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第22話 *
涼太が元の病室に戻り、宗一郎の訪れは減っていったが、涼太の体調はすっかり落ち着いてきた。
エフがオメガに変わるためのフェロモンは自身の体内を作り変えるだけで、オメガのように周りに影響を及ぼすほど多くは分泌されない。
体がしっかりした涼太は、一人で院内の売店や中庭くらいには行けるようになっていた。
「この病室から、こんなに綺麗に中庭が見えてたんだなぁ……。」
ある日の昼食後、自分で廊下のワゴンに食器を返しに行き部屋に戻った涼太は、窓を半分開けて流れ込んでくる清々しい風に深呼吸する。
絶望から何も見えなくなり、見ようとしなかった最初の一ヶ月は、この景色があることすら気付かなかったが、今は病室から見える色彩に涼太は随分と癒やされていた。
「あっ、あれは……。」
庭を見渡していた涼太は、以前車椅子で行った木陰にそっと佇む直央を見つける。
「もしかして、俺をずっと待って……?」
涼太は慌てて中庭に飛び出した。
「直央くんっ!」
「あっ!よかった……。」
直央が涼太を見つけ、嬉しそうに笑う。
「もしかして、あれからずっとここに来てた?」
「えっと、最初の数週間は毎週来てたんですけど、今日は久しぶりに……。僕も合う薬が見つかって、通院が月に一度になったので。」
そう言う直央は、確かに以前会った時よりも顔色が良くなり、痩せすぎの体から健康的な体つきに戻っていた。
「涼太さんも、前より元気そうで、よかった。」
「うん……あの時は……その……。」
「涼太さん、あの日、僕、頼まれた通り伊織さんに薔薇を届けました。」
「そうか……。ありがとう、直央くん。」
──伊織くん、わかってくれたかな……?
「それで、これ、伊織さんからの返事だそうです。ずっと会えなくて渡すの遅くなっちゃいましたけど。」
直央が涼太を見つめ優しく微笑む。
涼太に差し出されたのは、ピンポンマムの小さな花束だった。
「直央くん……毎回これ持って……来るかわからない俺を、待っててくれたのか?」
涼太は、たった一度会っただけの自分と伊織を繋ぐため……そのためだけに流れた直央の時間を想い、胸を締め付けられながらブーケを受け取る。
「涼太さん、僕は単なるメッセンジャーです。涼太さんを本当に待ってるのは……。」
「涼太くんっ、こんなところにいたのか。」
「「──ッ!」」
直央の言葉に被さるように、向こうから投げかけられた声に、二人はビクッと体を硬直させた。
──宗一郎さんっ!
「おや?涼太くんが誰かと会ってるなんて……。こちらの方は?」
涼太と直央は、穏やかな宗一郎の口調の中にアルファの威圧が混ざっているのを感じ、自然と体が震えてくる。
「宗一郎さん、あの、彼は……。」
宗一郎が所有権を誇示するが如く、涼太の腕を強く引いて抱き寄せ、瞼に口づけた。
「どうも、はじめまして。僕は村上と言います。以前、涼太さんのお店に行ったことがあって……。」
宗一郎は直央のその言葉を確かめるように涼太を見下ろす。
「そうなんです。直央くん、お母さんのプレゼントを買いに来てくれて……。ちょっと前に、たまたまここで会って、声をかけてくれたんです。」
「そう。君もここに診察を受けに来てるのかい?」
「はい。」
涼太に嘘をつく器用さはない。彼が真っ直ぐに目を見て話したことで、宗一郎の直央への警戒はすぐに解けた。
だが、そのせいで宗一郎の直央を見る視線に別の色が加わる。
──へぇ。村上直央ねぇ……。ここの患者ってことはオメガかエフか……。可愛い顔してるじゃないか。いいね。
「それじゃ、僕はこれで。」
「直央くん、お花ありがとう。」
「いえ。」
直央は宗一郎の視線に吐き気を感じながらその場を後にした。
──あれじゃ、涼太さん囚人みたいだっ!
