【完結】フェイクオメガ

水樹風

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第21話

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「もしもし?……ああ。ありがとう、協力してくれて………そっちは?平気か?……ああ、何かあったら……まぁ、そうだけどな。あぁ、彼女は?体調大丈夫か?……良かった。またな。」


 伊織は小さく安堵の息を漏らし、電話を切った。


「伊織。」
「親父。」


 伊織のオフィス。珍しく訪ねてきた正嗣に声をかけられ、伊織はデスクから立ち上がった。


「礼奈さんか?」
「ああ。……立ち聞きなんて趣味が悪いな。」
「ドアを開けっぱなして話してる方が悪いんだ。」
「はいはい……。」


 中に入ってくる気配はなく、ドアに肩で寄りかかったままの正嗣に、伊織は帰り支度をしながら単調に返事を返す。


「番の子は?順調だって?」
「ああ、腹の子が元気すぎて苦しそうにしてるって。」
「ハハハ、そりゃ、彼女も大変だな。」


 穏やかに笑った正嗣がフッと冷静になり伊織を見た。


「彼女も、よく危ない橋を渡ってくれたな。一歩間違えば炎上して叩かれただろう?」
「……まぁな。」
「お前たちの時間も、決して無駄じゃなかったな……。」
「……ああ………。」


 伊織は、父親の言葉を噛み締めてオフィスの明かりを消したのだった。


 涼太が目にしたあの記事で、礼奈はアルファに偏った考えの中で行われているエフ事業を批判し、ベータやオメガの声を汲み上げるべきだと話していた。
 このインタビューはネットニュースのヘッドラインに載り、日頃からの政権への不満も相まって同調するコメントが多数集まっていく。この流れを切ろうと安易に礼奈を批判したアルファ議員のSNSが、今炎上してワイドショーを賑わせていた。

 伊織が正嗣と別れホテルの地下駐車場に下りていく。
 人気のない深夜の駐車場で彼の車に寄りかかる人影が見えた。
 伊織はわざとリモコンでロックを解除してハザードを点滅させ、それが誰かを確認する。


「シナリオ通りですね、天宮さん。」
「なんのことでしょう?」


 そこにいた男──今はゴシップ記者をしている佐塚は、かつて大手新聞社で政治部の記者をしていた。
 伊織は彼の存在が見えていないかのように、運転席のドアを開ける。佐塚は助手席のドアに寄りかかり、背を向けたまま告げた。


「明日、例の記事が出ます。」
「………。」
「まぁ、噂は広まってますし、俺が動かなくてもすぐに誰かが繋げていきますよ。……河野にね……。」
「…………。」
「感謝してますよ、天宮さん。これで借りを返せそうです。」


 河野の圧力によって記事を握り潰され、新聞社を追われた敏腕記者……。
 佐塚はそのまま伊織を振り返ることなく歩き出し、姿を消した。


 ──あんたの敵が多くて助かるよ、河野さん……。



 翌日発売された週刊誌に載ったのは、礼奈を批判したアルファ議員のエフやオメガに対するドラッグ使用の暴露記事だった。
 当然の如く、エフ事業の重要性を声高に叫んでいたその議員には批判が殺到し、そこから人口の大半を占めるベータの世論はエフ事業の見直しを求め始める。そしてアルファが占めるバース保健庁の改革を求める声が次第に膨らんでいった。


 宗一郎は苦々しそうに週刊誌を自身のオフィスの床に叩きつけ、デスクに手をつく。
 最初に出た暴露記事からたった数日で、あっという間に別の二人のドラッグに関する記事が出たのだ。


「一体何が起こってる?どこから薬の事が漏れたんだっ!?」


 ──落ち着け、持ってる薬は処分した。あれを使った奴らには金を握らせればいい……。


 宗一郎はそこまで考えて涼太のことに思い至る。


 ──俺を信じ切って心配までしてるんだ。……大丈夫だとは思うが、久しぶりに様子を見たほうがいいな。


 宗一郎は涼太は既に自分のものだという自信から、病院に足繁く通うのをやめていたのだ。
 と、そこに一本の電話が入る。それは涼太の店の売却を任せた不動産会社から買い手が見つかったという連絡だった。


