ様子おかしかったよな。」
「うん……。僕がキスマークのこととか、余計なことまで喋っちゃったからかな……。」


 自宅に向かう車の中で、汐音と直央は予想と違う反応を見せた伊織に戸惑っていた。


「いや、直央のせいじゃないよ。兄貴、花を渡した時から何か変だった。」


 汐音は落ち込む直央を労るように話しかける。


「赤い薔薇って、愛情を表す花でしょ?」
「あぁ、花に詳しくない俺も、薔薇の花言葉は聞いたことあるよ。確か『あなたを愛してる』って意味だろ?」
「僕、涼太さんに赤い薔薇を届けて欲しいって頼まれて、やっぱり涼太さんも伊織さんが好きなんだって、そう思ったのに……。」
「でも、なんで涼太さんは、必ず5本渡してなんて言ってきたんだ?」


 汐音に言われ、直央はハッとしてスマホを開いた。
 信号待ちで止まる車。直央が焦りながら汐音にスマホの画面を見せる。


「えっ、マジか……。涼太さんはこっちを伝えたくて!?」
「………、涼太さん、まだ絶対伊織さんが好きだ。よく知らない僕でさえ、そう思えるのに……なんで……。」


 青になり流れ出す車。二人は家に帰るまで、ジッと前を見つめ黙ったままだった。



 仕事を終え部屋に戻った伊織が、簡易キッチンのカウンターに飾った涼太の想いに愛おしそうに触れる。


「花言葉でメッセージとか、マジですか、涼太さん……。」


 まるで本人に語り掛けるように、伊織はそっと笑いかけた。
 そこにある五本の赤い薔薇。


「こんな言葉で、俺が諦めるわけないでしょ?」


 ──涼太さんも、俺を諦めないで……!



 薔薇を五本贈る意味、それは──。


『あなたに出会えて、よかった』



「俺は、まだ過去になんかしないっ!」


 涼太を取り戻すため、焦り不安を抱えながら、伊織は自身の足元を固め河野と一人で向き合える力をつけようとしていた。
 今まで避けていた富裕層アルファ達とパイプを作りあちこちに繋げ、自身の手札を増やしていく……。


 ──直央のおかげで居場所はつかめた。……無事で、良かった……!


 窓から広がる夜の光を見つめた伊織は、確かに動き出した歯車の音を感じながらカーテンを閉め目を閉じた──。











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