直央は病院の駐車場横のバス停で、次のバスを待ちながら伊織に報告のメッセージを送ったのだった。
「宗一郎さん、今日はお仕事大丈夫なんですか?」
涼太は直央と伊織の話をしているところに現れた宗一郎に、まだ少し動揺していた。
宗一郎は涼太を自分へと向き直らせると、グッと腰を抱き寄せる。
「ああ。仕事は終わらせてきたよ。今日は涼太くんに報告があってね。」
宗一郎はそう言うと、じっとりと涼太の唇を啄んだ。涼太は驚いて身を硬くし、宗一郎の体に腕を突っ張る。
「だ、だめです、宗一郎さんっ。」
「なに?イヤなの?涼太くん。」
今日の宗一郎はおかしい。涼太は宗一郎に抵抗を奪われ、凄い力で手首を掴まれた。
「あっ、イタッ……。」
「涼太くん?」
「ちがっ、ここじゃ、人がっ……。フェロモンも…マズい、から……。」
宗一郎がその言葉にニヤリとする。
「ゴメンね。涼太くんは恥ずかしがりやなのに……。じゃあ、こっち。」
涼太は大きな木陰を作っているその樹の影に連れ込まれ、太い幹に体を押し付けられた。
「宗一郎、さん……?」
「周りに人はいないし、外だからフェロモンなんて気にしなくて平気だよ。」
──いつもの優しい声なのに、なんで……?俺、宗一郎さんが……怖いっ!
「涼太、僕を見て。」
「えっ?」
宗一郎の息遣いが近付いてくる。
小さく震える涼太の耳朶に、甘噛にしてはキツく宗一郎が歯をたてた。
「やっ、あっ……。」
「涼太、僕がイヤ?」
涼太はふるふると首を横に振る。
「じゃあ、涼太の気持ちを僕に見せてごらん。」
耳の中に直接吹き込まれる支配者の言葉。
顔を離した宗一郎は、自身の唇を人差し指でトントンッと叩き、涼太に為すべきことを示した。
──そうか……彼は、俺の支配者なんだ……。初めから、ずっと……。
涼太の頭の中に、宗一郎のあの言葉が壊れたように繰り返される。
『逃さないよ、僕の運命……。』
──もう、逃げられない……。
涼太は伊織から贈られたブーケを手にしたまま、宗一郎の首へと腕を伸ばし、背伸びをして抱きついた。
「宗一郎さん、少し屈んで?」
「ああ、いいよ。」
自分に近付いた宗一郎の薄く開いた唇に、涼太は口付け舌を差し出した。
宗一郎は受け身のまま涼太を試しているようで、彼は必死に舌を絡め愛撫する。
「ん、あっ、……俺、下手くそで……。」
「いや、拙くて、可愛いよ……。でも、まだわからないな、涼太の気持ち……。」
宗一郎はクッと涼太の顎を持ち上げ、真っ赤になった涼太の顔を愉しむと、噛み付くようなキスをしてたっぷりと涼太に唾液を与え続けた。
以前より敏感にアルファに反応し始めた涼太の中のオメガが、急速に理性を溶かしていく……。宗一郎に体を預けた涼太の項に、一瞬のチクッとした痛みが走った。
その痛みに薄く目を開いた涼太の視線の先にある、丸く可愛い花。
伊織がくれたその言葉に、涼太の目から涙が零れ落ちる。
『君を愛す』……『私を信じて』……。
──伊織くん、ダメだよ、やっぱり……。俺、もう、逃げられないみたいだ……。
「あ、あぁぁ……なんで?……あっ…!」
涼太は何故か突然、甘い香りに体中が包まれ、血が沸騰したような熱さを感じ疼きに悶えだす。
「涼太には必要みたいだからさ。」
「な、に……。」
「天宮伊織を忘れられない悪い子には、お仕置きが、ね……?」
涼太が初めてみる宗一郎の冷笑。それを目にした直後、涼太は地面に倒れ込んだ。
そんな涼太を後目に宗一郎は踵を返す。
数十分後、涼太は意識不明の状態で発見され、ICUに運び込まれたのだった──。
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