「随分早く売れたな……。ちょうどいい。」


 宗一郎はそのまま車に乗り込み花屋へ向かった。
 涼太から預かった鍵で自宅へ入ると、頼まれたポケットアルバムを持ち出す。
 宗一郎が軽い足取りで外階段を下りると、そこに立っていたのは伊織だった。


 ──へぇ、やっと顔を拝めた。


 宗一郎が涼太を手に入れた本当の目的──。
 宗一郎が真に執着していたのは伊織の方だった。
 自分に恥をかかせ、上物の獲物エフを横取りしようとしたアルファに、自分の方が上位アルファだと思い知らせる。宗一郎は伊織の苦悩を味わうためだけに全てを仕組んだのだ。


「天宮さん、こんなところでお会いするとは。」
「いいですよ、河野さん。誰もいませんし、素でお話していただいて。」


 宗一郎は、少しも顔色変えずニッコリと言う伊織を内心忌々しく思いながら笑顔で返す。


「すみません、ちょっとお言葉の意味が……。」
「本当に、わざとらしいですね。しかし、あなたも大変ですね、お父様も今、厳しい状況に立たされているようですし。」


 自分が叩こうと思っていた伊織に先に噛み付かれた宗一郎が、その笑顔を冷笑に変えた。


「あんたは未練がましく、こんな店まで来たのか?今更だな。」
「…………。」
「一色涼太はもう俺のものだ。身も心もな……。」


 宗一郎は伊織を煽るように彼にグッと近づき、耳元で囁く。


「なかなか楽しめる体だったぜ……。なんなら、一晩貸そうか?」
「──ッ!?貴様ァ!」


 伊織は思わず宗一郎の胸ぐらを掴み上げ、顎が壊れそうな程に奥歯を噛み締めた。


「いいねぇ、その顔だよ、見たかったのは。」


 宗一郎の狂ったような冷たい笑みが伊織を正気に戻し、彼はパッと手を離して後ずさる。
 伊織の項垂れる姿を見た宗一郎は満足そうに伊織の顎を指で持ち上げ、勝ち誇って言った。


「安心しなよ、伊織くん。涼太くんは大事にするよ。僕の、愛人ペットとしてね。」


 伊織が拳を握り締める。そのまま微動だにしなくなった伊織に仮面の笑顔を見せると、宗一郎はその場から去って行った……。


「──っ!」


 ──どんな涼太さんでも取り戻す。そう誓ったんだ……!


 伊織は握り締めた拳を開き、爪が食い込み赤くなった手のひらを見つめる。
 冷静さを取り戻した彼は、待っていた人がこちらに走ってくるのに気付き、軽く頭を下げた。


「すみません、伊織さん。遅くなって。」
「いえ、約束の時間までまだだいぶありますし、大丈夫ですよ。祐貴さん。」
「良かった。」


 祐貴は涼太が行方不明になってから、咲季と警察に相談に行ったりもしたが何もわからず、涼太と最後に会った時に名前の出た伊織に、何か知らないかと聞きに行っていたのだ。
 伊織から涼太の無事を聞き、必ず涼太を連れ戻すから自分に任せて欲しいと言う彼を信じて、祐貴は親友が帰ってくるのを待ち続けている。


「今回は無理なお願いを聞いていただいて、ありがとうございました。」
「いえ、涼ちゃんの帰る場所を守るためですから。」


 祐貴は大切にその場所を見つめてから、伊織の車に乗り込んだ。
 祐貴と共に不動産会社へ向かった伊織は、祐貴の契約を見届けると、涼太と二人の父親の想い出を守ったことにホッと息をき、また自身の手を見つめる……。


 ──この手はあなたに近づいてますよ、涼太さん……。







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